六 エドマよ、永遠に
「エドマVX、スローダウン、スローダウン……」
ルビスコ将軍常用戦艦から吐き出された小型艇は、アークハートの的確な操作でぶら下げたエドマを降下させていく。
眼下はオレンジ色に燃えたぎる華麗なる恒星ブラン・ネージュ。八000度の灼熱の光球だ。さらにその外側の部分が「彩層」。水素の赤いスペクトル線を放射しているために、この名で呼ばれるが、普段はスペクトルを通すフィルター無しにはその赤い色を見ることはできない。
眩暈(めまい)のしそうな暑さに耐えながら、操縦席の隣で、マシェンナは緊張してアークハートの手元を見つめ続けていた。
恒星にここまで接近するのも初めてなら、運搬機とはいえ宇宙艇に乗り込むのも初めての経験だ。そして物々しい乗務服を着るのもヘルメットを被るのも。
それらにはすべて、宇宙交流協会軍の獅子の紋章が刻印されている。
ただし、彼女の腕には見事な花束―――耐熱作用の施された生花が花弁に炎のオレンジ色を映して揺れていた。
「彩層」に葬り去るエドマへの献花なのである。
宇宙交流協会軍はエドマVXの永久殲滅の手段として、華麗なる恒星ブラン・ネージュの溶鉱炉を利用することを思いついたのだった。
ブラン・ネージュほどの高温でなければ、エドマの永久凍塊を溶かしさることはできないだろうというのが、学者たちの意見であり、交流協会軍の上層部がそれを受け入れた末の決断だった。
それは事実だろう。
しかしそれはなんとエゴイズムに満ちた手段なのだろう。
たとえ古代に大量殺戮に相当する罪を犯したにせよ―――今もまだその危険を孕んだ危険物質であるにせよ―――もとは人間だったエドマを、燃える恒星に破棄して抹殺するとは、自分に害を成すものは徹底排除という、こちらの銀河人類の手前勝手な理屈に違いない。
(いくら美しくても、兵器と名のついたものにはこれが定めなの?)
マシェンナはいたたまれない思いに苛まれながらも、成すすべの無い自分をかみ締めていた。
操縦席に設置されたモニターには艇の足元に吊り下げられたエドマが映し出されていた。
紅い竜のように猛々しいプロミネンスが幾本も駆け登り、宇宙艇のすぐ横を駆け下っていく。
普通なら、生きた心地がしないに違いない。
だが、今日のマシェンナは気丈に目を見開いていた。
エドマの最期をこの眼で見届けなければならない。胸の奥で何かがそう告げる。
「暑いか」
「暑いです」
操作しながら尋ねるアークハートの問いにも緊張した声でしか応えられない。
アークハートはヘルメットの奥でそっと微笑を誘われた。
「そう固くならずに、楽にしていればいい」
「でも…」
モニターの中のエドマはあまりにも美しい。自らの死を前にして、最期の美しさを披露しようとでもしているのか、純白の羽根も、蜂蜜色の肌も凄絶なまでの美しさに彩られている。
「そろそろ行くぞ」
マシェンナの心臓がひやりとした。
「エドマVX、スローダウン、スローダウン…投下十秒前…九秒…八秒……」
アークハートが投下ボタンに指をかける。
「五秒前…四…三……」
その刹那―――。
「★☆★☆★……、
☆★☆★☆★☆★……」
「待って!」
マシェンナが叫んだ。
「どうした?」
アークハートが敏捷に反応する。
「今、エドマの声が」
「馬鹿な。宇宙空間を経て聞こえるはずはない」
「ううん、確かに聞こえる」
マシェンナは眼を閉じた。
「聞こえるわ……。それもはっきり解かる言葉で……」
耳にではなく、それは心に届いてきた。
ゼンマイ仕掛けの歌声ではない、それはエドマからの真の心からのメッセージだった。
「残留…思念…?」
アークハートが重苦しい声を押し出した。
「まさか、古代に異文化銀河から飛来した異生命体の残留思念が―――?」
「本当よ、ほら」
<乙女よ、エルシャスの末裔である歳若い乙女よ…>
はっきりと、優しく美しい女性の声がマシェンナの耳の奥―――いや、胸の奥に語りかけてきた。
「わ、私のこと……?」
<そうです。エルシャスの血を引く乙女マシェンナ>
「エドマ―――なの?」
<その名で呼ばれて何千年になるでしょう。遠き銀河より流れ着いてから、この銀河の人々は私の持つ能力に気づき、惑星ひとつを滅亡に導く恐ろしい兵器に改造してしまった……>
モニターに映るエドマの横顔が心なしか哀しげに翳っている。
<許して、マシェンナ。あなたの元の星の人々に新しい命を生まれなくしてしまったのは、他ならぬ私です>
声にならない嗚咽がマシェンナの心に伝わってきた。
「エドマ……」
マシェンナの眼にも涙がせりあがる。
<許して、と言っても取り返しのつかないことですね。私は、あまりにも多くの生まれてくるはずだった命を根絶やしにしてしまった……。この灼熱の星に焼かれて滅びるに相応しい罪を犯してしまったのだわ>
「エドマ、もうあれから何千年も経ったわ。あなたを憎む者なんか誰もいないわ。私たち新天地を求めた新エルシャス星人は、今では幸せに暮らしているわ」
マシェンナは無我夢中で応え、傍らのアークハートの腕をつかんだ。
「聞こえる?中佐。エドマの声が」
「いや、俺には何も」
「お願い、彼女を殲滅なんてするのはやめて。彼女、自分が悪くないのに懺悔(ざんげ)しているわ。古代エルシャスを滅亡させたことを本当に哀しんでいるのよ」
「マシェンナ…」
アークハートの手がそっとマシェンナの手に重なり、彼はゆっくりかぶりを振った。
優しいが、それには断固としたものがあった。
「どうしても……?」
「エドマは存在自体が危険だ。あんたも身を持って知ったろう」
「でも、でも…かわいそう、このままじゃ彼女があまりにもかわいそう……」
花束を握りしめて泣き崩れる。
エドマが哀れだった。
どこか遠い遠い銀河の生命体であっても、自分の意志とは関係なく改造されて兵器に仕立てられ、その上生まれるはずだった多くの命を病みに封じ込めてしまうなんて、なんて辛いことだろう。
彼女自身はこんなにも悔やんでいるのに、この上まだ罰を下されなければならないなんて――――。
かわいそうすぎる!
そんなマシェンナの心に、再び声が届いた。
<乙女よ、私のために涙を流してくれているのですね。でも、私のために哀れと思って下さるのなら、乙女よ、私が病みに閉じ込めた無数の命をあなたがこれから生んであげて下さったら、これほど嬉しいことはありません>
「………!!」
マシェンナは驚いて顔を上げた。
<あなたは拒絶し、迷い、揺れていましたね、母親になることを。でも、いつか解かるでしょう。いつの日か、本当に愛する人にめぐり逢った時には、命の重さ、それを生むことができる素晴らしさ……。あなたは無限の夢を見ることができるのですよ、宇宙の連鎖―――愛する人の赤ん坊を生むことによって、それを実現できるのですよ>
「エドマ…」
<それを約束して下さったら、私は心穏やかに華麗なる恒星ブラン・ネージュの『彩層』に燃え尽きて消えてゆけます>
エドマの切なる願いが、マシェンナの心の奥深くに鋭く響いている。
涙が止まらなかった。
アークハートの腕をつかんだまま、マシェンナは泣き続けた。
「いいか……?」
アークハートの穏やかな声が舞い降りてきた。
マシェンナは顔を上げ――――新たな涙と共に頷いた。
「よし、いい子だ、マシェンナ」
アークハートは操作パネルに向き直った。
「エドマ、投下十秒前…九秒前…八、七、六、五、四、三、二、一……投下!」
カウントダウンがなされ、ついにエドマは艇の下部から放たれた。
エドマはゆっくりと恒星の引力に捕らえられ――――光球の表面に落下した。
「!」
マシェンナとアークハートの視界が一瞬、閃光に浸された。
眼も眩む紅い光――――ふだん、肉眼では見られないはずの「彩層」の色だった。
エドマは光球の表面に没し去ろうとしていた。
<さようなら、エルシャスの血を引く乙女たち。さようなら、宇宙に息づくすべての命たち……祈っています、この銀河に尽きることなく命が繁栄していくことを………。『彩層』に消えゆくエドマより>
美しい火焔の尾を引いて、エドマは燃え尽きた。

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