. 「スプリング・フォンデュを君と」第6回
第 四 章
すみれのニキビは、傍目にも分かるほど減っていった。
アジトに顔を出すといつものメンバーがたむろしていたので、桃に声をかけた。
「あの軟膏のおかげで、ずいぶんニキビが治ってきたみたい。ありがとう」
「い……いや」
「お礼に、あなたにクルマの運転の特訓をしてあげたいの。免許はあるんでしょ?」
とたんに桃の顔面が蒼白になった。
他のメンバーも椅子から立ち上がった。
「すみれちゃん、それだけは、ちょっとムリなんじゃ……」
「桃にもコクだしな」
「いつまでも、ひきずっててどうすんのよっ!!」
すみれの怒号が響いた。
「さ、桃ちゃんじゃなくて桃兵衛、私の特訓は厳しいわよ、そうと決まったらすぐはじめましょう」
「そうと決まったらって……」
「文句、言わない!!」
すみれは力づくで、桃を引っ張っていくや、愛車のワ○ンRに放り込んだ。
自分はさっさと助手席に乗る。
「何年、乗ってないの?発車のさせ方くらい覚えてるでしょうね!」
桃はしぶしぶキーを受け取るとエンジンを動かした。
「こっこれ、ギア車じゃないか!どこから今頃、こんなのを……」
アクセルとブレーキとクラッチを見て、顔色を変えている。
「特注よ。オートなんて運転の醍醐味ありゃしない!!」
「そ、そんな!!俺がいったい何年かかって免許取れたと思ってるんだ!補習なんて気が遠くなるほど受けたし、路上だって……」
「グダグダ言わない!!」
桃はまな板の上の鯉になる気になった。恐る恐るクルマを発車させ、キャンパスから出て街中へと出た。
☆

「そんな、のろのろと走ってたら後ろのクルマにメイワクでしょっ」
「ああ、そこは、一方通行!」
「信号、赤だってば、この若年寄り!!」
「ちょっと、ブレーキとアクセルを間違えないでよねっ!」

「桃兵衛、危ない、今、小さな子が飛び出しそうになったわ」
「え?ナビ見てたら酔いそう?なに、言ってんの!」
「ちょっとスピード出しすぎ!!若年寄りのクセに!!」
すみれは怒鳴り疲れ、桃は久しぶりの運転に神経使いすぎ、ふたりとも、ヒロウコンパイした。
「ま、初日はこんなとこかな」
「えっ、まだ続くの?」
「当たり前よ!」
桃にはすみれがムチを持った悪魔に見えた。
☆

老人会、今日はゲートボールの練習日である。
ゲートボールのルールなんてすみれには、さっぱり分からない。今度は逆に桃から簡単な説明を聞いた。
5人でゲームをやること、ボールは紅白10個使うこと。杭のようなカタチのゴールボールにボールを当てると得点2点。
老人会メンバーはかなり上手い。
「これも立派なスポーツなんだよな」
同好会男子たちは、頷きあっていた。
順番が来て、キキ婆さんがスティックを構え、定位置に立った時だった。なかなか足元のボールを打とうとしない。

「お――い、早く打たないと反則取られるぞ!」
野次が飛ぶ。
キキ婆さんの顔が急にゆがみ、胸を押さえてその場に座り込んだ。
「キキ婆さん!?」
桃が駆け寄った時、キキ婆さんには意識が無かった。
以前から心臓が悪かったのは知っていた。
桃はいつものスローモーから考えられないほどの素早さで病人の身体をそっと横たえ、心臓マッサージを始めた。
「心筋梗塞かもしれない」
皆は顔色を変えた。
「キキ婆ちゃん、しっかりしろ、この前、おマゴさんの結婚式に出るって言ってたじゃないか!」
「花嫁姿を見てやらなくちゃ!」
報せを聞いて駆けつけたムカイ助教授が、キキ婆さんの心臓が動いていることを確かめ、一同、ほっとする。
やがて、やってきた救急車に乗せた。
「俺も一緒に行ってくる。よくやったな、桃」
ムカイ助教授が親指を立てた。
老人たちも、桃を取り囲んで
「若いのに、ようやったなあ」
「キキ婆さんの命の恩人じゃ」
「わしらの時にも頼むぞ、桃ちゃんや」
「桃は照れながらも、フクザツな表情だった。
(俺が本当になりたいのは……)
すみれは彼の心の声を知っていた。

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