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浪漫@kaido kanata

. 小説「中天より地平へ」 第10回

 彼は一体何者なのか…奏姫にとって、そんなことはどうでもよかった。彼がどれだけ玉綸のことを案じようと全く関係ない。玉綸は皇太子のもとに嫁ぎ、幸福になったのだと信じて疑わなかったからだ。
 それよりも、玉綸と入れ替わってまで応天府を脱出したのだ。この上は何としても寧波の港まで戻り着かねばならない。彼女は自分のおかれている状況を把握しようと、周りの様子をうかがった。

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(イラスト・まもと鶴)

 龍頭賊の隠れ家は応天府からさほど遠くない原野の古城である。奏姫は、そこに軟禁されていた。城の中は宮中と見まごうほどに、きらびやかな装飾がなされており、広大な中庭は花々に埋もれ、小さな山河となっている。奏姫に接するのは臥龍のほかには桂靖のみ。彼もまた賊のひとりには見えぬほどにきちんとした身なりをし、物腰も上品であった。奏姫は、時折、中庭の向こうから多勢の人や馬が動く気配を感じた。だが、彼女の部屋からはその様子を伺い知ることはできなかった。奏姫は、夜を待った。

 夜の帳がおり、いまや月は中天にかかっていた。奏姫は蜀台の灯を吹き消すと、廊下へ出、庭におり立った。ほの暗い庭を忍び足で通り過ぎる間、誰ともすれ違うことはなかった。やがて城門にたどり着くと篝火が明々と焚かれていた。門番の男が数人と、脇には馬が三頭つながれている。
 奏姫は柱の陰に身をひそめた。城は断崖のような堅固な壁に囲まれ、しかも見当たる城門はここ一箇所である。城門をいかにして開かせ、いかにして通り抜けるか…奏姫の胸は高鳴った。馬で一気に駆け抜けるしかない。しかし、いつ?
 その時、数十の馬の足音が地響きとともに聞こえてきたかと思うと、口笛が鳴った。門番たちが重々しい閂をはずし、扉を開くと松明も持たぬ人馬の団体がどっと城内になだれ込んだ。篝火に照らされた先頭の男の横顔は臥龍であった。今宵も応天府でひと騒ぎ起こしてきたのであろう。
 やがて、最後の馬が門をくぐろうとした。今しかない!姫は思った。つながれていた馬の一頭に走りよると、短刀で綱を切り、飛び乗った。そして今にもふさがれようとする城門めがけて突進した。「臥龍さま!娘が!」門番の声と同時に振り向いた臥龍は口元に笑みを浮かべた。

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(イラスト・まもと鶴)

「愉快な姫じゃ!」
奏姫を乗せた馬は既に城門を出て走りはじめている。臥龍はおもむろに馬を降りると、指をくわえ、口笛を吹いた。ヒューッという音が闇を貫いた。途端に奏姫が乗った馬は、後ろ足立ちに立ち止まったかと思うと、くるりと向きを変え、城へ向かって進み始めた。
「あ、これ!言うことを聞きやれ」
振り落とされそうになりながら、奏姫は必死に手綱をさばこうとしたが、馬は、さっさと城に戻っていく。城門では臥龍が仁王立ちになって待っていた。
「どちらへ行かれる?」
「知れたこと、寧波へ戻ります」
奏姫の背後で門は閉じられた。
「船は今朝出港したぞ」
「そ…そんな筈はない!出航はひと月後の筈」
「そう思われていたのは姫、そなただけのようじゃな」
「偽りを申すな!」奏姫は目を吊り上げて叫んだ「私を放しなさい。寧波へ行き、この眼で確かめる」
「もし船があればどうなさる」
「日本へ帰ります。そして私を売ろうとなされたお爺様に会わねば」
「はたして水夫が船に乗せるかな?」
「何?」
「船に乗って帰り着けたところで、<奏姫>は既に明の王宮に輿入れしておる。そなたが身を置く場所はない。というて、本物の奏姫ということがわかれば倭国は明国に背いたことになり、そなたも罰せられよう」
「…」
「しかも、肝心の義満殿はもうおられぬ」
「えっ?」
奏姫はわが耳を疑った。臥龍は冷静な声で
「義満殿は身罷られた。五月の初めだったそうじゃ」
奏姫は急に視界が暗くなるのを感じた。臥龍の声が何重にも響きながら、次第に遠のいていった。


=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・脚本・演出 ...真先裕
リライト・挿絵 ...まもと鶴


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. 小説「中天より地平へ」 第11回

 (四)天界神 

 二日二晩、悪夢の中を漂った後、奏姫は意識を取り戻した。ぼんやりと寝台の天蓋や垂れ幕が薄闇に浮かび上がってくる。手燭を持って部屋に入ってきた桂靖は、すぐに姫の枕元にすり寄った。
「お気がつかれましたか」 桂靖の姿を見た奏姫は、自分の置かれている状況を思い出した。そして、血の気の失せた唇を弱々しく動かした。
「今…国に帰った夢を見ておりました」 桂靖は優しくうなずいた。
「いつのまにか北山におりました。私は庭や金閣の中を息が切れるほどに走り回り、お爺さまを捜しているのです。でも…お爺さまは何処にも、いえ誰ひとり、邸の中にはおらぬのです。声をかぎりに叫んでも、応えるものもなく…」
うつろな眼でそこまで話した奏姫は急に顔をしかめ、まぶたを閉じた。あふれた涙が白い頬を滑り落ちる。

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(イラスト・まもと鶴)

「お気持ちはよう解ります」 桂靖は言った。奏姫は驚いて彼の顔を見た。今、聞いた言葉は紛れもなく、自分の国の言葉だったのである。
「そなたは…」
「そうです。わたしは日本から来ました」
奏姫は改めて桂靖を見つめた。言われてみれば、彼の持つ素朴で真摯な態度はそのまま日本人の気質である。臥龍のような大陸民族独特の荒々しい活力を持った男とは明らかに違っていた。
「初めて明国に来たのは十歳の時でした」
「商家の生まれなのですか?」
「いいえ」桂靖は、きちんと髪を結った、形の良い頭を振った。
「私は九州の貧しい漁村の生まれです。村民たちは、その日の糧に困ると、船団を組んで大陸の沿岸や他国の船を襲い、掠奪しました」
「海賊…」
「お恥ずかしいことです。子供だった私までが海へ出て行ったのですから。しかし、そうしなければ生きていけませんでした」
ただ憧れだけで明国に行きたいと願った自分とは全く違うのだ、と奏姫は思った。桂靖は遠い眼をして続けた。
「そんな生活を一年も続けたでしょうか。ちょうど九年前のことです。私は九州のある土豪に奴隷として買われ、寧波にやってきました。が折も折、明は「靖難の変」で荒れ、私たちもその争乱に巻き込まれて船を焼かれ、仲間は散りぢりになってしまいました。
「…」
「姫さまは、その時の私と同様でございますな。見知らぬ異国でただ独りになったところを臥龍さまに救われた…」
「私は救われてなどおりませぬ!」
奏姫は叫んだ。今まで忘れていた臥龍への恨みが胸の奥から湧き出してきた。
「お許しくだされ」桂靖は静かに頭を下げた。
「まさか公主さまの安車に姫さまが乗っておられるとは」
奏姫はくるりと寝返りをうち、彼に背を向けた。
「そなた達に捕らわれなければ、私は今頃、船に乗っておりました」
「いや、それは…」
「解っております。寧波までは十日以上もかかります。到底、無理なこと」
しかし、奏姫は臥龍を恨まずにいられなかった。何も知らずに明国まで来たわが身も愚かしかったが、誰よりも恨めしい祖父の義満が他界してしまった今、憎悪はすべて臥龍に向けられていたのだ。
 まぶたがしとどに濡れた。

桂靖は、姫に声をかけかねていたが、やっと口を開いた。
「異国の街で途方に暮れていた私を臥龍さまは拾ってくださいました。桂靖という名も臥龍さまにつけていただいたものです。奏姫さまにもいつかきっとあのお方の優しさがお解りになるでしょう。」
「いつか?」桂靖が言い終わらないうちに奏姫は叫んだ。
「一体そなたたちはいつまで私をここに閉じ込めておくつもりです」
「さあ、臥龍さまのお心は私も存じませぬ」
「あの方は何なのです?錦衣衛官か、それとも龍頭賊なのか!」
「両方です。いえ、どちらでもないかもしれませぬ。私にも解りませぬ」
「…」
言葉が止まると同時に、姫の瞳に又涙があふれた。
「お気をお静めください、姫さま」桂靖は手燭を持って立ち上がった。
「お話がすぎたようです。私は下がりますからもう少しお休みなされませ」灯と共に青年は去り、青白い月光が寝台の上の姫を柔らかく包んだ。

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. 小説「中天より地平へ」 第12回

奏姫は、自分が全くのひとりであることをあらためて感じた。
城の上空では、風の音が鈍く鳴り、それに混じって狼の遠吠えが聞こえた。ここは明の国なのだ。日本ではないのだ。姫の心にその思いがしみ渡った。明国人だと思っていた青年と、思いがけず日本の言葉を交わせたことで、よけいに故郷の地が恋しく感じられた。
 眼を閉じても眠れよう筈がなかった。姫はゆっくりと身を起こすと、寝台の傍らに、桐箱に入れられた日本の小袖が置かれているのに気付いた。おそらくは盗品であろう。しかし萌黄色の綸子のそれに触れてみると、望郷の念がますますつのった。姫は純衣を脱ぎ捨てその小袖をはおると、ふらふらと庭に出た。
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 臥龍は城壁の東の一角にある櫓に登った。櫓では二人の男が詰めていたが、彼の姿を認めると慇懃に頭を下げた。
「しばらく下がってよい。馬の用意が出来次第知らせい」
臥龍の言葉に男たちは顔を見合わせたが、すぐに城壁にかかったはしごを降りていった。臥龍は腰を下ろし、懐から酒筒と杯を出し、酒をついだ。杯は月光に照らされてほのかな光を発した。夜光杯であった。
 臥龍は一口含んで、大きなため息をつくと城の外へ眼をやった。酷暑を迎える前の、束の間のしのぎよい季節である。見渡す限り荒野であるが、かすかに草の香りが漂い風のうなりも冬のそれではないことを感じさせる。城壁はところどころ崩れ、土の臭いを吐いていたが、つくりは頑丈で、城壁自体相当な厚さを持っていた。しかし朽ち果てた屋根や蔦のからまる壁を見る限り、誰もこの古城が都を騒がせている龍頭賊の隠れ家とは思うまい。
 風が臥龍の長い髪を乱した。
 と、城壁の上に眼をやり、彼は思わず立ち上がった。見慣れぬ人影を見つけたのである。月光を受けて、輝く萌黄色の着物はまるでひとひらの花びらのように風にもてあそばれ、今にも城壁から飛ばされそうである。
 臥龍は杯を持ったまま櫓を出て城壁の上を歩いていった。
 近づいてみると、奏姫は壁から身を乗り出していた。今にも己が身を空中に放り出すかと思われた。
「姫!」
臥龍が声をかけると奏姫はゆっくりと振り返った。生気の無い表情だったが、臥龍を見た途端に、我に返ったようだ。
「私は何もかも失くしてしまった!」ふりしぼるような悲しい声が愛らしい口元から洩れた。「国も、名も、自由までも…。そればかりか、ここから飛び降りる勇気も、……ない」
「姫はこの明に来れたことが嬉しゅうてならぬと申されていたではないか。何をそのように嘆かれる」
「今の私には、かつて焦がれていたこの地が、この世のものとも思われぬほど寂寞としてよそよそしく感じられる。風の声さえ、私に果てよと叫び狂っておるようじゃ」奏姫は手すりの上につっ伏した。「こわい!あの優しい山河の祖国には、もう二度と戻れぬのか」
「姫!」
臥龍が肩に手をかけると、姫は、がばと顔を上げて彼を見つめ、「臥龍さま」初めてその名を口にした。「すべてそなたのせいです!」何ゆえ私を捕え、こんな所に閉じ込めるのです!ここさえ出られれば何としても国に帰れようものを!」
「…」
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「それが叶わぬのなら、私を長江に突き落としてください。遺体は海に出て潮流に乗り、日本に流れ着くやもしれませぬ」
奏姫はそんなことを口走った。狂気じみたものが彼女を支配している。

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. 小説「中天より地平へ」 第13回

「姫!」
臥龍は大きく叫んで奏姫の身体を両腕で包み込んだ。そして
「だまされた姫が悪いのではない。だました倭国王が悪いのじゃ」
低く抑えた声で姫の耳元で囁いた。姫は再度、我に返った。
「臥龍さま」

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(イラスト・まもと鶴)

 憎く思っているはずの男の胸に身を委ねている自分に驚きはしたが、何故かそれをはねつける力が出なかった。指一本動かすことも出来ずに息を潜めている以外手はなかった。彼の腕は限りなく力強く、その手に握られた不思議な光を放つ杯は奏姫の眼を釘づけにしていた。
やがて姫はとき放たれた。
「奏姫、天の四神をご存知か」だしぬけに明るい表情で臥龍はいった。東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武を言う。四諸神はそれぞれに七つの星宿を支配し、それらの領域が交わる点…銀漢*が流れ、斗宿、柳宿らをはじめとする二十八星宿の集う大天空の中心点…すなわち中天が天界至高の座じゃ」
臥龍の指が中天を指し示した。そこには、ひと際大きな星が青白い光を放っていた。古代より天子を意味する紫微星であった。 *銀漢(天の川)

「しかし、無意味よのう。いくら美しく輝いていても、ただそれだけのことじゃ」
「…」
「姫はまさにあの星じゃ。誰よりも気高く、美しゅう煌いておるが、ただそれだけのこと」
臥龍は杯に残っていた酒をぐいと呑み干した。そしてまだ抱擁の驚きが覚めきらない奏姫の眼前で、再び右手を振り上げた。
「中天より…」彼の人差し指は真直ぐに東の地平に振り下ろされた「地平へ!」
 彼の動作と共に、中天の星が流れて落ちたかと思われるほどの迫力であった。奏姫は呆然としていた。彼の言わんとしていることを推し量りかねていたからである。
「中天の星はその身を一度地上に下ろしてこそ真の輝きを持つのじゃ。それでこそ!」臥龍はくるりと背を向け、今度は西の地平を指差し、大きな半円を描いて中天へ持ってきた。「地平より中天へ!その座を占める資格が出来よう」
「その身を…一度地上に下ろす」
奏姫はゆっくり繰り返した。
「そうじゃ。口にするのは簡単じゃが、実際には至難の業。天界と違い、地上には嵐もあれば日照りもある。草木一本無い沙の海あり、底なしの泥沼さえもある。姫にはそれらを乗り越えていくことができるかな?」
「臥龍さまには?」
姫はすかさず問い返した。これには臥龍もいささか驚き、改めて姫の瞳を覗き込んで頼もしそうに笑った。
「わしも今地上で戦うておる最中じゃ」
「地上で戦う…つまり生きよと?」
「いかにも、姫。地上に下りると決めてからの試練はこれまでのものとは比べ物にならぬぞ。姫は先ほど何もかも失くしたと嘆いていたが、何の!まだ姫にはそれ、美しい姿と若い身体、そして強い意志が残されておるではないか。どこかへ売られた身でもない」
「そのような目に遭うくらいなら、果てたほうがましです!」
臥龍は肩をゆさぶって笑った。
「天界の姫らしい!」
天界の姫?この男は、そんな夢物語のようなことを本気で言っているのだろうか。何ゆえ、私が天界の姫なのか。
奏姫はいらだちを覚えた。しかし、それでも彼女を大人しくさせていたのは、臥龍の眼だった。彼の瞳は、いつか桃の庭で初めて言葉を交わした時、いつまでも庭を眺めていたいと言った、あの時と同じ優しい色をしていたのだ。
臥龍はつづけた。
「しかし、さしあたり女ひとりで生きていくには身を売るしかあるまい。じゃが錦衣衛官はそれを許しはせぬぞ。まずは二百日は牢につながれよう」
「おやめください!聞きたくありませぬ」
奏姫は耳をふさいでうずくまった。
「じゃから…」臥龍の声が頭上から降ってきた。「そう急いでこの城を出ることはないと申すのじゃ。道はふたつしかない。地上に下りて負けて果てるか、再び中天に昇り得るか」
「…私は?」
「それは姫の生き方次第。好きなだけこの城に留まって考えられるがよい」

臥龍はがっしりと両肩を掴んで奏姫を立ち上がらせた。姫は混乱した。この錦衣衛官とも龍頭賊とも名乗る得体の知れぬ男は一体、敵なのか味方なのか。
「臥龍さま、何ゆえ私は天界の姫なのです」
「わしがそう思うからじゃ。むろん…」
「え?」
「…限られた人間だけではなく、この世の万人がそうであるのかもしれぬ。それはわからぬ。ただ、わしには姫が俗世の沙に埋もれる人物には見えぬ」
「言われていることがよくわかりませぬ」
「もっともじゃ。わしも天界から下りる覚悟が出来るには長くかかった」

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 臥龍は原野に視線を落とし、大きくため息をついた。そして急に顔をくもらせ、
「姫はまだ道を選ぶことが出来る。じゃが、後宮に入った玉綸はその自由もない」
「玉綸さま?臥龍さまは一体あの方を…」
姫が言いかけた時、桂靖が城壁を昇ってきて告げた。
「準備が整いましてございます」
いつのまにか城門のあたりに馬のいななきが響いている。奏姫は、ただならぬ気配を感じた。
「臥龍さま、どちらへ?」
「後宮へ参る。どうしても玉綸をこのままにしておくわけには…」
「なりませぬ!」
奏姫は、思わず叫んだ。
「玉綸さまを、皇太子さまから引き離すような真似は私が許しませぬ!」
「何?」
臥龍は足をとめて振り向いた。
「玉綸さまは皇太子さまと結ばれて、お幸せになられたのです」
「…彼女は永楽帝の息子を慕っていたのか?」
「…!」
奏姫は思わず口に手をあてた。
「そうであったのか…」
臥龍はうつろな眼でうなづき、桂靖に手を振ってみせた。
城門の人馬が散り再び静寂が戻るまでに、さほどの時はかからなかった。

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. 小説「中天より地平へ」 第14回

龍頭賊の男たちは、昼間は殆どが応天府へ出向いていった。

そのなりは、農民であったり商人であったり役人であったり、中には臥龍と同じ錦衣衛官であったりした。そうして二、三の見張りの者を残すと、城は日暮れまで閑散となった。

 一方、夜の城は男たちであふれ、一室では夜更けまで会合らしきものが開かれた。会合が終わると、応天府の城壁のなかに家を持つ者は帰っていき、そうでない者は城で休んだ。城内には、奏姫以外に女の姿は見えなかった。男たちは、その分も、きびきびとよく立ち働き、それでいて闇夜でなければかまどの煙さえ立てぬ用心深さも持ち合わせていた。

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 桂靖は、城で寝泊りしながら、昼間は、応天府の宮中に出入りしている学者の弟子になりすましていた。彼の上品な物腰は、そこから来るものらしかった。

 彼は中庭に面した奏姫の部屋をひんぱんに訪れては、学者の家から持ち帰った詩文や史書を読みきかせた。それは城から出られぬ奏姫にとって大いに心慰められる時間であった。やがて奏姫は、桂靖に導かれるままに、夜の会合が開かれている部屋に行くようになると、あることに気が付いた。彼らは風貌こそいかつく粗野であったが、気さくで明るい連中であること。それでいて、会合には、何処の近衛隊かと思われるほど真摯なまなざしで臨んでいること、などだ。彼らの様子は、奏姫に、故国の武士を思い起こさせた。ただ、激しく言い合っている内容は早口やひどい訛りのために奏姫には理解できず、彼ら龍頭賊が一体いかなる集団なのかは、依然として知ることができなかった。

 奏姫は奥の座に臥龍の姿を認めた。彼は時折一言二言口を開く以外は、配下の者たちの発言に耳を傾けていた。奏姫には一督もくれないのが常であった。あの夜以来、奏姫は彼と話す機会を持っていなかった。そればかりか、夜の会合以外彼の姿を見ることもなく、一体この城の何処にいるのか、桂靖のように寝泊りしているのかどうかも分からなかった。かといって、それを桂靖に尋ねたり、臥龍と会ってどうしようというつもりもなかったが…。そんな時、姫はあの夜のことを思い出していた。

 抱擁は明らかに無礼な行為であり、言葉は罵倒されたのか賞賛されたのか判らぬものであったが、それらが姫を絶望のどん底から救い上げてくれたのは事実であった。彼女があれ以来一度も自ら命を絶とうとは思わなかったことがその証である。



 城の男たちは皆、彼女を親しげに「姫」と呼んでは話しかけ、奏姫も次第に彼らに打ち解けていった。中でも桂靖は同じ日本人ということもあり、最も好感の持てる人物であった。しかし、臥龍に対して自分は一体どのような感情を抱いているのか全く見当がつかなかった。確かに憎みもし、今もその気持ちが完全に消えたわけではない。だが、それとは別の、得体の知れない気持ちがひた寄せてくるのを姫は感じていた。

 部屋を出れば、臥龍の姿を求めて知らず知らず眼を走らせた。夜になればまた城壁の上で酒を飲んでいるのだろうかと考えた。

 中天より身を下ろす…

それが出来れば、臥龍が何を考えているのかも判るのだろうか。



☆お知らせ☆
第13回「もうひとつの中天」こぼれ話を追記しました。「続きを読む」または左記をクリックしてお入りください。

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. 小説「中天より地平へ」 第15回

「今日は私と応天府へ参りませぬか」
珍しく朝から部屋を訪れた桂靖がそう言ったのは、中庭の池の睡蓮が盛りの夏の頃だった。
「よろしいのですか」
思いがけない誘いに、奏姫は、盃を載せた盆をあやうく落とすところであった。
「いいですとも。姫さまはもうこの城のお人、何処にもお逃げなさるまい。臥龍さまがそう申されました」
「臥龍さまが」
自分の身を所有しているような言い方が少し腹立たしかった。
桂靖は笑いながら、続けた。
「姫さまは日頃、私の持ち帰る書物を飽きることなく読んでおられる。私が師事する学者さまのお屋敷の書物蔵には、もっと沢山の史書がございます。師のお許しもいただきました。姫さまを私の妹ということにして…」
「わかりました」
奏姫は、眼が生き生きと輝いてくるのが自分でも判った。大急ぎで小袖から純衣に着替えると、髪を明風に結い、耳飾りの玉をつけた。

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(イラスト・まもと鶴)

 すっかり明の娘になった奏姫は、書生のなりをした桂靖の引く馬に揺られて荒野を進んだ。半時ほどで応天府に着いた。そこでは、二重にめぐらされている城壁の外側で数人の門番が立っていた。桂靖は遜って手形のようなものを見せた。だが門番たちは、毎日見る桂靖には愛想よかったが、奏姫にはけげんな眼を向けた。
「私の妹で奏姫(そうき)と申します」
 と、桂靖は言ったが、彼らは、手形が無ければ何人も通すことはならぬ、と頑として聞き入れない。門前で争っているうちに、上官らしき太った男が出てきた。彼ははじめは苦々しい顔をしていたが、桂靖の顔を見ると、いぶかしげに桂靖を凝視した。
桂靖が、
「天子さまづきの呂晋さまの書生で桂靖と申します」
と名乗ると、その上官らしき男は、にわかに慌てふためいて、どうぞお通りください、と頭を下げた。その様子を見て、奏姫の心に、ひらめいたものがあった。街中に入ると、彼女は馬の背から身をかがめ、桂靖に言った。
「私、わかりました」
「何がでございますか」
「龍頭賊が何なのか…」
馬が驚いてその場で足踏みした。手綱を持っている桂靖が急に立ち止まったからであった。
「…それで?」
桂靖はふり返らず、再び歩き出しながら短く言った。
「龍頭賊とは錦衣衛官そのもの。様々ななりをして民のなかに入り込み、不穏な動きが無いか探っている。その処罰の方法が錦衣衛官として不適当ならば、龍頭賊がその役目を担う。それは、民の恨みを錦衣衛官ではなく龍頭賊に向けるため」
「…」
桂靖は何も応えない。
「でも、解らないことがひとつある。そなたたちが玉綸さまの安車を襲ったことです。あれも錦衣衛官のお務めなのですか?」
「姫さま」桂靖は行く手を見つめたまま「一介の書生の妹がそのように目端が利いては困ります…ほんに、奏姫とはよう考えたもの」
ふたりは笑いあった。
二度目に訪れる応天府の都は、その家並みも人々も前と変わらなかったが、奏姫自らが風景の中に入り込んでいた。そのせいだろうか。以前のほうが心持ちは期待にふくらんでいたが、今回は、不思議に落ち着いた満足感があった。と同時に、妙な不安にかられてもいるのだった。奏姫は、いてもたってもいられなくなり、遂に鞍を降りて歩きはじめた。
 いま一つ、違いがあった。以前は、大勢の人々が輿に群がってら帳の陰の奏姫を見ようと押すな押すなの大騒ぎであった。しかし、今は誰ひとり自分を振り返らない。奏姫はそのことが嬉しかった。民に混じって辻を歩くということは、故国でも経験したことが無かったからである。
 奏姫は、路から飛び出した子供が転んだといっては立ち止まり、大道芸の胡人に見とれては桂靖に遅れ、ガチョウを抱いた少年を見ては話しかけ、市場の隅につながれている駱駝を見つけては悲鳴をあげて逃げ出しそうになった。
「姫さま、どうか馬にお乗りください」
困った表情をした桂靖の言葉に、奏姫は大人しく従った。

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. 小説「中天より地平へ」 第16回

朱子学者の呂晋(りょしん)は霜眉の優しそうな老人であった。白く長いあごひげをはやし、額に何本も皴を刻み込んだその風体は、もしもこの世に「仙人」がおわすなら、このような姿をしているに違いないと思われた。老人は奏姫が大そう書物の山を喜んでいるのを見て言った。
「そのように書物が好きなら、小間使いとしてこの屋敷に置いてやってもよいぞ」
「誠でございますか」
あわてる桂靖を尻目に、奏姫は早々と話を決めてしまった。夕刻、城へ戻る桂靖を見送りに玄関に出た奏姫は、晴れ晴れとした表情で言った。
「臥龍さまにお伝えくださいまし。奏姫は城を出ましたと」
「きっと驚かれます」
「何処にも逃げないなどと、思い込んでおられたからです」
「皆もきっと残念がりましょう。城へ帰った時の楽しみが無くなります」
奏姫は、微笑んで言った。
「よろしくお伝えくださいませ。命を助け、城に住まわせてくださった恩義、決して忘れませぬと。皆様にも…臥龍さまにも」
さすがに、これでもうあの城には帰らないと思うと涙がこみ上げてきた。
「私は毎日ここへ来ます」
「はい。桂靖さま」
奏姫は、馬に乗って遠ざかる桂靖を長い間見送っていた。

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(イラスト・まもと鶴)

学者の呂晋は、宮廷出入りとはいっても、永楽帝の御前に上がることは殆ど無かった。何故なら、彼が元々、建文帝に仕えていた学者だったからである。「靖難の変」(※)で都が陥落した際、建文帝の忠臣や学者はその大部分が帝の後を追って死に、また残った者たちも永楽帝によって処された。呂晋が生き残れたのは、たまたま彼の孫娘が永楽帝に見初められ、後宮に入っている為である。
「お前のような器量良しはうつむき、顔をたもとで隠して歩いたほうがよい。うっかり帝に見染まれでもしたら大変じゃ。孫娘は一生カゴの鳥」
「後宮とはそのように嫌なところでございますか」
「何千人もいる宮女のひとりになって、天子さまの寵を得たところで幸せと言えようか」
「何千人…」
では、自分は玉綸をそのような世界に放り込んでしまったのか。奏姫は突き上げてくる不安に足を止められた。回廊を先に歩いていた呂晋は、そんな様子に気付いて振り向き、淋しそうに笑った。
「そんな生活を送っている孫娘のおかげで、老骨が生き恥をさらしながらも学問を続けておられる。何も言えぬのう」
「あ、あの旦那さま!」奏姫は呂晋に走り寄った。「先日、皇太子さまの後宮に入られた玉…いえ、倭国の姫のその後のことをご存知ありませぬか?」
「倭国の姫とな?おお、同じ後宮に住まう身でも、あの方のようなら幸せじゃろう。皇太子さまの寵愛は他の妃に比べようもなく深く、つい先日、貴妃になられたわ」
「貴妃?」
「皇后の次の位じゃ。皇太子さまのご即位と共に、あの方が立后されるじゃろう」
「まあ、良かった」
奏姫は胸をなでおろした。
「それにひきかえ玉綸さまはのう…」
呂晋はまた顔を曇らせた。彼は元々建文帝付きの宮廷学者だったので、建文帝・玉綸兄妹が幼い頃から、彼らに接してきたのだった。
「兄帝さまが悲運のご最期を遂げられたというのに、妹の玉綸さままでが永楽帝の計略でタタールなんぞへ輿入れされるとは…。その上、行列を賊に襲われて行方を絶ってしまわれるとは」
 違います…奏姫はつい叫びそうな言葉をかろうじて呑みこんだ。違います。賊に襲われたのは私。玉綸さまは後宮で平穏にお暮らしです。
そう、龍頭賊の隠れ家を知っているのは自分ひとりなのだ、と奏姫は思った。本来なら捕らわれた時に口封じに殺されても不思議はなかった。しかし、彼らは奏姫に何の手も下しはしなかった。実際、彼女には、桂靖をはじめ他の男たちが、そのような非情な連中には思えなかつあた。それも臥龍の指示なのだろうが、その臥龍の心は、闇が閉ざしていてまったく掴めなかった。
奏姫が勝手に城を出ようが呂晋の屋敷に住みつこうが、臥龍からは何も言ってこない。そのうちに、また捕えに来るのだろうか、それまで敢えて自由にさせているのだろうか、……それとももう、彼は自分のことなど忘れてしまったのだろうか……。
 奏姫は、自分の本心を認めざるを得なかった。あの城を出たのは、自分の身を臥龍から遠ざけることで、彼の反応を試そうとしたのだ、と。

 奏姫は黒い龍を愛し始めていたのだった。

(※)靖難の変(せいなんのへん)とは、明王朝初期の政変、内乱。1399年7月にはじまり、華北を舞台に1402年まで続く。「靖難」とは、「君難を靖んじる」という意味。→作中「(一)靖難 第3回 参照

=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・脚本・演出 ...真先裕
リライト・挿絵 ...まもと鶴

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. 小説「中天より地平へ」 第17回

 奏姫は、秋が終わりに近づく頃には応天府での生活にもすっかり慣れ、幼少の頃より憧れていた土地で、まるでそこに生まれ育った者のように暮らしていた。王宮についても、呂晋の供で出入りするうちに、ほんの一部ではあるが様子をうかがい知ることができる。
 応天府の街も王宮も、かつて想像していた以上に豊かで大きく、活気に満ちていたが、同時に裏の部分も見えてきていた。
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 応天府は建文帝の都城だった。そこへ乗り込んできた永楽帝は、いわば敵であり、都民たちは根強い反感を抱いていることが奏姫にも感じとれた。そのため、永楽帝は応天府に王宮を構えているにもかかわらず、一年の半分以上も燕王時代からの本拠地・北平で過ごしていた。同時に都の統治にも神経質にならざるを得なかった。錦衣衛官の監視体制は苛烈を極めていた。
 祖国にいた頃、「明国の役人は朝出かける折には、妻子にこれが最期かも知れぬと別れを告げ、夕刻家に帰ると、今日も無事に生き延びられたと喜ぶ」ときいていたが、果たしてその通りであった。皇帝の権力政治は祖父・足利義満のそれの比ではなかった。
 明国とはこのようなところであったのか。奏姫の心に、晩秋の風よりも冷たいものが吹きぬけていた。 

 そんなある日、珍しくひとりで外出していた呂晋が帰ってきて言った。
「皇帝は、じき、タタールへ使者をお遣わしになるそうな。なんでも玉綸さまのお輿入れが叶わなかったことの侘びとかでの」
「…!」
では、玉綸の行列を襲った臥龍の行動は、皇帝の命令ではなかったらしい。
「ご使者について、錦衣衛官の…何と言われたかのう」
「臥龍さま…ではありませぬか」
「そうじゃ。その臥龍さまがご使者に同行されてタタールへ向かわれるとか」
タタールへ!奏姫の目の前に、しばらく忘れていた沙の世界が広がった。想像もつかぬ、得体の知れぬ民族、タタール。元王朝の末裔であり、都城を持たずに絶えず移動し、それでも強力な軍勢をもって今も明をおびやかし続けている恐ろしい民族。
「あ、これ!どこへ行くのじゃ」
奏姫は激しい思いにつき動かされて屋敷を出、城門を出た。南のこの地方にも冬の気配が忍びよっていた。陽は西に沈もうとしており、風は刺すように冷たかったが奏姫は必死で足を進めた。
 しかし、龍頭賊の城はなかなか見えない。道に迷ったのだろうか…。奏姫が辺り一面の荒野と点在する枯れ木を見回した時、背後で急に馬のいななきが聞こえた。

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(イラスト・まもと鶴)
 
 振り返ると、黒馬が残光を浴びて輝いていた。馬上の人影は静かに姫を見下ろしていたが、やがて言った。
「乗られい」
「臥龍さま!」奏姫はその場にひざまづき、風のうなりに負けまいと叫んだ。
「どうか私をタタールへお連れください!」
「これはまた…いかなるわけで」
「行ってみたいのです。また笑われるかも知れませぬが、それしか理由はありませぬ。行ってみたいのです。沙塞(※)の地へ」
それは偽りであった。行ってみたいという他に、臥龍と遠く隔たりたくないという気持ちが無いと、どうして今の奏姫に言い切れよう。
「女子は足でまといになる」
「決して!」
「ほう?」地面に額をつけた奏姫を見て、臥龍は感嘆とも溜息ともつかぬ声を洩らした。
「少しは地上に近づかれたかな。沙塞か…。彼らは姫と同じ眼をしておるのやもしれぬな」
そして奏姫の腕をつかむが早いか馬の背に引き上げると、一気に駆け出した。


沙塞(※)中国北方の砂漠にある塞。転じて、北の異民族をいう。

第一部 靖難 完     ~第二部 タタール編へ続く~

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. 第1部の人物相関図&タタール編予告

<中天より地平へ 第一部 靖難編 あらすじ> 文・真先裕

一四〇八年。室町幕府三代将軍・足利義満は、倭寇(海賊)の出没により一時中断されていた明(当時の中国)との貿易を再開させていた。が、これは明の皇帝・永楽帝に臣下の礼をとる「朝貢貿易」だった。そんな中、幼い頃から明に憧れていた、足利義満の孫娘・奏姫(十七歳)は、義満の許しを得てついに明に渡った。
 一方、当時の明は、第三代永楽帝が甥の建文帝を倒して即位し、皇帝はその地位を確固たるものにする為、政治機関の確立を急いでいた。と同時に、近隣諸国にも盛んに来貢をうながしていた。
 明へ渡った奏姫は、都へ向かうが、帝には会えず、しばらくとどまるように言われる。そこで、建文帝の妹・玉綸と、錦衣衛官・臥龍に出会う。やがて、奏姫は、自分が明へ渡ることは、「貢ぎもの」として永楽帝へ差し出す、義満の策略であったことを知る。また、玉綸が永楽帝の皇子を慕っていることを知った奏姫は、婚儀へ向かう際に玉綸と入れ替わるが、途中、龍頭賊に襲われ、玉綸の代わりに連れ去られてしまう。その龍頭賊の頭は、錦衣衛官の臥龍だった。
 入れ替わった「奏姫」は、すでに皇太子のもとにいる。今さら正体を明かすわけにはいかず、かといって、日本へ戻ることもできない。失望する奏姫に、臥龍は、これからの生きる道を示すのだった。

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「中天より地平へ」は、第2部から舞台がタタール(モンゴル)に移ります。
奏姫は沙塞の地で何を見るのか?彼女を待つ運命とは...? どうぞお楽しみに!

↓追記more>
 
「続きを読む」にはタタールについてのちょい補足があります。



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. 小説「中天より地平へ」 第18回

~小説「中天より地平へ」第二部 タタール編~

(五) 驪珠(りしゅ)


 応天府を発した使者の一行は、北平を経て長城にたどり着いた。内陸の深い雪が、ようやく溶け始めていた。軍都・北平(※)は、途方も無く巨大で、兵士と軍馬が辻や広場に満ちている。その中心の王宮はどこまで歩いても石畳が続き、何層もの城壁が囲んでいて、皇帝の居室がいったい何処なのか、見当もつかない。かつての明の太祖洪武帝に、<朕に北顧の憂い無し>と言わしめた、勇猛な永楽帝の本拠地らしい造りである。その北平の背後に位置する長城もまた、何千年という時を経て北の地を守り続けていたが、靖難の変以後の明の武力の低下で、タタールの脅威は長城の目前にまで迫りつつあった。
 長城は、歴戦の威厳と共に、ゆったりとした曲線を描きながら山々の稜線を結び、累々とうち続いていた。奏姫は、護身のため男装し、馬の背にまたがって使者の一行に連なっていたが、長城を見てピタリと止まった。隣の馬の背にいた臥龍が様子をうかがうと、彼女は、溢れてくる涙を拭おうともせず、静かに泣いていた。

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(イラスト・まもと鶴)

「いかがなされた」
臥龍が声をかけると、姫は自分が泣いていることに初めて気がついた様子で、急いで頬を押さえた。そして再び城壁を振り仰ぎ、
「あの長城の石ひとつひとつは、長い間色々な戦いを見てきたのでしょうね。兵士達の血と汗と涙をさぞ多く吸ったのでしょう」
「じゃからあのように赤黒いのかも知れぬな」
「はい…」
姫に言われて城壁の方を見ていた臥龍が、ふたたび奏姫に向き直ると、彼女は、まだ泣き続けている。
「ここで戦った兵士達を思って泣かれるか」
「はい。私もこの長城を越えられるのかと思うと胸がいっぱいになります」
「旅はこれからじゃ。心されよ」
「あ…」
奏姫の返事を待たず、臥龍はくるりと馬首を返して列の後方へ下がってしまった。姫はその後姿を見つめながら、熱いため息をついた。長く、共に旅をしているにもかかわらず、彼は相変わらず奏姫などは眼中にない様子で、いつも行く手へ静かに視線を投げていることが多かった。タタールへの使者の護衛と監視という重責の中で、彼が何を思っているのか、その胸の内は奏姫にははかり知れなかった。
 残忍非道な錦衣衛官の行動は、応天府に生活したことで奏姫もよく知っていたが、何故か臥龍が勧んで為している事とは思えなかった。権力をカサに着る錦衣衛官としてよりも、龍頭賊と名乗る彼の方に好意を抱いた。好意?…いや、それは狂おしくつきあげてくる愛しさであった。
 生まれ育った国も、民族も、言葉も違う。だが奏姫は、黒い龍を思わせるこの男に、強い絆を感じていた。玉綸の安車に乗って応天府を脱出したことがきっかけで、臥龍に近づくことになった、そのことも偶然ではなく「定命」のように思われた。
もう一度、いつかの夜のようにこの目を見すえて「中天より地平へ」と解き聞かせてくれないだろうか。それとも、あれは夢だったのだろうか…。
奏姫の心に一抹の淋しさがよぎった。

※北平=のちの北京

☆「タタール」についてのコラムが第二部・予告の追記にありますので、そちらも覗いてみてくださいね。

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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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