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浪漫@kaido kanata

. 「彩層のエドマより」予告

次回からの新連載、「彩層のエドマより」は、がらりと世界が変わりSFものになります。

 ↓こちらは昔描いた主要キャラのデザインです♪
edoma.jpg
  
  
~あらすじ~ 

 遠い遠い銀河系の片隅のお話。
軍事惑星国家ダングロットから襲われた平和で美しい惑星エルシャスから事は端を発する。
生き残ったエルシャス人は新エルシャス星へ移住。
エルシャス人は多胎性で、何十人もの子どもを産むのが通常だった。
そんな故郷が嫌になり、生涯独身を通すため修道女になることを決めた少女、マシェンナと対称的な従姉妹のココラの宇宙船での珍道中。
 人類を絶滅させる人形型オルゴール兵器「エドマ」の悲しい末路。
 しかし、エドマの犠牲のおかげでマシェンナは将来に希望を見出す。

青春期にあるマシェンナの心の揺らめきを書き表したつもりです。


彩層…恒星の周りに存在する層の名前
エドマ…永久凍土のこと

連載の終了した小説作品は、「カテゴリ」のリンクからお入りいただくと、第一話からご覧いただくことができますので、こちらもよろしくお願いいたします♪

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. 彩層のエドマより 第1回

 プロローグ

ごめんなさい……。
生まれくるはずだったあなたたち―――。
輝かしい人生を辿るはずだったあなたたちを闇に封じ込めて
しまったのは、わたし。
ごめんなさい、お詫びに子守歌を歌わせて。
凍りつく宇宙の闇に
母の懐の温かさを送ります。
優しい旋律に乗せて……。
安らかにお眠り、
可愛い子たち……。
やすらかに、やすらかに………。


   一 惑星エルシャスの悲劇

 その昔、銀河の片隅に、エルシャスという美しい惑星がありました。
 人々は平和に暮らしておりましたが、ある日突然、エルシャスは軍事国家惑星ダングロットから侵略を受けました。ただ版図を広げたいがためだけの理不尽な侵略でした。
 人々は母惑星を守るため懸命に戦いました。
 戦いは長期に及び、惑星エルシャスの豊かな緑の大地は大部分が焦土と化してしまいましたが、それでもエルシャスの人々は敵に屈服しませんでした。
 業をにやしたダングロットは全面攻撃に出るかと誰もが予想しましたが――――、なんと彼らは突如として停戦し、平和協定を申し出たのです。
 平和主義者のエルシャス人がこれを拒もうはずはありません。協定はめでたく結ばれ、惑星ダングロットから記念品としてプレゼントが贈られてきました。
 人型のオルゴールだったと歴史は伝えます。
 平和が戻ってきました。
 オルゴールは両惑星の平和の象徴となり、か細くも美しい子守歌が首都に流れました。
 十年、二十年と経ち、変化は徐々に訪れました。
 惑星エルシャスの人々の出生率がじわじわと下降線を辿り始めたのです。
 惑星政府はあらゆる手立てを講じましたが、出生率は谷を滑落するように低下の一途を辿り、恐れをなした惑星民は他の星へ移住を始めました。そして―――。
 ついにオルゴールを贈られてから二百年目、最後のエルシャス人は死に絶えました。
 もうオルゴールを聞く者は誰もいません。
 死の街となった首都に、オルゴールの音色だけが風に混じって虚しく響いていたと、それからさらに百年後に訪れた異星人は語ったそうです。
 オルゴールは人間の出生率を長年に渡ってじわりじわりと低下させ、ついには完全に止めてしまう兵器だったのです。
 今でこそ、宇宙交流協会軍が厳しい監視を敷いていますから、このような残虐極まる兵器はおろか惑星ダングロットが仕掛けてきた理不尽な侵略行為も許されるはずがありませんが、これは何せ遠い遠い昔のことです。
 その後、伝説の兵器の行方は誰も知りません。噂によると、絶世の美女のかたちをしていたそうですが――――。


「だからね、私たち移民したエルシャス星人の生き残りは子孫を増やす義務があるのよ」
 ココラがどんぐりまなこをさらに開いて息巻いた。
 マシェンナは肩をすくめた。
「耳にタコだわ、ココラ」
「解かってないわよ」
 急に立ち上がったココラの剣幕に、銀河の眺望を楽しみながらティータイムを過ごしていた人々は、驚いて振り向いた。
 ここは豪華宇宙船、銀曜日号のラウンジなのだ。静かなムード音楽が流れ、紳士淑女が和やかな歓談に興じている。
 天井から足元までのガラス張りの向こうにこぶし大の大きさに輝いているのは華麗なる恒星ブラン・ネージュだ。
「シッ、声が大きいわよ、ココラったら」
 長い金髪を地味なリボンでまとめたマシェンナは喉元まで覆ったグレーの丈長いワンピース姿で、いかにも恥ずかしげに同い年の従姉妹を睨んだ。
 ココラはというと、マシェンナとは対照的な燃えるような赤毛のショートヘアにルビーのような瞳、肩やヘソを出したパンツルックで、奔放を絵に描いたような恰好(なり)だ。
 マシェンナは何度目かの大きなため息をついた。まったくこの不良従姉妹のお目付け役をしながらの旅は荷が重い。
 ふたりは従姉妹同志。
 新エルシャス惑星から、聖都シェヘラザードのある巡礼惑星に向かう途中なのである。
 貞淑と品行方正をもって知られる、聖アヴェルラ女学院に入学するためである。
 ふくれっ面でココラは繰り返す。
「解かってないわよ、マシェンナ。だったらどうして聖アヴェルラなんかに留学するのよ。あんなとこ女の牢獄よ。いったん入学してしまったら三年間、男の気配さえ感じられなくなるのよ」
「三年間じゃないわ。一生よ」
 マシェンナはとりすましてハーブティーをひと口飲んだ。
「一生って!あんた、まさか上級コースへ進んで修道女になるつもりじゃないでしょうね!」
「そのつもりよ、最初から」
 ココラの赤い巻き毛が一瞬、針のように突っ立った。

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. 彩層のエドマより 第2回

「私はいやよ!三年でもいやよ!考え直しなさいよ、マシェンナ!私たちまだ花の十七歳なのよ!」
「だから汚れないうちに清らかな園に入るのよ。あんたは手遅れだけど」
「汚れる汚れないの問題じゃないのよ!子孫を増やすのは私たちの義務、ううん、使命なのよ!」
「ココラ」
 カチャリとティーカップを皿に戻し、マシェンナはしらけた視線を熱弁ふるう従姉妹に送った。
「使命だなんて言葉使って恥ずかしくないの?あんたのは単なる火遊びじゃないの」
 ココラのアバンチュールの相手は毎週異(ちが)う。その数限りなし。実際可愛い子ちゃんに違いない彼女と一度でもデートしようという男はひきも切らず、整理券まで発行される始末だ。
 その結果―――、ココラは親に内緒でベビーエッグをベビーバンクへ数え切れないくらい譲渡している。
 ベビーバンクでは親に売られた可哀想なベビーエッグを人工子宮で育てて出生させ、全銀河の子どもに恵まれない裕福な夫婦へ養子縁組しているというわけだ。
 たいそう繁殖力の強いエルシャス星人は、毎日が排卵日で、しかもキスだけで妊娠してしまうのだと噂されている。(事の真偽はともかく、少なくともマシェンナはこの年齢でそれを鵜呑みにしていた)。
 その上、多胎性ときている。
 実際、マシェンナは三十八人兄弟の十九番目、ココラは二十五人兄弟の十番目という境遇だ。
 マシェンナの俗世嫌い、聖女願望はこれが原因だ。いくら自分の星族の特性とはいえ、このドはずれた旺盛な繁殖力、節操の無さと思われかねない出生率200パーセントの現状に耐えられないのだった。
 子どもの頃はこれが当然と思い込んでいた。だが―――。
 とにかく今のマシェンナはなんと異端者扱いされようと、将来ひとりとして子どもを産むことも考えられなかった。
 母親が泣いて聖アヴェルラ女学院入学に反対しても、である。
 ココラの場合は―――。
 多胎性なのとふしだらなのとは別問題だ。
 あまりにも素行の悪い娘に堪忍袋の緒を切ったココラの父親は、渡りに舟とばかりに聖アヴェルラに入学を決行するマシェンナに娘を託した。便乗入学である。
「とにかく私は絶対イヤだからね。聖都シェヘラザードに着く前に絶対逃げる!」
 ココラは本気だ。
「そうはいかないわ。伯父様から厳命されてるんですもの。あんたと一緒に聖アヴェルラに入学しろって」
 マシェンナのガードと決心はダイヤモンドなみだ。
     
        *

「君たち、僕たちとお茶しない?」
 定番すぎるナンパの言葉に振り向くと、この豪華宇宙船にはまったくそぐわないおにいさんが三人、彼女たちのテーブルを囲んでいた。
 声をかけたのはマシェンナたちと同年輩の少年だ。パンプキンイエロウの肌にビリジャンの髪からすると、ファーム星系の人種らしい。
 スリムな身体にぴったりした黒い革のジャンプスーツに身を包んだ彼はなかなかの美少年だが、いかにも遊び慣れてる風で、仲間ののっぽと太っちょもニヤニヤ笑いを浮かべながらカモを値踏みしている。
 マシェンナの全身の血の流れが一瞬止まった。もっとも彼女が苦手とするタイプだ。
 ココラの方は、もう流し目になっている。
「いいわよ」
「ダッ」マシェンナの声が引きつった。「だめよ、ココラったら!」
「どして?お茶くらいいいじゃないの、プラチナブロンドのお嬢さん」パンプキンイエロウの肌の少年が言った。「俺、ハロバッツっての。こっちののっぽはバードック、でぶはパステーク」
「へへ、よろしく」
 マシェンナは膝の上でワンピースを握りしめた。なんとかこのハゲ鷹たちを追いはらわなけりゃ。
「かたいこと言いっこなしよ、マシェンナ」
 構わず席を立ってココラが少年の腕を組もうとした時、マシャンナは言い放った。
「あなたがた、私たちは新エルシャス星人なんですけど、それでもよろしくて?」
「へ?」
「新エルシャス星人?」
 少年たちは顔を見合わせた。
 やや考えた後―――ハロバッツと名乗った少年の顔色が変わった。
「新エルシャスって……あの?」
「な、なんだよ、ハロ」
「し、失礼しましたあ!」
 踵(きびす)を返すや仲間を置いてダッシュしていく。
「おい、待てよ、ハロ!」
「どうなってるんだあ!」
 のっぽと太っちょがあたふたと後を追う。
 ココラは舌打ちして投げやりに席に戻った。
「だめじゃないの。私たちの素性をバラしちゃ、男の子たちが寄りつきゃしないわ」
「何言ってるの。これ以上ベビーバンクと取引を増やしたいの?ココラ」
 マシェンナは眉根を寄せてティーカップを持ち上げた。
 ――――と、その手が凍りつく。
「きゃあああああ!」
 ココラが頓狂な叫び声を上げた。
 テーブルの下から彼女の素足の膝に登りついてきたベタついた小さな手。続いてなんともやんちゃそうな赤ん坊がよじ登ってきた。
「な、何よ、この子!」
「きゃあああああ!」
 今度はマシェンナが悲鳴をあげる番だった。ゴブラン織りのテーブルクロスをかき分けて彼女の膝の上に現われたのは、黒メガネの男の顔だったのだ!
「!」
 マシェンナはその男と鼻をつき合わせた。
 整った顔立ちだが、なんとも強面で全身がすくんでしまう。だが、その黒メガネの奥の眼をマシェンナは見入ってしまった。
 優しい眼。限りなく広く、深い。
 思わずマシェンナは惹き込まれてしまった。
「あ、間違えた、失礼」
 だがそれも一瞬で、男は慌てて引っ込み、今度はココラの膝元に現われた。赤ん坊はココラの胸に這いのぼり、ヨダレをまきちらしている。
「いやあん、どうにかしてよ、これえ。ちょっとおじさん、この子あんたの?」
「申し訳ない」
 黒メガネの男はテーブルの下から這い出て立ち上がった。リーゼントの黒髪、筋肉の発達した素晴らしい肉体の持ち主だ。すぐに赤ん坊をココラから剥がしにかかった。
「こらトビーJr.、だめだろ」
 天使のような金の巻き毛をふわふわと頭にまといつかせた赤ん坊は、簡単にココラの心地好い胸から離れようとしない。挙句の果て、性悪そうな顔をくしゃくしゃにして泣きわめく始末だ。
「やれやれ」
 油断した男が手をゆるめた隙だ。赤ん坊は目にも止まらぬ速さでココラの脚線美をスルスルとすべり落ち、ハイハイで絨毯の上を逃走し始めた。
「あっ、こら待て!」
 赤ん坊につまずきかけたボーイがよろけてティーカップをひっくり返すわ、赤ん坊は手に触れるテーブルクロスを片っ端から引っぱってゆくわ、ラウンジのあちこちで騒々しい物音と悲鳴が起こった。
「待て、トビー、待てったら!」
 リーゼントをふり乱して男は追っかけまわすが、赤ん坊はなかなか捕まらない。
「これだから、ねえ」
 ココラがマシェンナに相槌をもとめた。
「ほんとに、これだから赤ん坊なんか産んで育てたりまっぴらなのよ、ねえ」
 マシェンナも力強くうなずく。結局、ふたりの共通の見解はこれ一点のみだった。

          ☆

「ふうう、ヤベえ」
 ハロバッツはラウンジを逃げ出してくるや、壁にもたれかかって喘いだ。
「よう、ハロ、どうしたんだよ。せっかくいいとこだったのに」
 のっぽのバードックがいかにも惜しそうにブーたれる。太めのパステークも顔を赤らめたまま、
「そうだよ、あんな可愛い娘たち逃す手はないぜ」
 ハロバッツはビリジャンの前髪の隙間から仲間のまぬけ面を睨みつけた。
「ばかやろ、いくら可愛くても、うっかり新エルシャス星人なんかに手を出したら一生が台無しだぞ」
「ええ?」
「知らないのか。あの娘たちは毎日が排卵日なんだぞ」
「はいらんび―――って?」
「あのやべえ日のことか?ハロ」
 のっぽとでぶっちょは顔を見合わせて赤くなったり唾を飲み込んだりした。
「そりゃあ心配しすぎだぜ、ハロ。そこまで俺たちが首尾よく持ち込めるはずないじゃん。ま、そうなりゃ嬉しいけどさ」
 パステークは照れながら言った。
「それがヤバイんだよ。あいつらキスだけでガキができちまう星族らしいからな。それも五つ子、六つ子なんてザラだ」
「ええっ?キスだけで?」
「その上、DNA鑑定で確実に父親が判る体質らしい。アバンチュールで大量にガキができちまったりすりゃ、一生、銀河のどこにいようが養育費の請求書が送りつけられてきて、ヒサンな人生を送ることになるって話だぜ」
「ひええええ、そんなにヤバイお嬢さんたちだったのかよ!」
「おっかね、おっかね」
「だからお前たちも逆ナンパされないよう気をつけろよ」
 仲間に注意しながらハロバッツはしゅんとなった。
(あのプラチナブロンドの娘、モロ俺好みだったのにな)
 せっかく豪華宇宙船銀曜日号に乗り込むなんて一生に一度、あるかどうかの幸運に恵まれたのだ。つまり、乗客の上流階級層のお嬢様たちに近づく絶好のチャンスなのだ。この機会を逃がさない手はない。新エルシャス星人の娘なんかに関わりあってるヒマは無いのだ。

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. 彩層のエドマより 第3回

「なあハロ。なんでまたザスラブの兄貴は俺たちに銀曜日号のチケットをプレゼントしてくれたんだよ?」
 パステークは怪訝そうに口をとがらせた。
 彼の疑問はもっともだった。いつも彼らチンピラを牛耳っている暗黒街の人間らしきザスラブという男は究極のケチで、ハロバッツたちに缶ジュース一杯おごってくれたこともない。
 それがいきなり豪華遊覧宇宙船、銀曜日号のチケット三人分ときたもんだ。どういう風の吹きまわしだろう。
「だから言ったろ、パス。次の寄港地、第三惑星のポムタで落ち合って、兄貴から荷物を預かる。それを最終寄港地エメギーノまで運ぶためさ」
「何だよ、その荷物って。まさかヤバいもんじゃないだろうな」
「知るかよ。彼女へのプレゼントらしいが」
「ちぇっちぇっ、いいよな、兄貴ばっかり」
 装飾燈の輝く通路で肩を寄せ合う三人組の背後からあまやかな香りが漂ってきた。
「ちょっとお伺いしますけれど、ラウンジはこの奥かしら?」
 三人は振り向くなり硬直した。
 大輪の薔薇かと見紛うばかりのパープルの豊かな巻き毛とアメジストの瞳、肌は白磁の白さ、ボルドーの唇はぽってりと熱く潤っている。しかも胸開きの広いワイン色の超ミニドレス。アンクレットの揺れる足首がキュートだ。
 これぞ大人の女性の魅力!
 ハロバッツ以下、バードックとパステークの心臓がパーカッションの太鼓たちみたいに、どどどどっと轟き始めた。
「そ、そ、そうですっ!」
 ハロバッツのぎこちない返事に妖艶な笑みで応えてから、美女はやや戸惑った表情を見せた。
「わたくし、ひとりなんですの。もしよろしかったら、あなたがたお茶をご一緒していただけません?」
「ええっ?」
 降って湧いた嬉しい災難だ。
 美女の香水は媚薬となって若者たちの胸いっぱいに吸い込まれた。
 それでもハロバッツは念を押すのを忘れなかった。
「あのう、おねえさんはまさか新エルシャス星人じゃないでしょうね?」
「ほほほ、違ってよ」
 アメジストの瞳が蕩けた。

          ☆

「絶対怪しいわよ、あれは」
 船室の広いベッドに寝転んでペディキュアに余念のなかったココラは、爪先にふうふう息を吹きつけながら洩らした。
「なあに、ココラ?」
 シャワーを使ってきたばかりのマシェンナが濡れ髪をタオルで丹念にぬぐいながら、生返事を返す。
「昼間の赤ん坊と黒メガネの男よ。あれはどう見ても親子じゃないわよ」
「どうして?」
「だって、あの赤ん坊ちっとも懐いてなかったじゃない。あの男も時代遅れのパンダみたいなサングラスにカマキリみたいに手足ばっかり長くて、きな臭いったらありゃしない。あれはきっと、どこかで赤ん坊を誘拐してきた悪党よ」
「まさか」
「そうねえ、近頃有名なテロ集団『真紅の誘惑』あたりの幹部だったりして」
「まっさか。ココラったら想像力逞しすぎだわ」
 マシェンナは肩をすくめた。
 テロ集団『真紅の誘惑』は最近、冷血無比なテロ活動をもって宇宙交流協会軍の手を焼いている。彼らの目的はズバリ、交流協会軍の壊滅であると、先頃も地球(ブルースタリア)本部の端末にメッセージが送りつけられてきたばかりだ。
 交流協会軍とて彼らを野放しにしているはずもなく、連日緊迫した空気が協会宇宙域に満ちているのだった。
 だが、この銀曜日号の乗客たちはそんなきな臭い世界とは無縁の、ゴージャスにして閑(ヒマ)をもてあますブルジョア階級の人々ばかりなので、そんな銀河情勢など、どこ吹く風だ。
 マシェンナだって同様だ。
「そんなに悪い人には見えなかったけど」
 黒メガネの奥の瞳は優しかった。ミドルスクール時代に大好きだった美術サークルの彼と同じ眼をしていた。
(だめだめ、もう忘れたはず)
 遠い思い出に浸りきっていたマシェンナは猛烈な勢いでドライヤーをかけ始めた。
「あんたってば世間知らずのネンネなんだから。気をつけなさいよ」
 ココラは小さなアクビをしてベッドにもぐりこみ、マシェンナも隣りのベッドに入ってアイマスクを着けた。
 真夜中タイムとは言っても、船窓からは恒星ブラン・ネージュの清潔な陽光が射してくる。銀曜日号は着実に恒星へと近づいているのだ。
 平穏な夜だった。に、なるはずだった。
 
          ☆
 ところが。
「きゃあああああああっっ!!」
 眠りに落ちかかっていたマシェンナは甲高い悲鳴に耳をつんざかれ、飛び起きた。
 とっさにアイマスクをむしり取り、隣りのベッドに目をやる。
 ココラがいない。
 視線を投げると、入り口のところでココラが立ったまま痙攣もどきを起こしているではないか。
「どうしたの、ココラ」
「これ、剥がしてよッ。何か気持ち悪いモノが私の足にいいいっっ」
 脂汗を噴出したココラは足元を見る勇気さえないらしい。
「あら、昼間の」
 マシェンナが見下ろすと、ココラの素足に抱きついてヨダレを垂らしまくっているのは、昼間のラウンジで大騒動を起こしていた性悪フェイスの赤ん坊である。
 マシェンナがココラの足から引き剥がすように抱き上げると、無邪気に笑っている。
 ココラはようやく胸を押さえて落ち着きを取り戻しながら、思い切り赤ん坊を睨みつけた。
「いきなりベタベタ手で足首にしがみついてくるなんて、心臓が止まるかと思ったわよ」
「だあだあ」
 ヨダレのしぶきをなびかせて、ココラの胸に移動しようとする。
「えらく好かれたもんね、ココラ」
「こんなチビにラブサインされたってちっとも嬉しくないわよ」
「それにしてもこの子ひとりかしら」
 マシェンナが廊下を見回した時、数室先のドアが開いて黒メガネの男がこちらへ駆けてきた。筋肉質のTシャツ姿の上に派手なレースつきエプロンを着け、手足は長くて相変わらずカマキリみたいだ。マシェンナは思わず吹き出してしまった。
「こんなところへ来てたのか、トビー!だめだろ、おねえさんたちに迷惑かけちゃ。さ、部屋に戻って離乳食の続きだ。まだ一日分のカロリーに足りてないぞ。パパ自慢の白身魚のピカタ食べてくれよお」
「ブウ!」
 彼が手を差し伸べても、赤ん坊は性悪フェイスをよけいひどくしてココラの胸にしがみつくばかりだ。
「だめだってば。あ!お前もしかして…」
 黒メガネの男の頓狂な叫びに、ココラとマシェンナはびくりとした。
「な、何ですか?」
「失礼」
 男はココラに接近して鼻をくんくん鳴らした。
「やっぱりそうか」
「な、何なのよっ!」
「あんたの着けている香りだよ。オードトワレがこいつのお袋が愛用していたのと一緒なんだ」
 ココラはマシェンナと顔を見合わせた。
「そーか、そーか。お前この香りを覚えてたんだな」
 男は急に湿っぽくなり、鼻をすすりあげて赤ん坊の頭を撫でた。
「あのう…」
「いやお嬢さん、申し訳なかった。こいつのお袋は産後の肥立ちが悪くって、こいつがまだ目も見えないうちに天国に行っちまったんだ。だが、香りだけは覚えていたらしい」
「まあ」
 マシェンナがもらい泣きしそうになったのを見て、ココラは急いで赤ん坊を無理やり男に渡した。
「今日限りオードトワレは変えますから、金輪際こんなのは勘弁してちょうだい」
「ふぎゃあああああ!」
 性悪フェイスがわめきだす。
「ココラったら、ちょっとくらいいいじゃないの」
「だめだめ。甘い顔見せるとつけあがるのよ、子どもって。あんたも私も弟妹の子守させられて、イヤというほどわかってるじゃないの」
 黒メガネの男はすっかりしょげかえり、暴れまくる赤ん坊を横抱きにして頭を下げた。
「ご迷惑かけました」
「あ、あの…」
 追いかけようと一歩踏み出したマシェンナはつまづいて、足元を見た。ココラのスーツケースではないか。
 よく見ると彼女自身、ちゃんと身支度も整えて靴も両手にぶら下げている。
「ココラ!あんた、さては…」
「あーあ、脱出、失敗の巻か…」ココラは小麦色の肩をすくめた。「せっかく惑星ポムタで降りて、新・エルシャスに引き返すつもりだったのに……。お願い、見逃して!」
「そうはいかないわよ。あんたには私と一緒に聖アヴェルラへ入学してもらわなきゃ。私には責任があるんですからね」
「ひええええええ、なにが修道女よ、聖女よ!あんたなんか涙も情けもない魔女だわ!」
「なんとでも言ってちょうだい」
 マシェンナは慈悲のかけらもなくココラの首根っこをつかみ、部屋の中へ引っぱっていく。
 ふたりがもみ合っている間に、赤ん坊はまたもやハイハイで直進してゆく。その速さといったら男でさえうっかりしていると追いつけないくらいだ。
「待て、トビー!待てったら!」
 ココラは灯の灯ったような赤い目をマシェンナの頬に寄せた。
「やっぱり怪しいわ。あのパンダカマキリ。お涙ちょうだいの身の上話なんかしてたけど、わざとらしい作り話よ、きっと。第一あのふたり親子にしてはちっとも似てないじゃない?」
「そうかしら……」
 通路にはまだ男と赤ん坊の黄色い声が渦巻いている。





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. 彩層のエドマより 第4回

  二 子連れハントの男

「ご乗船のお客様にご案内申し上げます。華麗なる恒星ブラン・ネージュ系遊覧船銀曜日号は第三惑星ポムタの中央宙港に着陸いたします。下船のお客様はお忘れ物のございませんようご注意くださいませ。なお、恒星リンゼマンへの船にお乗換えのお客様は宙港十字ウイング、一○三埠頭の……」
 柔らかな声で、船内アナウンスが告げた。
 銀曜日号は地球の水鳥の飛翔を思わせる優美な船体を、第三惑星ポムタへと近づけていった。

           ☆

 イラついているらしい。それは、この男の普段でさえ大きな鼻孔がいっそう大きくなったり小さくなったりしていることでわかる。
 長年のつき合いであるハロバッツは、兄貴分が不機嫌なことをすぐに見てとった。
 兄貴分のザスラブは地球のトドみたいな巨体を派手なロイヤル・ブルーのスーツに押し込み、ざらついた茶色の首筋にぎとつく汗を光らせながら葉巻をスパスパ蒸かせていた。
「遅かったじゃねえか、ハロ」
 そう言われても、ハロバッツが遅れたわけではない。銀曜日号が遅れたのだ。だが、そんな言い訳をひと言でもしようものなら即座にゴリラのような手で張り飛ばされることは百も承知だ。
 このザスラブという男、ファーム星系の裏の世界ではずいぶんハバを聞かせているらしいが、実際は何者なのか、ハロたちもまったく知らない。ただファーム星の繁華街を闊歩してはザスラブの名前を出して、その恩恵のおこぼれにあずかっているだけである。
 ハロバッツ以下、バードックとパステークはこの男の用が一秒でも早くすむことを願いながら横一列に並んでしゃちほおこばっていた。
 宙港ドームの一隅である。
 外気温八十度を断熱ガラスで遮断してはあるものの、恒星ブラン・ネージュの直射日光は容赦ない。
 ザスラブは持っていた缶ビールを開け、ごくごくとあおった。ハロバッツたちの喉が鳴った。
「さて―――おめえたちみてえなチンピラにタダで豪華客船の旅をさせてやってるわけじゃねえことは解かってるな」
「は、はい」
「はい、じゃねえ、といつも言ってるだろうがっ!」
 横っ面に飛んできたごつい手のひらを、ハロバッツは間一髪でよけた。
「へ、へい」
「おう、それでいいんだ、それで」
 弟分たちにも自分と同じべらんめえ調を強要しているザスラブは、呼吸を鎮めた。
 そして、改まって懐から小さな箱を取り出した。手のひらにすっぽり収まる大きさのそれは、ガラにもなくプリズム色のセロハン紙で優雅にラッピングされている。
「こいつを最終寄航地エメギーノまで運べ」
「へ、へい。それで、どなたに?」
「バカヤロウ、そんなこたあ、決まってるじゃねえか!」
 二度目の手のひらも空を切る。
 にもかかわらず、ザスラブは岩みたいな頬をほんのりと染めて小指を立てた。
「これにプレゼントよ。指環だ。ねだられちまってな」
「兄貴が直接お渡しにならないんで?」
「そ、そんなことができるか、決まりが悪いじゃねえか、ザスラブのあにいが女に指環なんぞ」
「はあ…」
「へい、だ。何度も言わせるな。とにかく向こうに着いたらこの女が迎えに来ているはずだ」
 手渡された写真の女を見て、吹き出さないようガマンするのに、ハロバッツたちは地獄の苦しみを味わった。
「ちゃんと渡せよ。わかったな!」
「へえい」
 キザを気取った岩塊みたいな後ろ姿を見送って、ようやくハロバッツたちは開放された。
 途端に大爆笑だ。
「よくもこんなオカチメンコが生息してるよな」
「ザスラブの兄貴もどんなシュミしてるんだ」
「銀曜日号で知り合ったシルマリイのお姉さんとは月とスッポン、太陽と隕石クズほどの差かな」
 好きほうだい写真の女の悪口をたたいていると、背後から鈴音色の声が被さった。
「あら、君たちも下船したの?ちょうどよかった、一緒に市内観光へ行きませんこと?」
 先日、お茶を共にしたパープルヘアの美女である。今日は目が涼しくなりそうなペパーミントグリーンのドレス姿だ。
「シルマリイさん!」
 たちまち三人は蕩けてしまう。
 尻尾を振って後を着いてゆくバードックとパステークに続きながら、ハロバッツは何気なく埠頭に横付けされた銀曜日号を振り返った。
「あれ?」
 眺望席のガラスに、見覚えのあるプラチナブロンドの女の子が張りついているのが見えた。
(新エルシャス星人の子だ。市内観光しないのかな?)
 すれ違うのもおっかない新エルシャス星人だが、何故か話してみたい。胸の奥が切なく痛む。あのサファイヤの瞳をじっくりと覗きこんでみたい。
「ハロくん、早く」
 パープル美女の妖艶な声に、そんな思いも断ち切られて、ハロバッツは仲間の後に続いた。

     ☆

 一両日の寄港を終えて、銀曜日号は惑星ポムタを後にした。
 いよいよ遊覧航行の目玉、華麗なる恒星ブラン・ネージュ最接近を待つばかりである。
 銀曜日号の断熱設計は万全で、活動する恒星のナマの姿――光球の表面部分「彩層」に限界まで接近し、コロナやプロミネンス、そして黒点を初めとしる数々の斑現象を見物して、宇宙気分を満喫しようという趣向だ。
 最接近する際には、船長主催の大規模なパーティーが予定されている。

        ☆

「……貴方のオードトワレがこいつの死んじまったお袋のと同じで…」
 プールサイドから聞こえてきた言葉に、胸元は喉まで、腕や足は第二関節まで覆ったクラシカルな水着姿のマシェンナは平泳ぎを止めた。
(どこかで聞いたセリフだわね?)
 若者たちの歓声が響きわたる銀曜日号内部のリゾート・プールである。
 プールの底はガラス張りになっており、星雲渦巻く銀河が水を通して足元に眺められる。
 マシェンナは素早くプールサイドに泳ぎ着いて目だけで偵察した。
(やっぱり)
 水着姿のパンダカマキリが、黒メガネもそのままにパープルヘアの美しい女性に話しかけている。
 性悪フェイスのトビーJr.とかいう赤ん坊もパターン通り、美女の胸に張りついて離れようとしない。
(これって、あの人のナンパの常套手段だったのね)
 マシェンナは裏切られたような気がした。
(ばっかみたい、奥さん亡くしたっていうから同情したのに)
「こらトビー、離れなさい。おねえさんが困っているじゃないか」
「あら、よろしくてよ。わたくし、赤ちゃんだぁい好き。可愛い坊やですわね」
 ローズ色のビキニもこれ以上ないほど完璧に決まったグラマラスなパープル美女は、ちっとも迷惑そうなそぶりを見せず、トビーJr.を抱っこする。
 どこをどうひねれば、あの性悪フェイスに可愛い、なんて言葉がかけられるんだろう。
 マシェンナはごちた。
「それはちょうどよかった」パンダカマキリは今だとばかりにプッシュする。「プールで三人、ラッコさんごっこでもいかがですか?私があなたの胸にこのトビーを乗っけてあげましょう」
 マシェンナの胸がズキンと痛んだ。
(何よ、何よ、きれいな眼をしてるって思ったのに!あの人の眼に似ているって思ったのに……)
 留学していた異星、ミドルスクールの美術サークルの先輩。大好きだった黒髪に黒い眼が同じだった。たしか地球(ブルー・スタリア)系の人だった。
 パンダカマキリとは年齢がずいぶんちがうけど、どこか雰囲気が似ていた。眼の奥の光も……。だのに……。
 また今度も、手ひどいしっぺを受けてしまった。
「ふうん、あんたの亡くなった奥さんってずいぶんたくさん香りを嗜んでたんだね。その人で何種類め?」
 いきなりマシェンナのかたわらから声が突き刺さり、パンダカマキリは飛び上がった。
 向こうから泳いできたココラだった。
「あら、お友だちとご一緒でしたのね」
 パープルヘアの美女はさっさとトビーJr.を返し、踵を返して行ってしまう。
「あ、あの、ちょっと……」
 茫然と置いてきぼりを喰った恰好のパンダカマキリだった。
「シルマリイさあん!」
 パンダカマキリの背後から三人の若者が騒々しくやってきて、パープル美女にまとわりつく。
「あら、ハロくん、バドくん、パスくん」
「あっちで僕たちと泳ぎましょう!」
「よろしくてよ」
 マシェンナとココラには気づきもせずに、笑いさざめきながら彼らは行ってしまった。
 ココラがマシェンナに耳を寄せた。
「この前の三人組みだよ。あんなド派手な年増女のちゃらちゃらしてみっともないったら!ま、いいトシして子連れハントしてる男よかマシかもしれないけどね」
「誰が子連れハントだって?」
 頭上から降ってきた太い声に、ココラとマシェンナがびっくりして上を向くと―――、パンダカマキリが褐色の筋肉もあらわな水着姿でプールサイドに仁王立ちになっていた。
「君たち、何か私に怨みでもあるのかね。人の恋路をじゃまするような」
(人の恋路ですって?子どもをダシにしたあのハレンチな行為が?)
 マシェンナは唇をかみ締めた。
「だって、あんたの息子が二度も私たちのプライベートタイムを邪魔したのよ」
 ココラが負けじと言い返す。
 ちゃんと謝ったじゃないか。今後いっさい私のデートを邪魔するような真似はしないでほしいね」
 言い捨てて、パンダカマキリが行こうとした時、性悪フェイスのトビーJr.がハイハイでプール際に出てきた。
「トビー!」
「危ないっ!」
 思わずマシェンナが受け止めようとしたのと、抱きとめようとしたパンダカマキリがバランスを崩しかけたのは、同時。
 それに加えて、
 ズズウ……ン!
 大きな振動が銀曜日号を襲った。

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. 彩層のエドマより 第5回

 プールは波打ち、あちこちで悲鳴が上げる。
「きゃ―――!何ごと!」
「まさか、事故?」
「おかあさ――ん!」
 ようやく振動が治まった時、プールの水は半分近く流れ出てしまっていた。ビーチを模したサイドも、更衣室も水浸しだ。
 やがて―――、
 我に返ったマシェンナは水面で真っ黒い視界に侵されていた。闇、と思ったのは黒メガネだった。そして、唇をふさいでいるのは―――パンダカマキリの唇―――?
 パンダカマキリはトビーJr.を救おうとした拍子に頭からプールに突っ込み、マシェンナと顔面衝突したのだった。
「ふぎゃあああああ!」
 間に挟まれたトビーが泣き出し、やっとパンダカマキリも我に返った。
「これは失敬した」
 慌てて身を離すとプールサイドに上がり、マシェンナを引っぱり上げた。
「どうしたのぉ?」
 振動のショックで波にもまれていたココラは何も気づいてないらしい。
 放心状態だったマシェンナの思考回路が除々に作動し始める。
「ご乗客の皆様、大変お騒がせいたしました。先ほどの振動は、緊急連絡宇宙船が接触したためです。なお、両船には破損はありません。繰り返し申し上げます……」
 リゾートプールのドーム空間に響きわたる船長自らのアナウンスも、マシェンナの耳には入らない。
「キ……キ……」
「どうしたの、マシェンナ!」
 ココラも水から上がってきて、ただならぬ彼女の様子に気づいた。
 歯ヲガチガチと鳴らし、死神に遭遇したかのような怯えた眼差しでパンダカマキリとココラを交互に睨みつけるや、
「キスしちゃった――――!!」
 絶叫して駆け出した。
 一目散に洗面所めざす。
「キスしちゃった、子どもができちゃう、聖アヴェルラに入学できなくなっちゃう!うがい、うがい!」
「ちょっとマシェンナ!」
 ココラは派手にひっくり返り、そのままマシェンナに引きずられてゆく。
 脱走防止のため、プールに入っている間、マシェンナが足首同士をくくりつけていたロープのせいだ。
 パンダカマキリ親子は指をくわえて見送るしかなかった。

         ☆

(あ、あの子だ。あんなに慌ててどうしたんだろ)
 視界の隅にマシェンナの姿を見つけて、胸がじんと熱くなるのをハロバッツは感じた。
 パープルヘアの美女と白いテーブルを囲んでいながら、他の女の子が気になるなんてどういうわけだろう。
 パープルヘアのシルマリイは、さっきの津波みたいに襲いかかって来たプールの水におかんむりだった。
「あーあ、いきなりですもん、ヘアがびしょびしょだわ。びっくりしてお喉も渇いちゃったし……」
「オ、オレ、タオル取ってきます!」
「オ、オレはジュースを!」
 バードックとパステークが我先にと走り出してゆく。
 ハロバッツは、マシェンナが洗面所に走ってゆくのを眺めてぼんやりしていた。
「どうしたの、ハロくん」
 シルマリイがハロバッツの顎をひょいとつかんでこちらを向かせた。
「あっちに可愛い子でも見つけたの?もうこんなおねえさんには飽きちゃったってわけ?」
「い、いえ、めっそうもっっ!」
 本能で応えてしまう自分が情けない。でも、目の前の美女には逆らえない。
「ねえ」
 シルマリイは豊満な胸をハロバッツのパンプキンイエロウの腕に押しつけてきた。
「さっきから大事に持ってるそれ、なあに」
 ハロバッツは兄貴分のザスラブから預かった小箱をあれ以来、大事に肌身離さず持ち歩いていた。船室から出歩く時も、夜寝る時も、いつもである。もしこの指環が盗まれたり壊れたりしたら、ザスラブからどんな報復を受けるか解かったものではない。
 今も大切に腕の中だ。
「ちょっと、大事な預かりものなんだ」
「ふうん、ひょっとして、宝石?」
 女のカンって、なんて鋭いんだろう。ハロバッツは呆れて、イヤな予感がした。
「見てみたいわ。ちょっとだけ。ね?」
 ほうら、おいでなすった。
「ダメです。いくらなんでもこれだけは」
「見るだけよ。何も見るだけで減ったりしないでしょ?」
「ダ、ダメです。俺んじゃないですから」
「ちょっとだけ。ね、お・ね・が・い♪」
 アメジストの瞳に甘えられるとどうしようもない。
「じゃ、ちょっとだけ、ですよ」
 しぶしぶラッピングを解く。
 プリズム色のラッピングペーパーの奥から出てきたのは、砂糖菓子みたいなベルベットのケースだった。
 さらにそれを開くと、ピンクのベルベットのケースが。さらにそれを開くと、ピンクの輝石を乗せた美しい指環が現われた。
「まあ、ピュア・ピンクじゃないの!」
 シルマリイの瞳がきらきらと輝き始めた。身を乗り出してケースを覗くや、あっという間に左手の薬指にはめてしまった。
「見るだけって言ったでしょ!」
「いいじゃない、ちょっとだけ!だって、ピュア・ピンクなんてそうそうお目にかかれるものじゃなくてよ」
 近頃、ダイヤモンドを凌ぐ人気のピュア・ピンクは銀河の辺境宙域で、少ししか産出されないため、若い女性、いや、全女性の間でひっぱりダコの人気だった。
 シルマリイが瞳を蕩けさせて左手を透かしてみたり石にキスしたりしているのを見ても、その異常な人気ぶりが判るが、ハロバッツにとってはザスラブから預かったひやひやものでしかない。
「さ、もういいでしょう。ケースに戻して下さい」
「ま。そう急がなくてもいいじゃない」
「ちょっとだけって約束だよ!」
「ハロくん」
 シルマリイは豊かなパープルの巻き毛をぽんと肩の後ろへ投げ、ハロバッツを見据えた。
「これ、今夜のディナーが終わるまで貸して下さらない?」
「ええっ??」
 とんでもない!こんなことがザスラブの耳に入ったら、と考えるだけで恐ろしい。
 だが―――。
「ね、シルマリイのわがままきいてくれたら、今夜ディナーが終わった後でわたくしの船室まで取りに来て下さってかまわないわよ。もちろん、君ひ・と・り・で」
 シルマリイの瞳は魅惑的すぎた。
 ハロバッツはその深いアメジストに魅入られるまま、うなずいていた。

          ☆

 ココラは何度目かのため息をついた。
 かたわらでは水着を着替えもせず、マシェンナがうがいを続けている。もう三十分もこの調子なのである。
「いいかげんにしたら?」
「だって、子どもができたりしたら聖アヴェルラの入学を取り消されちゃうわ」
 鬼気迫る形相で、マシェンナがやっと口をコップから離した。
「子どもって…何のこと?」
「だって、キスしちゃったんだもん、あのパンダカマキリと!」
 打ち明けるなり、堪えていたものが堰を切った。マシェンナは従姉妹の胸に飛び込んで泣き出した。
 ココラは面食らった。
「なんて手の早いヤツだろ、あのパンダカマキリのヤツ!大丈夫だよ、マシェンナ」
「でも、でも」
「いくら私たちが多胎性でもキスだけで子どもができるはずないでしょ」
「え?」
 マシェンナは真っ赤な鼻で顔を上げた。
「じゃ、どうやって」
「どうやってって……あんた本気で聞いてるの?」
「本気よ」
「あっちゃ~、困ったな」
「ねえ、ココラってば」
 いきなり洗面所のドアが開いて、駆け込んできた人物がいた。それも、ふたり。
 マシェンナとココラは飛び上がった。


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. 彩層のエドマより 第6回

「ママ!」
 マシェンナが叫び、
「パパ!」
 ココラが叫んだ。
「マシェンナ、捜したわよ!この船広いんですもの」
「ココラ、この親不幸娘!お前、私の孫を十七人もベビーバンクに譲ったらしいな!ちゃんと領収書が送りつけられてきたぞ!」
 彼女らの母親と父親が同時にわめいた。
 マシェンナそっくりのプラチナブロンドの細面の女性と、お腹の出っ張った年輩の男だ。ふたりは兄妹である。
「どうしてママがここに?」
「あ、さっきの接触事故はさては…」
 ふたりは仰天しながらも頭を巡らせた。
 マシェンナの母親が、
「そうよ!惑星ポムタで追いつけなかったから緊急連絡船をチャーターしてきたのよ!」
「どうしてそんなことするの」
「あなたに思い留まってほしいからに決まってるじゃありませんか、マシェンナ。この若さで一生、俗世から隔たって修道女になろうなんて、どうしても認められません!」
「結婚して何十人も子どもを生むなんて、私はまっぴらよ!もう決めたの。星を発つ時、そう言ったはずよ、ママ」
 マシェンナは気丈に応えた。
「お願い、考え直して。あなたを連れて帰るまで、ママどこまでもついていきますからね」
 母親も食い下がる。
 ココラの父親も娘に詰問していた。
「なんて娘だ、ボーイフレンドが多すぎるのは知っていたが、大事なベビーエッグを気軽にバンクに譲ってしまうとは!さ、ベビーエッグのリストを書き出すんだ」
「そんなことしてどうするのよ」
 ルビーの瞳で悪びれもせず、ココラは父親を睨んだ。
「ひとり残らず取り戻して、手元で育てるに決まってる。お前の聖アヴェルラ入学も中止だ!」
「私に十七人の子どもの母親になれっていうの?」
「当たり前じゃないか。心当たりのあるお前のボーイフレンドにも了解をとってある」
「なんですって!」
誰だろう、とココラは本気で悩んだ。
「とにかく、マシェンナが考え直すまでは」
「ココラが赤ん坊のリストを渡すまでは」
 銀曜日号を降りません、と彼女らの母親と父親は宣言した。

          ☆

 洗面所の外から立ち去る静かな足音を、派手に言い争う四人はまったく気づいていなかった。

  その二 終わり

=========        

  その三  生めるものなら

 偶然聞いてしまった。
 聞かなければよかったのに。
 あれは学研惑星に留学していた三年前の秋。
 美術教室のアトリエに声がして、足を止めた。
「新エルシャス星人から来てるマシェンナってさ…」
 自分の名前が思いがけず耳に飛び込んできた。素早く壁に身を隠す前に、視界の隅に見えたのは、いつも心ときめかせて見ている地球(ブルー・スタリア)からの留学生。
(彼が友だちと私のことを話している……!)
 胸が熱くひとつ、どくんと鳴った。
「お前にまいっちまってるの知ってるか?」
 息が止まりそうになった。
「知ってるさ、そんなの。とうの昔から」
 彼の声だ。
 鼓動の波にさらわれて気が遠くなりそうだ。
 画筆(えふで)を握りしめる手が震えた。
「で、お前はどうなんだよ」
「冗談キツイぜ。そりゃああの子は可愛い娘ちゃんだけどさ、新エルシャス人だろ?」
 なんと冷たい響き。
 甘やかな思いを断ち切られた。
「新エルシャス人ってのはすごい多胎性だっていうじゃないか。地球のブタやネズミでもあるまいし、うっかりキスでもして四十人も五十人も子どもを持つのはごめんだよ」
「地球のブタやネズミか。お前うまいこと言うじゃないか」
 笑い声が胸の奥に反響して、心を打ち砕いた。画筆が足元に落ち、教室にいたふたりの視線がこちらに向けられた。
 その時の彼の表情。
 一瞬、うろたえながらも次の瞬間には開き直って嘲りに彩られた彼の顔。
 今でも、はっきり覚えている。
 何度でも、夢に見る。また今夜もだ。
 
         ☆

「夢……」
 汗と涙にまみれて、マシェンナはベッドから身を起こした。
 また、あの辛い思い出を夢に見てしまった。
 幼い恋だったかもしれない。でも、真剣に好きだったのに。黒髪。黒い瞳の地球人……。
 あの言葉を聞いたあの日から、自分の星族が嫌いになった。どうして多胎性星族なんかに生まれついたのだろう。
 大勢の弟、妹も可愛いと思えない。
 赤ん坊なんか、大嫌い。
 ひとりだって生むもんですか。
 こんな気持ち、仲良しのココラにだって解かってはもらえない。
 膝頭を抱きしめて、しばらく泣いた。
 かたわらでは、説得に疲れて眠ってしまった母親と、隣りのベッドには平和そうに熟睡しているココラ、床の上には酔っぱらって高いびきのココラの父親。
 船窓の外から華麗なる恒星ブラン・ネージュの烈しくも清廉な光がレースのカーテン越しに射して、彼らの寝顔の上で揺れている。
 銀曜日号は静かに宇宙をひた走っていた。
(どうして私を連れ戻そうとするの、ママ。そっとしておいてほしいのに……)
 母親の寝顔を恨めしく見やる。
(それに、神様はどうしてこんなにも傷心の私にいたずらなさるの)
 昼間のプールでのキスを思い出して、マシェンナの頬がまたしても熱を帯びた。
 辛い思い出の人と同じ黒髪、黒い眼(多分)のパンダカマキリと、突発的とはいえ、キスを――――。
(キスなんかじゃないわ、顔面衝突よ)
 マシェンナはいたたまれなくなって、ベッドを下りた。
 キスの記憶と同時にパンダカマキリの力強い腕を思い出したのだ。普通の鍛え方ではなかった。ココラの言うとおり、危ない橋を何度も渡ってきた、暗い世界の男なのかもしれない。
(でも、子どもに対するあの優しさは……)
 きな臭さと優しさが混ざりあって、マシェンナの心の琴線をかき乱す。
「……」
 ふと、耳に届いた。
「女性の声……?」
 マシェンナはガウンも羽織らずに、その歌声に導かれるように船室を出た。

「★☆★☆★………、
 ☆★☆★☆★………」

 確かに聞こえる。
 か細く、それでいて深遠で、母性に満ちた美しい歌声だ。
 それはひと筋の糸のように通路に流れていた。
 船窓から真昼の陽光が満ちていても、就寝タイムと定められている今は、客室ゾーンは清らかな静けさに満ちている。
 マシェンナは歩を進めた。
(ひょっとして、子守歌?)
 聞いたことのない旋律と、まるっきり解からない言語だが、この優しさは子守歌だ。
 いつしか足はピアノホールの方へ向いていた。




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. 彩層のエドマより 第7回

女性の声のはずだったのに、いつのまにか男性のそれに変わっていた。

「おやすみ、坊や。日溜まりの匂いを胸いっぱいに吸い込んで、いい夢をごらん……」

 今度ははっきり解かる言葉だ。
 何百もの客席が整然と並ぶ広大な船内ピアノホールは、基調のクリーム色をまろやかな静寂に溶け込ませていた。
 マシェンナは歩みを止めた。
 純白のピアノの横にたたずむ後姿は、パンダカマキリではないか。
 寝ぐずりするトビーJr.をあやして、しきりに身体を揺らしながら子守歌を歌っている。

「軒先で星の精がピッコロ吹いてるよ、おやすみ、坊や。銀河の夢見て……」

 思いもよらず澄んだ声。
 歌うとトーンの上がる声だ。
 硬質ではなく、懐かしさを呼び起こす、心からくつろげる歌声。
 マシェンナは昼間の屈辱も忘れて聞き入った。
 ぐずっていたトビーJr.の頭がかくん、とパンダカマキリの肩にもたれかかる。
 変わらず紡ぎ出される歌声。
 やがて、赤ん坊は寝入ったようだ。
 清廉なブラン・ネージュの光と、柔らかい子守歌に包まれて―――。
「やっと寝たな、クソ坊主」
 パンダカマキリが洩らした。言葉遣いは至極悪いが、限りなく愛しげな響きだ。
「この間だけが束の間の平穏だ。目を醒ましゃ戦闘開始!めしを喰わせるのも、フロも、オシッコもウンチも戦闘だ。一挙手一投足、呼吸、まばたきに到るまで全部、気を配ってやらなくちゃならない。こっちの私生活なんかまるで皆無。食事は消化不良覚悟で飲み下さなくちゃならないし、フロも鼻唄のんびりなんか許されない。安眠してりゃ夜泣きなするし、一流ブランド店でゆっくりお買い物なんか夢の夢。長電話してりゃ部屋の中はめちゃめちゃ、デートなんか超ご法度。それでも、無鉄砲で世間知らずなこいつの進路に石がおっこってないか、毒虫がいやしないか、いつも目を光らせてなくちゃならない……。まったく世話の焼けるしろもんだぜ、赤ん坊ってのは。宇宙海賊に囲まれて敵陣突破!の方がどれだけマシかしれやしない」
 そう言ってマシェンナの方を振り向き、にっこりと彼は微笑みかけた。
 いつものパンダ黒メガネはかけていない。リーゼントも解いて。漆黒の前髪が優しく額にかかっている。
 思いがけず温和で清潔そうなその容貌に、マシェンナは目を釘付けにされた。
(私に語りかけてたんだ)
 パンダカマキリは続ける。
「でも、可愛いんだな。掛け値なし」
 暖かい視線をトビーJr.に落とす。
「こいつを生む時、カミさんはそれは苦しんだ。難産だった。立ち会った俺にも痛みが感じられそうな苦しみようだった。こんな目にあうのなら、女に生まれなくて良かった、なんて不謹慎にも考えていた。だけど…」
 当時を思い出して、パンダカマキリの声が濁った。
「生まれてきたこいつは、まさに天使だった。最初からこんな性悪そうな顔つきだったけど、俺には天使に見えたんだ」
 濁った声が涙を帯びて震えた。
「何故だかわかるか?こいつを腕に抱いた瞬間、俺には全てわかった……。こんなちっぽけな存在だが、ひとつの惑星、ひとつの恒星、ひとつの巨大な銀河よりもさえ大切な存在だということが」
 パンダカマキリの感動に震える胸の上で、トビーJr.はすやすやと深い眠りに落ちてゆく。
「俺の親父の親父のそのまた親父の遺伝子を、そしてカミさんのお袋のお袋のそのまたお袋の遺伝子をこいつは受け継いでいるんだ。そのことが、こいつを腕にして初めて実感できたんだ。こいつは偉大だ。この世の中に生まれてくる赤ん坊はみんな偉大だ。こんな偉大で、ガラス細工みたいに繊細でいとおしいものなんか、宇宙じゅうどこを捜してもいやしない。生めるものなら、俺が生みたいくらいだ――――」
 パンダカマキリは感極まったのか、トビーJr.の小さな身体を抱きしめた。
 レース越しに射す真夜中の陽光を受け止める睫毛がきらめいて、まるで少年のようだ。
 マシェンナはその横顔を見つめ続けた。
「本当に、そう思う。何人だって生みたい。男の俺でさえそう思うのに、君は、せっかく生める性――女性に生まれながらひとりも生まずに、育てずに一生を貫くつもりなのか?」
 向き直ったと思うと、いきなり質問を浴びせられて、マシェンナは動転した。
 パンダカマキリは真っ向から見つめてきた。
「悪かった。昼間、君とお母さんが話しているのを立ち聞きしてしまったんだ。だが、正直ひっかかった。本当に、修道女になるつもりなのか?」
「あ、あなたには関係ないでしょう」
 唇が震えた。そう応えるのが精一杯だ。
「確かに関係ない。でも―――、ま、いいか。いずれわかるさ」
 パンダカマキリは肩をすくめた。
「わ、私―――」
 マシェンナは顔面が熱くなるのを感じた。
「私だって以前は弟や妹たちを可愛いと思ってたわ、あなたがその赤ちゃんを思うのに負けないくらい。でも、でも」
 何故、こんなことを言う勇気が出せたのか。
「多胎星族に生まれついた屈辱はあなたにはわからないわ。あなた地球人なんでしょ、私、前に言われたの!ブタやネズミじゃあるまいしって、地球人から!大好きだった人から!」
 涙がほとばしった。
 マシェンナはネグリジェをもみしぼりながら、半ば叫んでいた。
         ☆

 期待していなかったと言えば、嘘になる。
(今夜、この部屋を出る時には―――)
 ハロバッツは熱い塊をごくりと飲み下して、パープルヘアの美女、シルマリイの船室のドアをノックした。
 二回ノックすると、細めにドアが開けられ、アメジストの瞳が片方覗いた。
「あら、遅かったのね。どうぞ、指環は奥よ」
 あっけなく招き入れられた。
 ぶ厚い遮光カーテンがぴったりと窓を覆い、恒星ブラン・ネージュの光など一筋も入りはしない。室内は気だるい琥珀色の装飾燈の色に満たされていた。
「どうぞ」
 シャワーを使ったらしく、シルマリイはなんとバスローブ姿だった。
 テーブルの上に、ピュア・ピンクは無造作に置かれていた。
 ハロバッツが手を伸ばそうとすると、かすめ取るようにシルマリイが素早く指にはめ、名残り惜しげに眺めまわした。
「ありがと。ディナーの席で、鼻が高かったわ。ピュア・ピンクを着けていたの、私だけだったんですもの」
 ハロバッツをソファに座らせ、シルマリイは身体をくっつけてきた。半乾きの髪からはなんとも甘い匂いが漂う。
 夢の銀曜日号で、目の覚めるような美女と、アバンチュール。
(は、話がうますぎるぞ、この展開はッ)
 そうは思いながらも、ハロバッツの鼻の下は知らず知らず伸びてしまう。
 ピュア・ピンクの輝きがハロバッツの理性を総崩れにした。
「シ…シルマリイさんっ!」
 がば、と抱きしめようとした時、パープルの髪は音も無くすべりに抜けた。
「そう急がないで。ゆっくり大人の夜を楽しみましょ」
 濃い睫毛でウィンクをよこすと、サイドボードから炎の酒を取り出してきた。素晴らしい華麗なカットのグラスに、少しだけそそぐ。
 それをくるりくるりと手のひらでもてあそびながら、ボルドーの唇に含んで、妖艶な笑みをシルマリイは向けてきた。
 もはや現実の世界ともハロバッツには思えなかった。
 ザスラブの兄貴に言いつけられた指環なんかどうでもいい。
 プラチナブロンドの新エルシャスの女の子なんか、知ったことか。
 シルマリイの白い腕がまとわりついてきた。
 そして―――唇を重ねられ、その名の通り炎の味わいを口いっぱいにそそぎこまれた瞬間―――頭の中は真っ白になった。
 無、の淵へハロバッツは落下した。

          ☆

 それからどれだけの時間が過ぎたのだろう。
 次に目を醒ました時には、悪酔いの妖精がハロバッツのこめかみにハンマー打ちを繰り出していた。
「シルマリイさん……?」
 シルマリイは備え付けのドレッサーの前に座り、見事なパープルの髪を梳かしていた。
「目が醒めた?」
 ベッドの方へ歩いてくると、起き上がるハロバッツに手を貸し、紫の薔薇の微笑みを向けた。
「はい、じゃあ確かにお返しするわね」
 彼女は言い、ハロバッツの左の小指にピュア・ピンクをはめた。
「シルマリイさん、俺……?」
 どうも頭がぼやけてはっきりしない。いったい、肝心なところはどうなったんだろう。ハロバッツはビリジャンの髪をくしゃくしゃとかきむしった。
「パスくんたちに気づかれないうちに戻った方がよろしくてよ。……ハロくん」
「はぁ?」
「素敵だったわ」
 と、言われても実感がない。
 満足感も感動もかけらさえない。
「……?……?……?」
 髪と同じパープルの爪の手に押されて、船室を後にした。
 通路は恒星ブラン・ネージュの光が溢れかえって眩しいことおびただしい。
 特に妖艶な部屋から出てきた身には。
「指環は戻ったことだし、ま、いいか」
 仲間の船室へ戻ろうと歩き始めた時である。





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. 彩層のエドマより 第8回

「★☆★☆★……、
 ☆★☆★………」

 何か人魚の歌声を思わせるか細い旋律が耳に届いた。
「なんだ、あの声……」
 導かれるまま、足はピアノ・ホールへ向かった。
 整然と並んだ客席の向こうに―――。
 ハロバッツはプラチナブロンドの女の子と、赤ん坊を抱いた男が話しているのを見た。
(あの子だ…)
 急に気恥ずかしくなって、柱の陰に隠れた。急いで頬に紅が残っていないか確かめる。
 なんだか、途轍もなく恥ずべきことをしてきたような気分だった。どうして期待に胸を高鳴らせてシルマリイの部屋のドアをノックなどしてしまったのだろう。
 それにしても、あのふたりは何を話しているのか―――、身もだえするほど気になった。耳に全神経を集中する。
 あの子は、泣いてるようだ。
「だいたい無神経すぎるわよ、地球人はみんな!昼間だって……もし、私が五つ子か六つ子を生んだらどうするつもりよ!」
「何の話だ?」
 赤ん坊を抱いた男はうろたえた。
「だって、キスしたじゃないの!」
(キスしたああぁぁ~~~~~~~~~~?)
 女の子が叫んだ言葉はハロバッツの脳天を直撃した。
(あの、子連れのおっさんがあの子にぃ?)
「私たち新エルシャス星人はキスしたら子どもができちゃうのよ、それもたくさん!」
「は………?」
 男はキツネにつままれたような顔をしていたが、突然、
「わ―――――っはっはっはっは!!」
 大爆笑した。
 そのまま赤ん坊を抱きしめてひいひい笑い続ける。お腹の皮がよじれるどころか、ひきちぎれそうなくらい。
「キスで子どもができちまうんなら、俺の子どもの数なんか天文学的数字になっちまうぜ!」
 笑いは止まらない。
 そのうち、女の子の肩が小刻みに震え始めた。
「ひどい……。私の花の唇を奪っておきながら、あんまりひどいわ……!」
「同感だぜ!」
 叫ぶなり、ハロバッツは柱の陰から飛び出していた。
 そして男の腕の中の赤ん坊をひょいと抱き取って女の子に渡すが早いか、相手の顔面に強烈なパンチをお見舞いしていた。
 ド、ドーン!!
 男に倒れかけられたピアノが重々しく唸り声を上げた。
「ざまあみろっ!彼女をコケにした罰だ!」
 ハロバッツは雄叫びを上げると、疾風のようにその場を後にした。

          ☆

「……で、私にSOSしてきたわけね」
 ココラが腰に両手をあてて、男とマシェンナを見下ろした。
 マシェンナが水で濡らしてきたタオルの下で、パンダカマキリは伸びていた。
 左目の周りに殴られたアザをつくり、本当にパンダになってしまっている。
 場所は、彼の部屋だ。
 彼の横たわっているベッドの横にはベビーベッドがあり、トビーJr.が親の災難などつゆ知らず、平和な眠りをむさぼっている。
「だって、ピアノで頭打って気を失っちゃったんだもん、私にも責任あるし」
「でも、殴ったのはあのパンプキンイエロウのおにいさんでしょ」
「ええ、急に現われていきなりよ。びっくりしちゃった」
 マシェンナはまだ高鳴る胸を押さえていた。ココラに救援を頼んで、やっとパンダカマキリを部屋へ運んだのだ。
「いったいどうしてかしら」
「ははん」
 ココラのルビーの瞳がいたずらっぽく光る。
「ははん、て?」
 マシェンナが尋ねた答えは下から返ってきた。
「あいつは俺にヤキモチ妬いた……つまりあんたに惚れてるのさ」
 いつのまにか、パンダカマキリが意識を取り戻していたのだ。
 マシェンナは即座に反論した。
「そんな。一度逢ったきりの人よ」
「恋に落ちるにはひと目で充分だ。俺がカミさんに初めて逢った時もそうだった」
 パンダカマキリは上半身を起こしてマシェンナに痛々しいウィンクを寄越した。
「世話になったな。ええと、まだ君たちの名前を聞いてなかったが」
 上の空のマシェンナに代わり、ココラが答える。
「私はココラ。こっちはマシェンナ。私たち従姉妹同士なの。あなたは?」
「俺はパンダカマキリでけっこう。―――――マシェンナ」
 パンダカマキリはマシェンナに真摯な目を向けた。
「さっきは笑ってすまなかった。あの坊やに殴られて当然だな。君にとっては真剣な問題なのに」
「い―――いいえ」
 マシェンナは赤くなってかぶりをふった。
 笑われたことより、彼に言われた言葉が胸の奥で何度も反響していたのだ。

 生める性に生まれながら、生まずに、育てずに一生を貫くのか――――?

 パンダカマキリの真剣な眼差しから発せられたその言葉は、マシェンナの鉄の決意をわずかに揺るがせ始めている。
「あれあれ?」
 ココラが見つめあうふたりを交互に見て、ニヤついた。
「なあんかパンプキンイエロウのおにいさんでなくても妬けちゃう感じねえ」
 マシェンナとパンダカマキリは我に返って、大急ぎで視線を外した。
「誰が何と言おうと、修道女になる決心は変わりませんからね」
 揺れる心とは裏腹に、マシェンナは言い放っていた。
        ☆

 不意に、あの子守歌が聞こえた。

「★☆★☆★……」

「あ、また聞こえる。何かしら、あれ」
 マシェンナはココラと顔を見合わせて、意外にも間近から聞こえてくるそれに耳を傾けた。
「おいで、見せてあげよう」
 驚いたことにパンダカマキリが立ち上がり、奥の部屋へ促した。
 ドアを開けた瞬間、マシェンナとココラはあまりの眩しさに目を細めた。
 それは――――、
 何と形容すればいいのだろう、水晶に嵌め込まれた精巧な人形、とでも呼べばいいのか。
 部屋の空間すべてを埋める巨大なクリスタルに、等身大の人形が白い体軀を折り曲げて閉じ込められている。
 彼女は全裸だ。
 透き通るように白い裸体が、船窓からの光に包まれて、まるで光に透かした繭の中の蚕みたいに輝いているのだ。
「わあ……」
「き…れい……」
 神秘的すぎて恐ろしいくらい美しい。荘厳で、それでいて優しい。
 鼻といい頬といい、生きている人間のようだ。金色の髪と睫毛が蜂蜜色に煌いて、えもいわれぬまろやかさを醸し出し、しかも、背には天使のような純白の翼を生やしている。

「★☆★……」

 彼女からその旋律は聞こえてくる。
 マシェンナたちは電撃を食らったかのように、彼女から目を離せなかった。
「これはいったいなに……?」
「オルゴールなのさ」
 パンダカマキリが背後から答える。
「オルゴール?」
「そう。製作年代が絞れないほどのアンティークだ。芸術の都ミューゼオーンのオークションへ出品するために運搬中というわけさ」
「じゃ、あなたは古美術商の方?」
 ココラの問いに、パンダカマキリは肩をすくめた。
「ま、そんなところかな」
「オルゴールだったの。それできれいな歌声が聞こえてきたのね」
 マシェンナがうっとりと彼女の面を見つめながら洩らした。
 不思議と、彼女を見ていると今までの屈辱の記憶や戸惑いや怒りが静かに癒されていくのを感じていた。

          ☆

 ハロバッツが部屋に戻った頃には、すでに就寝タイムが終わり、朝の着替えを済ませたバードックとパステークが(朝食の席で、誰がシルマリイの横に座るか)のアミダに没頭していた。
 昨日までのハロバッツならさっそく加わるところだが、今朝は気乗りがしない。
 シルマリイの部屋で、妙な過ごし方をしてから、どうも調子がおかしい。底抜けに気だるいかと思えば、さっき子連れの男を殴った時みたいに急激に激情が噴出するし、それが過ぎると頭の中に霧がかかったみたいだし。
 バードックとパステークは、夜中に仲間がいなかったことにも気づかず、先を争ってレストランへと飛び出していった。
 ハロバッツはベッドにごろりと身を投げ出した。
 思い出されるのは、妖艶なシルマリイ――――ではなく、ピアノ・ホールで子連れの男と言い争っていたあの子の面影だ。
 まだ、名前も知らない。
 新エルシャス星人だって言ってたっけ。
 厄介なことになるかも。それでも、やっぱりあの子ばかりが目の前にちらつく。
「そうだ」
 ビリジャンの前髪をかきあげて、ハロバッツは突然思いついた。
(船長主催のパーティーで、あの子にダンスを申し込もう!)
 彼の左の小指で、ピュア・ピンクが小悪魔的な光を振りまいている。
 それをプリズム色のラッピング紙の箱に戻そうとしたハロバッツは、耳の奥に唐突に声を聞いた。
<スイッチ、ON>
 その操作を、何故か知っている。
 躊躇いはなかった。
 指が徐々に持ち上がり、指環の石に小さく明滅しているボタンらしきものを押す。
 ハロバッツの頭の奥に濃密な霧が垂れこめていた。


  その三  終わり         



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. 彩層のエドマより  第9回

   四 ルビスコ将軍あらわる

 いよいよ華麗なる恒星ブラン・ネージュ最接近の当日だ。
 銀曜日号には宇宙の大スペクタクルを目の当たりにする興奮と、それに続くパーティーの準備で華やいだ雰囲気が満ちている。
 マシェンナの母親はパーティーがあると聞くや、がぜん瞳を輝かせた。
「マシェンナ、是非是非、出席して素敵な男性を見つけなさい。そうすれば修道女になろうなんて気持ちはどこかへ飛んでいってしまうわよ」
 ……という調子で、三日前に船内オートクチュールへ娘を引っぱっていき、ドレスを新調してしまった。
 マシェンナはパーティーなどまっぴらだった。そんな暇があったら清廉な気持ちでお祈りのひとつも捧げたい心境だったのだが、母親は嫌がる娘を強行にパーティー会場へ引きずっていった。
 会場のガラス一面に恒星ブラン・ネージュの表面が迫っていた。
 溶鉱炉を何百万個も集めたような炎の海が眼下に広がっている。
「なんと素晴らしい…」
「これこそ神の造りたもうた熱い奇跡」
「はるばる一万光年を旅してきた甲斐がありましたな」
 ガラスに群がる乗客たちからため息が洩れる。
 恒星はまさに生き物だった。
 「彩層」と呼ばれる表面は一刻もとどまることなく様々な文様を描いて蠢(うごめ)き、この星が命ある存在であることを物語っている。
 伸びゆくプロミネンスにのまれそうになる度に、乗客からスリリングな歓声が上がった。
 ダンディなごま塩のあごひげをたくわえた船長が威儀を正して登場した。
「ご乗客の皆様、華麗なる恒星ブラン・ネージュの眺望はいかがでございましょうか。おそらく、この神秘で偉大なる景観は皆様おひとりおひとりの胸に深く刻みこまれ、一生の思い出となることでしょう。私たち人類はこの偉大なる星に敬意を表して、しばらく黙祷を捧げたいと思います」
 宇宙のあちこちからやってきた乗客たちは、それぞれの作法に乗っ取って、祈りを捧げた。
「では、最接近を祝って今宵はご存分にお楽しみ下さい。後ほどビッグゲストのご披露も予定しておりますので、どうぞお楽しみに」
 たちまち淑女の間から歓声が上がる。
「まあ、ビッグゲストって誰かしら」
「スペシャル・サプライズね」
「トップアイドルのジョークのメンバーかしら」
「協会軍の女殺し、アナトーリ・オーゼロフ将軍かもしれなくてよ」
「まさか!」
 さっそくワルツを踊り始める乗客たちに背を向け、あつらえたばかりのコバルト・ブルーのデコルテをまとったマシェンナは、まだ恒星の燃えたぎる表面に見入っていた。
「素晴らしいな。俺たちもこの星もまさに生きている」
 そんな言葉に振り向くと、パンダカマキリがタキシード姿で微笑みかけていた。
 先日の騒ぎから数日ぶりだ。
 リーゼントも艶やかに、ぴかぴかの漆黒のタイとサッシュを締めた姿は、いつもTシャツにボロボロジーンズで赤ん坊を追いかけまわしている男と同じ人間とは思えない。
 マシェンナはドキリとして立ちすくんだ。
「今日は、おひとりですか」
 口ごもりながら尋ねる。
「ああ、トビーJr.はお昼寝中なんだ。君の方もあの派手な髪の従姉妹は?」
「ココラは部屋です」
 ココラは父親からパーティー出席禁止を命じられ、船室に監禁されていた。これ以上火遊びをしでかされてはたまらない、と判断した父親が厳命したのだ。
 できりものなら代わりたい、とマシェンナは思う。
 深いため息をつく彼女の前に、スッとタキシードの腕が出された。
「どうぞ、お嬢さん」
 思わず後じさりする。
「安心して。もう顔面衝突なんかしないから」
 パンダカマキリの白い歯が眩しい。マシェンナはそれに惹きこまれるように手を差し出しかける。
 背後からひとりの女性がパンダカマキリに声をかけてきた。
「一曲お相手くださらない?」
 アメジストのピアスが揺れている。
 普段よりいっそうあでやかな紫一色に着飾ったシルマリイである。
「悪いが彼女が先約でしてね」
「ま……」
 当然、申し出を受けられると思っていた美女はむっとした表情を隠さなかった。荒々しくデコルテの裾をさばいて人の群れに入ってしまう。
「いいんですか?後悔しても知りませんよ」
「気にしない、気にしない」
 パンダカマキリはマシェンナを会場の真ん中へ連れ出した。
 マシェンナは目を見張った。会場の中央にパンダカマキリの船室で見た、等身大人形のオルゴールが飾られているではないか。
 たくさんの花に埋もれて、それはいっそう麗しく鎮座したいた。
「船長に是非にと頼まれてね」
 パンダカマキリは言った。
「さ、そんな暗い顔してないで。せっかくのパーティーだし、君はこんなに若くて美しいときてる!怖いものなしさ!」
 いつのまにかパンダカマキリのステップにマシェンナもついてゆく。

「世界が、銀河世界が君を待ってるんだ。無限の可能性を秘めた君をね……。わざわざそれに背を向けて、神に一生を捧げる道に進むこともないじゃないか。世界の一端も見ないうちに。恋の素晴らしさも知らないうちに」
「恋だなんて……」
「以前、君にひどいことを言った地球人のことなんか忘れておしまい。ほら、新しい扉が君の前に用意されているよ」
 パンダカマキリがステップを止めた。背後を指し示されて振り向くと―――、パンプキンイエロウの肌にビリジャンの髪の少年、ハロバッツがはにかんだ表情で立っていた。
 マシェンナよりやや濃い目のブルーのタキシード姿である。
「おじさん、この間はすまなかった」パンダカマキリにぶっきらぼうに謝ってから、マシェンナに向き直った。「お、俺、いや僕と踊って下さいっっ!!」
 ハロバッツの背後でのっぽと太っちょが驚いてわめいている。
「さ、おじさんは退散するから踊っておいで」
「ちょっと、待っ……」
 パンダカマキリに背を押され、マシェンナはハロバッツの腕に飛び込んでしまった。胸のドキドキがおさまらないうちに踊りの波に乗っている。
 パンダカマキリの広い胸と違い、少年の体躯は若木のようだ。
「俺、ハロバッツ」
「覚えてるわ」
「ほんと?君は?」
「マシェンナ。どういう風の吹きまわしなの。私は新エルシャス星人だって言ったはずよ。うっかり火遊びの相手なんかにしたらひどい目にあうわよ」
 少々意地が悪いかな、と思いながらマシェンナは言わずにいられなかった。
「いいんだ」
「いいって?」
「そういう目にあったって、自分の心に嘘はつけないもの」
 突然の告白にマシェンナは面食らった。
 少年の眼は優しい。かつて大好きだった、ひどい言葉をくれた地球人の男の子よりも、ずっと、ずっと。
「君は?君は俺のことどう思う?あの黒メガネのおじさんの方が好きかい?」
「そんなこと!」
 マシェンナは少年の手をふりほどいた。
「どちらも何とも思っていません。聖アヴェルラ女学院に入学するの。修道女になるのよ」
「マッマジか?」
 ハロバッツは仰天した。

         ☆

(こんな日に、ひとりだけ部屋に残ってられますかってのよ)
 給仕にやってきたボーイに色目を使って船室を脱出したココラである。
 通路に出ると、何だか足元の空間が白い。
(パーティー会場でドライアイスの演出でもやってるのかしら)
 急いで会場へ向かおうとした時、赤ん坊の火のついたような泣き声が降ってきた。
(あの声は……トビーJr.かな)
 部屋へ近づいてみると、やっぱり彼だ。ノブに手をかけると、ドアは難なく開いた。
 トビーはベビーサークルの中で性悪フェイスを限界なまでにひしゃげて泣きじゃくっている。
「トビー、どうしたの、パパは?」
 親子と信じているわけではないが、一応そう尋ねる。
 一向に泣きやまない。ココラはスパンコールつきの真っ赤なジャンプスーツにヨダレがつかないか気遣いながら、トビーJr.を抱っこした。―――――とたん。
 いっそう泣きまくる。ふんぞり返る。ココラの顔面をかきむしる。足でキックする。
「こらっおとなしくしなさいっっ!!」
 なだめたり、叱りつけたり、ココラは次第に本気になってしまう。
「ったくもう、パンダカマキリのオヤジはどこへ行ったのよっ」
 ココラの方が泣きたくなった。
 どれくらい奮闘が続いたのだろう。不意に、トビーJr.はぐすん、ぐすん、と弱弱しく泣いてココラの胸にもたれてきた。
「あらら…案外、可愛いじゃん」
 ついつい背中を優しくたたいてやる。
「パパがいないんで怒ってたんだね」
 子守歌まで唇から洩れてくる。ココラはまんざらじゃない自分を味わっていた。
「パパはきっとパーティー会場でナンパの最中よ。さ、連れていってあげようね」
 立ち上がりかけた時――――、
 口元を、布でふさがれた。
「うっ…」
 薬品の臭いがして目の前が暗くなる。腕の中のトビーJr.が奪い取られていく。判ってはいても、手足から力が抜けて抵抗できない。
 ただ、意識が完全に途切れる直前にぼんやりと視界に映ったのは、赤ん坊を抱いて連れ去る人物の紫のドレスだけだ。


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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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