「じっとしないか!」
腕まくりしたジャレツが辛抱しきれず怒鳴りつけた。
それでもキャスケードはなんとか泡から逃れようと奮闘している。風呂が大の苦手の彼は、アパートの屋上に設えられた即席のたらい風呂から逃れようと先ほどから虚しい抵抗を続けているのだった。
ふたりの頭上の青空をカモメが一羽、滑ってゆく。
「いてえよお、そんなにゴシゴシしちゃあ」
「文句言うな。ほら、こんなに垢が」
「うるせえ」
肋骨の浮き出た細身を情けなそうに洗われているキャスケードは、雨に打たれた迷い猫そのものだった。ジャレツは、そんな彼の頭から足の先まで豪快に手際よく洗い上げてゆく。
「お前はツラがいいんだから不潔にしていちゃ女の子が幻滅するぞ」
「だってきらいなもんはきらいだもんな」
「この髪、伸び放題だな。よし、ついでだ、散髪してやろう」
「やめろ、それだけはッ」
泡だらけの頭を押さえていたキャスケードだったが、不意に反撃を思いついた。ジャレツの髪に大量の泡をなすりつけたのだ。

「こら、何をするっ」
それからは、どちらが洗っているのか洗われているのか判らなくなった。アパートの屋上を泡だらけにして、ふたりが肩で息をする頃には、勝負は引き分けになっていた。
キャスケードがタオルにくるまったまま部屋に引き上げてくると、アスンシオンが台所に立って何やらいい匂いの料理を作っていた。
「あれ、今日は早かったんだね、アスンシオン」
真っ裸で着替えを捜しながらキャスケードは鼻を鳴らせる。それから、ツイとアスンシオンの手元をのぞきこみ、つまみ食いをした。
「今日は辻占いの実入りがわりと良かったからな―――――――こら、お行儀が悪いぞ」
「ボクにお行儀という言葉をおっしゃるの、アスンシオンさん」
「やれやれ」
アスンシオンは肩をすくめて少年を見やる。ひとたび溶けこめば、キャスケードは茶目っ気たっぷりに彼らの生活に馴染んでいた。
ジャレツとアスンシオンにとって、ペットが一匹じゃれついているのと変わりはなかった。
「キャスケード!さっさと服を着ないか!まったく、お前を風呂に入れるのはホネだぜ」
ジャレツが粟混じりのしずくを垂らしながら部屋に戻ってきた。
「ふたり一度に風呂が済んで能率的じゃないか」

テーブルに料理の品を運びながらアスンシオンが苦笑する。
さっきまで明るかった陽の色は傾き、外は暮色に包まれ始めた。
食卓を囲んで、三人の質素ながらも平穏な夕食が始まる。
ジャレツとアスンシオンが竜の吐息の酒を開け、こぎれいなシャツを急いで着こんだキャスケードがそれを横取りして景気よくあおってみせる。
「こら、大人の飲み物だぞ」
「平気だって」
「勢いよくお代わりの杯を差し出すと同時に少年の身体は椅子から転げ落ちている。
「言わんこっちゃない」
「もう伸びてるぜ」
「まったく赤ん坊同然だな」