第 四 章 滅びの月
「まだ見つからないのですか」
苛々とまくしたてる女主人を前に、庭番の衛士どもがうなだれていた。何人もの衛士が昨夜、忽然と姿を消した邑長の捜索に投入されていたが、未だその消息は知れない。
ルナシルダは明けてゆく窓の外の空を睨みつけて、紫のヴェールで顔を隠した。オルビン老人が血相変えて飛び込んできたのはちょうどその時である。
「奥様、一大事にございます。邑の井戸が」
涸れた、というのだ。夜明けと共に、いつもは満々と水を湛えているなずの井戸が、空だという。すでに広場には水を求める邑人たちがあふれかえり、口々に水を寄越せとがなりたてているというのだ。
湧き水番の衛士たちは、井戸を警護することのみを頭に植えつけられており、かつてないこの状況にどう対処すればいいのか判らず、右往左往するばかりだというではないか。
(涸れた、ですって)
湧き水が涸れるはずはない。つまり、それは源の水の流れが変ったということだ。
またも急使が飛びこんできた。
「湧き水の源、女神像が何者かによって破壊されました!水は地下空洞へと流れ落ちています。すごい勢いです!」
(やはり)
ルナシルダのヴェールの内側のこめかみを、冷たい汗が伝い落ちた。
鍵を取り上げて、憎憎しげにポケットにしまいこんだ男の顔が脳裏をよぎる。
(ジャレツ・・・・・!)
あの男の仕業にちがいない。あの男が鍵を使って、湧き水の源を破壊したのだ。だが、どうやって?女神像は無防備に砂漠の中に建てられてはいるが、普通、旅人や牧人が見かけても見えるはずはない。何故なら、女神像はロンダム家の始祖が施した強力な結界で隠されていたからだ。
女神像を発見するためには、ただ一ヶ所、井戸の中から水路を通って行かなければ不可能なはずだった。あの男、なんということをしてくれたのだ、よりによってデスムーンが迫っている時に。
地下湖の一族の真珠を死滅させるために、手荒い真似までしてロンダム家に邑長として監禁したというのに、彼自身が地下湖に水を与えてしまうとは。
突如、鉢の大群のような唸りが近づいてきて、ルナシルダははっと息をのんだ。
同時に派手な衣装をひらつかせて、四人の女たちが部屋へ駆け込んできたと思うと、ルナシルダの膝をかき抱くように周りにかしずいた。
「ルナシルダさま、暴徒が押し寄せてまいりました」
「助けてください、私、まだ死にとうはございません」
第二夫人以下奥方たちの必死の嘆願だった。
ルナシルダは彼女らに何の返事も与えず、窓の外へ目を向けた。はるか正門の向こうに黒蟻のような人の津波が見えた。
「こちらへ、奥様」
オルビン老人がルナシルダのみをうながして脱出をはかろうとする。他の夫人たちは置いてゆかれてなるものかの一念で泣きすがった。が、屈強なしもべたちの阻止を破ることはできなかった。
「水を寄越せ!」
「鍵を寄越せ!」
「邑長は我々に死ねというのか!」
「ロンダムの圧政にはもう我慢ならん」
暴徒の群れの罵詈が響き渡る。
水の管理を長年に渡りつかさどってきた邑長家に不満が鬱積しているのだった。今日の水涸れは反乱のきっかけにすぎない。
「水をエサに、どれだけ庶民から甘い汁を吸えば気がすむのだ」
「どれだけ庶民の自由を奪えば気がすむのだ。どれだけ税を取り上げれば・・・・」
「宗教は全て禁止される、娘を人買いの隊商に泣く泣く売らねば食べてゆけぬ。身体や女房を売るものはまだましだ。盗みや物乞いをさえいとうていては生きてゆけぬ。あれもこれもすべてはロンダムのせいだ」
手に手にナタや包丁、あらゆる武器となりうる物を持ち出して、商人も農民も牧人も地位ある男も、はした女も、叫びながら門の外にひしめいている。
「だから我らは真珠売りを待つのだ。幻想と知りつつ、淡い夢を抱いて」
「真珠売りよ!我々に勇気を」
「ポセイディオーンよ、我々に勇気を」
門が軋んだ。
破られるのは時間の問題だろう。
ルナシルダは壁水の館を出て、人工庭園のしたたるような緑の中を、獣のように走った。
「ルナシルダさまあ!」
背後でオルビン老人が喘ぎながら呼ぶ声がしたが、彼女の耳には届かない。ひたすら彼女の目指すのは、庭園の奥にある歴代邑長の廟だった。
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