厳かな雰囲気の客間に通されたジャレツたちは、やや固くなって主人の訪れを待った。
あれほど威勢がよかったキャスケードさえ、この館の門をくぐってからというものすっかり借りてきた猫のようになってしまっている。
古めかしい彫刻や時計、壁の絵画、どれひとつ取っても心を和ませるものはなかった。
全てがこの家の永い永い歴史を物語ってよそ者をよせつけぬ威圧的な光を放っている。
中でも、マントルピースの上の鴨居に飾られている巨大な紋章らしきもの―――――――それを見た時、ジャレツの総身が粟立った。
竜なのである。
それも、竜蛇皇帝の居城、巣窟城でくる日もくる日もひざまづいて拝していた、竜蛇の紋章なのである。
「おい、ジャレツ・・・・あれ」
アスンシオンも気づいたようだ。
(やはり、この館は竜蛇大陸と何らかの関係が―――――――?)
真っ赤な口腔を開いて威嚇している竜に、ジャレツは射すくめられているような心地がした。
ドアが開いた。
衣擦れの音をさせて部屋に入ってきたのは、たおやかで華やかな女性だった。
歳はまだ三十をいくつも越えてはいないだろう。

はちみつ色の長い髪を結い上げ、裾まである白鳳の民族衣装を身に着けている。
華やかな中にも峻厳な目鼻立ちは、夫亡き後この館と領地のいっさいを切り盛りしているというだけあって、明晰さを物語っていた。口角は余計なお喋りを慎むかのようにキリリと持ち上がり、眼光にも隙は無い。
しかし、その目の色がキャスケードの深い碧と同種であることを、瞬間的にジャレツは感じた。
(母親だ、キャスケードの)
確信を持った。
「私がモルモデス家の主人です。蘭の館に住んでいるので人は蘭夫人と呼びますが」
女性は言った。
ジャレツは立ち上がり、握手を交わした。
「ジャレツ――――――竜蛇人です」
「同じく、アスンシオンと申します」
「そして、こちらにいる少年が・・・・・」
「キャスケードですわね。いつもマレーヌ先生を手こずらせているという」
紹介しようとするジャレツを遮って、蘭夫人は碧い瞳をキャスケードに向けた。
キャスケードも長椅子にかけたまま、蘭夫人を見上げた。
いつものふてぶてしい表情だが、眼は潤み、唇は血の滲むほど噛みしめられている。
(連れてくるべきじゃなかったか・・・・・・?)
ジャレツの胸が痛んだ。
しばらく少年の顔を見つめていた蘭夫人は無表情のまま、視線をそらせた。
「すべてはマレーヌ先生からお聞きしました」
マレーヌが夫人の背後から入ってきて、ドアを閉めた。
「おふたかたはこの少年の身元を捜しておいでとか。お若いのに昨今お目にかからないご殊勝な方たちですこと。私、感じ入りましたわ」
碧い瞳が煙った。上辺だけのくゆりであることを、ジャレツは見て取った。
この顔立ち、瞳の色。キャスケードの母親に違いない。
だが、こんな富裕な家の子どもがどこをどう間違ってストリートチルドレンなどになってしまったのだろう。
ジャレツはかたわらに座るキャスケードと蘭夫人を見比べてから、
「この少年の身元に何かお心あたりはないでしょうか」
単刀直入に尋ねた。
「いいえ、残念ながら」
蘭夫人は無表情のまま答えた。
「でも、ご存知の通り私は慈善活動に興味がございまして、スノウバードのスラムの子どもたちの現状には心を痛めております。少しでもお役に立てればと思い、チルドレン救済所に寄付もさせていただいておりますし、それぞれの子どもの身元を探し出すことも大いに賛成です。ですから、この少年の身元を捜すことにもできるかぎりのご協力させていただきますわ」
こゆるぎもしない表情だった。
「ありがとうございます、蘭夫人」
礼を言ったのは、マレーヌだった。彼女の前にひざまづき、伏し拝まんばかりにして両手を握りしめた。
「さ、あなたもお礼をおっしゃい。キャスケード」
キャスケードは前髪の隙間からぎろりと、蘭夫人と女教師をにらみつけただけだった。
ジャレツが気まずさを一掃するように向き直ると、蘭夫人にさぐりを入れた。
「ところで夫人にはお子さんは」
「娘がひとりおりますわ」
「おひとりだけですか」
「ええ」
「たとえば、このキャスケードのような男の子は」
アスンシオンが目配せして制止したが、ジャレツは強引にその質問を口に出してしまった。
「おりませんわ」
ぶしつけな質問に、その場の空気がよけい気まずさを増してしまい、蘭夫人の表情が明らかに強張った。
「何がおっしゃりたいのでしょう、ジャレツさん」
「偶然とは思えなくて。この館が蘭の館。そしてキャスケードとは黄金蘭の名・・・・」
夫人が突然、笑い出した。
「ジャレツさんは、私がこの少年の母親ではないかと思ってらっしゃるんですの?まあ、何をおっしゃるのかと思えば・・・・」
口元に手をあててころころと笑った。
「私の子はフェヴィアという、今年十二になる娘がひとりだけです。誓って、他にはおりませんわ」
言葉は丁重だったが、夫人の眼の奥にはとんでもないことを尋ねたジャレツに対しての蔑みが満ちていた。
(この女・・・・・)
ジャレツの胸に憎悪が頭をもたげた。