二 子連れハントの男
「ご乗船のお客様にご案内申し上げます。華麗なる恒星ブラン・ネージュ系遊覧船銀曜日号は第三惑星ポムタの中央宙港に着陸いたします。下船のお客様はお忘れ物のございませんようご注意くださいませ。なお、恒星リンゼマンへの船にお乗換えのお客様は宙港十字ウイング、一○三埠頭の……」
柔らかな声で、船内アナウンスが告げた。
銀曜日号は地球の水鳥の飛翔を思わせる優美な船体を、第三惑星ポムタへと近づけていった。
☆
イラついているらしい。それは、この男の普段でさえ大きな鼻孔がいっそう大きくなったり小さくなったりしていることでわかる。
長年のつき合いであるハロバッツは、兄貴分が不機嫌なことをすぐに見てとった。
兄貴分のザスラブは地球のトドみたいな巨体を派手なロイヤル・ブルーのスーツに押し込み、ざらついた茶色の首筋にぎとつく汗を光らせながら葉巻をスパスパ蒸かせていた。
「遅かったじゃねえか、ハロ」
そう言われても、ハロバッツが遅れたわけではない。銀曜日号が遅れたのだ。だが、そんな言い訳をひと言でもしようものなら即座にゴリラのような手で張り飛ばされることは百も承知だ。
このザスラブという男、ファーム星系の裏の世界ではずいぶんハバを聞かせているらしいが、実際は何者なのか、ハロたちもまったく知らない。ただファーム星の繁華街を闊歩してはザスラブの名前を出して、その恩恵のおこぼれにあずかっているだけである。
ハロバッツ以下、バードックとパステークはこの男の用が一秒でも早くすむことを願いながら横一列に並んでしゃちほおこばっていた。
宙港ドームの一隅である。
外気温八十度を断熱ガラスで遮断してはあるものの、恒星ブラン・ネージュの直射日光は容赦ない。
ザスラブは持っていた缶ビールを開け、ごくごくとあおった。ハロバッツたちの喉が鳴った。
「さて―――おめえたちみてえなチンピラにタダで豪華客船の旅をさせてやってるわけじゃねえことは解かってるな」
「は、はい」
「はい、じゃねえ、といつも言ってるだろうがっ!」
横っ面に飛んできたごつい手のひらを、ハロバッツは間一髪でよけた。
「へ、へい」
「おう、それでいいんだ、それで」
弟分たちにも自分と同じべらんめえ調を強要しているザスラブは、呼吸を鎮めた。
そして、改まって懐から小さな箱を取り出した。手のひらにすっぽり収まる大きさのそれは、ガラにもなくプリズム色のセロハン紙で優雅にラッピングされている。
「こいつを最終寄航地エメギーノまで運べ」
「へ、へい。それで、どなたに?」
「バカヤロウ、そんなこたあ、決まってるじゃねえか!」
二度目の手のひらも空を切る。
にもかかわらず、ザスラブは岩みたいな頬をほんのりと染めて小指を立てた。
「これにプレゼントよ。指環だ。ねだられちまってな」
「兄貴が直接お渡しにならないんで?」
「そ、そんなことができるか、決まりが悪いじゃねえか、ザスラブのあにいが女に指環なんぞ」
「はあ…」
「へい、だ。何度も言わせるな。とにかく向こうに着いたらこの女が迎えに来ているはずだ」
手渡された写真の女を見て、吹き出さないようガマンするのに、ハロバッツたちは地獄の苦しみを味わった。
「ちゃんと渡せよ。わかったな!」
「へえい」
キザを気取った岩塊みたいな後ろ姿を見送って、ようやくハロバッツたちは開放された。
途端に大爆笑だ。
「よくもこんなオカチメンコが生息してるよな」
「ザスラブの兄貴もどんなシュミしてるんだ」
「銀曜日号で知り合ったシルマリイのお姉さんとは月とスッポン、太陽と隕石クズほどの差かな」
好きほうだい写真の女の悪口をたたいていると、背後から鈴音色の声が被さった。
「あら、君たちも下船したの?ちょうどよかった、一緒に市内観光へ行きませんこと?」
先日、お茶を共にしたパープルヘアの美女である。今日は目が涼しくなりそうなペパーミントグリーンのドレス姿だ。
「シルマリイさん!」
たちまち三人は蕩けてしまう。
尻尾を振って後を着いてゆくバードックとパステークに続きながら、ハロバッツは何気なく埠頭に横付けされた銀曜日号を振り返った。
「あれ?」
眺望席のガラスに、見覚えのあるプラチナブロンドの女の子が張りついているのが見えた。
(新エルシャス星人の子だ。市内観光しないのかな?)
すれ違うのもおっかない新エルシャス星人だが、何故か話してみたい。胸の奥が切なく痛む。あのサファイヤの瞳をじっくりと覗きこんでみたい。
「ハロくん、早く」
パープル美女の妖艶な声に、そんな思いも断ち切られて、ハロバッツは仲間の後に続いた。
☆
一両日の寄港を終えて、銀曜日号は惑星ポムタを後にした。
いよいよ遊覧航行の目玉、華麗なる恒星ブラン・ネージュ最接近を待つばかりである。
銀曜日号の断熱設計は万全で、活動する恒星のナマの姿――光球の表面部分「彩層」に限界まで接近し、コロナやプロミネンス、そして黒点を初めとしる数々の斑現象を見物して、宇宙気分を満喫しようという趣向だ。
最接近する際には、船長主催の大規模なパーティーが予定されている。
☆
「……貴方のオードトワレがこいつの死んじまったお袋のと同じで…」
プールサイドから聞こえてきた言葉に、胸元は喉まで、腕や足は第二関節まで覆ったクラシカルな水着姿のマシェンナは平泳ぎを止めた。
(どこかで聞いたセリフだわね?)
若者たちの歓声が響きわたる銀曜日号内部のリゾート・プールである。
プールの底はガラス張りになっており、星雲渦巻く銀河が水を通して足元に眺められる。
マシェンナは素早くプールサイドに泳ぎ着いて目だけで偵察した。
(やっぱり)
水着姿のパンダカマキリが、黒メガネもそのままにパープルヘアの美しい女性に話しかけている。
性悪フェイスのトビーJr.とかいう赤ん坊もパターン通り、美女の胸に張りついて離れようとしない。
(これって、あの人のナンパの常套手段だったのね)
マシェンナは裏切られたような気がした。
(ばっかみたい、奥さん亡くしたっていうから同情したのに)
「こらトビー、離れなさい。おねえさんが困っているじゃないか」
「あら、よろしくてよ。わたくし、赤ちゃんだぁい好き。可愛い坊やですわね」
ローズ色のビキニもこれ以上ないほど完璧に決まったグラマラスなパープル美女は、ちっとも迷惑そうなそぶりを見せず、トビーJr.を抱っこする。
どこをどうひねれば、あの性悪フェイスに可愛い、なんて言葉がかけられるんだろう。
マシェンナはごちた。
「それはちょうどよかった」パンダカマキリは今だとばかりにプッシュする。「プールで三人、ラッコさんごっこでもいかがですか?私があなたの胸にこのトビーを乗っけてあげましょう」
マシェンナの胸がズキンと痛んだ。
(何よ、何よ、きれいな眼をしてるって思ったのに!あの人の眼に似ているって思ったのに……)
留学していた異星、ミドルスクールの美術サークルの先輩。大好きだった黒髪に黒い眼が同じだった。たしか地球(ブルー・スタリア)系の人だった。
パンダカマキリとは年齢がずいぶんちがうけど、どこか雰囲気が似ていた。眼の奥の光も……。だのに……。
また今度も、手ひどいしっぺを受けてしまった。
「ふうん、あんたの亡くなった奥さんってずいぶんたくさん香りを嗜んでたんだね。その人で何種類め?」
いきなりマシェンナのかたわらから声が突き刺さり、パンダカマキリは飛び上がった。
向こうから泳いできたココラだった。
「あら、お友だちとご一緒でしたのね」
パープルヘアの美女はさっさとトビーJr.を返し、踵を返して行ってしまう。
「あ、あの、ちょっと……」
茫然と置いてきぼりを喰った恰好のパンダカマキリだった。
「シルマリイさあん!」
パンダカマキリの背後から三人の若者が騒々しくやってきて、パープル美女にまとわりつく。
「あら、ハロくん、バドくん、パスくん」
「あっちで僕たちと泳ぎましょう!」
「よろしくてよ」
マシェンナとココラには気づきもせずに、笑いさざめきながら彼らは行ってしまった。
ココラがマシェンナに耳を寄せた。
「この前の三人組みだよ。あんなド派手な年増女のちゃらちゃらしてみっともないったら!ま、いいトシして子連れハントしてる男よかマシかもしれないけどね」
「誰が子連れハントだって?」
頭上から降ってきた太い声に、ココラとマシェンナがびっくりして上を向くと―――、パンダカマキリが褐色の筋肉もあらわな水着姿でプールサイドに仁王立ちになっていた。
「君たち、何か私に怨みでもあるのかね。人の恋路をじゃまするような」
(人の恋路ですって?子どもをダシにしたあのハレンチな行為が?)
マシェンナは唇をかみ締めた。
「だって、あんたの息子が二度も私たちのプライベートタイムを邪魔したのよ」
ココラが負けじと言い返す。
ちゃんと謝ったじゃないか。今後いっさい私のデートを邪魔するような真似はしないでほしいね」
言い捨てて、パンダカマキリが行こうとした時、性悪フェイスのトビーJr.がハイハイでプール際に出てきた。
「トビー!」
「危ないっ!」
思わずマシェンナが受け止めようとしたのと、抱きとめようとしたパンダカマキリがバランスを崩しかけたのは、同時。
それに加えて、
ズズウ……ン!
大きな振動が銀曜日号を襲った。

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