「私はいやよ!三年でもいやよ!考え直しなさいよ、マシェンナ!私たちまだ花の十七歳なのよ!」
「だから汚れないうちに清らかな園に入るのよ。あんたは手遅れだけど」
「汚れる汚れないの問題じゃないのよ!子孫を増やすのは私たちの義務、ううん、使命なのよ!」
「ココラ」
カチャリとティーカップを皿に戻し、マシェンナはしらけた視線を熱弁ふるう従姉妹に送った。
「使命だなんて言葉使って恥ずかしくないの?あんたのは単なる火遊びじゃないの」
ココラのアバンチュールの相手は毎週異(ちが)う。その数限りなし。実際可愛い子ちゃんに違いない彼女と一度でもデートしようという男はひきも切らず、整理券まで発行される始末だ。
その結果―――、ココラは親に内緒でベビーエッグをベビーバンクへ数え切れないくらい譲渡している。
ベビーバンクでは親に売られた可哀想なベビーエッグを人工子宮で育てて出生させ、全銀河の子どもに恵まれない裕福な夫婦へ養子縁組しているというわけだ。
たいそう繁殖力の強いエルシャス星人は、毎日が排卵日で、しかもキスだけで妊娠してしまうのだと噂されている。(事の真偽はともかく、少なくともマシェンナはこの年齢でそれを鵜呑みにしていた)。
その上、多胎性ときている。
実際、マシェンナは三十八人兄弟の十九番目、ココラは二十五人兄弟の十番目という境遇だ。
マシェンナの俗世嫌い、聖女願望はこれが原因だ。いくら自分の星族の特性とはいえ、このドはずれた旺盛な繁殖力、節操の無さと思われかねない出生率200パーセントの現状に耐えられないのだった。
子どもの頃はこれが当然と思い込んでいた。だが―――。
とにかく今のマシェンナはなんと異端者扱いされようと、将来ひとりとして子どもを産むことも考えられなかった。
母親が泣いて聖アヴェルラ女学院入学に反対しても、である。
ココラの場合は―――。
多胎性なのとふしだらなのとは別問題だ。
あまりにも素行の悪い娘に堪忍袋の緒を切ったココラの父親は、渡りに舟とばかりに聖アヴェルラに入学を決行するマシェンナに娘を託した。便乗入学である。
「とにかく私は絶対イヤだからね。聖都シェヘラザードに着く前に絶対逃げる!」
ココラは本気だ。
「そうはいかないわ。伯父様から厳命されてるんですもの。あんたと一緒に聖アヴェルラに入学しろって」
マシェンナのガードと決心はダイヤモンドなみだ。
*
「君たち、僕たちとお茶しない?」
定番すぎるナンパの言葉に振り向くと、この豪華宇宙船にはまったくそぐわないおにいさんが三人、彼女たちのテーブルを囲んでいた。
声をかけたのはマシェンナたちと同年輩の少年だ。パンプキンイエロウの肌にビリジャンの髪からすると、ファーム星系の人種らしい。
スリムな身体にぴったりした黒い革のジャンプスーツに身を包んだ彼はなかなかの美少年だが、いかにも遊び慣れてる風で、仲間ののっぽと太っちょもニヤニヤ笑いを浮かべながらカモを値踏みしている。
マシェンナの全身の血の流れが一瞬止まった。もっとも彼女が苦手とするタイプだ。
ココラの方は、もう流し目になっている。
「いいわよ」
「ダッ」マシェンナの声が引きつった。「だめよ、ココラったら!」
「どして?お茶くらいいいじゃないの、プラチナブロンドのお嬢さん」パンプキンイエロウの肌の少年が言った。「俺、ハロバッツっての。こっちののっぽはバードック、でぶはパステーク」
「へへ、よろしく」
マシェンナは膝の上でワンピースを握りしめた。なんとかこのハゲ鷹たちを追いはらわなけりゃ。
「かたいこと言いっこなしよ、マシェンナ」
構わず席を立ってココラが少年の腕を組もうとした時、マシャンナは言い放った。
「あなたがた、私たちは新エルシャス星人なんですけど、それでもよろしくて?」
「へ?」
「新エルシャス星人?」
少年たちは顔を見合わせた。
やや考えた後―――ハロバッツと名乗った少年の顔色が変わった。
「新エルシャスって……あの?」
「な、なんだよ、ハロ」
「し、失礼しましたあ!」
踵(きびす)を返すや仲間を置いてダッシュしていく。
「おい、待てよ、ハロ!」
「どうなってるんだあ!」
のっぽと太っちょがあたふたと後を追う。
ココラは舌打ちして投げやりに席に戻った。
「だめじゃないの。私たちの素性をバラしちゃ、男の子たちが寄りつきゃしないわ」
「何言ってるの。これ以上ベビーバンクと取引を増やしたいの?ココラ」
マシェンナは眉根を寄せてティーカップを持ち上げた。
――――と、その手が凍りつく。
「きゃあああああ!」
ココラが頓狂な叫び声を上げた。
テーブルの下から彼女の素足の膝に登りついてきたベタついた小さな手。続いてなんともやんちゃそうな赤ん坊がよじ登ってきた。
「な、何よ、この子!」
「きゃあああああ!」
今度はマシェンナが悲鳴をあげる番だった。ゴブラン織りのテーブルクロスをかき分けて彼女の膝の上に現われたのは、黒メガネの男の顔だったのだ!
「!」
マシェンナはその男と鼻をつき合わせた。
整った顔立ちだが、なんとも強面で全身がすくんでしまう。だが、その黒メガネの奥の眼をマシェンナは見入ってしまった。
優しい眼。限りなく広く、深い。
思わずマシェンナは惹き込まれてしまった。
「あ、間違えた、失礼」
だがそれも一瞬で、男は慌てて引っ込み、今度はココラの膝元に現われた。赤ん坊はココラの胸に這いのぼり、ヨダレをまきちらしている。
「いやあん、どうにかしてよ、これえ。ちょっとおじさん、この子あんたの?」
「申し訳ない」
黒メガネの男はテーブルの下から這い出て立ち上がった。リーゼントの黒髪、筋肉の発達した素晴らしい肉体の持ち主だ。すぐに赤ん坊をココラから剥がしにかかった。
「こらトビーJr.、だめだろ」
天使のような金の巻き毛をふわふわと頭にまといつかせた赤ん坊は、簡単にココラの心地好い胸から離れようとしない。挙句の果て、性悪そうな顔をくしゃくしゃにして泣きわめく始末だ。
「やれやれ」
油断した男が手をゆるめた隙だ。赤ん坊は目にも止まらぬ速さでココラの脚線美をスルスルとすべり落ち、ハイハイで絨毯の上を逃走し始めた。
「あっ、こら待て!」
赤ん坊につまずきかけたボーイがよろけてティーカップをひっくり返すわ、赤ん坊は手に触れるテーブルクロスを片っ端から引っぱってゆくわ、ラウンジのあちこちで騒々しい物音と悲鳴が起こった。
「待て、トビー、待てったら!」
リーゼントをふり乱して男は追っかけまわすが、赤ん坊はなかなか捕まらない。
「これだから、ねえ」
ココラがマシェンナに相槌をもとめた。
「ほんとに、これだから赤ん坊なんか産んで育てたりまっぴらなのよ、ねえ」
マシェンナも力強くうなずく。結局、ふたりの共通の見解はこれ一点のみだった。
☆
「ふうう、ヤベえ」
ハロバッツはラウンジを逃げ出してくるや、壁にもたれかかって喘いだ。
「よう、ハロ、どうしたんだよ。せっかくいいとこだったのに」
のっぽのバードックがいかにも惜しそうにブーたれる。太めのパステークも顔を赤らめたまま、
「そうだよ、あんな可愛い娘たち逃す手はないぜ」
ハロバッツはビリジャンの前髪の隙間から仲間のまぬけ面を睨みつけた。
「ばかやろ、いくら可愛くても、うっかり新エルシャス星人なんかに手を出したら一生が台無しだぞ」
「ええ?」
「知らないのか。あの娘たちは毎日が排卵日なんだぞ」
「はいらんび―――って?」
「あのやべえ日のことか?ハロ」
のっぽとでぶっちょは顔を見合わせて赤くなったり唾を飲み込んだりした。
「そりゃあ心配しすぎだぜ、ハロ。そこまで俺たちが首尾よく持ち込めるはずないじゃん。ま、そうなりゃ嬉しいけどさ」
パステークは照れながら言った。
「それがヤバイんだよ。あいつらキスだけでガキができちまう星族らしいからな。それも五つ子、六つ子なんてザラだ」
「ええっ?キスだけで?」
「その上、DNA鑑定で確実に父親が判る体質らしい。アバンチュールで大量にガキができちまったりすりゃ、一生、銀河のどこにいようが養育費の請求書が送りつけられてきて、ヒサンな人生を送ることになるって話だぜ」
「ひええええ、そんなにヤバイお嬢さんたちだったのかよ!」
「おっかね、おっかね」
「だからお前たちも逆ナンパされないよう気をつけろよ」
仲間に注意しながらハロバッツはしゅんとなった。
(あのプラチナブロンドの娘、モロ俺好みだったのにな)
せっかく豪華宇宙船銀曜日号に乗り込むなんて一生に一度、あるかどうかの幸運に恵まれたのだ。つまり、乗客の上流階級層のお嬢様たちに近づく絶好のチャンスなのだ。この機会を逃がさない手はない。新エルシャス星人の娘なんかに関わりあってるヒマは無いのだ。

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