「キャス!」
突然、甲高い声に貫かれてキャスケードは振り向いた。浅黒い膚の少年が、肩を上下させて目の前に立っていた。
「レク・・・・」
ストリートチルドレン仲間のレクだった。
「キャス、いったいどこへ行っちまってたんだよお」
少年はキャスケードの胸に飛び込むや、声を上げて泣きはじめた。
「レク、ごめん。俺、連絡もしないで。ヒマがなかったんだ。急にジャレツにひっぱっていかれて、それっきりあいつのアパートに転がりこんじまったもんだから」
キャスケードは苦しい言い訳をした。本当は仲間のことなどすっかり忘れていたのだ。
「どうしたんだよ、レク。なんかあったのかよ?泣いてちゃわかんねえだろ」
キャスケードはレクの垢にまみれた顔を拭いてやろうとして、かたわらに立つ人物の気配に気づいた。
マレーヌだった。
銀縁眼鏡を光らせて、彼女は静かにキャスケードを見つめていた。
「捜したわよ、キャスケード」
とっさにキャスケードは身体を翻して行こうとしたが、それより早くマレーヌの手が彼の腕をつかんでいた。
「待って!」
「離せ、あんたの顔なんか見たくない!」
マレーヌは、キャスケードにあの母親――――――蘭夫人―――――――の面影を濃厚に運んできた。辛すぎる事実を。
「だめよ、やっと見つけたのに逃げないで、キャスケード!大変なことが判ったのよ、ジャレツというあの男のこと!」
マレーヌのそのひと言がキャスケードの足を止めた。
「なに・・・・・・・?」
「あなた、騙されているのよ、キャスケード。あの男、何故あなたにかまっていると思うの?」
キャスケードは詰まった。
ついさっきまで答えが出せず暗澹としていた疑問をまともに浴びせられたのだ。
「なんだってんだよ」
「あの男は虎鮫のコルギンと組んでいたのよ」
「・・・・・・・・!」
マレーヌの言葉は晴天の霹靂だった。
「コルギンがあなたをスラムから追い出したいがために差し向けた男だったのよ。その証拠にあなたのいなくなったスラムはコルギンが我が物顔で支配しているわ」
「まさか・・・・」
弱々しく、キャスケードはつぶやいた。
ジャレツとコルギンがとっさに結びつかない。
「蘭の館で、琥珀が溶けたように見せかけたのもすべてあの男が仕掛けたトリックだったんだわ。そうしてあなたに衝撃を与え、傷心のあなたを丸め込んでしまったのよ。あなたも、私も、蘭夫人も、すっかり騙されていたのよ!」
「まさか、ジャレツが」
キャスケードの碧い瞳がいっそう透明感を帯びた。
「蘭夫人はあなたにひどい言葉を言ってしまったことをとても後悔なさって、もう一度会いたいとおっしゃってるわ」
「あの女のことは言うな!」
「あの時は事情があって打ち明けられなかったけれども、あなたはフェヴィアン様と一緒に生まれた息子だと認めておられるのよ」
マレーヌは涙ぐんで眼鏡を外した。
「嘘だ、そんなの」
「嘘じゃないわ」
マレーヌはキャスケードの両手を取った。
「お願い、蘭夫人に会ってあげて。それが無理ならあの男とは離れて。そうしなければあなたの仲間はコルギンにいいようにされてしまうわ。コルギンがあなたなんか比べものにならない悪党であることは、私たち福祉協会の者もよく知ってるわ。スラムの子どもたちは残らず暗黒街の者によってぼろぼろにされるか、遠い大陸へ奴隷に売られてしまうかだわ」
「キャス、本当だよ!コルギンのやつ、キャスがいなくなってから西側の俺たちをこてんぱんにして従わせちまったんだ!」
それまで黙っていたレクが半泣きで叫んだ。
「ほら、おれの腕だってこの前いきなり襲いかかられてへし折られちまった。もう使いもんにならねえよ」
レクの右腕は持ち上げてもぶらりとぶら下がるばかりか紫色に腫れあがっていた。
「何だと・・・・・!」
「メッキスもルデロもやられた。今、テボとハイダが捕まってる。奴隷船に乗せられるかもしれない」
「何だと・・・・・!」
キャスケードの瞳の奥に、碧い焔が燃え上がった。脳天に火がつくと見境のなくなる、彼本来の眼だ。
「コルギンのやつ・・・・!」
身体の奥から怒りの焔が湧き起こり、全身に燃え広がった。
「レク、来い!」
キャスケードは地を蹴って叫ぶや、スラム目指して猛然と駆け出した。