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浪漫@kaido kanata

. おぼろ

            


          第 一 章




 青年の名は おぼろ。


 青年は 夜盗、月夜叉に赤子の時に拾われ 夜盗の女に育てられた。
 女は 情に厚く、みなしごの赤子を自分の子のように 可愛がって育てた。
 夜盗たち、男の子どもらが 苛めても 庇ってやるような優しい女だった。

 夜盗の子として 日陰で育てられながら、おぼろは 身近な愛情では 恵まれていたと言える。
 しかし、その幸せも つかの間だった。
 おぼろが 五歳くらいの時に 母親は別の夜盗に残忍な殺され方をしたのだ。
 幼い おぼろの心は ズタズタにされ、復讐を誓わないでおれようか。

 都に跳梁する 盗賊の輩は いくつも存在し、縄張り争いが絶えなかった。

 やがて 思春期に成長した おぼろは 養父の月夜叉も一目(いちもく)置くほどの
腕の立つ漢(おとこ)に 成長し、月夜叉の配下の郎党でさえ 怖れるような存在になった。

髪 乱れた1



 公卿の邸へ 忍び込んだり、襲撃したりして 宝物を盗んでくるくらいは お手のもの。
 そればかりか、深窓の令嬢を次から次へと モノにしていく。
 ある時は 公達の風を装って 変装したりもする。

~~~~~~~~~~~

 入内を待つ 大納言の姫君が ある野分の夜、ひとりの漢(おとこ)を匿った。
 おぼろだった。

 姫君、時の大納言の ひとりの姫は 侍女たちと 共に かるた遊びをしている最中だった。
 萩の咲き誇る庭先が 暴風にさらされて、ごうごうと 恐ろしい風の響きが邸を揺るがせている最中に、急に紙燭の灯が消えたと 思ったら、夜露に濡れた 真っ黒い装束の男が土足で 板間に上がってきた。

 理子姫は まだ 十三歳になったばかり。

うみか ゆかた おうぎ


ふだ遊び


 男というと、簾の向こうに見える父親の家臣くらいしか、父親以外には会ったことがない。父 大納言から聞く 入内して夫となる 東宮さまの肖像しか見たことがない。
 土足で 踏み入ってきた 若い男は 風体に似合わず 高貴そうな凛々しい男子だ。

 しかし、驚いた侍女たちは 逃げ出した。
「しっ」
 大きな手が 姫の口を塞いだ。と、同時に 衣擦れの音がして、胴体の紐をほどかれていた。
 青年は 口元を覆い隠していた 黒い布を下げた。輝く大きな瞳。大きめの輪郭のはっきりした唇。


「姫、いや、萩の美しい夜に出逢うたゆえ 萩子と呼ぼう。おとなしくしておれば、乱暴はせぬ」
 もう 青年の手は 姫の幾重もの美しい彩の襟元をくつろげている。
 純白の肌が 格子から差し込んできた 月光に輝いている。


kiiroi.jpg


「わしの名は おぼろ」
 言うなり 青年は 姫の長く重い黒髪を撫で、小さなうす桃の唇を吸った。
 おぼろの舌は弄ぶように 姫の小さな舌を追いかけまわし、存分に愉しみながら 左手で胸の初々しいふくらみを 揉みしだき、唇を首筋から 乳房に這わせた。
 穢れを知らない 白桃のような乳房の頂点を口に含み、舌で転がす。
 姫は 小さく叫び、抗うことなく 勇気さえなく されるがままに なっている。


蝶と


 いきなり 古参らしき 侍女が 紅い袴でいざって入ってきた。
「姫さま、家司は 皆、眠らされております」
 おぼろの拳は 侍女のみぞおちに一撃を加えるなり、木戸を乱暴に締め切った。


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. おぼろ

  第 二 章



 野分の風より 荒々しい 青年の息づかい。
 花を手折るにしては 清清しい匂い。


 生まれて初めての接吻も、一糸纏わぬ姿に されて 絹の褥(しとね)に 
転がされるのも 割れ物を扱うように 優しくされて快い。
 そして この青年から 立ち昇る匂いは なんと甘く、瑞々しいのだろう。

 ひざ頭に 大きな手のひらが 置かれ、強引に開かれた時も 怖くはなかった。
 もう すでに 身体の奥は どくどくと脈打って待ち受けていた。
(はよう、わらわの知らぬ世界へ 連れていって……)と。


 青年の熱い舌が 姫の花芯を愛で始めた。
 なんという熱さ、なんという気の遠くなるような 陶酔感。
「そ、そなた……」
 やがて 火柱のように 力強いものが 姫の中心を貫いた。
 両手で青年の背中に爪が食い込むほど 抱きしめ、大蛇のような 長い髪は おぼろに
巻きついた。

 やがて―――、

 大きくのけぞった 姫は その後、ぐったりと意識を失くしたように 
岩に打ち上げられた 海人のように なってしまった。
 嵐に散らされた 萩の花だ。

ねてる



はぎ1


「初めてだよな?もちろん」
 その証が 紅い点となって、褥(しとね)に残っている。
 肩で 息をしながらも おぼろは まだ姫の頤(おとがい)に 吸いついている。
「さすがに 大納言の姫君、水蜜桃みてえじゃねえか。朝まで 味あわせてもらうぜ」

 愛の矢が降り注ぐ。
「ああっ……」
 ここは 現世(うつせ)なのか、夢の世界なのか、それとも 天国、はたまた地獄……。
 拷問という愛の絶頂が あることを この夜、姫は知った。

Sぽい?


 ~~~~~~~~~

 この事件は 翌朝、大納言の耳に入ったが、大納言は
「すべて 無かったことにする。麿も聞かなかったことにしよう」
 入内して 東宮妃の候補になろうという姫が、夜盗にキズモノにされたなどと、
寸分も洩らすことも出来ず、政治失脚は間違いない。
 出仕している 大納言の長男、次男、三男などは 位を下げられるか 
お役目を剥奪される恐れもある。すべての道が閉ざされる。

おがたA



 しかし、それを 良いことに おぼろは 週に一、二度、理子――― 萩子の元を訪れることになった。
 理子もまた、おぼろを待ち望むようになっていた。身も心も この青年の虜となっていた。
 侍女たちは 見て見ぬふりをせざるを得ない。
 女あるじの寝室から 洩れ聞こえてくる 快楽の声……。
(黒装束の怪しい夜盗から どのように 姫さまは 愛されているのであろうか?)
 口さがない侍女たちは 
「一度でいい、あんな野生的な漢(おとこ)と 交わりたいものじゃ」
 などと、露わなことを言い合うのだった。


はっぱと月


 襦袢を取り替えて、愛し合うのに 疲れ果てたふたりは 
褥(しとね)の上という波間にたゆたっていた。


「おぼろ…… いいえ、あなたは月読の君」
「何だ、そりゃ」
「月の精のことです。月夜の度にやってきて わらわを愛でてくりゃる」
 理子の顔が曇った。
「でも、それも もうすぐ終わり。わらわは 父上のおっしゃる通り、入内せねばならぬ」
「そのくらいは なんともない」
「え」
「萩子に会うためなら 宮中の奥まで入り込もう。容易いことじゃ」


けいご


(この青年は 天子様のおわす宮中の警護がどんなに 厳しいものか知っているのか。
わらわでさえ 聞いている、天子様への反逆の恐ろしさが 分かっているのか)
 理子の小さな胸は 密かに 怯えた。


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. おぼろ

      第 三 章

 月夜叉党に ひとり、痩せた老人がいる。白髪で 同じく白髪の眉毛の下の双眸は、
 隠れていて見えないくらいだ。
 みみずく、という。
 月夜叉の知恵袋といったところか、乱雑な月夜叉も 粗末に扱ったりはしない。
 と、いうより、荒くれた郎党は 配下でしかないが、翁は 月夜叉の話し相手だった。

bu役所1


「月夜叉……、いや、松原恭永どの」
 翁は 杯を傾けながら、ずいぶん冷えてきた 床に座って切り出した。
 月夜叉と ふたりで飲むのは しょっちゅうだが、この名前で呼ばれるのは 久方ぶりだった。

「どうした、翁。そんな名前は とっくの昔に捨てたぞ。今じゃ あんたしか知るまい」
「しかし、わしは 覚えておるぞ。あんたは、立派な血筋の公卿だということを」
「しかし、あの大納言に 陥れられて 途中から このザマだ」
 月夜叉は、杯をぐい、と空け、濡れた口ひげを ぬぐった。


「 おぼろが 大納言の姫をものにしたのは、おぬしの命令かの」
「いや、偶然だ」
「それは また おぬしにとっては好都合だったろう」
「そうなのだ。もとより、命令しようとしていたところだったからな。
しかし、おぼろは わしの命令などきかぬ。自ら動いてくれて 誠に好都合」
「入内する 大納言の姫に、おぼろの子を産ませようという魂胆じゃな」
「ふ……」月夜叉の口元が 嘲笑に歪んだ。「翁には なんでも お見通しじゃな。
おぼろと初めて 利害と目的がおなじうなったというわけじゃ」



「しかし、あの おぼろに 女に孕ませようってのは、無理な話ですぜ」
「むむ?」
 月夜叉は みみずくに まともに目をやった。
「おぼろが 孕ませた女は 必ず 腹の子が流れちまうんでさ。これは 何かの祟りか……」
「おぼろに 男の能力が欠けておるってことか?」
「多分……」
「あの 役立たずっ!」月夜叉は 持っていた杯を床に叩きつけた。「始末してくれるわっ」

赤いおぼろ



~~~~~~~~~~~~

 やがて 理子は 今の世で一番の権勢を振るう 大納言の姫、東宮妃候補として、華々しく 
女御として入内した。
 あの野分の秋から 半年、桜の時期だった。
 東宮は 妙齢の貴公子、理子を気に入ったと思われ、ご寵愛の深さが 
すぐに宮中より外へも 噂されるようになった。


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 そして、理子は 懐妊、順調に腹の子は育ち、一年後の春には 皇子を産みまいらせた。
 幼いほど 若い女御にしては、医師(くすし)が 感心するほど 安産だった。
女御として入内した 理子は 正式な東宮妃に、大納言も太政大臣に出世した。
 しかし、世間の者は知る由もない。
 深窓の 東宮妃のもとに、月夜ごとに通う漢(おとこ)が いることなど。


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. おぼろ

          第 四 章


 晩春の生ぬるい空気の中だった。
 筵(むしろ)を めくり上げて隠れ処の小屋から出た おぼろは 
数人の仲間に 取り囲まれた。皆、殺気を帯びている。


「わしに 何か 用か、おぬしら」
「悪いが 消えてもらう。月夜叉のお頭の命令でな」
 震える声で まだ 若いひとりが言った。
「何ゆえ お頭が わしを?」
「役立たずと 見なされたゆえじゃ」
 若者どもは 太刀を抜いて斬りかかってきたが、それを 素早く交わしながら、
「わしが 役立たずじゃと?」

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 若者の背後から ずいと みみずくが 姿を現した。
「東宮妃が 産み落としたのは おぬしの子ではなく 東宮の子じゃろう。
誤魔化そうとしても ムダじゃ」
 おぼろの顔面に 苦渋が奔った。数人の男など あっと言う間に 切り伏せてしまった。
 そして その足で 月夜叉の潜む廃屋に向かった。


 猫のように 音もなく素早く 月夜叉の隠れ処に 押し入ると、
「お頭、世話になったな。今日かぎり わしは あんたの元を去る」
「何と言うた?」
「暗殺されるようでは 安心して寝てられんからな。育ててもらった恩は 忘れん」
 紙燭(しそく)が 揺れて 月夜叉の厳しい表情が いつもより 歪む。
「あの姫の父親の大納言が おぬしの実の父親だと 知っておるか」
「おう、承知よ。側室に手をつけ わしを産ませた。そして 母親共々、
邪魔になって捨てた。その復讐の意味もあって わしは 理子姫を蹂躙したのじゃ。
大納言にも いつかひと泡吹かせてくれる」


「わしの手助けなくして 若造のおぬしに 何ができよう」
「できようぞ。仲間の半数が わしに ついてきて くれるそうじゃ」
 おぼろは 不敵に大声で 嗤った。
「なにぃ!?」
 月夜叉が いきり立って 立ち上がった時、おぼろは 素早く
 部屋を出て、廊下から庭へ飛び降りた。
 庭には 三十人ほどの若い男たちが 松明を掲げて群れ集まっていた。


集団たいまつ



やくしょ1

「おぬしら、我を裏切って おぼろについていく気か」
 男たちは ニヤニヤして、行こうとする おぼろを取り囲みながら 進んでいこうとした。
「おぼろっ!!」月夜叉の怒号が響き渡った。
「よく覚えておけ。おぬしはけだものだ、太政大臣の姫とおぬしは 異腹の兄妹ぞ!!
おぬしを育てた女は おぬしの誠の母親じゃ。兄妹で契りあうとは 畜生も同然」
「それが どうかしたか?母親を弄んだ あの男に復讐するためには 
あの姫を手玉にとるのが 一番じゃろうが。月夜叉どの」
 幼かった おぼろの 脳裏に 鮮明に刻まれた光景。



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 抗う母親を無理やり、己の自由にした 現、大納言。
 それから 月夜叉の態度が 変わった。
 厳しくとも 心の底では 優しさを感じる父親のように 慕っていたのに、
母親にも自分にも 向ける眼が軽蔑に満ちてきた。憎悪が 籠もっている。
 それは おぼろの心の奥に 常にしこりとなって 残っている。


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. おぼろ

           第 五 章



 月夜叉の前を不敵な 横顔で立ち去った。

 月夜叉の両こぶしが 握りしめられ、額に汗が浮かんだ。おぼろの刃から 
 逃げおおせた みみずくが 側に寄ってきて 
「お頭、このままで よいのか。おぼろは 誠のことを 何も知らぬのであろう」
「時がくれば……、告げることも あるじゃろうが、今はこのままでよい」
 おぼろが 郎党に囲まれて立ち去る姿を見送る 月夜叉の横顔には 珍しく悲哀が漂っている。



~~~~~~~~



 理子は 皇子を産みまいらせたことにより、女御より 東宮妃となり、
 長兄、次兄は より高い位を天子より 賜り 一族は 繁栄した。
 乳母が 時々、皇子を抱いて見せにくるが、母親の理子の顔は いつも曇っていた。
いや、時々、涙ぐみさえする。
 大納言家から ついてきた侍女が見るに見かねて 声をかける。

女官たち1


「姫さま、あの漢(おとこ)のことをお考えなのですね」
「あのお方は 皇子を産んでから 一度も逢いに来てくださらぬ。赤さまは あの方のお子だというのに」
「しっ、妃さま」侍女は厳しい顔で 擦り寄った。
「誰かの耳に入ったりすれば 大事でございますよ!お嘆きは 分かりますが お待ちなさいませ」
(あの方は おぼろの君は もう わらわのことを忘れてしまわれたのか……)
 理子の目頭は ついつい 涙で濡れる。袂も 涙で濡れて冷たくなっている。
 何も知らぬ 無垢な皇子は すやすやと乳母の懐で眠っている。



~~~~~~~~~


 
 長雨の季節に入った。


はっぱのしずく

 何日も、何日も 周りの景色が 雨に煙って見えにくいほどの激しい雨が 
降り続き、都の鴨川も増水して 泥水となり氾濫していた。
 またもや 雨音の激しい暗い夜だった。
 東宮御所では 板間さえ じめじめする湿気の上を、侍女たちも気持ち悪そうに 
いざっている。

 東宮妃の部屋に 雨にまぎれて 人影が近づいた。
 古参の侍女が 几帳の内側の理子に 声をかけた。
「あのお方なの」
 理子が 顔を輝かせると同時に おぼろが 几帳の隙間から忍び込んできた。
 雨よけをつけていたろうに、かなり着物が 濡れている。
「おぼろ……!!」


 理子……萩子は 肩にすがりついた。
「おお、そなたの香ばしい匂いじゃ。長う 会えなんだ。会いたかった……」
「わしもじゃ、萩子」
 濡れているような 漆黒の髪のつむりを大きな手のひらが 抱きしめる。
「おぼろさま、どうか、赤子を見てやって下さりませ。あなたさまのお子にございます」
 侍女に指図しようとする 理子の口元に 人差し指を当てて、それから
 薔薇のつぼみのような 唇を吸った。


「わしは 赤ん坊に 会いに来たのではない。そなたを愛で(めで)に来たのじゃ、萩子」
 「でも……」
「残念ながらな、赤ん坊は わしの子ではない。まさしく 東宮の血を引いた皇家のお跡継ぎじゃ」
「どうして そんなことがわかりますの?」
 おぼろの手が 理子の腰紐をほどいて 上半身を押し倒した。
「こうして そなたを 抱くことができても、わしは 女を孕ませることが出来ぬ、そういう男なのじゃ」
 おぼろの顔面半分が カッと 稲光に照らし出された。
(哀しそうな 顔をして……)
 理子の心は 憐憫に溢れて 夢中で男の背をかき抱いた。




 夜明け、御所にも 曙色の空が すだれを通して見られる頃、おぼろは
 かたわらに安らかに眠っている理子の額を撫でてから、ぼんやりと思いを馳せていた。


ねている


 己を育ててくれた 元、公卿の松原恭永―――月夜叉のことを思い出していた。
 赤ん坊の頃に 母親と共に 拾ってくれたこと、血が繋がっていないことは
 物心つく頃から なんとなく知っていた。


アズキ色


 月夜叉は この血の繋がらぬ息子に 容赦なかった。少年の頃から 
盗みの一味に加わらせ、もたもたしていると すぐに平手が飛んできた。
 見張りに気づかれたり、逃げ遅れそうになろうとすると、隠れ処に帰ってから 拷問さえ受けた。
 この 養父に 厳しく愛されているのか、憎まれているのか、わからないままに 
歯を食いしばって耐えて育ち、やがて 父親をしのぐどころか 
父親より 敏腕な夜盗に成り上がった。


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. おぼろ

           第 六 章


 夜の開けきらぬうちに 御所を抜け出した。
 街はずれまで 徒歩(かち)で やってくると みすぼらしい老人が近づいてきた。


「みみずくか」
 月夜叉の影のように つき従う老人だった。
「おぼろ、お前の本当の父親のことを知りたくはないか?」
「知ってる、そんなもん。萩子の父親の太政大臣だろう。おっかあを弄んで捨てたのも」
「おう、知っておったか。月夜叉どのはな、お前の母親を心から 愛しておられた。
 じゃから、あの太政大臣が 憎うて仕方ない。つまり お前もな」
 おぼろは 老人を振り返った。
(そうじゃったのか……。だから 月夜叉は 俺にひどく八つ当たりしながら育てたのか)
「あの方の計算違いは そなたを あまりにも 強かに育ててしもうたことじゃ」
「ふっ……」
 おぼろの口元が 苦笑いに歪む。
「父親を越えていくのが 息子ではないか?月夜叉は その点、マジメに役目を果たしたわけだ」
 朝陽が 昇ってきて 都の散らかった下町を 眩しく照らし始めた。
 梅雨の朝晴れ、宵くもり とは よく言ったものである。

衝撃 はるま


(月というより、あの日輪のように 偉大でもあるが……。月夜叉どの、
あんたもただの人間、あんたを越えてしまった わしを 妬ましく思っているのじゃろうな)
 不精ヒゲを生やした 月夜叉の 猛禽のような眼光が 
いつでも間近に感じられて、時折、背中に寒気が奔る。




 蛙(かわず)の声が遠くから響く 真夏の夜、ひとりの宮仕えの侍女が
 東宮御所の妃の部屋から出てくる不審な男に 気づいた。
「あれは 護衛の武士でもなし……烏帽子を被っておるが」
 侍女は 即刻、宮中の護衛官に報せ、男の後をつけた配下が 巻かれてしまった。
「これは 東宮妃さまのお身の周りを注意しておくしかございませんな」
 急に 東宮妃の部屋の周囲は 物々しくなり、次の夜に 忍び込もうとした おぼろは あっさり捕縛されてしまった。
 即刻、東宮の耳にも その報せは届き、やんごとなき育ちの東宮は 妃の裏切りに責めることもできず、部屋に籠もってふさいでいる有様である。
「まさか、あの たおやかな 理子が 麿を裏切ってなどと……」
 しかし、産まれた皇子への疑いは 東宮ばかりか 天子にも及んだ。




 投獄され、処刑寸前の おぼろである。
 身ぐるみ剥がれて 天子の前に引きずり出された。
 東宮妃の父、太政大臣も同席している、裁きの場である。



 そこへ 豪族だと名乗る男が 太政大臣の配下に目どおりを願い出た。
「なに?滅多に見られぬ 高価な貢物を携えて、じゃと?」
 欲に眼の眩んだ 大臣は 豪族の謁見を受け入れた。
「あの皇子さまは 確かに東宮さまの皇子さまに ございます」
「なにゆえ そなたのような 地方の豪族が そのようなことを?」
「あの、おぼろと申す 不届き者は子を成す能力に欠けておるのでございます」
 太政大臣は ますます不思議に思い、
「なにゆえ そのようなことまで」
 豪族は
「あれは、我がせがれでございます。密通の罪は 存分に ご処分くださいませ。
しかし、皇子さまのお命は どうぞ、お助けください。皇子さまに 罪はございませぬ。妃さまも 
重くは 問われませぬように、なにとぞ、なにとぞ」


 ふたりのやり取りを 耳にした、庭の砂の上に捻じ伏せられている おぼろ。
(何を考えている?月夜叉……本心なのか?)
「父上」ついに 口を開き、廊下の隅で 話していた 太政大臣と月夜叉が 同時に振り向いた。
「おふたりとも、こちらを 振り向かれましたな。大臣さま、そこの御仁は 某を育ててくれた養父です。
そして その昔、お邸に 仕えていた 萩野という侍女を覚えておられるか?」
「む?」太政大臣は 遠い目をしてから、嘲笑を浮かべた。「いったい 何の話じゃ、
いちいち 邸の婢女(はしため)なんぞ 覚えておらぬわ」
 吐き捨てるような 言葉。


赤襦袢の

「その 萩野が 某の母親……大臣さまが お若い頃、手折って産ませたのが 某です、父上」
「なんと?」
「なので、大臣は 息子の命を救うため、天子様に お取り成ししていただければならぬのです」
おぼろの口調のどこにも うろたえた感じはない。同々としたものだ。
「そして そちらの豪族どの。某を憎う 思うておられるでしょう。いや、
嫉妬しておられる。なにせ、豪族どのより 腕を上げ、名前が知れ渡ってしまった」
「……」
「しかし、礼は 申しませんぞ。そなたは わが母を見捨てられた」
 月夜叉の眼は 急いで太政大臣に向き直った。
「大臣さま、あの若造の申すことが 分かりませぬ。あのように 気のふれた者、処刑するにも及びませぬ。さっさと 都の外へ 追放されたがよろしい」
「う~~~む」
 もし、捕えられた若者の言うことが 誠なら、萩野という侍女に産ませたわが子ということになる。
 太政大臣は ここは どう切り抜けるか 窮地に追いやられて額に脂汗をにじませた。
「その者を ひったってて 都の外へ追放せよ!!」



 その場は ざわめいた。
(密通を犯した者の首を刎ねぬとは。しかも、東宮妃と)
(やはり 娘御の 東宮妃の身を慮って、孫の皇子さまのこと 可愛さゆえか)
(大臣さまのご命にしては、手ぬるいのでは?)

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. おぼろ

             第 七 章




 都のはずれ。
 荒れ野に 放たれた おぼろは 後からやってきた 馬上の男を待ち受けていた。
「あんたにも まだ 赤い血が流れていると見える。礼を言うぞ、夜盗、月夜叉。
しかし、これが 誠に別れじゃ」


 言うなり、馬に這い登り、月夜叉を 鞍から つき落とし、馬の尻にムチを当てた。
 落馬して ドロの中にまみれた 月夜叉に みみずくが 走りよって起こした。
「申せませなんだな、おぼろどのに。お頭が 真の父上であることを」
「みみずく、もう、左様なことは どうでも よいこと、あやつは もう一人前の漢(おとこ)じゃ。

闇の世界であろうと、どこであろうと 堂々と生きていくであろう」

銃もってる



 遠い眼をして 馬上、遠ざかる【息子】を見送った。
 突然、月夜叉の顔は 苦痛に歪んだ。
 脇腹に 炎のような 激痛を感じたのだった。
 抱き起こしている、みみずくの手に短刀が握られて、あるじの脇腹に突き刺さっている。
「きさま、どうして……」
 たちまち どす黒い血が噴き出してくる。
「お頭。気づきませんでしたな、おぼろを育てた 萩野が わしの娘じゃったことに」
 みみずくは年輪を経た、傷だらけの顔を 嘲笑いに引き攣らせ、短刀を引き抜くや、
敵(かたき)の心の臓めがけて 突き刺した。

前髪はる1


 駿馬は 草原を遥か彼方、若者を乗せて疾駆していく――――。



孤高の馬




  追記

 潤んだ夢を見るような 若き東宮妃、理子は幼い皇子の寝顔を 見つめている。
「似ている…… おぼろさまに……目元など、そっくりじゃ」
 侍女たちは 顔を見合わせ、哀れそうに女あるじを 遠くから見守るしかなかった。

 東宮妃 理子が、正気を失って 消え入るように 隠れてしまったのは、
それからまもなくのことだった。

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       平成二十四年 十一月二日

                     海道 遠


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. 三浦春馬 平安時代イメージ小説 「おぼろ」その1

    第 一 章

青年の名は、おぼろ。
 青年は夜盗、月夜叉に赤子の時に拾われ、
夜盗の女に育てられた。

心九郎 そでまくり


 女は情に厚く、みなしごの赤子を自分の子のように
可愛がって育てた。
 夜盗たち、男の子どもらが苛めても、庇ってやるような優しい女だった。

 夜盗の子として日陰で育てられながら、おぼろは身近な愛情では
恵まれていたと言える。

雲まだらな オレンジの月


 しかし、その幸せもつかの間だった。
 おぼろが 五歳くらいの時に母親は
別の夜盗に残忍な殺され方をしたのだ。
 幼いおぼろの心は ズタズタにされ、復讐を誓わないでおれようか。

 都に跳梁する盗賊の輩は、いくつも存在し縄張り争いが絶えなかった。

 やがて思春期に成長したおぼろは、
養父の月夜叉も一目(いちもく)置くほどの
腕の立つ漢(おとこ)に成長し、月夜叉の配下の郎党でさえ
怖れるような存在になった。

 公卿の邸へ忍び込んだり襲撃したりして、
宝物を盗んでくるくらいはお手のもの。


 そればかりか、深窓の令嬢を次から次へとモノにしていく。
 ある時は公達の風を装って変装したりもする。


真木 源氏 静かに座る


 入内を待つ大納言の姫君が、ある野分の夜、
ひとりの漢(おとこ)を匿った。
 おぼろだった。


   <イメージ>
 若き夜盗、おぼろ ――― 三浦春馬
 理子(萩子) ――――――真木よう子

 月夜叉 ―――――    佐藤浩市
 みみずく ――――   故・三國連太郎



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. 三浦春馬 平安時代イメージ小説 「おぼろ」その2

心 暗い画面 睨む

「おぼろ」 2

 姫君、時の大納言のひとりの理子姫は
侍女たちと共にかるた遊びをしている最中だった。


 萩の咲き誇る庭先が暴風にさらされて、ごうごうと恐ろしい
風の響きが邸を揺るがせている最中に、急に紙燭の灯が消えたと思ったら
、夜露に濡れた、
真っ黒い装束の男が土足で 板間に上がってきた。

 理子姫は すでに二十歳を迎えようとしている。


 縁談がなかなか進まなかったというのは、王朝の政権争いが
落ち着かなかったせいである。
そのせいで、男というと、簾の向こうに見える父親の家臣くらいしか、
会ったことがない。
父の大納言から聞く、入内して夫となる東宮さまの肖像しか見たことがない。


 土足で踏み入ってきた若い男は風体に似合わず、
高貴そうな凛々しい男子だ。
しかし、驚いた侍女たちは逃げ出した。

「しっ」
大きな手が姫の口を塞いだ。と、同時に衣擦れの音がして、
胴体の紐をほどかれていた。

イラスト 格子のうちの平安の女たち



 青年は口元を覆い隠していた黒い布を下げた。
輝く大きな瞳。大きめの輪郭のはっきりした唇。

「姫、いや、萩の美しい夜に出逢うたゆえ萩子と呼ぼう。
おとなしくしておれば乱暴はせぬ」
 もう青年の手は姫の幾重もの美しい彩の襟元をくつろげている。
 純白の肌が格子から差し込んできた月光に輝いている。


萩 1


「わしの名は おぼろ」
言うなり青年は 姫の長く重い黒髪を撫で、小さなうす桃の唇を吸った。

 姫は小さく叫び、抗うことなく勇気さえなくされるがままになっている。
 いきなり古参らしき侍女が 紅い袴でいざって入ってきた。


「姫さま、家司は皆、眠らされております」
 おぼろの拳は侍女のみぞおちに一撃を加えるなり、
木戸を乱暴に締め切った。


  <イメージ>
 若き夜盗、おぼろ ――― 三浦春馬
 理子(萩子) ――――――真木よう子

 月夜叉 ―――――    役所広司
 みみずく ――――   故・三國連太郎



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. 三浦春馬 平安時代イメージ小説 「おぼろ」その3

「おぼろ」 3

 野分の風より荒々しい青年の息づかい。
 花を手折るにしては 清清しい匂い。

睨む 心



 生まれて初めての接吻も、一糸纏わぬ姿にされて 絹の褥(しとね)に
転がされるのも 割れ物を扱うように優しくされて快い。
 そして、この青年から立ち昇る匂いはなんと甘く、瑞々しいのだろう。


 ひざ頭に 大きな手のひらが置かれ、強引に開かれた時も怖くはなかった。
 もうすでに身体の奥は どくどくと脈打って待ち受けていた。

(はよう、わらわの知らぬ世界へ連れていって……)と。
 青年の熱い舌が 姫の花芯を愛で始めた。
 なんという熱さ、なんという気の遠くなるような陶酔感。


「そ、そなた……」
 火柱のように力強いものが姫の中心を貫いた。
 両手で青年の背中に爪が食い込むほど抱きしめ、大蛇のような長い髪は 
おぼろに巻きついた。

 やがて―――、

 大きくのけぞった姫は その後、ぐったりと意識を失くしたように 
岩に打ち上げられた海人のようになってしまった。
 嵐に散らされた萩の花だ。

真木 源氏


「初めてだよな?もちろん」
 その証が紅い点となって、褥(しとね)に残っている。
 肩で息をしながらも おぼろはまだ姫の頤(おとがい)に 
吸いついている。
「さすがに大納言の姫君、水蜜桃みてえじゃねえか。朝まで 
味あわせてもらうぜ」

満月に波


 愛の矢が降り注ぐ。
「ああっ……」
 ここは現世(うつせ)なのか、夢の世界なのか、
それとも天国、はたまた地獄……。


 拷問という愛の絶頂があることを この夜、姫は知った。

 

  <イメージ>
 若き夜盗、おぼろ ――― 三浦春馬
 理子(萩子) ――――――真木よう子

 月夜叉 ―――――    役所広司
 みみずく ――――      ??




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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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