女教師の御する馬車の後に、ジャレツとアスンシオンは馬を進めた。
しばらく行くと、やがて霧の中から巨大な門が現れた。白鳳の建築様式そのままの優美な植物文様が刻まれた古めかしいものだ。
門番らしき老人の影が、マレーヌを見て門を開けた。錆びついた鉄の軋む音が、霧の中に悲鳴のように響き渡る。
キャスケードが思わず背筋を震わせ、それを感じ取ったジャレツが、彼の細い肩を力強くつかんだ。」
「気安くさわるな」
少年は即座に唇を尖らせてジャレツの手を振り払った。
門を入るなり、ジャレツは何かの気配に五感を浸された。
何か―――――――それは生き物のように獰猛で、生臭い息を吐いていた。
馬が脚をすくませてなかなか進もうとしない。まるで狼の群れにでも囲まれているかのようだ。
確かに間近にまでその気配は迫っている。
しかし、息苦しいほどの霧に遮られ、何も見ることはできない。
「感じるか、アスンシオン」
「ああ・・・・・」
占いをする親友が感じないはずはない。
崖の上を綱渡りでもするように、ジャレツは馬を制しながら、生半可な広さではない庭を進んでいった。
と、突然、霧の中から楽しげな笑い声が洩れてきた。
「こっちよ、こっち!婆やったら遅いわよ」
「お嬢様、どちらです?こう霧が濃くては何も見えやしません」
「こっちだってば」
少女らしき声と老婆らしき声が霧の中に反響する。
――――――――と思ったら、いきなり人影が馬の前に現れ、ジャレツは手綱を引いた。
飛び出してきた少女は立ち姿ではなく、車椅子に乗っているらしい。
歳恰好はキャスケードと同じくらいに見える。だが、明るい色らしき長い髪も、贅沢を極めているらしいドレスも、濃い霧に遮られてぼんやりとしか見えない。
だが、刺すような少女の視線を、ジャレツは感じていた。
ほんの数秒のことではあるが、刃物のような視線が繰り出されてきたのである。
「フェヴィアお嬢様、こちらでしたか」
背の曲がった枯れ木のような老婆が息を切らせてやってくると、少女はつとジャレツたちから顔を背けた。興味がないわ、と言わんばかりの態度だった。
よそ者に気がついたらしい老婆は、慌てて少女を隠すようにした。
「さ、参りましょ。こんな霧の中をお散歩など、お身体にさわりますよ」
車椅子を押して、植え込みの向こうへ消えていってしまった。
「ふん、生意気そうな女!」
キャスケードが罵った。
ジャレツはその時、ようやく気づいた。
ただの植え込みと思っていたのは、群生する蘭の花々だったのだ。
晴れていたなら、さぞ壮観だったにちがいない。あらゆる色、あらゆる形の蘭が広大な庭をうめつくしているのだろう。
霧の中に埋没しながらも咲き誇るそれらは、まるでよそ者のジャレツたちを威嚇するかのように生臭い息を吐きながら、様子を窺っていた。
「アスンシオン、蘭だ」
「これが蘭の館と呼ばれる所以だったのか」
アスンシオンも群生する蘭に気づいて大きく息を吐いた。
「黄金蘭はあるんだろうか・・・・・・」
ジャレツがふと洩らした言葉に、キャスケードは敏感に反応した。うるせいやい。こんな陰気くさいところ、大嫌いだ。さっさと馬を歩かせろい」
ジャレツはそれに従った。