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浪漫@kaido kanata

. 小説「中天より地平へ」第4回

(二)紅雪   

 一面に桃の花が咲き乱れている。
 奏姫は枝に顔を近づけ、その一輪の香をかいではまた遠くの大木や池に映る花々の色に目をやり、甘い溜息をついた。打掛をかいどって進める足どりもゆったりしている。陽はようやく西に落ち、蜜蜂の飛翔が花弁を行きかう日中の暑気は遠のいていた。
 応天府で奏姫が落ち着いたのは、王宮より随分離れた南の離宮である。永楽帝は今、都におられず、北平(*)の地におられるとのことで、来月の帰還まで奏姫は離宮で待つようにとの仰せであった。
 姫はたいそうこの離宮を好きになった。

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(イラスト・まもと鶴)

「またご散策になっておられるのですね」
 声をかけてきたのはこの離宮の女主人、公主*の玉綸である。彼女は奏姫より三歳ほど年上の、内気そうな娘であった。笑うと少し悲しげな目元がけむるように優しく、奏姫はひと目で彼女と心を通じ合えることを見てとったのだった。
「桃源郷に踏み込んだようです。紅の花びらがこんなに散り敷いて」
「兄が丹精こめて造った庭です。その言葉を聞くことが出来れば、さぞ喜ぶことでしょう」
玉綸は遠い眼をして言った。彼女は靖難の変で死んだとされている建文帝の実妹なのである。
「建文帝さまは美しいものを愛されていたのですね。そのお心根もお優しかったことでしょうね」
「はい。ですが私、まだ幼うございました故、あまりよう憶えてはおらぬのです。兄とは年齢の離れた兄妹でした」
 純衣をまとった玉綸は奏姫をいざなって池の中に造られた釣殿への橋を渡った。奏姫も絹の打掛をかいどったまま後に続いた。
 遠巻きに二人を見守る侍女たちは、その姿にいずれが薔薇か芍薬かと溜息が絶えない。
「奏姫さま」
玉綸は水面に眼を落としたまま言った。
「異国に来られるのは恐ろしゅうございませなんだか」
「いいえ。ずっと以前から夢見ておりましたもの」
奏姫はいきいきと顔を燃え立たせた。
「今、こうしていてもまだ信じられませぬ。まこと、夢を見ているようです。寧波から十数日の旅をして、湖のように広い田園を見て、憧れの応天府に入り、建文帝さまのご生家に滞在しているとは」
「心細うはありませぬか」
「いいえ」
「お国の方々が恋しゅうはありませぬのか」
「いいえ」
一層眼を輝かせて答える奏姫に、玉綸は不思議そうに首をかしげた。そして、淋しげな表情がより深まった。
奏姫さまは、強いお方なのですね」
「……….」
「私なら、気がおかしくなってしまうかも知れませぬ」
「玉綸さま?」
玉綸の顔は蒼白になり、身体は小刻みに震えた。奏姫が驚いてその肩を支えようとした時、侍女のひとりが足早に橋を渡ってきた。そして、玉綸の耳元で何やら囁いた。
「えっ」
玉綸は思わず声をあげ、先ほどの興奮と、困惑と、喜びが混じりあった表情になった。
「玉綸さま、いかがなされました?」
彼女は奏姫の問いには答えず、うわ言のようにつぶやいた。
「私はそろそろ部屋に戻ります」
「では、お送りいたしましょう」
「いえ、よいのです」その響きは奏姫がぎくりとするほど強いものがあった。
「奏姫さまは今しばらく奥庭のほうをご覧くださいませ」
「はい。でも玉綸さま、お顔の色が…」
「何でもありませぬ。では…」
玉綸は明らかに急いで宮殿の方へ戻っていった。彼女らしくない態度が奏姫には少し気にかかった。
 一体、何を心配されているのであろう。侍女は何を伝えにきたのであろう。
いつしか辺りは暮色に染められていた。西の空の紅と黄金は徐々に退いていき、東の空には白い半月が淡く浮かび出た。庭一面の桃は、薄紫のもやをまとい、急に風が冷たくなった。

*北平...後の北京
*公主...王女、皇女

=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・リライト・挿絵 ...まもと鶴


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「番外人物往来編」 ② ~BY@編集部~

この作品でのキーパーソン?なのか、名前が幾度となく登場するこのお方。
「建文帝」の登場です。

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イラスト・まもと鶴

建文帝(1383~ 1402年?)本名・朱允炆(在位1398~ 1402)中国明朝の第2代皇帝。
即位した時は16歳。

建文帝は、強大な軍事力を持つ実力者燕王が自分の地位をおびやかすかもしれないことを気恐れ、燕王の権限を奪おうと計画。両者の緊張が高まって、ついに燕王は建文帝に対して反乱をおこした。これが「難の変(せいなんのへん)」。

 その争いは燕王が有能な指導者で強力な軍団を率いていても結局4年越しの戦争になりました。最後は燕王軍が皇帝の本拠地南京を一気に突く作戦で勝利し、建文帝は混乱のなかで死んだ・・・とも、混乱により行方不明となったとも、僧に変装して逃亡したとも言われています。

 為政者としては無能と言われてますが、拷問の廃止や重税の軽減を実施したため、民からは慕われたそうです。

・・・と、いうことで。
いい人=いい政治家=世の中平和・・・という訳にもいかないようで。

 愛妻家だったのか、単に年が若かったとか騒乱でそれどころじゃなかったのか(はたまた記録に残っていないだけなのか)夫人は皇后のみで皇子が2人。そのうち次男は難の変の後に幽閉され、開放されたのは50年後だったそうです。


建文帝の肖像画が見つからなかったので↑でお許しください。某所の噂によればなかなか「イケメン」だったとか?

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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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