熱砂の原を碧い眼が見渡す。
いつもの情景であった。足元から彼方の地平まで、白い小石が太陽の光を反射している。その向こうにかすかに青黒い稜線が横たわる。
「都はあの山の向こうでございますな」
背後から老人の声が聞こえた。シザリオンは黙々としてラクダの背に揺られ続けていた。老人はロバを止めてしばし彼方へ見やった。
「都は今日もさぞ賑おうておりましょうて」
シザリオンは尚も答えない。
この若者がほんの、ごく気の向いた時以外は寡黙であることを老人はよく知っていた。
「しかし あの噂は…。王が人が変わられたという噂…まことでございましょうか。都の民は貧しさに喘いでいるという…」
シザリオンの長い金髪が風になびいいた。彼はやがて言った。
「信じぬ」

十六世紀初頭、長くペルシャのサファヴィー朝とムガル帝国に西と東から支配されてきたこの地に、それを覆そうという動きが起こった。カンダハールで、アフガン族の族長、ミール・ワイスが蜂起したのである。彼はやがて王(ハーン)を称した。
ミール・ワイスには六人の息子があった。
やがてミール・ワイスが年老いて世を去ると、父親の右腕として兄弟の中で最も勢力を持っていた長兄のマフムードが即位した。絶対的な即位であった。
弟たちは彼に命ぜられるがまま、次々に処刑された。
この地では王位継承者を持つ者は即位するか、処刑されるかのふたつにひとつであった。
しかし、例外があった。末弟のシザリオンである。
彼は兄たちとはまったくの異腹であった。西洋の血を受けていたのである。
その昔、商人の父親と共にこの地を訪れ、ミール・ワイスの愛を受けてひとつぶ種を産み落とした碧い瞳の娘―――母親の顔を、シザリオンはおぼろげにしか覚えていない。
記憶にあるのは顔形よりも白く柔らかい手に包まれ、膝の上で聞かされた色々な話だった。
「シザリオン、お前は獅子座の生まれ」
母親は常にその言葉を口にした。彼女は王宮の奥で―――他の妃たちから追いやられた隅の一室で、哀しげな笑みを浮かべていた。
獅子座の生まれであることが、どのような意味を持つのか、幼いシザリオンにはまったく知るよしもなく、また興味もなかった。
シザリオンは母親ゆずりのほとんど金に近い褐色の髪を持っていた。母親はその髪を撫でながら、はるか西の、故郷のことを話して聞かせた。
想像のつかないような形の寺院や、街並みや、人々や、海や―――様々なことが彼女の口から語られた。
そのような時、彼女はこの世の哀しみを知りすぎて、もはや明るくなってしまった瞳を窓の外へ向けるのだった。
何十回、何百回と毎日のように彼女の話は繰り返されたが、シザリオンにはその異郷がどのようなどのようなところであるのか、想像することは出来なかった。王宮の窓から見える景色は赤茶けた砂漠と、青い巨大な廟と市場の喧騒だけだったのである。だが、彼は母親の話を聞くことがいやではなかった。時には彼の方から母親にねだることもあった。
白く、細く、まるで少女のような母親が消えいるように亡くなったのは、シザリオン七歳の時であった。
幼くして母を失くしたシザリオンを、父王ミール・ワイスは片時も離さず側に置くようになった。
かつてこの地を狼の如く駆け、制服した勇士もこの頃には老いた優しい父親だった。彼はすでに政務の大部分を長子マフムードに委ねていた。実際、アフガン族の蜂起を成したのも息子の彼であった。
シザリオンは父親の膝の上で毎日のようにマフムードと会った。彼はことごとく、どのような時でもシザリオンを無視した。まるでシザリオンがそこにいないかのように振舞った。
―――異国の血の混じった髪の赤い奴など王家の一員であるものか。
その態度はありありとそう言っていた。