その様子を、背後の岩陰からそっと窺う鋭い眼がある。
憎しみの焔が碧い瞳の中で爆ぜている。
「このまんま誰がすますかよ。ジャレツの仇をとってやら」
キャスケードは鼻息荒くかたわらのデニーゼに宣言した。
「そんなこと言ったって、武器も何にも無いじゃないの」
「るせえ。あんなガキ、くびり殺すにゃ草の茎一本で充分だぜ」
相当な剣幕だが、デニーゼも食い下がる。
「やめてよ。今度こそ殺されちゃう」
「お前、悔しかねえのか、デニーゼ。あれほど兄貴の仇を取るんだって言ってたじゃねえか。お前の兄貴は真珠売りのガキとルナシルダのもめごとに巻き込まれた犠牲者なんだぜ。お前だってあのガキに辱められて、はらわたの煮えくり返る思いだっただろ。だから、俺が仇を討ってやるってんじゃねえか」
激情を吐くキャスケードに、少女は懸命にかぶりを振った。
「いいの!もういいの、仇なんて。それよりあたいはあんたをこれ以上危険な目にあわせたくないの!」
「デニーゼ・・・・」
いきなり首を抱いてすがりついてきた少女に、キャスケードは少なからず面食らった。
「お願い、もうやめて!」
キャスケードの胸が不協和音を唱えて痛んだ。すがりつかれるなんて、初めての経験だ。無心に慕ってくる少女が哀れで、可愛い。しかし―――――――。
「デニーゼ、許せ。俺、やっぱ、ジャレツの仇とらねえでオトコ名のれねえよ」
キャスケードの眼は地獄の業火の熱さで獲物に戻された。
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「長老様もどうぞ、おひとつ」
若いせむしの男がポセイディオーンに盃を持ってきた。すでに顔面を紅潮させて千鳥足だ。
「おお、リボウスか」
ポセイディオーンは立ったまま注がれる酒を受け、一気に飲み干した。華奢な身体つきに似合わぬ威風堂々とした態度には、少年らしさなど微塵もない。
「おめでとう存じます。最高のデスムーンとなりましたな。これで一族は水に不自由なく暮らせます。虐げる者もいなくなった。これもみんなポセイディオーン様のおかげでございます」
「あれほど反対したお前の言葉とも思えぬな」
ポセイディオーンの目に皮肉っぽく見据えられた若者は、うへえ、と決り悪げに首をひっこめた。
「そ、そいつをおっしゃらねえでくだせえよ。オイラたちに先見の明ってもんがなかったんでさ」
「そうとも、あの時、時輪皇帝リシュダインさまと組みしておかなかったら、今日の勝利はありえなかったのだぞ」
「へへえ」
若者は平伏して下がった。
ポセイディオーンの口元に、歳ふりた者だけが持つ、いやらしい打算的な表情が浮かぶ。
岩陰に腰を下ろし、喜び狂う一族のお祭騒ぎを眺めながら、再び盃を口へ運ぼうとした、その時である。
不意に喉元を締めつけられ、真珠酒が飛沫を散らした。
「ぐううっ」
キツネ色の長い髪が視界の隅に揺らめいた。
「よくもジャレツを沈めてくれたな、この極悪ガキ」
キャスケードが少年の首にまわした葦の茎を力いっぱい締めつけていた。
「俺からあいつを取り上げるやつは許さねえ。てめえも苦しみぬいて地獄に落ちやがれ」
「ふ・・・・」
真珠売りの洩らした微笑は、癇癪持ちの襲撃者の神経を逆なでするに充分だった。
「こいつ、何が可笑しいっ」
真珠売りの細い親指が立てられ、何かを示している。指の先を辿ったキャスケードは舌打ちしてゆっくりと少年を解放した。
岩の向こうに、せむしの男たちによってたかって捕らえられているデニーゼの姿が目にとびこんできたのだ。
「くそおおおっ」
たちまちキャスケードの身体にもせむしたちが酒臭い息を吐きながら群がり、手足の自由を奪った。
「ふん」
真珠売りは銀色の前髪をはらいのけ、キャスケードの胸の高さからあごを突き出して見上げた。
「真珠たちの口には合わなかったとこをみると、見かけによらず不味いらしいね、にいさん。おかげで命拾いできたってわけ?
「ほざけ、魔界の外道ガキ」
キャスケードは呪いをこめて悪態をつく。
「口が悪いとロクな死に方しないよ。冥婚を叶える真珠さえ無駄にしてしまってもったいないったらありゃしない。まあ、僕にはどうでもいいことだけどさ」
「ジャレツを返せ!俺の大事な相棒を。世界中どこを捜しても他にゃいねえ俺の、かけがえねえ師匠、兄貴分、俺の手綱の持ち主を返しやがれ――――――!」
野生のオオカミ顔負けに暴れるが、鈴なりにぶら下がるせむしどもの呪縛は鋼鉄なみだ。
「ちょうど良かった、竜の牙を捧げた後のデザートとしてふたりとも奉納しよう。湖の主、聖竜も若い人間なら少しくらい不味くても喜んでくださるだろう」
「勝手にきめるんじゃねえええ!うぐっ」
ついに猿ぐつわをされた。
数十人ものせむしの老若男女によって、キャスケードとデニーゼは船着場へ運ばれる。
待っていたのは、祭り船だった。一族の奇異な形、原色の飾りがけばけばしく着けられ湖への奉納を待ち構えている。
ふたりは抵抗虚しく帆柱へ縛りつけられた。
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