「なあハロ。なんでまたザスラブの兄貴は俺たちに銀曜日号のチケットをプレゼントしてくれたんだよ?」
パステークは怪訝そうに口をとがらせた。
彼の疑問はもっともだった。いつも彼らチンピラを牛耳っている暗黒街の人間らしきザスラブという男は究極のケチで、ハロバッツたちに缶ジュース一杯おごってくれたこともない。
それがいきなり豪華遊覧宇宙船、銀曜日号のチケット三人分ときたもんだ。どういう風の吹きまわしだろう。
「だから言ったろ、パス。次の寄港地、第三惑星のポムタで落ち合って、兄貴から荷物を預かる。それを最終寄港地エメギーノまで運ぶためさ」
「何だよ、その荷物って。まさかヤバいもんじゃないだろうな」
「知るかよ。彼女へのプレゼントらしいが」
「ちぇっちぇっ、いいよな、兄貴ばっかり」
装飾燈の輝く通路で肩を寄せ合う三人組の背後からあまやかな香りが漂ってきた。
「ちょっとお伺いしますけれど、ラウンジはこの奥かしら?」
三人は振り向くなり硬直した。
大輪の薔薇かと見紛うばかりのパープルの豊かな巻き毛とアメジストの瞳、肌は白磁の白さ、ボルドーの唇はぽってりと熱く潤っている。しかも胸開きの広いワイン色の超ミニドレス。アンクレットの揺れる足首がキュートだ。
これぞ大人の女性の魅力!
ハロバッツ以下、バードックとパステークの心臓がパーカッションの太鼓たちみたいに、どどどどっと轟き始めた。
「そ、そ、そうですっ!」
ハロバッツのぎこちない返事に妖艶な笑みで応えてから、美女はやや戸惑った表情を見せた。
「わたくし、ひとりなんですの。もしよろしかったら、あなたがたお茶をご一緒していただけません?」
「ええっ?」
降って湧いた嬉しい災難だ。
美女の香水は媚薬となって若者たちの胸いっぱいに吸い込まれた。
それでもハロバッツは念を押すのを忘れなかった。
「あのう、おねえさんはまさか新エルシャス星人じゃないでしょうね?」
「ほほほ、違ってよ」
アメジストの瞳が蕩けた。
☆
「絶対怪しいわよ、あれは」
船室の広いベッドに寝転んでペディキュアに余念のなかったココラは、爪先にふうふう息を吹きつけながら洩らした。
「なあに、ココラ?」
シャワーを使ってきたばかりのマシェンナが濡れ髪をタオルで丹念にぬぐいながら、生返事を返す。
「昼間の赤ん坊と黒メガネの男よ。あれはどう見ても親子じゃないわよ」
「どうして?」
「だって、あの赤ん坊ちっとも懐いてなかったじゃない。あの男も時代遅れのパンダみたいなサングラスにカマキリみたいに手足ばっかり長くて、きな臭いったらありゃしない。あれはきっと、どこかで赤ん坊を誘拐してきた悪党よ」
「まさか」
「そうねえ、近頃有名なテロ集団『真紅の誘惑』あたりの幹部だったりして」
「まっさか。ココラったら想像力逞しすぎだわ」
マシェンナは肩をすくめた。
テロ集団『真紅の誘惑』は最近、冷血無比なテロ活動をもって宇宙交流協会軍の手を焼いている。彼らの目的はズバリ、交流協会軍の壊滅であると、先頃も地球(ブルースタリア)本部の端末にメッセージが送りつけられてきたばかりだ。
交流協会軍とて彼らを野放しにしているはずもなく、連日緊迫した空気が協会宇宙域に満ちているのだった。
だが、この銀曜日号の乗客たちはそんなきな臭い世界とは無縁の、ゴージャスにして閑(ヒマ)をもてあますブルジョア階級の人々ばかりなので、そんな銀河情勢など、どこ吹く風だ。
マシェンナだって同様だ。
「そんなに悪い人には見えなかったけど」
黒メガネの奥の瞳は優しかった。ミドルスクール時代に大好きだった美術サークルの彼と同じ眼をしていた。
(だめだめ、もう忘れたはず)
遠い思い出に浸りきっていたマシェンナは猛烈な勢いでドライヤーをかけ始めた。
「あんたってば世間知らずのネンネなんだから。気をつけなさいよ」
ココラは小さなアクビをしてベッドにもぐりこみ、マシェンナも隣りのベッドに入ってアイマスクを着けた。
真夜中タイムとは言っても、船窓からは恒星ブラン・ネージュの清潔な陽光が射してくる。銀曜日号は着実に恒星へと近づいているのだ。
平穏な夜だった。に、なるはずだった。
☆
ところが。
「きゃあああああああっっ!!」
眠りに落ちかかっていたマシェンナは甲高い悲鳴に耳をつんざかれ、飛び起きた。
とっさにアイマスクをむしり取り、隣りのベッドに目をやる。
ココラがいない。
視線を投げると、入り口のところでココラが立ったまま痙攣もどきを起こしているではないか。
「どうしたの、ココラ」
「これ、剥がしてよッ。何か気持ち悪いモノが私の足にいいいっっ」
脂汗を噴出したココラは足元を見る勇気さえないらしい。
「あら、昼間の」
マシェンナが見下ろすと、ココラの素足に抱きついてヨダレを垂らしまくっているのは、昼間のラウンジで大騒動を起こしていた性悪フェイスの赤ん坊である。
マシェンナがココラの足から引き剥がすように抱き上げると、無邪気に笑っている。
ココラはようやく胸を押さえて落ち着きを取り戻しながら、思い切り赤ん坊を睨みつけた。
「いきなりベタベタ手で足首にしがみついてくるなんて、心臓が止まるかと思ったわよ」
「だあだあ」
ヨダレのしぶきをなびかせて、ココラの胸に移動しようとする。
「えらく好かれたもんね、ココラ」
「こんなチビにラブサインされたってちっとも嬉しくないわよ」
「それにしてもこの子ひとりかしら」
マシェンナが廊下を見回した時、数室先のドアが開いて黒メガネの男がこちらへ駆けてきた。筋肉質のTシャツ姿の上に派手なレースつきエプロンを着け、手足は長くて相変わらずカマキリみたいだ。マシェンナは思わず吹き出してしまった。
「こんなところへ来てたのか、トビー!だめだろ、おねえさんたちに迷惑かけちゃ。さ、部屋に戻って離乳食の続きだ。まだ一日分のカロリーに足りてないぞ。パパ自慢の白身魚のピカタ食べてくれよお」
「ブウ!」
彼が手を差し伸べても、赤ん坊は性悪フェイスをよけいひどくしてココラの胸にしがみつくばかりだ。
「だめだってば。あ!お前もしかして…」
黒メガネの男の頓狂な叫びに、ココラとマシェンナはびくりとした。
「な、何ですか?」
「失礼」
男はココラに接近して鼻をくんくん鳴らした。
「やっぱりそうか」
「な、何なのよっ!」
「あんたの着けている香りだよ。オードトワレがこいつのお袋が愛用していたのと一緒なんだ」
ココラはマシェンナと顔を見合わせた。
「そーか、そーか。お前この香りを覚えてたんだな」
男は急に湿っぽくなり、鼻をすすりあげて赤ん坊の頭を撫でた。
「あのう…」
「いやお嬢さん、申し訳なかった。こいつのお袋は産後の肥立ちが悪くって、こいつがまだ目も見えないうちに天国に行っちまったんだ。だが、香りだけは覚えていたらしい」
「まあ」
マシェンナがもらい泣きしそうになったのを見て、ココラは急いで赤ん坊を無理やり男に渡した。
「今日限りオードトワレは変えますから、金輪際こんなのは勘弁してちょうだい」
「ふぎゃあああああ!」
性悪フェイスがわめきだす。
「ココラったら、ちょっとくらいいいじゃないの」
「だめだめ。甘い顔見せるとつけあがるのよ、子どもって。あんたも私も弟妹の子守させられて、イヤというほどわかってるじゃないの」
黒メガネの男はすっかりしょげかえり、暴れまくる赤ん坊を横抱きにして頭を下げた。
「ご迷惑かけました」
「あ、あの…」
追いかけようと一歩踏み出したマシェンナはつまづいて、足元を見た。ココラのスーツケースではないか。
よく見ると彼女自身、ちゃんと身支度も整えて靴も両手にぶら下げている。
「ココラ!あんた、さては…」
「あーあ、脱出、失敗の巻か…」ココラは小麦色の肩をすくめた。「せっかく惑星ポムタで降りて、新・エルシャスに引き返すつもりだったのに……。お願い、見逃して!」
「そうはいかないわよ。あんたには私と一緒に聖アヴェルラへ入学してもらわなきゃ。私には責任があるんですからね」
「ひええええええ、なにが修道女よ、聖女よ!あんたなんか涙も情けもない魔女だわ!」
「なんとでも言ってちょうだい」
マシェンナは慈悲のかけらもなくココラの首根っこをつかみ、部屋の中へ引っぱっていく。
ふたりがもみ合っている間に、赤ん坊はまたもやハイハイで直進してゆく。その速さといったら男でさえうっかりしていると追いつけないくらいだ。
「待て、トビー!待てったら!」
ココラは灯の灯ったような赤い目をマシェンナの頬に寄せた。
「やっぱり怪しいわ。あのパンダカマキリ。お涙ちょうだいの身の上話なんかしてたけど、わざとらしい作り話よ、きっと。第一あのふたり親子にしてはちっとも似てないじゃない?」
「そうかしら……」
通路にはまだ男と赤ん坊の黄色い声が渦巻いている。

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