FC2ブログ

浪漫@kaido kanata

. MY HONEY SUN BEAR

           登場人物 イメージ

馬神道 南 
(ばしんどう みなみ) ――――― 三浦春馬

(この役名は マレーグマの学名に由来します)

志堂 猛    ――――――――― 高良健吾

山口 あかね  ――――――――桃井かおり
山口 ちとせ  ――――――――阿部華也子 (Toshizo プロダクション)

華也子ちゃん


馬神道 北(キタ)―――――――――阪本奨悟

どんぐり動物公園 園長 ――――― 西岡徳馬


掃除のおじさん 山口 ―――――― 温水洋一

  


           第 一 章


今日も長い舌に巻きつけて、たくさん食べてくれた。
南の作ったオリジナルのマレーグマ用ビスケットをペロリと平らげた。
マレーグマの春好(はるよし)の大きなまッ黒い頭や、背中を撫でてやる。漆黒の光沢。つやつやした手触り。
 南を見つめる時ののどかな表情。
 まだ若いオスグマ、春好の担当になって 2年目。
 自分も飼育員になってまだ新米の南は、ようやく春好を可愛いと思える余裕が出てきたところだ。

デニム

まーくん 1



             ※


 マレーグマの担当になるなどと、思いもかけなかった。
 南の夢は小さい頃からゾウの飼育員になることだったのだ。
 5歳の時、両親と、弟 北(キタ)と一緒にタイに家族旅行した。
 タイでは ゾウは神様と同じく思われている。
 観光コースでゾウのクビの上に乗った時に、その雄大さ、高さ、胸がワクワクした。目の前にしたゾウは、思ったより(きっと大好きな大型恐竜よりも大きく思えた)優しい目をしていた。額に真っ赤の地に黄金の縁取りの布の飾りを額や鞍の下の背中に置いてもらって華やかだ。


インド象 イラスト

 ゾウの首の上に乗ってみると、まるで昔の一国の王子様になった気がした。
 それ以来、ゾウに魅了され、飼育員の資格を取るためにその大学目指して猛勉強し、みっちり勉強したつもりだ。タイやインドにも短期留学した。
 無事に大学を卒業し、資格も取り、どんぐり動物公園の採用試験にも合格した。
 そして――― もらった辞令が、「マレーグマ飼育係」である。

           ※


 小学三年生の頃、母親から聞かされた。
 3歳の時、生まれて初めて両親と地方の小さな動物園に行った時のこと。
 桜が満開で、動物園中、サクラ色だったのを覚えている。


インド象 1

(ゾウだ!!図鑑で見た大きなゾウ、本物だ!!本当にあんなに鼻が長い!!)
ゾウを見つけてサクに走りより、
「ぞ~~うさん、ぞ~~うさん、お~~はなが長いのね~~!!」
 大声で歌ったという。
 母親は、それを見ていて、胸がじぃんとなったという。
 それを聞いた南は、よけいゾウと一緒にいたくなったのだ。



動物園の男の子


         ※

「マレーグマ」の担当になったからには、自分もプロだと、根性入れ直して基礎から勉強を始めた。

<マレーグマ>

 小型のクマで、夜行性で冬籠もりはしない。東南アジアなどに生息。
 体長100~150cm、体重25~65Kgと、クマ科、最小種。
 全身は黒く光沢のある短い体毛で覆われる。
 胸部に明るい淡白色の三日月状の模様がある。この明るい胸の模様により「Sun bear」
の名前を持つ。
 視覚が発達していないため、殆どの食べ物は鋭い嗅覚で見つける。
 小さくて丸い耳、短い鼻口部を持っている。
 爪は、かま形に鋭く曲がった鈎爪(まがりづめ)を持っている。
 毛の生えていない大きめの足裏と併せておそらく木登りの手助けとなっている。地上を歩く際には、内股になる内側に曲がった足も、木登りの際には、威力を発揮する。

亜門:脊椎動物亜門。
網:哺乳網
目:食肉目
科:クマ科
属:マレーグマ属
分布:インド、インドネシア、カンボジア、中国南部、タイ、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス。
主食は果実や卵、小動物、昆虫、ハチミツ、植物、舌は25cmも伸び、穴の割れ目にいる昆虫や蜂蜜を食べやすくなっています。鋭い爪で、シロアリの巣に手を入れ、長い舌で舐める。

          ※

 対面したマレーグマの「春好(はるよし)」は まだ1歳だった。
 体重20Kg 大人になりきっていない。
 お互い、何日かは 警戒していたが、人に慣れやすいマレーグマのこと。
 思ったよりすぐに打ち溶け合えた。
 小さい眼が可愛い。胸の黄色いハート型の模様も愛らしい。
 南の作業服を嗅ぎまわり、黄色い鼻面を押しつけてくるのは 良かったが、鋭い鉤爪(かぎづめ)には 注意しなければならなかった。

 それに、25cm にも伸びる長い舌!!
 これは ゾウの長い鼻とはワケが違い、南が慣れるまで少し時間が必要だった。

 それでも、春好の好むマレーグマ用のビスケットを何度も作ったりしているうちに、初めてパクパク食べてくれた時など、心から可愛く思えるようになった。
 性格が似ているような気がする。
 南は周りの人から大人しく真面目だと一応思われてるし、(自分ではわからん)友達と取っ組み合いのケンカやもちろん殴り合いもしたことがない。不良グループから脅されたりしたこともない。(地味なだけだったのか、ウンが良かっただけなのか)
 多分、春好も、温厚な、というよりのんびりという性格だ。マレーグマの特徴だろうけど。


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. MY HONEY SUN BEAR 第2回

 時々、弟の北(キタ)がGFを連れてどんぐり動物公園に遊びに来る。
 コイツは、南と正反対のチャラ男、いつもケバい3,4人の女を引き連れて歩いている。
 南の感覚からは考えられない明るめのツン立った髪、両耳にいくつ空いてるのか、数え切れないピアス。左か右の鼻にまで。いつも黒と銀の混じったタンクトップに、シルバーのスカルのアクセがいくつ腕や指にくっついていることか。一ヶ所、鼻にも、ピアス。

茶髪 1

gyaru.jpg




 美大を中退してから自称フリーターだが バイトしているかどうか怪しい。この弟、北の方が ケンカ慣れしていて小さい頃から両親の頭痛のタネだ。
 しかし、南には そうひどく反抗することなく未だにじゃれついてくる。
「飼育員~~~~~~~!?だっさ~~~!!」
 なんて、ケバいGFが叫ぼうものなら、容赦なくひっぱたく。女の子が泣こうが逃げようが、それっきりにしてしまう、兄の崇拝者だ。

           ※


 「どうかな?仲良くやってるぅ~~?バッシンドーとコーヘイ!!」
 甘ったるい声で舎の中に入ってきたのは、直属の上司、飼育超である山口あかね女史である。
 南ともうひとりの、春好の飼育員、清水公平が思わず鼻を塞いだ。
 猛烈な香水の匂いなのである。そして今にもカベがボロッと剥がれ落ちそうなファンデーションの厚塗り。血のしたたるような真紅の口紅。
 シャープなボブカットとマニッシュな格好だが ファッショナブルすぎる、どう見てもブティックのママ風の私服だし。どこから見ても、動物公園の飼育員長には見えない。
 だが、彼女はクマ科の博士号を持っている才媛なのだ。
 園長の和泉からも厚い信頼を受けているし、南ら飼育員にも的確な教えてを与えてくれる。
 南も彼女を尊敬している。
「バッシンドー、コーヘイ、春好と仲良くやっとるか!」
 豪快に肩をバンと叩かれた。
「は、はい」
「喜べ、ふたりとも。春好におヨメさんが来ることになったぞ」
「えっ?」
 いきなりの話だった。春好のおヨメさん募集なんて、まだ先のことばかり思っていた。
「とっくの昔に、世界中の動物園に、声をかけてある。呑気なことを考えてちゃいかんぞ。なにせマレーグマは、生息地域が狭まり、絶滅の危機にあるんだからな。一匹でも多く、子どもを産ませなきゃならん。それは、君たちの双肩にかかってるんだからな。若き飼育員さんたち」
 相変わらずのマニッシュな言葉づかい、高笑いしながら、月の輪グマのところへ足早に去っていった。

            ※


 エサの時間が近づいてきた。
 どうも檻の外が騒がしい。キャアキャアと若い女の子たちの嬌声が舎の奥まで響いてくる。
「何だね、あれは」
「南お目当てで 見物に来る女の子のファンたちですよ」
 公平がため息と共に肩を落とした。
「バッシンドー目当て?」飼育員長は 南と共に言った。
「バッシンドー目当てでだと?」飼育長は南に一歩近寄り、しげしげと顔を眺め、外に群がる女の子たちに視線を飛ばして比べた。
「けしからんっ!!」カミナリが落ちた。「動物公園たるものお客さんたちは、動物をつまりこのコーナーには春好を見物に来るものだ。それを阻害するとは、それでも飼育員か、え、馬神道南!?」

もも 2




「そ、そんなことを言われましても……」
 自分は弟のキタのように ドハデに着飾っているワケでもなんでもない。
 地味なグレーの作業服にゴム長姿だ。それも汚れまくりだし。
「どんなにドロまみれになっていようと」
 飼育員長は南に顔を間近に近づけて人差し指と親指で南の頤(おとがい)をクイ、とつまんで見上げた。
「女というものが このダイヤを見逃すはずがなかろうがっ」
「あの……」
 お前はいい気分だろうが、これは 春好に対するボートクだっ!!罰を与える。内容はよぉく考えて決めるから、とりあえず一週間、連続の宿直!!」
「ええっ?」
「まもなくオヨメサンがやってくる。それまで春好の健やかさを死守せよっ!!」
 それだけ言うと、委員長は踵を返した。
 南と公平はやっと 香水から解き放たれ深々と新鮮な空気で呼吸した。
 舎の出口で〇〇長の足が止まった。
 若い女の子の姿があった。肩までのストレートのボブが艶々と輝いている。
 16歳~17歳だろうか、タンガリーのワンピを着て、茶色のベルトを締めている。
「ママ」
 と、聞こえたので、南と公平は顔を見合わせた。
「大丈夫なのか。今朝は微熱があると言っていたじゃないか。こんなところまで出かけてきて」
「うん、ちょっと 買い物があったから、タクシーで。ちょうど通り道だったから。ママ、どうしてるかな、と思って。動物公園にもご無沙汰していたし」
 なんという黒いつぶらな瞳。サクランボのようなおちょぼ口。生きた人形だ。大きな口元の母親とは大違いではないか。
「さっき、事務所でいい事聞いたわ。マレーグマのオヨメサンが決まったんですって?」
「耳が早いな」
「春好くんに会わせて!!」
「担当のバッシンドーとコウヘイに聞いてみなさい」
 タンガリーワンピの少女が駆けてきた。
「私、山口飼育員長の娘で、ちとせといいます。春好くんに、面会させてください」
 目がキラキラ輝いている。南と公平は、もちろん頷いた。
 少女は春好に駆け寄り全身を撫で回した。
「前に見た時は 抱っこできたのに、大きくなったわね」
 かなり動物好きなのがわかる。
「最近、このビスケットが大好物なんだよ。与えてみて」
 南からビスケットを受け取ったちとせは、さっそく春好に与えてみて長い舌に巻きつけてたちまち平らげてしまったのを見て、大はしゃぎだ。
「マレーグマ 好きなんだね」
 南の言葉に、
「はい!!動物ならなんでも。家には 猫が一匹いるんですけど」
「いつでも おいで」
「ありがとうございます。春好くんがオヨメサンもらうの、楽しみです!」

          ※

 それを遠くから見守る優しい視線に、南は気がついた。
 毎日、園内で見かける掃除係のおじさんだ。
 いつも熊手を持って軍手をはめて動物公園を丁寧に掃除している。挨拶ていどしか話したことはないが、見るからに温厚そうな風貌に、南たちは、好感を持っていた。


          第 二 章


 そして その日はやってきた。
 ~~というより、園内スピーカーで
「ギョームレンラク!!馬神道 飼育員、事務所に電話がかかってますので、至急来てください」
 との呼び出しに舎の中を水で掃除していた南はホースをホッポリだして、飛んでいったのだった。
 飼育員長のあかねが、回転イスにゆっくり座って、目で電話を合図した。
 事務所のクリーム色の電話が保留にされていた。
「はい、馬神道ですが……」そこまで言った時、すごい声が響いた。
「どんぐり動物公園のマレーグマ担当の者かっ!?ヨメさんもらうのなら、インドネシアまで迎えに来んかっ!!」
「ええっ!?」
「3日以内に来い。俺はメスのマレーグマ担当の、志堂猛という。では、ジャカルタ空港で待つ!!」
電話は一方的にガシャンと切れた。
「な、何だよ、これ……」
「はっはは」
 あかねが高笑いした。
「マレーグマについちゃ、ちと、やかましい男だよ。あんたとそうトシは変わらないけど、マレーグマには執念燃やしていて、やかましいぞ。なにせ、野生のマレーグマの生態まで長い間観察していたんだからね。それに、マレーグマに詳しいボゴール農科大学で、長く研究していたらしいよ。ま、すぐにオヨメサンを迎えに行っておいで」
 脚を優雅に組み直した。
(なんたる一方的なっ!!メスグマについてきて、新入りなのは向こうなのに、俺の方が頭下げてもらいにいくのか?)
 南の心にムラムラと不満が湧いたが、とりあえず言うことをきくしかなさそうだ。
 春好のことは 公平に任せてすぐに帰宅し、インドネシアへ旅立つ準備をした。
(あの高飛車な野郎の顔をまず、拝みに行ってやろう)
 春好のオヨメサンより、そちらの方に気が向いてしまっている。


           ※

日本 インドネシア



 さて、ジャカルタ空港に降り立つと、ジメジメとした暑さに早くも参りそうになった。
 耳の横から汗が垂れてくる。以前、南も滞在した土地だが、たまらない湿気だ。
 迎えに来ていたのは、現地の動物園係員で、マレーグマ担当の、電話の相手の高飛車なヤツは、急用で来られないという。
(人を呼びつけておいて何だっていうんだ?)
 現地の係員の運転するジープで、凸凹道を走ること3時間。港からさらにボルネオ島行きの小さな船に乗る。
 小さな港に上がるとまたもやジープ。
 熱帯ジャングルの繁る地域まで連れて行かれた。
 街から離れたこんなところに、動物園があるのか?
 ジープを降りると、肩幅のある顔つきのしっかりした男が仁王立ちになって、待ち構えていた。見事に小麦色より深い色に日焼けしているが、日本人だ。
「君がどんぐり動物公園の馬神道くんか。俺はここのガダンバレ動物園のマレーグマ担当の志堂 猛だ」
 名前からして熱血漢だ。大きな手のひらで、ねじり上げられるほどのバカ力で握手された。

こうら

(でも、負けるか)
 南は、相手に負けない力で握り返した。その手をそのまま引っ張って、別のジープへ乗せられた。
「どこへ行くんですか」
「マレーグマ生息地に決まってるじゃないか。保護区だよ。君は生息地の体験もしていないそうじゃないか。そんな人間に俺の大切な真麗は任せられんからな」
「真麗?」
「君の担当のマレーグマの花嫁の名前だよ。俺が赤ん坊の時から育てた。母グマは密猟者にやられたんだ」
 眉間にシワを寄せた、志堂 猛の険しい表情がよけい強面になった。


 どんどん密林へ分け入っていく。


じゃん 1

 ついに降りなくては狭くて車が入り込めず進めなくなった。
「べつにこんなところまで来なくたって、マレーグマは人懐っこいんですから村で飼われているのだっているじゃないですか」
「そんな、そんな心構えでマレーグマの担当になったのか?バ、バ、、シンバル??えっと……」
「バシンドーです」
 カミソリのような視線で言われて、南はビビッた。


 一行は8人。
 真昼だが、熱帯雨林が鬱蒼と生い茂っていて、薄暗い。頭上を南方種のサルたちが、甲高い吠え声をあげて空中ブランコしている。それに見惚れていると、湿地に近いコケのビッシリと生えた地面、大きな樹木の根っこなどで、足元は、滑りやすくて転倒しそうになる。

tankentai.jpg

 ツタの巻きついた太い樹木の上からは、ヒョウでも狙っていそうだし、爬虫類の蠢く気配も感じられる。
 南もこの感じは経験あるものの、何度来てみても、あまり心地好い環境ではない。爬虫類などは、平気だが、有毒な小動物や昆虫、植物には注意をはらっている。
 夕暮れのような薄暗い中に何か真っ赤な花を見て、
 ふと飼育員長の娘、ちとせを思い出した。
(あんな か弱そうな少女をこんな苛酷なジャングルに連れてきたとしたら、生サファリだから喜びそうだけど、身体がもたんだろうなあ)
「あれを見ろ」
 猛の言葉に、目をやると、白アリの塚があった。かなり巨大、高さ2メートル以上はある。
 白アリも蜜も、マレーグマの大好物なのだ。
「よし、ここにテントを張る」
「ええっ?」
「マレーグマは夜行性だ。あの白アリ塚を目当てに来るに違いない。この辺りに生息しているマレーグマは、記録してある。見ることができるぞ、バ、バ……」
「シンバルでいいですよ」
 猛はワクワクしている。
 南だって、心が躍らないことはないが、こんな深い密林に、テントを張って待ち伏せするのは、数えるほどしか経験がない。


 一行一同で、ジャンケンで「寝ずの番」を決めた。
 一行が苦労して背負ってきたモスグリーンのテントの中は、男4人ずつに別れて2グループ。汗臭くささが充満して耐えられそうにもない。
 小さな小窓が空いていて、白アリの塚が見張れるようにした。
 無論、赤外線のついた双眼鏡を用意してある。
 南がアクビを咬み殺しながら番をしていると、すぐ傍らで声がした。
「一瞬たりとも気を抜くな。抜いたとたんに野生動物は現れる。そういうもんだ」
 この熱血漢の言葉には、かなり気おされる。
「で、観察するだけですか?」
「当たり前だ。勝手な捕獲は禁止されているからな。だいたいマレーグマが置かれた状況を君みたいな新人さんが、知っているのか」
 これには さすがに南もムカッとした。
「知ってるつもりです。20世紀からの森林伐採と山火事による生息地の縮小、生存個体数だって推定されていません。強力な保護や法の施行がされていないため、生息数が減っていることだって」
 猛の表情は揺るぎもせず、
「悲しいことだが、アブラジャン農園では被害が大きいので、捕獲され若いクマは、まだペットに取引されているが、体の部位の売買が行われている。爪や犬歯などは、骨董品店で、一般的に売られているんだぞ」
 耳を覆いたくなる現状だ。
 森林管理局野生動物保全部(PHKA)の管轄だが、人員がまったく足りない状態だという。
 ドロまみれのジープの車体に隠されている、マレーグマの可愛いロゴに気づいた南は切なく心が痛んだ。


 その時である。
 大きな葉が揺れ、黒い物体が密林の奥から現れた。
 マレーグマだ。

ま 1



 南と猛は身を乗り出し、狭い小窓に顔をくっつけて外の様子を覗こうとした。
 真っ暗闇なので、観察しにくいのがもどかしいが、ごろんとした丸い身体つき、のそのそとやってきて白アリ塚を嗅ぎまわる。
「オスだな」
 猛が洩らした。
 体長、2メートル半はあろうかという、立派なオス熊だ。
 塚を嗅ぎまわっていたオス熊は、前足の大きな爪で塚を削りはじめ、穴を開けると口を近づけ、長い舌を入れてアリと蜜を舐め始めた。
 塚のアリたちは襲撃を受けてパニックに陥っているに違いない。
 動物園でエサを与えてもらっているのとは、ワケが違う。マレーグマの行きていくための貪欲さに、野生を見て、南の心も踊った。

 とっさに、この情景をちとせに見せてやりたいと思った。
 この熱帯の暑さや自然の中に置けば、あの青白い少女も水を得たように元気になるかもしれない!!
(あの青白い顔が太陽みたいに輝いたら、きっともっと可愛いぞ!)
 などと、先ほどと正反対のことなどを考えていると、猛が気づいて、小さく怒鳴った。
「ココヤシを塚の周りに置いておいたぞ。それにも手をつけるか、そのでっかい目を開いてよく見ていろ!!」
「そんな耳元で言われなくったって、聞こえてますよ」
「さっき、クマと別のことを考えてぼや~~っとしていただろ!!」
「え、えへん」
 咳払いでごまかしたが、自分の頬が赤らむのを、南は自覚していた。
 ちとせの面影を振り捨て、マレーグマに集中する。
 塚のアリや蜜に大満足した熊が、気を許したところへ巨大なものが、その背後から襲いかかった!!
 驚いているヒマもなく、一行の男たちは、飛び起きてテントから飛び出てライフルを構えた。
大きな虎がマレーグマの背後から襲いかかったのだ。

虎 アップ

「撃つんですか!?」
 ライフルを構えた猛に、南が思わず言うと、
「威嚇だけだ。だが、クマは大丈夫だろう」
南も知っている通り、マレーグマの首周りは、肉がだぶついている。
虎に襲われた時に、急所ののど元を護るための進化だと言われている。
いきなり 虎に襲われたクマ。二頭は低く唸りながら、時には激しく咆哮しあい、転げまわっていたが、人間の威嚇射撃で、双方、一目散に密林に逃げ込んだ。
 呼吸するのも 忘れる数分間だった。


          ※


 さて、現地の動物園に戻る。強制的、実体験学習は終わったらしい。
「これが、俺の育てた真麗(マレイ)だ」
 猛が自慢げに連れてきたマレーグマは言うことなしの美人だった。
 鼻面のカボチャ色の黄色い毛も可愛い。胸の黄色の毛も蝶が羽根を広げたところのような模様になっている。
 南がエサを与えると、穏やかな性質がよく解かる。春好より一歳年上だそうだが、美人だ。顔にも、毛並みの艶にも、体格にも気品がある。
(育ての親に似なくて良かったな)
「何か言ったか」
 鋭いひと言が飛んでくる。
「さあ、日本へ出発だ」猛の周りには、大量のトラックが置かれている。
「花嫁を送ってくるだけで、その荷物ですか!?」
「ああ?俺もマレイと一緒にどんぐり動物公園に嫁入りすんだよっ!」
「なんですって!?」

む

「その顔、いかにも俺と同僚になるのを拒絶してるな」
 (図星だ。今まで公平と仲良く、のんびり飼育員やってきたのに、こんな鼻持ちならない態度のヤツと一緒に働くなんて)


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村


          

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第3回



          第 三 章


 日本に帰ると、初秋の風が、あの熱帯のまとわりつく暑さを吹き飛ばしてくれた。空港から望まれる山々も柔らかい色で包まれ、ホッとさせてくれる。
(でも、あの湿っぽい熱帯ジャングルが、春好の故郷なんだよなぁ)
 

 飛行機の貨物車から降ろされてトラックに積み込まれるマレイを確認していると、
「馬神道さ~~ん!」
 澄んだ声が飛んできた。ちとせだ。
 ネイビーブルーのニットワンピのコーディネイトを着ている。
「お帰りなさい。春好くんのオヨメサンを早く見たくて、来ちゃったの」

ニットワンピ



 息を切らせて、頬を赤くしている。なんて可愛いんだ。
「志堂さん、少しならいいでしょう?どんぐり動物公園の飼育委員長の娘さんです。真麗を見せてあげてください」
「誰だか知らんが、真麗は長旅で疲れている。少しでも早く動物公園に運ぶ」
 猛のかたくなさに、カチンと来たが、言ってることは、正しい。
「ごめんね、ちとせちゃん。何日かしたら、動物公園で会えるから」
「わかったわ」明るい顔で ちとせは応えた。「真麗ちゃんの係の人?ちょっと怖そうね」
「ま、まあね」苦笑いして答えてから、ちとせの後ろに立つ人影に南は驚いた。
「キタ!」
 弟のキタである。
(相変わらずの何が書いてあるか解からない模様だかキャラだかの黒っぽいTシャツを着て、半分のジーンズには、派手なスカル付のチェーンがぶら下がっている、あのファッションだぞ)
 と、思って振り向いてみると、
 雰囲気がいつもと違う。ピアスはまったくなく、髪もブラック、白いシャツに黒いベスト。
 まるで夏が去って、秋の爽やかさが訪れたかのような変化だ。

さか 1

「お帰り、アニキ。今日はちとせちゃんのナイトとして来たんだ」
「いつのまに……」
(ちとせちゃんに接近したんだ!?)
 南は面白くなかった。
「ちとせちゃん、頑張ってアニマルナースの学校へ願書出したんだぞ」
「本当かい、それ」
 ちとせは、コクンと頷いた。
「身体が弱いからって、夢は実現させたいもの。小さい時からママを見て、なりたかったの。猫のカンタロウも、応援してくれて」
 まだ、あどけなさの残る、顔で、ペロリと舌を出した。
「なによりキタくんにお世話になったわ。色々と一番適した学校を調べてくださって」
「お前……」
 南は弟を睨みつけた。
(俺の留守中に点数稼いだな)
「いつものチャラけた女たちとちとせちゃんを一緒にするなよ」
「そんなことするかよ。できるかよ、ちとせちゃんて、ガラス細工みたいだもん」
(お前まで、堂々と ちゃんづけか?さては、手早く急接近したな)

          ※


「バ、バ、シンバル~~!!」
「バッシンドーですってばっ!!」
 志堂に大声で呼ばれて、真麗の乗せられたトラックの後に、続いてクルマに乗り込む。
 ちとせは、と 振り向くと、キタのバイクの後ろに乗って出発するのが見えた。
(悔しいというより、あの娘、元気になったなぁ)
……というのも、南の正直な思いだ。


          ※


 どんぐり動物公園の新しいメンバーとして、真麗は春好の舎のとなりに迎えいれられた。
 いつも掃除に余念がない 甚平おじさんも、手を止めてその様子を見守っていた。
 飼育員長の山口あかね女史も、いっそう化粧を念入りにして、真紅のジャンプスーツで腕組みして作業の一部始終を見守った。
 真麗の搬送がすみ、猛があかねに歩み寄った。
「初めまして。志堂 猛です。これから、真麗とともにお世話になりますッ」

高 1


桃井 

「来たな、マレーグマ熱血漢!!いい面がまえだ。馬神道はまだまだ、ヒヨッコだから、ビシビシやってくれたまえ。ただし!!春好と真麗の健康と二世誕生が第一の目的だ。それを忘れんように!」
 手の型がつくほど青年の背中をバシン!!と叩いた。
 志堂の鼻孔に、ぶわっと名前の解からない香水が襲ってきた。
(野生動物のキョーレツなにおいの方がマシだ)

        ※


 ちとせとキタが檻の外から、搬送作業を熱心に見ていた。
「マレーグマ」
 気に入ってるな」
 母親のあかねが歩み寄ってきた。


「ええ、大好きよ、ママ」
「今日は風邪気味ではないか?なにせ、あんたは、すぐに熱を出すわ、貧血で倒れるわ、で……よく、高校卒業できたな、と思うくらい欠席していたからな」
「マレーグマたちが、元気をくれたの。南さんや、キタくんからも。私、勉強、頑張るから、ママも早くパパと仲なおりしてね」
「バカモノ、ママとパパは、ケンカなんかしてないぞ。パパがひとつの家にきっちり帰るのかイヤな人だから……と、言ったら、愛人宅へ泊まってるみたいだな、ま、とにかく自由にさせてあるだけだ」
「連絡取ってるの?」
「いや、そんな必要はないから」
 母親の苦笑に、ちとせは、きょとんとした。


          ※


 マレーグマのために、二世誕生を目標にしたプロジェクトチームが組まれた。
 メンバーは 飼育員長の あかね、南と猛、公平、その他三人のベテランと、猛の助手のインドネシア青年ふたりと、飼育員だ。

 春好と真麗は、まだ対面していない。

 いつ対面させるか?タイミングと時期は?
 などの他、二匹の性格や習性などが、念入りに話し合われた。
 さんざんな論議の末、専門家の意見も参考にして春好と真麗の対面の日取りがやっと決定した。夜間に舎で行われる。
 猛は、インドネシアで、繁殖に関することも学んでいる。このプロジェクトのリーダーである。
「一度に二匹の小熊を産むことは珍しくなく、小熊の体重はおよそ280~340g、妊娠期間はおよそ96日間。授乳はおよそ18ヶ月続く。子は3~4年で、性成熟し~~」
(そのくらいは知ってるぞ。基本中の基本じゃないか)
 心の中で文句をつける、南である。
 しかし、猛に従わなければ、二世誕生のプロジェクトが進まないことは、解かっている。
 実に悔しいが、そんなに年齢も違わないのに、相手の方が一枚も二枚も経験も知識も豊富だ。
「まず、最初からペアというのではなく、兄弟のように自然に一緒の檻の中に入れてみてはどうですか?
 南は発言した。
「それ、ボクも賛成です。二匹ともまだ大人になりきってないから」
 公平が賛同した。
「うむ」あかねも宙を睨みながら、静かに頷く。「どうかね?志堂くん」
「俺も賛成です。近いうちにそうしましょう」
 猛も素直に賛成し、数日後に春好と真麗を一緒の檻に入れることになった。


         ※


 当日の夜。
 プロジェクトチームの他にゴリ押し見学でちとせとキタがやってきた。
 南の思いは 
(ちとせちゃんなら 話は解かるが、なんで 金魚のフンみたいにキタのヤツいつも一緒だ??)
 少しイラつきながら、春好の檻に入り彼の前に座り込んで顔をのぞきこむ。
 黄色い鼻面を両手で包み込むと、南の手の中で甘い声を出した。
「ちょっと早いけど、お前の故郷からやってきたGFとの対面だぞ。頑張れ」
 さて、春好は檻の中で新しいメスグマと対面した。
 とたんに彼女は背中の毛を立てて威嚇した。「ギャッ」と吠えた。その声に飛び上がった春好は、素早く檻の隅に逃げ、縮こまった。

マレー2匹 1

「春好ッ!!」
 南はじめチームの皆は、ガラスの外から見ていて身を乗り出した。
「はっはっは!!」高笑いしたのは、猛だ。「春好くん、真麗の気高さに、気圧されたかな」
 南の顔がゆでダコみたいになった。
「失礼な花嫁だな!今から『かかあ天下』宣言か!」
 殴りかかりそうな剣幕だったので、公平が南の身体をがっしり掴んだ。
「残念だったな、第一回目の対面、あっけなく失敗。そんなもんさ」
 猛は高笑いしながら、後の処理をインドネシア青年たちに任せて去っていった。


            ※


 その後も対面は 何度も行われたが、一回目と同じような結果でプロジェクトチームは、その度に、肩を落とした。
(春好と真麗は元からこんなに相性が悪いんだろうか……)
 南も本気で悩んだ。
 そこへ―――― 飼育員長から呼び出しがあり、一室に南と猛が向かうと、あかねはいつになく真剣な面持ちで、
「実は、ひまわり動物園から真麗を譲り受けたいという申し出、いや要望が来ている。南は目が飛び出るほど、驚いた。
「それは、真麗をそっちの動物園にやってしまうということですか?」と、南。「あの二匹がうまくいってないので、見限られたんですか?」
「まあ、慌てるな、馬神道」と、飼育長は落ち着いた声で、「後、猶予は二ヶ月。どうしてもダメなら、真麗はどんぐり動物園の再婚相手に渡す」
「そ、そんな、慌てますよ、後、一ヶ月だなんて!!」
「冷静なご判断ですね」猛は泰然としていた。「私たちは、マレーグマごっこをしているわけではない。絶滅の危機に瀕しているマレーグマの繁殖!!それが使命だ。時間をムダにするわけにはいかない」
「ぐ……」
 南は反論できなかった。

          ※

 いつものように、春好の世話を終え、動物園を出ると夕空に星が光っていた。


夕空に一番星

「南さん」
 かわいい声に振り返ると、ちとせだった。
「母から話は聞いています。まだ二ヶ月あるんですもの、頑張ってくださいね。素直な笑顔に、南は心の底からじぃんとした。
「そうだ、この二ヶ月、出来るだけのことはしよう!!」
 ちとせの胸には、黄色いトラ猫が抱かれていた。


うっひゃっひゃあ~~


「カンタロウっていうの。私の大事な友達」
 南が抱き取ろうとしたが、キバをむいたカンタロウに手を引っかかれた。
「あ、ごめんなさい」
「いや、カンタロウくんは、ちとせちゃんが大好きなんだな。キタより頼りになりそうだ」
 苦笑いする南に、ちとせは
「キタさんは、南さんを誇らしく思っておられるわ」
「あいつが?」

まじめ

「大好きだって。お兄さんのこと」
「まさか。そんな素振りは大きくなってから、全然、感じられないし、根っから性悪じゃないんだけど、しばらく何があったのか荒れていてね、自分の描いた作品をカンパスごと切り裂いたり、家族とまったく口をきかなくなった時期もあった。大学も中退してしまって、両親に心配かけてる」
「そんなことが……。でも、今はちゃんとなさってますよ」
 いやに確信を持った、ちとせの言葉に、南は
(そんなに親密な話までするカンケイなのかな?)
と、勘ぐってみたりした。
 ちとせは、昔話に出てくるような清らかなお姫様の笑みを浮かべているだけだ。


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第4回

      第 四 章


 春好と、真麗の対面→ペアリングに漕ぎつかせようと、プロジェクトチームのあらゆる試みが何日間にも渡って、なされたが、ことごとく失敗に終わってしまった。
 二匹は、お互いの臭いを嗅ぎつけただけで、警戒どころか、唸り声をもらす始末だ。
 そこから一向に前進しない。
「気を落とすな、バッシンドー」飼育員長が言う。「君たちの一生かけた仕事のうちの第一歩だ。特に、春好は まだ若い。一頭目のオヨメサンでうまくいくなどと、思うな。まだチャンスはいくらでもある」
 南は頷いた。
 心の中では、このペアにうまくいってほしかったが、マレーグマの飼育やペアリングなど、元々、野生のものを、人間がどうこうしようという事自体、甘い考えだということも、理解しているつもりだ。

          ※


 ついにマレー移動の日が来てしまった。
 動物園の裏口で、迎えのトラックに檻ごと、乗せられる真麗を、南と公平、ちとせとキタは、指をくわえて見送るしかなかった。

動物園地図

「志堂さんは?」
 南は周りを見回した。彼の姿が見えない。
「さっき、呼び出されて事務所に戻ったぞ」
 と、公平。
 真麗を積み込んだトラックは発車してしまった。
「そのトラック、待てぇ~~~!!」
 絶叫しながら全速力で走ってきたのは、猛だ。
「真麗を返せ、この野郎!!」
側に置いてあったキタの大型バイクに飛び乗り、ムリヤリ彼からキーをもぎ取ってトラックの後を追った。
「な、何だ!?」
南とちとせと員長は顔を見合わせた。
 熊手を持っていた掃除のおじさんが、駆けつけてきて、ちょうど動物たちの食料を搬送してきたトラックに飛び乗った。
 員長と南に手を差し出す。いつもの、ぼんやりとした掃除のおじさんとは、思えない。
「マレーグマ、さらわれたんだ、わしらも後を追うぞ!!」
「何ですって、あなた?」
「あなた!?!?!?」
 トラックに乗り込みながら、南は、員長と掃除のおじさんを見比べた。

掃除カーと

ぬく 3

「ああ、これ、うちの連れ合い。私のボディガード」
 員長が片目を瞑ってみせた。
「ええ??」
化粧の権化のような員長、あかねと、いつも首に手ぬぐいを結びつけている小柄な中年男が夫婦だったとはっ!!
「飛ばすぞ!!」

           ※


 遥か前方に、真麗の乗せられたトラック、それをバイクで追う志堂 猛。
 大通りに出て 通行量が多く、周りでクラクションが鳴りまくっている。危なっかしくて見ていられないが、掃除のおじさんは、ハンドルさばきも良く、うまく追跡していく。
「いったい……?」
「真麗は、第一級品の美しいマレーグマだ。密猟者の組織が諦めきれずにインドネシアから日本まで付け狙ってきやがったんだ」
 掃除のおじさんは、赤信号すれすれを通過しながら、いつもとは考えられない早口で説明した。
(いったい、このおじさん……)
「これでも、この人、ある大きな組織、怪しいところじゃないわよ、の下っ端なのよ。――――ああっ!!」
 とたんに悲鳴をあげた。
 猛がスピードの出しすぎで、派手にアスファルト上に転倒したのだ。
「降りるわ!」
 員長が、トラックを飛び降りて、南とおじさんは真麗のトラックの追跡を続ける。
 小路に逃げ込みながらも、郊外の工場アトが並ぶ、ひと気のない場所に向かっている。これなら真麗を取り返せるか!?と、思ったのもつかの間、トラックは港へ向かった。そこで船に積み込むつもりだろう。


           ※


 南のケータイに、員長から電話が入った。
『志堂は大腿を骨折、病院へ救急車で運んでる』
 そこで、いきなり猛の声に変わった。
『ケガくらい、何だ、すぐ、そっちへ行くから場所を言えっ!!』
「ええっ、脚、折れてるんでしょう?」
『真麗の一大事に脚の一本や二本、なんだってんだ!そこは、どこだ!!』
「横浜港の第三区画みたいです」
『みたい~~~!?』
「はあ、第三区画みたいです」
『みたい、だと?』
「いえ、第三区画の第二埠頭です」
電話は、プツンと切れた。
(あのにいさんなら、ズタボロになっても来るだろう。自分だって、春好のためなら、そうするだろうな)
 そこで 南は、あっと思ってもう一度、ケータイを取り出してキタに電話した。
「キタ!!まだ、動物公園にいるか!?春好の警備を強化してもらえるように、関係者に言ってくれ」
 「OK!」
 キタは頼もしく返事した。
 だが、南の胸に悪い予感がしていた。
(まさか、密猟者の本当のターゲットは……)
 前方のトラックが海の見える場所に止まりかけた時、公平から電話がかかってきた。
『大変です!!春好が舎にいません!!』
 南は凍りついた。

         ※

予感的中!!

 真麗強奪事件で警備の手薄になった春好が、何者かに盗まれてしまった!!
 公平からの報告で、ショックを受けてうろたえた南は、トラックを降りて、とりあえず掃除のおじさんに後を任せた。
 慌てて、動物公園に戻ると、春好の舎は、もぬけの殻だった。

はるま ケイカイ

 動物公園の動物を盗むなんてことは、滅多なことではできない。
 園長の添島もやってきて、
「これは、何たること。疑わしい組織が関与していることは間違いないな」
 あごひげをなでながら顔を曇らせた。
「園長、申し訳ありません。責任を持つ立場でありながら」
 南は深く頭を下げるしかなかった。自分も、春好のことが心配でたまらない。そして、真麗の搬送に気を取られて、春好の警備を怠った、自分を責めた。
(マレーグマは 内臓が漢方薬としてでも使われる。毛皮も高値で売買される。いや、春好自身、若くて賢いから、サーカスへでも売られたりしたら……)

まれ 1

 両手で頭を抱えこみたくなった。
 ちとせが そっと近寄ってきた。
「悪いことを、考えちゃだめよ。馬神道さん。今、ママからメールが来て、真麗は埠頭に乗り捨ててあったトラックから救出されたそうです」
「ほ、本当か?」
 少しは胸をなで下ろしたが、やはり誘拐は、春好を奪うための囮だったのだ。
員長から南のケータイに電話。
『春好のことは聞いた。志堂 猛が真麗の身を保護した。うちのヤドロクが、そっちへ戻るから、相談したまえ』
「わかりました……」

kodomo.jpg


           ※


 その日、夜中まで会議室で 談合がもたれた。
 園長は 静かに聞いていた。
 激論を交わしているのは、南と猛だ。
「どうして真麗の方に気をやって、残った春好の方の警備を手薄にしたんですか」
「俺が知るか!!それは、お前の責任だろうが。バシンドー!!」
「まあまあ、そんなことを言い合っていても、仕方ないだろう、若者たち」
 落ち着いているのは、掃除のおじさん、山口甚平。どこかしらの、ナゾの大物だ。
「そうよ、この人の情報網、スゴイんだから!今、部下に疑わしい密輸業者を調査してもらってるわ。君たちは、焦らない」
 員長のあかねも、さすがの貫禄だ。
「しかし、変だなあ、いくらなんでも、春好の舎に出入りできる人間なんて……」
 公平がもらす。
 扉がバタンと開いた。
 現れた少女に、一同、振り向いた。ちとせだった。母親のあかねが、
「ちとせ、今 何時だと思ってるの!?さっさと家に帰りなさい」
「ママ、それどころじゃないでしょ。私、言わなきゃならないことがあって……実は……実は……知っているの。キタくんが、こっそり、春好くんの舎の合い鍵を持っていること……」
 苦しそうに、せっかくの可愛い顔がしかめられている。
「な、なんだって」南が席を立ち、ちとせの手を引っ張って、会議室を出た。
「それは 本当か!?」
 ちとせは、コックリ頷いた。
「私、ホントはこんなこと言いたくない。でも、キタくんのためだと、思うから。キタくんは、あなたにずっとコンプレックスを持っているのよ。小さい時から 勉強もよくできて、いい子で、両親様に可愛がられて順調に人生を歩いてきた あなたに」
「そ……」
「そねみながら、でも、お兄さんのあなたが好きでたまらないの。でも、その気持ちをどうしていいか、解らなくて、反対にあなたを困らせて、注目してほしくて、春好くんを欲しがってるヤツラに、協力してしまったのよ」
「なんだって!?」
 幼い頃からの北の顔が 南の脳裏に次々と浮かんだ。
 いつも やんちゃして、ドロだらけの顔、擦り傷、友達とケンカして、腫れあがった顔で、家に帰っては、両親にしかられ、友達の家へ謝りに引きずっていかれたり、納戸に閉じ込められたり。
 南のずっと そんな弟をポカンと見つめていた。度が過ぎて、呆れてしまったとでも言おうか……。
 ご飯抜きに、された時には、夜中に、そっとおむすびを作り、閉じ込められている物置に持っていってやったこともある。
 そんな時、キタは、ジロリと兄貴を恨んで、おむすびだけをひったくって黙々と食べた。
「父さんと母さんにあまり心配かけるなよ」
 南が声をかけると、野生の山猫のように、ギラついた目で睨み返した。
 南はこの弟が嫌いではなかったが、ずっとどう接すればいいのか、判らなかった。理系の自分とは違う美大に入学したかと思うと、絵画の才能や情熱がるわけではなく、留年したあげく、すぐに中退してしまって、タマにしか、家に帰ってこない。
 住まいも転々としているようだ。悪い輩とつき合っていることは、明白だったが、その時には、両親は放置状態だった。
「あいつも、もう大人なんだから、自分のことは責任持って生きればいいさ」
 父親はすっかり、諦めているようだった。
 南は、というと、残された長男として 肩の荷が重くなったというより、弟の行く末や、今の生活の心配が頭から離れなかった。

 その弟、キタが……自分が任された一番、大切な時に、まさか敵に手を貸すとは……!!

しょうご


 いつも冷静な南は、まっすぐ立っていられないほど動揺した。
「大丈夫、南さん……」
 ちとせの心配そうな声にも 頷くのがやっとだ。
「今のは 本当の話かっ!?」
 突然、怒号が降ってきた。
 志堂 猛が、仁王立ちで 鬼気迫る表情で立っている。
「バッシンドー、お前の弟が密猟者に手を貸しただと?」
 南もちとせも、蒼白になった。
「許せん!!すぐに公表して、指名手配してもらう。お前の弟は 立派な犯罪者だ!!」
「ぐ……」
 反論しようとしたが、言葉が出ない。
 猛はすぐに会議室にとって返し、今、耳にした全てをぶちまけた。
 園長をはじめ、員長夫妻、プロジェクトチームが驚愕した。
「まあ、待て、志堂くん」員長は、落ち着いてトロンと眠そうな半開きの目で言った。「まず、それが真実かどうかは、警察に任せる。しかし、その前に、実の兄である、南に話を聞いてもらおう。
兄を裏切るなどと、よほどのことがあったんだろうな、、バッシンドー」
「は、はあ、ボクも今聞いて、驚いているところです。あいつ、何を考えて……」
「あの……」ちとせが、南の肩を突っついた。「キタくんね、この頃、お金に困ったみたい。年上の恋人の彼氏が 暴力団員で、あのう、ロープだったかな。リボンじゃないし……」
「ヒモ……かな?」
「そう、それ!!それで、彼女がお金をどんどん毟り取られていくんだって、嘆いていたわ」
「な、なんだと、あいつ、そんな女と君とを二股かけて、ヒモやってた上に、その女のために、今度は 後ろに手が廻るようなことまで!!
 南は仰天、噴火した。

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第5回


      第 五 章



 PCを凝視していた員長のダンナの掃除のおじさんが 叫んだ。
 密輸組織のアジトを、警察発見!!
 南と猛は、PC画面に飛びついた。

BTO PC

「そんなに遠くない、とにかくここへ行こう!」

          ※


 裏町だった。
 東南アジア系や、西南アジア系の男たちが、多数、歩いている。林立する高いビルの谷間。ゴミが散乱している。
ビッコを引いている、猛に何度も南は 手を貸そうとしたが、彼は険しい顔で、その手を払いのけた。
「俺のことより、春好のことを心配しろ」
 意外にも、暖かい言葉だった。
「真麗は、無事に 取り戻せたが、春好を心配なお前の気持ちは 痛いほど、分かる」
「は、はあ」
「インドネシアの研究所仲間とも、連絡を取った。彼らも協力してくれる。春好は、必ず 取り返そう!!なにせ、真麗の大切なオムコさんなんだからな」
 猛が真っ白い歯を見せて、チラと精悍な笑顔を見せた。

けんご 1

「志堂さん……」
 南は、今、初めて 猛の人間性に触れたような気がした。
ますます 胡散臭い街並みに分け入っていくが、志堂の旧知の応援が来ると判って、南は勇気百倍のような 気がした。


          ※


 すでに夕闇が迫っている。ひとつのビルの窓の灯りの側で、猛は 立ち止まり、小さな端末を取り出した。
「ブラックリストに上がっている、密輸組織のサイトには、入り込めるからな」
「~~~~!?!?」
 万年、マレーグマの世話に 取り掛かっている南には、神ワザのように思えた。
「『人喰いいジャガー』だ!!春好を攫っていったのは。アジトは、この先のビルの地下。春好はもう、密輸船に乗せられている。どこの埠頭の船なのか、調べてみる……」
 しばらく、猛の指が端末の上を滑る。何度もやり直しているうちに、彼の額に、汗が浮かんでくる。
「ダメだ!!判らん!!」
「こうなったら、、アジトに乗り込んで、奴らの口を割らせるしか手は無い」
「ええっ!?俺、殴り合いとか、やったことないんですけど……、南が顔をくしゃくしゃにして洩らすと猛が物凄い形相で、
「バッシンドー、貴様、春好のためなら、命なんか惜しくないだろっ!」
 南の脳裏に春好の可愛らしい仕草がいくつもよみがえった。猛の言う通りだ。春好を取り戻すためなら、どうなったって構わない。
 その時、チラリとちとせの純真な顔も頭の中をよぎった。
(春好くんも、南さんも、そろって帰ってきてね)
 言葉まで聞こえたような?


         ※


 南は 頭を振って頬をひっぱたき、猛と共に ビルのカベを突っ立って歩いていった。
 猛が突き止めた カビ臭いビルの周辺には、もう猛の仲間が十数人ほど、身を潜めて駆けつけてきていた。
狭い地下への入り口は、ひとつだった。
 猛の仲間のインドネシア人の男がドアを蹴破っていて、押し入ったが――――。中はすでにもぬけの殻だった。
 黴臭い室内に大勢の人間の体臭が、残っていて、ハダカ電球が揺れていた。


         ※

ジャガー 1

『人喰いジャガー』
 敵の名前だ。密輸業者の中でも、もっとも悪名高いあのジャックで襲ってきた奴らの名前を南も知っていた。
 マレーグマを狙ったからには、毛皮か 内臓が目的だろう。
 どんぐり動物公園の一室で、猛が中心になり、インドネシアの研究員と交わして出た結論は、これだけだ。春好行方の捜査は続行されているが、まだ新しい報せは 何ももたらされていない。


            ※


 どんぐり動物公園の奥の職員の一角に、急遽、【春好 奪回チーム】 が南と猛を中心にインドネシアからの研究員も加わって、結成された。
『人喰いジャガー』が、春好を船に載せてしまったかどうかが、まだ判明しない。
「どうしよう、まさか、まさか……」
「あいつらは、生きたままの春好が欲しいんだ。殺したりはせん!」
 猛の歯に衣着せぬ言葉に、南は冷水を被せられたような気分だ。


            ※



 心配して ちとせが様子を見に来た。
 員長が気づいてドアに歩み寄った。
「あんたが来たって、何の役にも立たないわ。帰って、お母さんの好きなラティスでも作っておいて」
「だって、落ち着かないんですもん。私も、春好くんが心配で……」
 その時、ちとせは、バッグからケータイを取り出した。
 メールらしく、それを見たちとせの顔が強ばった。
「わ、わかったわ、ママ。家で大人しく 勉強して待ってる」
 そう言って、そそくさと部屋を後にしたちとせを見て、猛が南に目配せした。
「そっと尾行しよう、バッシンドー」
「えっ」
「さっきのメールだ。きっとお前の弟が彼女に接触してきたんだよ」
 そういえば、彼女の態度は、おどおどしていた。
 車でゆっくり尾けていくと、彼女は駅までの並木道を足早に歩いているところだった。
 どんぐり動物公園は、閑静な住宅街に囲まれている。道路の車の量もまばらだ。一台のグレーの軽自動車がそっと、ちとせに近づき、素早く彼女を乗せた。フィルタが窓に貼ってあり、内部は見えない。
 だが、南は、運転しているのが、キタだと直感した。
 ただちに、南と猛は、その灰色車を追う。

ザー

 太陽が真上だ。
 車は どんどん、もっと郊外へ向かう。
「気づかれないようにしろ」
「もう、バレてますよ。こんなにクルマが少ないんじゃ……」
 南の、ハンドルを握る手に 力が入った。
 灰色車を運転していのは、やはりキタだ。運転の仕方に特徴がある。かなり乱暴なのだ。
 町外れの雑木林にやってきた。
 すでに舗装道路は、途切れ砂利道が続いている。

         ※


 その場所を過ぎると、一面の緑藻地に出て、牛の群れが両車の間をのんびり横切っていった。通り過ぎるまで、30分近くかかったろうか。
 さすがに、南と猛も、苛立ってきた。かなりな時間がゆるゆる過ぎる。やっと最後の牛が列の最後尾についている牛飼いのおじさんに追われて行ってしまうと、遥か道の彼方に灰色車が見えた。
 もう、陽は山入端に傾きかけている中、南は全速力で車を追った。
 視線の彼方で 灰色車が停まり、誰かが、中から放り出されたのが、見えた。
 急いで駆けつけると、車はとっくの昔に逃げ去り、ちとせが砂利道の上に、へたりこんでいた。猿ぐつわをされている。
「ちとせちゃん!!」
 南が車から飛び降りて、駆け寄り、ツルツルのホッペに食い込んだ猿ぐつわを外すと、ちとせは、ガバと抱きついてきた。
「南さんっ!怖かった~~~!!」
「大丈夫かい、どこも怪我は……」
 ワ、ワンピースは 汚れているが、どこも怪我は無さそうだ。
 その時、ちとせのケータイがポケットで鳴った。ちとせは震えが止まらず、電話に出る勇気はなさそうだ。
「ごめん!」
 代わりに猛が ポケットに手を突っ込んで、彼女のケータイを引っ張り出した。
「誰だッ!」
『おや、ご苦労さんにも、追っかけてきた、おにいさんたちだね』
 なんとも、蛇がぬめるような 女の声めいた響きの声だ。
「貴様、密輸団の……」
「???」
 猛が 理解できない言葉で喋ってるので、南とちとせはきょとんとした。
「なんだとぉ~~~!?もう一度、言ってみろっ!!あっ!!」
 猛はくちびるをかみ締めて、ケータイを放り出した。
「くそぉっ!!人喰いジャガーの奴ら、空の便で、春好を運んじまった!ちとせちゃん、誘拐は 時間稼ぎのワナだったんだ」
「春好が連れていかれた、ですって!?」
南も蒼白になった。

怒る

「いったいあれだけの部下を呼んでおいて、あんたたちは、何をやってたんですか。志堂さんっ!!」
「くっ……」
 猛も完全に言葉に詰まる。密輸団に してやられた!!
「ごめんなさい……。私のせいで春好くんが……」
 ちとせが黒いつぶらな瞳から ポロポロと真珠をこぼした。

女性の涙

「泣くなっ」南は、自分でも びっくりするほど、乱暴な言葉を口から出してしまってから、我に返った。
「ご、ごめん、ちとせちゃん。ちとせちゃんだって、キケンな目にあったんだよな。でも、泣いたって、春好は 奪い返せない。こうなったら、どこまででも 追いかける」
「春好が運ばれたのは、多分、インドネシアだぞ」と、猛。「世界の涯へだって、追っていく!!」

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第6回

      第 六 章



そうして、南と猛は 再度、赤道下の国へやってきた。
『人喰いジャガー』の本拠地は突き止めてある。
インドネシアに駐留してある部下に、猛から奴らの動向に探るよう、命令してある。
奴らのアジトは、インドネシアの首都ジャカルタの裏街にある。
そこからジャングルや、動物を売る先へ連絡をつけているのだ。
猛の部下が、何人か、入り込んでいる。
彼らからケータイにメールが来る。
「ただいま、マレーグマ一頭の行方を追跡中なるも、消息不明」
猛は、舌打ちした。
「ジャガーの奴らめ、なかなか、シッポをつかませんぞ」
空気を吸っているだけで、気分が悪くなりそうな香辛料と、家畜の混じった悪臭が裏街に満ちている。
行き来するか、多い人出の人種もバラバラで、みな、凶悪そうな目つきをした男たちだ。
とても、観光客の来る場所ではない。
やっと、静かな街外れに出てきたところで、意外な人物が待ち受けていた。
「あんたは……」

ぬく 4

 男はもともと 優しそうな風貌だが、相好を崩すと、もっと温厚そうな 男になっていた。
 どんぐり動物公園の掃除係で、員長の亭主だ。
「おじさん……じゃない、員長のご主人、どうして ここへ」
「どんぐりの園長の命令でね。いや、命令なんか、なくたって、来るつもりだったよ。春好くんが、心配だったんでね」
「でも、あんたが何の役に……」
猛がロコツな 言い方をすると、おじさんは、テレ臭そうに、
「オレ、これでも 君よりは、役に立つかもしれんよ」
「え?」
南と猛は、顔を見合わせてから、まじまじとおじさんを見つめた。
水色のポロシャツにコットンパンツという軽装のおじさんは、先に立って歩き始めた。


              ※


 おじさんに導かれるまま、首都のメイン街の大きなビルに、車で乗りつけた。
「このビルの中に確か……」
 猛がもらす。

ko.jpg

 大きなガラス張りのビルの入り口のすみっこのボードに、南は「WWFジャパン(世界自然保護機関)」の文字を見つけた。
おじさんは、頭を掻きながら、三人で、エレベーターに乗り込んだ。
「おじさん……」いや、山口飼育員長のご主人」
 猛がゴクリとツバを飲み下してから、声をかける。「あなたは もしや WWFと何らかの関わりが」
「ん~~、ま~~、何らかの関わり…… 無くもない感じかな?だから、君たちの味方だよ。安心してくれよな」
 にっこり 笑って答えた。
(この掃除のおじさんが、WWFの……きっと、諜報めいたエージェンシーだ!!き、気づかなかった……)
 まったく同じことを胸中で感じて、ボーゼンとした南と猛だった。
「人は見かけによらぬもの……」
 WWFのメインオフィスに入る。
(考えてみれば、鬼に金棒じゃないか。WWFが後ろについていてくれれば『人喰いジャガー』が、いくら密輸の悪質組織でも、きっと春好を救出できるぞ!!)
 南の心にひと筋の光が射してきた。


          ※


 広大なフロアのオフィスには、数百台ものデスクが並んでいて、職員たちがPCと睨めっこしたり、早足でデスクの間を歩き回ったりしていた。
 ひとりの白人が立ち上がってきて、「掃除のおじさん」に笑顔で握手した。
 「掃除のおじさん」は、流暢な英語でやり取りしているのを見て、南と猛は呆気にとられた。
「なんて喋ってるんだ?」南が聞くと、猛もまっつぁおで、
「発音が上手すぎて 聞き取れん」
「君たち、紹介しよう。ジャパン支部長補佐のスコット氏だ」
 碧い眼の大柄で太い西洋人がにっこり笑って、南と握手した。
「力を合わせて『人喰いジャガー』から、春好くんを 助け出しましょう」
 英語だったか、ふたりとも それは聞き取れた。
「はい!!」


            ※


 『人喰いジャガー』には、WWFも、以前から 手を焼いていて、何年も前から 壊滅状態に追い込みたいという、計画が進行しているという。
 スコット氏が、その計画のリーダーを務めていた。
 彼は、そのチームの面々と南たちを引き合わせた。皆、しっかりと握手してくれた。
「奴らのアジトは突き止めてある。動物たちを運ぶルートも70%は、判明している」
 会議室のスクリーンの前でスコット氏が説明した。ひとしきり、ミーティングが終わってから、彼は南と猛を呼び止めた。
「問題は、だな……」
 彼の顔が曇っている。
「『ジャガー』のような、密輸業者と動物園が取引しているらしいのだ」
 それは、南も聞いたことのあるウワサであるし、猛も、もちろん、承知していた。
 かと言って、動物園や動物公園のようなライセンスを持った施設が、そんな組織と取引していることを、黙認している自分が、南も猛も、歯がゆくて仕方ない。


            ※

 南は頭を振って、自分はあくまで一、飼育員であって、動物園のやり方に口出しできる立場ではない。もちろん、耳にして面白くない話、極まりないのだが。
(今は、春好の救出のことだけ考えよう)
 南は、頭を振って、出動するチーム数人と、猛の後を追った。


          ※


 ゴミゴミとしたジャカルタの裏街。
 観光客など恐れて近寄らないところである。宵の路地には、飲んだくれが路上に座り込んだり、寝転んだり、一角では、品の悪そうな男たちが、屯して、バクチか何かに興じている。
祭でも行われているような人混みを南は チームの男と、猛の背中を見失わないようについていった。
いつしか観光客の溢れる町並みに戻ってきていた。

ajia 裏町

(いったい、どこに……?)
 辻占をする簡易な店が、並んでいた。ボロボロのテントだが、 真っ赤や金縁など、派手な色の店が並び、客引きに声をかけているところもある。
 彼らは、ひとつのテントの前で立ち止まった。
 ワインカラーのテント、辺りは飴色のランタンがぶら下げられ、人声でざわざわしている。
「君たちふたりなら、まったく普通の観光客に見える。ここに入ってこい」と、WWFの男が言った。
 南と猛が、
「こんなところに何か手がかりが?」
 鼻孔をツンと、古びたかが刺激した。
 分厚いカーテンの奥にペルシャ絨毯の上に座っていたのは、浅黒い肌、高い鼻梁の若いのか、年ふりているのか判らない、妖艶な女だった。
 鳶色の眼光するどく、唇は血を滴らせたよう。
 腰まである長い縮れ髪をじかに座った絨毯の上に垂らしている。
 あぐらをかいて 座り込んだ その前に、水晶玉が鎮座している。

占い

「いらっしゃい。異国のおにいさん方。何を占いましょうか?」
 猛が聞いたのは、なまりのきつい、この地方の言語である。しかも、少しハスキーで 甘えた感じである。
「ぼ、僕たちの、大切なものの、行方を」猛がしどもどと言った。
「どこで失くしたのかね?」
「盗まれたんです」
「ほーほっほ」占い女は、いきなり高笑いした。
「そりゃあ、お気の毒に。さぞ心配だろうねえ。でも、さらに気の毒なことには、もうそれは 永遠に取り戻せないよ。永遠にね……」
 女の顔が蔑笑に覆われた。
 次の瞬間、猛が眼にも止まらぬ速さで、女を羽交い絞めにした。
 水晶玉が 転がる。
「吐けっ、女っ!!貴様、『人喰いジャガーの息がかかってるなっ』
 春好はどこだ!?」
 女は顔色ひとつ変えず、
「もう、海の彼方さ」
「なっ……」
 思わず、じゃらじゃらとした装飾品が何重にも巻きついた女の首を絞めようとした猛のこめかみに、冷たいものが、グイと食い込んだ。
 銃口だ。知らないうちに屈強そうな ターバンを巻いた男たちが取り巻いていて、南もまた背中に銃口を突きつけられていた。
「息がかかってる?」
やおら、薄布をひらつかせて、立ち上がった女は、ねじ伏せられた猛と入れ替わりにの立場にいた。
「ほほほほ、あんな美しいマレーグマは、滅多にお目にかかれないわ。ある国の大富豪の毛皮好きがいらしてねえ……」
「は、春好を、毛皮にっ!?」
 南は思わず叫んだ。


            ※

 途端、耳をつんざく爆発音がして、真っ赤だったテントの中が、オレンジ色に発光した!!人々の阿鼻叫喚が満ちた。
 煙が充満して、南も猛も、女も、男たちも激しく咳き込んだ。
 ドタバタという騒々しい靴音。
 WWFの要員がなだれ込んできたのだ。
「言えっ!」
 今度は、この隙を逃さず、南は女を捕まえた。
「春好はどこだっ!!」
 自分でも驚くほどに、恐ろしい声音(こわね)だった。
「……」
 女は、執念の宿った、爬虫類のような眼で睨み返すだけだ。
「寄せ、バッシンドー、ちょっとやそっとで吐くような女じゃない」
 WWFの男たちは、テントの奥まで、素早く探りを入れていた。
 ホコリを被ったあらゆる古いものが――――ランプ、呪術道具のような品、色んなところから、色々な動物の剥製などが放り出され、果てはテントまで取り払われたが、ガラクタばかりで、マレーグマの追跡に役に立ちそうなものは、何も出てこない。
「貴様、言えっ!!」
 女はどう 怒鳴られようと、薄笑いを浮かべたままだ。
「ふふん、あんた可愛いわねえ、ジャパニーズね」
 女は南に眼を向けた。
「あたいをひと晩、悦ばせてくれたら……」
 聞き終わるか、終わらないかのうちに、南の手のひらが女を張り飛ばしていた。
(う、生まれて初めて 女を殴っちまった……)
 怒りと驚きのために目が真っ暗になった。

なやむ

「落ち着け、バッシンドー」
 猛が、肩に手を乗せた。
 南の肩は、波のように揺れていた。悔し涙がこぼれ落ちそうだった。
「こんな女のせいで、泣くな、男だろ、バッシンドー!!」
 猛のライオンの咆哮のような猛の叱咤が、南の涙を吹き飛ばした。
「女、来いっ!!」
 猛は女の腕をつかむと、テントの裏側の路地に引っ張っていき、しばらく女の抗う気配がしていたが、やがて 猛ひとりが、戻ってきた。
 右手の人指し指に、チャラチャラと鳴る音のものをぶら下げて振り回している。
「それは?」
「春好の入れられた檻のカギだ」
「ど、どうやって それを……」
(ナイショさ)と、言わんばかりに 猛は片目を瞑ってみせた。
「あの女、おそらく『人喰いジャガー』の幹部か何かの女だ。俺が睨んだ通り、持っていた」
(ここまで WWFの人に連れてきてもらったんじゃ……??)
 南の脳裏に一瞬、そんなことが過ぎったが、
「で、春好は どこにっ!?」
「港の船だとよ」
 そして、一同は走り出した。

ma 1


にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第7回



          第 七 章


 錆びついた赤い色――――。
 赤い闇が港を包んでいる。蒸し暑い澱んだ空気。海が不気味なほど凪いで平である。
 何本も海に突き出た埠頭に中型船が連なって停泊している。

東南アジア 港風景


 その中の一船を、港に建ち並ぶ倉庫の影から多くの鋭い眼が睨みつけている。インドネシア政府の警察である。WWFは警察にすべてを依頼した。もうすぐ一台のトラックが到着するという。
 春好の閉じ込められた檻が、そのトラックから船に積み替えられるはずだ。

 スコット氏や、掃除のおじさんには、止められると分かっているので、無断で 春好現場を見届けに来た、南と猛である。居合わせなければ、心配でたまらない。

 時間が止まったようだ。
 待機している警察官、数十名の気迫だけが、感じられる。
 南と猛は、怪しい船が見通せる倉庫の陰に隠れて様子を窺っていた。

 ここで、春好を奪い返さないと、おそらく永久に春好は、帰ってこないだろう。
 どうしても、心が早って、額に脂汗が滲んでくるのを南は 感じていた。突然、連れ去られて繊細な春好は、さぞ、怖い思いをしているに違いない。元気にしているだろうか。ちゃんとエサを食べさせてもらっているのだろうか。きっと、心身共に、衰弱しきってるに違いない。
 早く、日本に連れて帰ってやりたい。
 小型トラックが、海岸沿いの道路をやってきて、マークしている船の側に停車した。
(あれだ!!)
 南はじめ包囲している人間たちは、直感して、すぐさま動き出しました。
 インドネシア警察の精鋭たちが、機敏な活躍をしてくれた。
 トラックの荷台開けて、中の檻を運び出そうとした密輸人たちを、包囲したのだ。
 同時に檻に閉じ込められている春好を確保できた。
 船から降りようとした 『ジャガー』の男たちは、身の危険を察知して、すぐに沖に逃げてしまった。
 南と猛は すぐさま、春好の檻に駆け寄った。
 南と猛はすぐさま、春好の檻に、駆け寄った。

ウメキチ 4

 ちょっとコーフンして、檻の中で方向変えたりしていたが、南の匂いに、気づくとクンクンと鼻面を鉄格子にすり寄せてきた。南と再会できて、嬉しい気持ちが、瞳に浮かんでいる。
「ハルヨシ……」
 南は、思わす、檻を開けて、春好を抱きしめてやりたくなった。

          ※


 WWFのスコット氏や現場で動いてくれた人たち、インドネシアポリスには、何をお礼を言っていいか分からないほど、感謝の気持ちが溢れた。
 掃除のおじさん、もとい、「山口氏」が、泰然と待ち受けていて大きく頷いた。


            ※

 そして、ふたりは、春好と連れて空輸で帰ってきた。
 空輸には、山口飼育長を娘のちとせとキタ、どんぐり動物公園の関係者が迎えに来ていた。
「よくやったぞ、バッシンドー、志堂くん!!」
「いえ、すべて 山口さんとWWFとインドネシア警察の皆さんたちのおかげです」
 飼育員長も、機体から降ろされた春好に、すり寄って、
「大変だったな、私たちの衛りが甘かったために、許しておくれよ」
 ちとせもやってきて、檻の中に腕を入れて、春好の漆黒の背中を撫でる。
「よく、無事で帰ってくれたわね」
 ひとり、遠くから眺めていて クルリと踵を返し、立ち去る青年がいた。
「キタ!!」
 南が呼び止め、その足は、止まった。
「待て。お前には、聞きたいことがある」

阪本奨悟 A

 キタは、クチビルをひん曲げた。
「潔く警察に自首するつもりだよ」
「その前に俺にワケを話せ。どうやって、密輸関係の組織と関わったのか」
「……」
「言わないと、父さんと母さんにが哀しむぞ」
「オレなんか、どうせ……いても、いなくても構わない息子だよ」
「そんなことないわっ」
 背後から叫んで、ふたりの間に入ったのは、ちとせである。
「少なくとも 私にはっ!!」
 南は頭の上から岩が落ちるような衝撃を受けた。
「南さん、私から言います。キタくんは、動物公園と密輸組織とのEメールを発見してしまったんです。あるバイト先は、IT関係の企業できっと南さんの勤務先が心配だったんでしょう。それで偶然」
「何だって?まさか、そんな」
 猛が側に来ていた。
「いや、それは、充分、考えられるな。以前から動物公園とて公的なものと、私的なものが存在するから、密輸した動物を……という疑惑はあった」
 慎重な面持ちで南も言った。
「しかし、まさか、このどんぐり動物公園が……ここは、立派な、公的動物公園だ」
「まさか、園長に面と向かって尋ねるわけにもいかないが……そんな勇気ないだろ?バッシンドーくん」
(あ……ありますっ!!)
 というのを、南はかろうじて 飲み込んだ。
 とても、そんな勇気は自分にはない。糾弾して暴いたところで、証明するものは無い。何か理由をつけられて、クビにされるのがオチだ。
 それに、南は園長や飼育員を信じたかった。
 この問題は、まだ 新米の飼育員が触れない方がいい。

nanaちゃん 風早くん


 ―――――今は。

 猛は南の気持ちを察したように頷いた。
「キズ口には触れん方がいいってことさ。『君子、危うきに近寄らず』」
「キタ」 南は弟に改めて向き直った。「二度と密輸組織とは関わるな。自首しろ」
「わかった。俺、罪をつぐなったら、一からやり直す。だから……ちとせちゃんも、幸せにしたい」
「う……」
 ここは 兄として、譲らないわけにはいかないだろう。
 南は自分のマンションに帰ってから、号泣することに決めて、涙をガマンした。

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

. 「MY HONEY SUN BEAR」 第8回(最終回)


 飲めもしないのに、大量の酒を買い込んだ。
 ビール、ウィスキー、ブランデー、焼酎、日本酒。
 自宅のマンションに帰って、散らかったテーブルをテキトーに片付けて、並べてみて、その色とりどりの行列に圧倒されて、いざとなると、手が出ない。
(どうすりゃ いいんだ、ヤケ酒も飲めない自分が情けない……)
 その時、チャイムが鳴って、飛び上がった。
 出てみると、キタと、驚いたことに、猛だった。
「どうしたんだ、キタ。俺んとこなんて、来たことなかったのに」
「だって、この人が連れて行けって」
 そう答えながらも、兄の自宅に来てみたかったらしく、眼を輝かせて、間取りやインテリアにもほど遠い、男ひとり暮らしのマンションを眺め回している。
「よッ!!」猛は片目を瞑ってみせ、「三人でヤケ酒かっくらおうぜ」
 ふたりとも、ドカドカと2LDKの真ん中のリビングへ勝手に酒瓶を抱えて上がりこむ。
 否応なくグラスが、満たされた。
「アニキ……」
 すぐに、缶ビール1本だけで顔の紅くなったキタが、眼をトロンとさせて、
「オレ……すまなかったと思ってる。ほんとに反省してるんだぜ。『人喰いジャガー』に、手を貸したこと」
「それなら、明日にでも、自首するって言ったから、もういいよ」
「それだけじゃない」キタの眼から大きな涙の粒がホロリと落ちた。「さんざん、父さん、母さんやアニキにグレたり、美大中退したりして心配かけたこと」
 弟はグイ、と今度は、水割りを煽った。
「やめとけ、無理するな。分かってる。お前は、ネが真面目だから、色々悩んで迷路に入り込んでカベにぶち当たったりしてたんだよな。俺にだって覚えあるよ」
「ア、アニキに!?」
 キタの眼がぱっちり、開いた。
「だってアニキは一度もザセツしないでガキだった頃の夢の通りの仕事に就けたじゃねーか」
「バーカ!!俺がなりたかったのは、ゾウの飼育員だっ!!マレーグマの係になるなんて、夢にも……」
 そこまで言って、南は猛の、仁王様のような恐ろしい視線を感じた。
「シンバル、いや、バッシンドー!!聞き捨てならんぞ、今のセリフ!!マレーグマの係になったのが、不満なのか!?」
「いや、そういうわけではっ!!」
 南は座りなおして、態勢を立て直した。
「すみませんが、志堂さん、後でお相手しますから、今は、弟と話をさせて下さい」
「む……」
 しぶしぶ猛は、引き下がる。
「だからな、キタ」南は弟の両肩に手をやり、真正面から見据えた。「ザセツしたことのない人間の方が、多いと思う。自分のやりたかった仕事に就けなかった。夢が叶わない人も多いんだ。だからって、ヤケになったって、何も始まらない。それも分かっているから、お前もやり直そうとしているんだろ?」
 キタの眼に涙が溢れた。

奨悟 1

「でも、オレ、後ろに手が廻るようなことをやっちまった……」
「人殺ししたわけじゃないだろっ!!そんなこと言ってちゃ、もっと父さんたちが悲しむぞ。お前には、何がなんでも社会復帰してもらわなくちゃ、俺も困る。昼間、はっきりと「」ちとせちゃんを幸せにしたい」って言ったじゃないか。たとえ、何年か服役することになっても、ちとせちゃんは、きっと待ってる。頼んだぞ」
「アニキ……」
 すがりつこうとする弟を、南はポカリと殴った。そのはずみにキタは床に伸びて寝てしまった。
「さあ、お待たせしました、志堂さん」
「おう」
「ゾウの係になれなかったといって、マレーグマが嫌いなわけじゃありません。むしろ、このめぐり合わせに感謝してます。春好の担当になったから、志堂さんとも、真麗とも出逢えたんですから」
 猛は、珍しく少しはにかんだ様子で、
「気恥ずかしいことを平気で言うヤツだな。言っておくが、俺に出会ったが百年目だぞ。俺たちの本当の勝負はこれからだ。春好と真麗のために頑張ろうぜ」
 そう言って、中身が波打ってこぼれるほど、ジョッキでカンパイした。

ジョッキでカンパイ



          ※


 さて、南と猛の苦労の血の滲むような紆余曲折の苦労の甲斐あって、春好と真麗がペアリングに成功してからしばらく……。
 真麗を診察していた獣医が振り返って、にこりと笑った。
 「二世がお腹の中にいるようだね」
 南と猛は しばらく言葉を失い―――――、
「ばんざ~~~い!!」
「ばんざ~~~い!!」
 顔を見合わせて、
「ばんざ~~~い!!」
「ばんざ~~~い!!」
「ばんざ~~~い!!」
 同時に両手を上げて叫び、どちらからともなく、肩を叩きあって喜んだ。
 飼育員長とそのパートナーが、喜んで南と猛を労ってくれた。
「バッシンドー、志堂くん、よくやったな!!」
「君たちの努力の賜物だよ」

          ※

 そして、割れ物を扱われるように、プレ母クマの真麗は妊娠期間を過ごし、南と猛、獣医の見守る中、無事に二匹の小熊を出産した。
 オスとメスの二頭だ。
 産まれてすぐ、湯気の立っている子熊を、南と猛は獣医から受け取り、胸がいっぱいになった。
「これが、生まれたての命か……」
 南は目頭が熱くなるのを 感じた。本当の父親になった時の気分って、こんなだろうか、などと、思ったりする。
 TV,新聞にも喜ばしく報道され双子の名前は、公募によって
「なかよしくん」「こよしちゃん」と命名された。
 幸い二匹は、母親になった真麗の愛をたっぷり受け、母乳もたっぷり飲んで、日々育っている。

マレーグマ 親子

 そして、三ヵ月後、一般公開の日も無事に迎えることが出来た。
 可愛いぬいぐるみのような 「なかよし&こよし」は、お客さんにも大人気だ。



            ※


 ある日、いつものように、エサを用意していると、猛がポツリと言った。
「もう、俺のここでの役目も終わりだな。真麗の幸せも見届けたし、そろそろインドネシアに帰ることにする」
「え、そんな唐突に」
 眼の上のたんこぶのような存在でもあったが、協力者。マレーグマについては、大先輩である。
 この二年近くの間に、南は 様々なことで志堂猛に感謝して、尊敬するようになっていった。
「真麗たちのことは、すべて、バッシンドー、お前に任せる」
「それは、引き受けたいところですが」南は、真剣な面持ちで、というより、凄味を帯びた眼の色だ。「確言できません。俺はどうしても、動物公園と密輸組織の繋がりを暴きたい」

haruma suki


高良 7

 猛の表情も同じだった。
「実は、俺もだ。インドネシアで、その調査を開始している」
 ふたりは、信頼に満ちた目で、見つめ合った。

             ※


 猛がインドネシアに帰るのを見送ってから、南は その足で、どんぐり動物公園へ戻り、まっすぐ園長室に向かった。
 そして、ノックして、マホガニーのドアを押した。
 この訪問が、これからの自分の運命を決めること、そして、可愛いマレーグマたちからもお別れになるかもしれないことを覚悟して――――。





 『 MY HONEY SUN BEAR』

                               完。


   <あとがき>

 青春物には、違いないですが、何のジャンルにあてはめて良いものやら??
 メインテーマは、

『世界一 美しい 飼育員』 (もちろん、三浦春馬さまのことです)

 あるきっかけから、マレーグマ担当の飼育員、という設定にしてしまい、マレーグマについても、素人ながら中途半端な調べ方ではありますが、少し勉強させていただきました。
 ずいぶん昔、動物園で ツキノワグマの本気のケンカを見たことがあり、それは猛獣同士、ものすごい迫力で何十分も続いたので、お客さんたちも、人だかりになって見てました。
 でも、血を見ることもなく、飼育員がどうにもしないということは、特別なことではなかったようです。
 マレーグマを肉眼で見に行きましたが、とても、平和的なクマさんでした。
 インドネシア現地では、原住民の村で飼われたりしているそうですので。
 主に、シロアリや、果実を食べているせいでしょう。絶滅の危機にあるそうですが、なんとか頑張ってほしいです。
 ストーリーが、密輸業者からの迫害にまで及びましたが、和やかなだけでなく、スリリングな雰囲気を盛り込みたかったのです。
 ラストは、わざと、その先に気を持たせる終わり方にしました。
(投げ出した わけではないので、汗)
 動物好きな 三浦春馬くんが、書けたかどうかはわかりませんが。

赤道 はるま


 最後までお読み下さった、読者様に、心よりお礼申し上げます。



  2011年、10月 吉日            海道 遠 (かいどう かなた)

にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村
. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

. お気に召したら1クリックお願いします♪
ブログランキング・にほんブログ村へ
. ☆初めてお越しの皆様☆


作品書庫(カテゴリー)からお入りいただくと、連載作品が第一回からお読みいただけます

. 作品書庫(カテゴリー)
. 相互リンク絵ブログ
島崎精舎さま
. 長崎祐子さま
. メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

. ☆当サイトバナー☆
Untitled2.jpg
. FC2カウンター
現在の閲覧者数: