ひとしきり賛辞を浴びて礼を述べた女将は、しみじみと言った。
「そやけど、あの妓(こ)は果報者どした。身体ぼろぼろになるまで客取らされたり、なんぼ働いても極道の親がついてたりして稼げど稼げど金の無心されて、いつまでも年季の明けへん妓(こ)かてぎょうさんいるのに、そら身売りされてくるからにはいったんは地獄を経てきたにはちがいあらしまへんけど、
出羽はんも大津路はんも、そろうて誠実なお方であの妓の心をほんまに大事にしてくれはって、あの妓が誰の子やわからへん児を身籠って、産後すぐ死んでしもた時かてどちらも引き取って育てたい、いうてくれはって。――――あの時の子はどうしてます、大津路はん」
女将は言葉を洋一郎に顔を向けた。
「玉満そっくりの美人に育ったよ、もう三十路に入ろうという歳だ」
「そうどすか。あの子が生まれた時、独身(ひとり)者の出羽はんは引き取ることかなわんと、書生をしたはった家の娘はんを奥方にもらわはったばっかりの大津路はんが引き取ってくれはりましたけど、あては朝夕、その奥方はんにも両手合わしてましたんどすえ。風の便りに聞くと奥方はんは、ようでけたお人で、なさぬ仲の、それも旦那はんの実の子かどうかわからへん子を継子(ままこ)やいう気ぶりも出さんと育ててくれはったどうやないどすか」
「その細君もとうの昔―――波流子がまだ子どもの頃に亡くなってしまったがな」
大津路の表情も感慨深い。
「大津路くんが後妻に迎えた女性も遊郭にいた女性でね、女将」
出羽教授が口を差しはさんだ。
「そうどしたか。ちっとも知らしまへんどした。東京の吉原どすか」
「諦めの悪いことと笑ってくれて一向にかまわんよ、女将。私は心のどこかで玉満を探していたようなのだ。その後妻もどこかしら玉満に似ていた」
「いやいや大津路くん、円雅さんの母、緋紗さんとてまったにない美しい女性だったが、あの玉満の真珠の肌を持つ女がそうごろごろいるはずもない。いるとしたら、彼女の娘、波流子さんくらいのものだろうね。まったく彼女をモデルにしたと言われる君の人形たちは素晴らしい、の一語に尽きるよ。
出羽教授は絶賛した。
「波流子さんの名付けだって、真珠のパールから取ったものだというじゃないか」
「真珠といえば――――」
洋一郎は箸を置き、出羽教授の皺深い目元を正面から見据えた。
「私は玉満の生んだ子を育てはしましたが、玉満が心底そうしてほしかった人はやはり出羽先生と思えてならんのですよ」
出羽教授と女将は改めて座り直し、洋一郎の話に耳を傾けた。
「玉満の心を捉えていたのは、やはり出羽先生だと、ね。何故ならば、先生があの頃も西域探検に参加されて、支邦土産だといって大粒の真珠の指環を彼女に贈られたことがあったでしょう。あれを彼女は肌身離さず後生大事にしていたのを私はよく覚えている」
「ああ、あの真珠」
女将もセピア色に染まった記憶の奥から思い浮かべたらしく、膝を打って頷いた。
出羽教授は無言だった。酒を満たした盃を宙に浮かせたまま、遠い目をして唇を引き結んでいる。
「彼女が陶人形のように繊細な指に置き、眺めては緋色の襦袢の懐にしまい、また取り出しては甘いため息をついてうっとりと頬を寄せ、光沢を愛でるようにしていたあの様子―――。それが他でもない、今の私の作品の源になっているのです。いやいや、まだまだ表現されきっていない、私にとってそれは、永遠の課題かもしれない」
洋一郎の目の奥に、初老とは、思えぬ情熱のほとばしりが垣間見えた。
「彼女をあそこまで魅惑の境地に追い込んだあの見事な真珠は――――」
「薔薇露の真珠……」
ふと出羽教授の唇がその名を洩らした。
途端、静寂が来た。その名が尾を曳き、皆の耳朶の奥に残った。
一同、茫然と雪洞(ぼんぼり)のようやくそれと判別できる明かりに見入っていたが、ふと外の木々のざわめきに呼び覚まされたように我に返った。女将は突然ぽっかりとやってきた空白を埋めようとするように愛想笑いをしながら、急いで酌を再開する。
「それにしてもあの真珠をあの妓(こ)、あれからどうしましたのやろ。遺品の中にも見当たりまへんどしたし、遺品の中にも見当たりまへんどしたし、国に仕送りしたとも思えまへんし……」
鶴のような細い首を、女将が傾げたその時だった。
障子の外に人の気配がし、ほどなく仲居が小豆色の着物で敷居際に手をつかえた。