「この人さらいっ!どこへ連れていきやがる――――――――っ!」
平和な田園風景に、悲鳴が響き渡る。
黄金に光る小麦の収穫に忙しく立ち働いていた農民たちが、思わず作業の手を止めて街道を見やった。
二頭の馬が、旅人らしき男を乗せてゆったりと進んでいた。
一頭には黒髪の屈強な男、もう一頭には髪の長い男。
ジャレツとアスンシオンだった。
そしてもうひとりは―――――――。
「おろせっ、はなせっ、こん畜生!俺様にこんな真似して無事ですむと思ってんのかよ、この黒ずくめのカラス野郎!」
あらんかぎりの悪態をついて、キャスケード―――――――黄金蘭の名を持つ少年―――――――は、ジャレツの鞍の上で暴れまくった。
なんとか下りようともがくが、その度に強靭な腕に押さえ込まれて思い通りにならない。
ジャレツはそんな彼をたくみに抱え込んだまま、黙々と栗毛の馬の手綱を操っていた。
後ろに続いていたアスンシオンが灰色馬を進めて馬首を並べる。
「いい加減諦めたらどうだ、キャス。せっかく俺たちが身元を捜してやろうというんだ。おとなしくしろ」
まっぴらだ、と言う代わりに、キャスケードはアスンシオンに向かって鋭く唾を吐きかけた。
「誰が親なんか捜してくれっていったんだよ?いきなりひっぱってきて変なカードで占いやがったと思ったら、俺の親が内陸の村にいる―――――――だと?よくもそんなイカサマかませたもんだ!」
「イカサマかどうか、確かめてみなくちゃわからないだろう?」
アスンシオンは頬に吐きかけられた唾をぬぐいながら言い、馬の歩みの度にさらさらと揺れる長い黒髪を肩の向こうへ投げて、ジャレツを見やった。
何気なく馬を操っているようだが、ジャレツの手はしっかりとキャスケードの細い身体を鞍に固定していた。
これでは華奢なキャスケードがもがこうが噛みつこうがびくともしないだろう。
ジャレツの横顔は冷静だった。しかし、その裡側にある焦燥と苦悩を、アスンシオンだけが知っている。どうしてもキャスケードに手を下すことができずに、この何日かは食事も喉を通らず、眠れないようだった。
そんなジャレツに、アスンシオンは彼の身元を探し出すことを提案したのだった。
そうすれば、何故、竜蛇皇帝が彼を欲しているのか―――――――その秘められた能力――――――――が判るかもしれない。
しいては、彼を抹殺せずにすむ方法が開けてくるかもしれない。
ジャレツは戸惑うことなくこの提案にうなずいた。
嫌がるキャスケードを無理やり連行して占ってみたところ、彼の故郷はスノウバードを北上すること十陸路、郊外の村だとカードは教えてくれた。
それに加えて、アスンシオンの指は驚くべき暗示をカードから引き出した。
その村に、五百年ごとに生まれた子に蘭の名前を名づける風習のある家系があるという。
(もしや、その家系がキャスケードの身元では――――――――?)
研ぎ澄まされたジャレツの第六感と、アスンシオンの霊感が同時に告げた。
それを確かめるべく、馬を借り十陸路の道を、嫌がるキャスケードを押さえつけながらやってきたというわけだった。