「いらっしゃい、いらっしゃい、真っ赤に熟したチアダが安いよ、今朝もぎたてだよ」
「秋の王様、ランギッシュだ!今朝の漁で獲れたばかりの新鮮なヤツが一尾たったの二十ペセテカだ、持ってけ、こん畜生」
活気に満ちた呼び声が狭い通路に飛び交う。テントの軒を並べた露店がずらりと並ぶ、スノウバードの台所と言われる青空市場である。
キャスケードはあちらこちらと目移りしながら、今夜の夕飯は何がいいか物色していた。
ジャレツから出歩いてはいけないと厳しく言われていたものの、ひがな一日アパートの窓から鳩を眺めているのは、彼にとって苦行以外のなにものでもなかった。
(メシでも作って待っていてやろう)
働いて帰ってくるジャレツとアスンシオンのために。少年は健気にもそう思いついた。
そして部屋の中を探し回って小銭をかき集めると、久しぶりの街へ飛び出したのだった。
しばらくぶりの街は、活気に満ちてキャスケードを魅了した。
市場はもちろん、的当て屋、銃器屋、大道芸の見世物まで見物し、やんやの拍手を送った。
そのうち夕飯の買い物などすっかり忘れてアイスクリームを買い、スキップして歩いた。
自分の金といえば詐欺や恐喝、スリで得た薄汚れた金だった。
今は違う。ジャレツとアスンシオンが稼いできたまっとうな金のおかげで、心臓が破裂するかと思うほどのスリルに侵されながら盗まなくても食べ物が手に入る。
秋風が頬に心地よい。
スキップするうち、いっそう心が弾んだ。
街の喧騒さえ今までのように神経を逆なですることなく、優しく包み込んでくれるような気がした。
今まで足蹴りにしていた野良犬さえ、頭を撫でてやりたい。
(どうしてこんな穏やかな気分なんだろ)
キャスケードは足を止め、スノウバードの街をゆったりと流れる運河に目をやった。
光きらめく水面を多くの荷船が往き来し、船頭は鼻唄を歌っていた。
不意に、ジャレツの面影をキャスケードは感じた。
艶やかな漆黒の髪、夜の翼のような真摯な眼、なめし革を思わせる低くてよく通る声、逞しい肩、熱い胸郭、香ばしい体臭。
今まで接した大人は、ことごとくストリートチルドレンのキャスケードを蛇蝎のように忌み嫌い、避けて歩いた。
よだれを垂らして寄ってくるのは身体めあての男たちばかりだった。
そんな連中を利用して糊口をしのいだりもしたが、思い出すだけで胸が悪くなる。
(ジャレツはちがう)
彼は、今まで会ったどの男ともちがう。
突然現れて、名前を聞いた得体の知れぬ男。頼みもしないのに身元を捜し、残酷な思い出をくれたやつではあるが―――――――――。
いつだって真剣に話しかけてくれ、いつだっておおらかに接してくれる。キャスケードを一個の人格として認め、それでいて知らないこと、危険なことを根気よく、時には厳しく教えてくれる。
こうしてひとりで街を歩いていても寂しくないのは、いつも彼の面影を感じるからだ。いつも彼の庇護の羽根の下にいると感じているからだ。
こんな相手も、こんな気分も、キャスケードには初めてだった。
今まで誰かを、こんな風に慕わしいと思ったことがない。周りの大人には牙をむき、全身に棘をつきたてて接してきた。そうしなければ生きてはこれなかった。
今までの福祉協会の職員たちは彼を従順にさせようとして一人残らずサジを投げた。
それが、どうだろう。
今の自分は、ジャレツが空を一週間見上げていろと言えばそうするだろうし、眠るなと言えば喜んでそうするだろう。
一日もジャレツの顔を見ずにいは過ごせない。本当は仕事など行かず、一日中一緒に過ごしてほしい。あの深い瞳の奥に身を置きたい。
そんな思いは、すべてあの瞬間から始まった。思い出すのも苦しい、蘭の館での激情。思いがけない自分の力を暴発させてしまった時に、しっかりと受け止めてくれたジャレツの腕を感じた時に――――――――。
(ジャレツはどうなんだろう)
ふと思った。
(俺みたいなガキを抱え込んで楽しいのかな・・・・・いや、そもそも、なんで俺みたいな)
どう考えてもキャスケードを食わせることでジャレツにメリットはなさそうだ。
アイスクリームが歩道に落ちた。
キャスケードの胸に秋風より冷たい風が、一瞬吹きぬけた――――――――。
