シャン、シャン、と鈴の鳴る軽快なリズム。
細い手首と足首に巻かれた真珠まじりの鈴の輪。それらが花弁琴の音色に合わせて蝶のように舞う。
果実酒色の空気がたゆたう場末の酒場だった。
紫煙と酔っぱらいの嬌声が満ちる中で、数人の踊り娘たちが薄紅色の衣装をひらめかせ、妖艶な腰を振っている。
竜蛇特有の「時輪皇帝に捧げる舞い」だった。
時輪皇帝とは、少年皇帝リシュダインの別名である。
めぐる水車のように時の輪を繰り返し、新しい命を紡いで治世を続けてゆく故に、彼は民から往々にしてその名で呼ばれるのだった。
ジャレツは旧友アスンシオンと共に酒杯を傾けていた。
常に皇帝の側で寸分の手落ち地なく接さなければならないジャレツにとって、旧友と過ごす場末の酒場でのひとときは心から安らぐ時間なのだった。
このひとときだけは、血生臭い戦略や策謀から解き放たれることができた。
アスンシオンは彼の少年時代からの友人で、軍隊では共に幾度も熾烈な戦火をくぐり抜けてきた戦友でもある。
竜蛇の、他の大陸への侵攻は絶えたためしがなく、アスンシオンは先の戦役で片足を失い軍隊を退役したのだった。しかし、その後でも、彼がジャレツの大切な話し相手であることには変わりがなかった。
年齢も同じだ。
クセのない青みのある黒髪と瞳が優しい。
天涯孤独のジャレツとは違い、妹とふたり暮らしで、退役してからは得意のカード占いを生業としていた。
「あの娘、さっきからお前の方ばかり見てるぞ」
アスンシオンのからかい口調に顔を上げたジャレツは、踊り娘たちの輪に視線をやった。
彼女らの中に、見慣れない娘が混じっていた。
翡翠色の瞼と耳たぶを持った娘は、その面差しにあどけなささえ残している。
――――――――それがアナリディカだった。
翡翠色の瞼と耳たぶ―――――――それは、竜蛇民族の娘ではなく樹魂大陸人種の血をひく証だった。
緑柱石の瞳がまっすぐにジャレツの瞳を射てきた。受け止めざま、ジャレツの視線も彼女に突き刺さる。
花弁琴の音色が遠のいた。
ジャレツはその瞬間、自分の孤独な魂の居場所を探り当てていた。
娘が踊りの輪を抜け、ジャレツもつられるように椅子を蹴った。
その刹那―――――――。
「このアマあ!」
怒号が気だるい酒場の空気を震撼させた。
赤ら顔の酔っぱらいが娘の腕をねじあげようとしていた。
口説きおとそうとしている娘に無視され、頭にきた泥酔者らしい。
「やめて!」
娘は小鳩のようにジャレツの胸に飛びこんだ。
「舞姫の分際で客を断ろうってのか?こっちへこい!」
「私は娼婦じゃないわ」
「なにい!」
打とうとする手を、ジャレツは止めた。
「何だよ・・・・あんた」
酒気を帯びて獰猛だった男の目が、驚愕に見開かれたのはその刹那だ。
「皇帝・・・・陛下の」
ジャレツの目立たぬジャケットの下の、紫の軍服に気がついたらしい。
男は手を振り上げたまま、凍りついた。
ジャレツは胸の中の娘を見下ろした。
娘もまっすぐに彼を見上げた。
その夜、ふたりはお互いの渇いた魂を潤しあい、決して離れぬと誓い合ったのだった。
「アナリディカ・・・・・・!」
無数の雨の矢が降りそそぐ暗黒の天に向かって、ジャレツは吼えた。