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浪漫@kaido kanata

. 「遠雷 去らず」第9回


      第 六 章


 長かった京での任務を終え、光村はようやく鎌倉へ帰り着いた。
 帰途に受け取った書状の通り、父、義村は病の床にあった。鎌倉へ帰着するなり、将軍御所へ拝謁もせずに、三浦家の屋敷に向かった。

鎌倉化粧坂切り通し 1


二条城 一部


 もう日は暮れなずんでいる。
 皺深い手が宙に浮くを、泰村の逞しい手が両手で、がっしりつかむ。
「父上、しっかりなされませ」
 父の三浦義村の顔には、すでに死相が浮かんでおり、目の色も濁っている。
 床の周囲には奥方と泰村、光村はじめ、数人の男子が薄暗い灯火の下、病人を見守っている。病んだ父はしばらくのうちに朽木のようになっていた。
 枕元の薬師(くすし)は、神妙な顔で首を横に振るばかりである。
「後のことは……頼んだぞ」
「父上、お気の弱いことをおっしゃってはなりませぬ!父上には、まだまだ、ご壮健でいてもらわなくてはこの光村、困ります」
 光村も、父の顔に覆い被さるようにして、その表情を凝視していた。
「光村よ……その方は、泰村に従い力を併せて三浦家を守るのじゃぞ。決して『得宗家』に気を許すでない」
 泰村に握られていた手が力なく滑り落ちた。
「父上……!!」
 延応元年(一二三九年十二月五日)のことである。

 京で受けた屈辱の言葉を問いただすことが出来ないまま、父は逝ってしまった。


「殿……」
 細い三日月を縁から眺めて立ち尽くしていると、背後から鈴のような千草姫の声が聞こえた。
「お悲しみのほどいくばかりか、この千草、お察しいたします。鎌倉へ戻られてすぐだというのに」
 いっそう艶やかになった千草は、打ち掛けから小袖を引き出し、目頭を押さえていた。
「いや、父は志半ばで他界したが兄上と私に後のことを託された。女々しくしている場合ではないな」
「殿……」
「我らは、まだまだ『得宗家』相手に戦える戦力を持ち合わせてはおらぬ。これからは戦略と知略でますます、そなたを血の色で染めていくことになろうが、許してほしい」
 光村は愛妻の傍らに膝をついた。
「許してほしい、などと……。私はどこでも殿の後につき従うていくばかりの覚悟でございます」
 千草の濡れた頬を光村の指先がぬぐった。
 天空では、三日月が雲間に隠れる神秘的な音が聞こえてきそうである。

月夜桜



 「これ、駒王丸、お待ち」
 萩の花の咲き乱れる茂みの中を、まだ幼い童女の声が弟を呼んで何度も響いていた。三浦家所領の城の一角である。

ピンクの萩 美。

 頬を紅潮させて、やっと茂みから弟の手をつかんだ花梨姫は振り向いて叫んだ。
「母上、母上。やっと駒王丸を捕まえましたよ」
「まあ、何です、騒々しい。そなたは女子(おなご)……」
 後を追ってきた輝くばかりの女盛りの美貌を湛えた千草姫である。
「姫さま、この葉山も胸が破裂しそうでございますよ」
 白髪の目だってきた老女も千草姫の背にすがりつくようにしてついてきた。
「だって、駒王丸がどんどん行ってしまうのですもの」
「姉上、母上、この辺りで犬の鳴き声がしたのじゃ。見てみたい」
 くるくるした少年の幼い瞳は、輝いている。
「犬などおるわけがなかろう」
 花梨姫はつん、と可愛い唇を突き出した。
 弟は尚も姉の止めるのもきかず、庭の白砂へ進み出た。
 そこには自分よりもう少し年長の少年が、同じくらいの大きさの立派な白い犬を連れて立っていたのでる。
 駒王丸と追ってきた花梨姫、千草姫とその乳母、葉山は思わず息を飲んで立ち止まった。犬は綱を持たれた主の少年の足元に座り、おとなしくしている。

白い犬(大人) 1

 その少年の面差しを見て、千草姫ははっと思った。
 目鼻立ちが光村そっくりなのである。
 続いて少年の背後から鶯色(うぐいすいろ)の打ち掛けをかいどった女性が松の木の大木の陰から現れた。千草姫も目を見張る目も鼻もくっきりとした美貌である。


赤松

 咄嗟に噂に聞いていた光村は京より連れ帰ったという女子(おなご)だと判った。
 女子(おなご)は白砂の上に急いで膝をつき、少年にも促した。
「奥方様でございますね。なづなと申します。これなるは息子の光音丸(みつねまる)でございます。早うにご挨拶に、と思いながらも、長きにわたり機会を逃し、ご無礼をお許し下さいませ」
 その所作は、千草姫から見ても、寸分の落ち度も無かった。
「そなたのことは殿より聞いておりました。殿が見初められるだけあってお美しい……」
「姫さま」葉山が割って入った。「このような女と言葉を交えることはございませぬ。下賤の出だということではございませぬか。御身が穢れます」
「母上を侮辱するとは、許さんぞ!」
 犬を連れている少年が、老女を睨みつけた。
「おお、怖や。それ、ごらんなされませ。下賤の者は何を仕出かすか判ったものではございませぬ」
「無礼なのは、そなたですよ、葉山」
 千草姫は凛とした声で乳母をいさめた。そして、なづな母子に歩みより、少年と犬に声をかけた。
「光音丸と申されるか。父上さまのひと文字をいただかれたのじゃな。我が姫、花梨十歳と同じような年頃かのう。犬はそなたの愛犬か」
 少年は頷いた。
「私は八歳です。この犬は、こまわかと言います」
「まあ」千草姫は思わずクスリと笑った。「殿のご幼名ではないか」
 そして、母親のなづなに向かい、
「どうぞお立ち下されませ。こちらこそご挨拶が大変遅うなりました。京では殿によくお仕え下されました。私からもお礼申し上げます」
「勿体なきお言葉を」
 なづなは千草姫のさすがの落ち着きぶりにうろたえながらも、やっと答えた。
 こうまで長きに渡り、光村の愛するふたりの女性が顔を合わせなかったのは、光村の配慮もある。
 なづなが思いがけず千草姫より早くに男子をもうけたことせいもある。千草姫の衝撃を思いやり、光村はなかなかその事を言い出せずにいたのである。
 此度、野分のせいで急に強固な城へ一族を避難させたため、ふたりの女性は思いがけずまみえることになったのである。
「そのうち、わらわの居室に遊びに来てたもれ。茶でもたしなんでゆるりと京の話など聞いてみたい」
 千草姫の誘いは温和であった。
「有り難きお言葉でございます」
 嫉妬など微塵も感じられぬ穏やかな会話だった。
 だが、海から押し寄せる暗い紫色の雲は、不吉な未来を呼び寄せていた。
 なづなの後ろ姿を見送る、老女、葉山の鋭い視線は長い間、呪詛さえ含んで彼女ら母子にあてられていた。
 やがて、主の千草姫と花梨姫、駒王丸姉弟が萩の茂みを分け入って城へ戻っていっても、しばし老女はその場を去らなかった。
「卍」
 しわがれた声で呼んだ。
 赤紫の萩の花が咲きこぼれる茂みから、怪しげな下男風の小者が現れた。黄色がかった白目に異様な光を持った小柄な男だ。
「始末おし」冷酷な命令である。「あの男子は駒王丸さまより年上ではないか。このまま生かしておけば将来の争いの種になることは必至。母子共々、奈落の底へ葬り去ることじゃ。むろん、光村殿には秘密裏にの」
「卍」と呼ばれた男は、獣のように音も無く、夕暮れの闇の中へ消えた。

 その夜の野分は、かつてないほど大荒れに荒れ、鎌倉を嵐の底に封じ込めた。


嵐の中の萩


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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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