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浪漫@kaido kanata

. 三浦春馬 短編小説 「凛と、椿 一輪」 その一

<はじめに>

このブログを読んで下さる 皆さまに お願いがございます。
この小説は 花魁が登場しますが、太夫とは まったく別のものです。

花魁は 身を売る、太夫は芸を売る。
これが 基本ですので、この小説は 太夫とは まったく 関係ございません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

                 序

 狭く囲まれた小さくて豪奢な世界、吉原の遊郭も 静寂の曙の色に包まれていた。
 夜のざわめきが鎮まった 遊郭には 気だるい空気がたゆたい――― 
 よけい、玉椿花魁(たまつばきおいらん)の吐息を 深いものにしていた。

(いつまで 待とうと お前さまが還るわけはないのに、わちきは魂の抜け殻のまま、
朽ち果てるのでありんすかねえ、主(ぬし)さま)

写真集より 若旦那 はるま 1



 朱色の襦袢姿のまま、くわえていた煙管(きせる)を ポンと鳴らせて灰を落とす。
 胸の奥に訪れるのは 誠にいとおしい あの方の面影ばかり――――。

仲間由紀恵 襦袢姿



       第  一  章


 時は 明治の初め―――
 江戸時代から続いた 遊郭は 幕府の保護下ではなくなったものの、まだ その慣習は続いており、
貧しい家に生まれたりして年貢を納められなかった家の娘、江戸時代に落ちぶれた
下級武士の家に生まれた娘が 遊女に、売られてくるのが 常だった。

 ひとりの少年――― 蓮太は まだ 14歳だった禿(かむろ)が 遊郭の掟を破って 産み落とした子で、
禿の世話する 花魁の気遣いによって 廓の外の簪(かんざし)や帯締め、帯留めなどを扱う
小物屋に引き取られ、働きながら育った。

 蓮太は 自分は天涯孤独だと思い込んでいた。

 ある日、店に 若い商人の男が使いに来る。
 蓮太の母親の禿(かむろ)だった おなごが 成人して廓を出たものの、病にかかり、
今際(いまわ)の際だというのだ。
 いきなりの 産みの親の出現に蓮太は 驚いたが、元、禿だった母親に 会いに行く。
 しきたりでは 親子関係は 秘密である。
 避妊し損ねたり、堕胎し損ねたりして 産んでしまった場合でも 親子関係は 本人たちには 
いっさい知らされないのが 廓の掟だ。

カラー 花魁道中


 さて、蓮太の向かった先は 大きな呉服問屋で、禿は 花魁になってから ここの旦那様に身請けされ、
大店のおかみに出世していた。


 座敷に 泰然と座っている。
 その横には 大旦那様と 息子。
 息子は 先妻のおかみが産んだ子で、祥吉という。蓮太より ふたつ、みっつ年上か。
 蓮太を見る目は 冷やかである。

「あんたが 小間物屋さんの丁稚さんか。実は、わてが 病で今際(いまわ)の際というのは、真っ赤なウソです。
すまんかったなあ。急に呼び出して」
 おかみの口調は 冷静だ。
 やっと息子に 会えたという感激など 微塵も感じられない。

商家の玄関 三人 マネキン



 パンパンと手を叩くと、初老で目付きの鋭い小男が入ってきた。

「おお、この子や。よろしゅう頼みます」
 何のことか 分からずに うろたえていると、初老の男が近寄ってきて、蓮太を 上から下まで 見廻した。
「このくらいの器量のおのこなど、滅多にお目にかかりません。利発そうな 目の輝き、高貴そうな鼻筋、
いったい どこからの血が こんな子を世の中に出したのでしょうな。
この子なら きっと 売れっ子の男娼になりますでしょう」
「だ、男娼!?」
 思わず、後じさりした。

モノクロ ハンチング 被った 丁稚


 おかみが 
「この男は 女衒(ぜげん)です。置き屋に連れて行ってくれる世話役」
「あんたは 自分の子を いかがわしい店に売るのか!?」
 しかし、逃げる隙もなく、男衆によってたかって 力づくで連れていかれる。

 女衒(ぜげん)に 男娼の置き屋に連れ込まれそうになった時である。
 男衆を蹴散らして 連れ出した若者が。
「おいらは あんたのおっかさんから頼まれたもんです。怪しいもんやない。
あんたを男娼屋から救い出すには これしか 手がなかった」
 遊び人風の若い男である。


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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その三

        第  三  章

 蓮太は その後、大店(おおたな)の番頭のひとりの養子になり、ご奉公をすることになった。
 そして 偶然にも 吉原へ出入りする呉服問屋となったのである。
 自らが出生した 廓、吉原へ。

嵯峨野 仲の街

 
 番頭について、初めて 吉原へ行った時のことである。
 普段、遊女たちが 寝起きする場所は 置き屋と 呼ばれる場所だが、
 彼女たちは 教養を身につけるため、習い事にも忙しい。
 また、趣味の良い 着物や簪(かんざし)などを 身につけなくてはならないために 
 呉服屋は 人気者であった。

可愛い柄の反物 数枚
おいらん かんざし 可愛いセット



 華やかな反物や 帯生地が 広げられ、女たちは きゃあきゃあと 群がってきて 
 反物を肩から あててみたり、簪や櫛をさしてみたりと。
 その中で ひとりだけ、新造が 反物よりも 蓮太を見つめているのに気がついた。


 新造は わりと器量良しだが、恵まれた 振袖新造ではなく、留袖新造のようだった。
 ぱっちりした黒目がちの瞳。真珠のような白い肌。黒々とした結髪。紅を乗せた唇は 富士山型。
(こんな器量良しなのに、なんで振袖になれなかったんだろう)
 つい そう思ってしまうほどの可憐さだ。

かすみ ふりそで 笑顔


新造は 器量よしで 売れっ妓になりそうな 振袖新造と、あまり見込のない 
留袖新造に分けられるのである。


「この簪(かんざし)、わちきに 似合うでありんすか?」
 言いながら、彼女は 蓮太の袖をひっぱり、人目のつかない廊下へ出た。
「わちきは 英桜(ゆすら)いいます。あんたさんは?」
「蓮太と申しますけど。その鼈甲の簪は ちょっと値が張ります」
「ええの、ええの。花魁の姐さんに 買うてもらうさかいに。
 これで あんたさんも 店の旦那さんから褒められるでありんすな」
 英桜(ゆすら)は いたずらっぽく笑った。
鉄漿(おはぐろ)をつけているのが町娘とは違うことを 思い知らされる。


(今は 大店のおかみとして 鉄漿(おはぐろ)をつけている母親だが、廓の見せに 出ている時も 
花魁として 鉄漿(おはぐろ)をつけなければならなかったのだな)
 蓮太は 想いを馳せた。

写真集より 浴衣 正面 はるま



「わちきは もうすぐ突き出しを 迎えるんでありんす」
「突き出し?」
「お客を取ることでありんす」
 つまり、いよいよ 身を売るという意味だ。

「かかる、たくさんの お金は 姐はんの花魁が 出しておくれでありんす。
突き出しのお客はんは 上品な ご年配のお方やと聞いてありんす。けど……」
 英桜(ゆすら)は 顔を赤らめた。

「わちきは 本当のこと言うたら、突き出しで 女を捧げとうはないのでありんす。
本当は………好いたお方に捧げたい、思うてました。そしたら、この前からここへ反物やら 持って下さる、
あんたさんのことが 忘れられんようになってしもたでありんす………」


(これは なんという大胆に 想いを打ち明けられてるではないか)
 蓮太は 真っ赤になった。

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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その四

                    第  四  章

 それから 何日か経ち、廓の英桜(ゆすら)の突き出しの噂も蓮太の耳に 入ってくるようになった。
(あの娘とは 廓に来るたび 何回か 話したけど、ついに その日も近いんだ………)
 ぼんやりしていると、いきなり 腕を掴まれ、背中の葛籠(つづら)を 落としてしまった。
荷物を拾う間もなく、まがきという、遊女の見せ場から外れた狭い小路に引っ張っていかれ、
顔を両手で包み込まれ、唇に柔らかく温かいものが押し当てられた。
 英桜(ゆすら)だった。

写真集より 浴衣 横顔姿 はるま 

 「やめなさい。突き出しの近い あんたさんが こんなところを見られたらどうするんですか」

「どうもありません。姐さん遊女らが 手を回してくれて、用意してくれた小部屋がありんす」

 英桜(ゆすら)は 蓮太の腕を放すと 廓の奥へ小走りに走っていく。
 気づくと 蓮太の両脇に 屈強な 廓務めの男が ふたり立っていて、案内していく。
 昼間でも 薄暗い 小部屋には 決して美しいとは言えない床が のべられていて、英桜(ゆすら)が座っていた。
 帯を しゅるしゅると解き、着物をすとんと足元に落とす。朱色の襦袢姿になった。
「わちきの本当の突き出しの お相手は あんたさんと決めてました。嫌でありんすか?」

有村赤い 着物姿


「嫌でありんすか?」などと 答えを待つ前に 英桜(ゆすら)は 蓮太の襟元を くつろがせながら、
首筋に吸いつき、ゆっくり床に沈み込んだ。
「待て……こんなことが 少しでも 洩れれば あんたさんの命が……」
「命賭けてもよろしのでありんす。それに姐はさん遊女が必ず 守ってくださるでありんす」

 英桜(ゆすら)の眼は 猛禽のように 鋭く輝き、吐く息も熱い。
 流れが堰き止められないようだ。
(ここまで ひとりの女に 思われて 願いを叶えてやらないというのも男らしくあるまい)
 娘の熱い背中を 抱きしめた。流れに飲まれてやろうと思った。
 昼間の廓は 不気味なほど静寂である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 やがて 英桜(ゆすら)の 突き出しは 華やかに執り行われた。
 ちょうど 桜が 満開になった頃である。
 花魁と禿(かむろ)たちに 囲まれ きらびやかに着飾った 英桜(ゆすら)の姿を、
 蓮太は 番頭と一緒に 遠くから眺めた。


唐門と桜


「留袖とはいうものの、あの器量や。英桜(ゆすら)さんなら 廓の売れっ妓に なるだろうなあ。
破格の花魁出世もあるかもしれんからなあ」
 番頭が ため息をつきながら 言った。


「英桜(ゆすら)には 強く信じて頼っている花魁がいるようだが、誰なんだろうか」
 先日の真昼の秘め事を思い出して、罪に震えながら 蓮太が洩らすと、
「ここで 一番頂点の牽制をふるう、玉椿花魁のことだろう」
 番頭は 軽く答えた。


みやづの庭のピンク椿



(玉椿………)
 その名前は 蓮太の心の奥に刻み込まれた。
 英桜のとてつもない 情熱は 玉椿花魁から 受け継いだものなのだろうか。

遊郭格子 内側から


 そして 英桃(ゆすら)は 朱い格子の中、白粉を塗り、客を待つ生活を始めた。


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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その五

                      第  五  章

 それから 何年経ったか―――。
 蓮太は 手代に出世して 番頭となった祥吉と吉原へ 通っていたが、あの英桜(ゆすら)が 
 病の床に 伏しているという噂を耳にした。
 遊女が 病にかかるということは、役立たずになってしまったということだ。
 病人の遊女を 買う男なんぞ いやしない。
 動ける身体なら 廓から 追い出されても、夜鷹と呼ばれて 街角に立つ者もいるが、どうやら 英桜(ゆすら)の病は 重いらしい。

15年 まこと 伊藤園 灰色かさ 長方形


 蓮太は いてもたっても いられず、実の母親のおかみに相談に行った。
 おかみの顔は曇った。
「廓で 病にかかるということは 命、尽きたら菰(こも)にくるまれて 投げ込み寺に投げ込まれるまでです。
私は 何人もそんな女を見てきた。可哀想やけど諦めるしかありませんな」
「そんな……」

明治のおかみさん

 
 ほどなく 廓から 英桜(ゆすら)の気配は消えた。
 弔いもされず、投げ込み寺行きだったのだろう。
 新造として 上客も たくさん 着き、華やかな生活だったと聞く。
 花魁出世も 夢ではなかったというのに、哀れというしか、仕方ない。


(一歩 間違えれば、母も英桜(ゆすら)の運命を辿ったかもしれなかったんだな)
 一途に慕って身体をまかせてきた少女の肌のぬくもりを 連太の胸板がしっかり覚えていて、心が疼くのを感じた。
 じりじりとした 夏の暑い日で、首筋を伝う汗が よけい不快に感じられた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 夏もようやく 終わりに近づき、夕暮れになると 路地に水打ちされた 地面も少しは涼し気に 感じるようになった。

水打ちされた 路地



 ある日、蓮太は 店の旦那から呼び出された。
 片づけ忘れた風鈴が 揺れて、初秋の風が 座敷を爽やかに 吹き抜けてきていた。
 遠慮しつつ 座敷へ上がると、旦那とおかみが 床の間を後ろにふたり並んで 座っていた。
 ふたりとも 穏やかに笑っている。

「お呼びですか」
「蓮太。今日は 良い知らせだ」
 旦那は そう言い、「入っておいで」と、手を パンパンと叩いた。
 座敷に 入って 旦那の横に座ったのは まだ年若い娘だ。
 若かえでの緑、爽やかな 柄の小袖を着て、髪は 桃割れに結っている。
「ご無沙汰してました」
  畳に 伏せていた顔を上げた娘に、蓮太は ぎょっとなった。
 英桜(ゆすら)なのである。遊郭の新造、病で亡くなったと聞いた 英桜(ゆすら)だ。


「旦那様、これはいったい―――」
「びっくりしただろう、実はな、この娘は わしが 身請けしたのだ。親元身請けとしてな」
「親元身請け?」
「実の親が 娘を買い戻すことだが」女将が 説明する。「わしらは 実の親でないから、養女ということにしてな。旦那さまに お前さんの好いた女子を 廓の外に出してもらった」

「英桜(ゆすら)は 廓での源氏名。ほんとうの名前は うめです」
 かつての 英桜(ゆすら)は 鉄漿(おはぐろ)を落とし、素人の娘らしい清楚な簪(かんざし)と 紬、
とても 廓にいたとは 思えない。

有村着物 横すわり


「廓に売られたからには なんとしても 花魁になり、一回でも 花魁道中をやってやろう、という気概もありましたが、
情けないことに 身体を壊してしまいました。そこへ救い主のように、こちらの旦那様が救ってくださいました」

「そうだったのか、生きていてくれて良かった、英桜(ゆすら)。いや、うめさん」
 蓮太は 走り寄って うめの両手を取った。うめは こっくり頷く。
「うめさんは 元気になるまで 養生してもらう。表向きは女中として いてもらいますから、心配ありません」
 女将は 若いふたりを 見守って 微笑んだ。

 やがて 幾月か養生して 床上げした うめは 廓にいたことなど 感じさせない まめまめしさで 
 くるくると働き、女中頭にも可愛がられる様子だ。
 それは 蓮太の耳にも 入ってきていた。そして胸を撫で下ろした。

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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その六

                      第  六  章

 呉服問屋では、平穏な日が続いていたが、蓮太の胸の奥に一抹の黒い雲が湧き上がるのを、
誰ひとり気づかなかった。
 いや、蓮太を見ていた者がひとり。うめだ。
 声をかけた。上目遣いに そろりそろりと 話し出す。

「この頃、顔色が良うないように 思うんですけど、私の気迷いでしょうか」
「そ、そうだろ、この通り、ピンピンしてるぞ」
「お身体は 元気そうですけど、何やらお悩みのような苦しいお顔を時々 見かけます。何ぞ気にかかることでも?」
 蓮太は 少しドキリとした 表情を見せた。
 うめの心配げな視線は 本気で 自分を気遣ってくれている。
「立ち話もなんだ、夕飯が片付いた後、わしの部屋へ来てくれ」
 そう耳打ちした。


 夕飯の片づけが済み、へっつい(かまど)に 誰もいなくなる。
 暖簾は 夕方に 屋内になおされ、お店はようやく ひっそりする。
時折、帳簿係の付け忘れでもあったのか 算盤をはじく音だけがパチパチと響くだけだ。

急須を置いた 行灯



 母屋から 離れた奉公人だけの棟―――
 その奥に 蓮太は 小部屋をひとつもらっていた。
ちろちろとする行灯(あんどん)の灯りが洩れる廊下を歩いてきたうめが 膝をついた。
「うめです」
 障子は スッと 開けられた。
 黙って、座るよう、蓮太は勧める。
「これから 言うことは 誰にも言わないように。お前だから話すのだぞ」
 うめは ごくりと ツバを飲み込んだ。
「うちを廓から 助けだして下さった蓮太さんのおっしゃること、きっと 守り通します。信用してください」
 うめは 「女にしてくれた」という言葉を飲み込んだ。

「実は、旦那さんのことだが」
「大旦那様のことですか?」
「いや、それより前に 打ち明けなければいけないことが あった。わしは おかみさんの 本当の子なのだ」
「えっ!!」
「おかみさんは 廓から旦那はんに身請けされて後妻になったそうだ。
その前に廓にいた時に、間違いで産んでしもた子がわしだ。望まれん子どもだったのだな。
うめ、お前なら よく知ってるだろ。廓の親子関係なんか無いことを」
 うめは 深く頷いた。
「わしは 生まれてすぐに ある店(たな)に 引き取られ、働きながら育った。
何年か前に おかみさんから 使いが来て、親子の対面が出来たんだ。それでも、この通り、奉公人だ」
 ほう、と 息をつぎ、蓮太は続ける。

写真集より 浴衣 はるま


「それは 構わん。しかし、どうもここの大旦那さんが おかみ、つまりわしの母親に産ませた子が
わしではないかと 思うのだ」
「何ですって!?」
 うめは つぶらな瞳をいっそう瞠った。

京都 帯問屋の玄関



「そしたら、あんたさんは ちゃんとご両親の元で暮らしてるということやありませんか。それは 良かったこと」
「それは そうだが……。大旦那さまは わしがまさか 禿に産ませた子とは知らんと 
別の廓で働く男の子どもだと思いこんでるらしい」
「哀しいことですな、それは。でも、おかみさんも そこまでは 大旦那さんに打ち明けられないのでしょう」
 濃いまつ毛を パチパチとさせて うめも 廓時代を思い出したようだ。
 きらびやかに着飾っても、夜ごとにお酒を飲んで歌って踊って騒いでも、
 それは すべて客を喜ばせ、次に足を運ばせるための手段。

朱色の部屋


 今、とても贅沢とは言えない 継ぎはぎの混じった紬を着て、女中をしている方が どんなに幸せか。
 女中の仕事は キツくても人間扱いしてもらえる。

ピンクの桜


 遊郭は すべてがウソの世界。
 桜見物――――お花見にせよ、植木鉢の桜の木が並べられ、廓の中で催されるのだ。
 実にチンケで 滑稽な世界であることか。


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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その七

                   第  七 章

 「で、蓮太さんは なんぞ もっと他に お悩みでも?よろしかったら、うめに聞かせてくださいな」
 心底 親身になる眼で うめは 見上げてくる。
 蓮太は かなり 空(くう)を見つめてから 
「若旦那を知っているな」
「はい、大旦那様のひとり息子さん」
「つまり、わしの腹違いの兄だ。若旦那は わしを 追い出そうとしようとしている」
「ええっ、そんな……」
「わしが 大旦那に可愛がられているから、跡継ぎを横取りされまいかと思うておいでのようだ」
 下唇を噛みしめた。
 大旦那のひとり息子は 明らかに後妻の子である 蓮太を憎んでいる。

馬の反物


「今までも 仕事のじゃまをされたことは 何回もある。故意に反物が届かなかったり、品物が汚れていたり―――。
疑うのは よくないが、若旦那の指図としか思えない証しもある。
大旦那が わしの実の父親やという証しを掴まれたら、何をされるかわからない」
 蓮太は 苦しげに呻いた。
「そんな……どうしたら あんたさんを 守ってあげることができるのでしょう」

ありむら 右向き


 若旦那の祥吉は 幼い頃から 大店(おおたな)の跡継ぎとしてちやほやされて育ち、ろくに仕事もしない男だった。そこへ まさかの後妻の産んだらしき男が引き取られてきたのでは 面白いはずがない。

「わしは ここの跡取りになろうなどと思うたことはない。それを若旦那に 分かってもらうしかない」
 蓮太の横顔には 重く昏い影が落ちていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


大きな日傘 かむろ 4人



 そんな矢先、吉原では 花開き(桜見物)の催しが開かれた。
 蓮太が 吉原に入ったのは 夕暮れで 灯りが灯される頃―――、
 ちょうど、ひとりの花魁が 花魁道中をしながら、ゆっくり練り歩いているところだった。

 金棒を持つ 鳶の者ふたりが先頭に立ち、妓楼の若い衆が遊女の定紋のついた提灯を携えて道を照らす。
 そして 朱いべべで着飾った 禿(かむろ)が ふたり その後ろを着飾った遊女たち。

 九尺よりもっとある 長柄傘を持つ若い衆。ふたりの新造たち、遣手(やりて)、番頭新造が 続き、
 最後に数人の人々がつき従う。
(番頭新造とは 振袖、留袖新造とは 違い、現役遊女を退いた年長の女のことである)

 花魁は 「外八文字」と言われる歩き方で 黒塗りの駒下駄で揚屋へ歩む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この時の花魁は 「玉椿(たまつばき)」


 客は 蓮太が働く 大店の若旦那、祥吉だという。
(旦那様には内緒かどうか 知らんが、かなりな豪遊をしているな)
 自分でも祥吉を軽蔑しているな、と 感じ、複雑な気持ちになった。
 それは、祥吉が自分を良く思っていないことを知っているから 仕方のないことかもしれない。

 この時の 花魁、玉椿は 吉原きっての器量良し、三味線、茶道、書道、生け花などの芸にも精通し、
 吉原で 一番の牽制を誇っていた。


「あの呉服問屋の若旦那は 玉椿に ぞっこんなんだそうな」
「男なら 誰もが、あの花魁の朝の文をもらいたくて 夢見ているらしい」
「そりゃ、あの美しさならねえ」
 花開きのこととて、遊郭入りを許された 町娘たちのおしゃべりが 蓮太の背後から聞こえてきた。

 しかし、この時、蓮太自身が 玉椿の華美でありながら 凛々しい顔立ちに 釘づけになってしまった。
しばらく 意識がどこかへ 飛んでいたほどだ。
 玉椿の眼が 一瞬、行列見物の 中の 蓮太を 捉えたような気がした。
 その際の 襟元の朱色に 眼を射られた。

写真集より 横顔


 情けなくも 天にも昇る気持ちを味わい、
(この女(ひと)が 若旦那の贔屓の花魁さん……)


 なんと 例えればよいのだろう、多分、身売りされてきた 鄙の出自であろうに、この世のものとも 思えぬ
崇高な美しさは 町娘や 武家娘にも無いものがあり、花の芳香さえ 漂わぬばかりだ。
 そればかりではなく、この女性の持つ 内面的な優しさ、思いやりまで 白粉にまみれた顔から 
 感じとれてしまったのだ。


 それに―――、
 以前、どこかで 会ったような懐かしささえ―――。

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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その八

                       第  八  章

(話すだけでいい、ふたりきりで 会ってみたい………)
 蓮太の心に そんな 思いもよらなかった望みが つきあがってきた。

写真集より 浴衣 はるま

 しかし、若旦那でもあるまいに、ただの手代が花魁を呼べるわけがない。
 そうと 分かってはいてもついてきた丁稚、ふたりを 先に帰らせ、自分は 遊郭の中、玉椿の呼ばれた揚屋の周りを 暗闇の中、歩き回っていた。
 中からは 三味線や鼓の音色、女や幇間(男芸者)の 笑いさざめく声が 洩れ聞こえ、
 どうやら 宴会が始まったらしい。
 大笑いする声や、遊女たちの歓声、手拍子などでとても かまびすしい。

遊女のつづみ


(こんな 客の真ん中に あの清楚な 花魁がいるのだろうか……)
 清楚な花魁とは 変な 言い方だが、今の蓮太には そう思われた。

 あの女(ひと)が 祥吉に買われていると思うと いてもたってもいられない。

 そこへ 肩をトントンと叩かれた。
 うめが 愛嬌いっぱいの顔で笑っていた。
「玉椿の姐さんに ひと目惚れで ありんすか?いえ、ひと目惚れですか?」
「えっ……」
 頬が熱くなった。
「姐さんのことは よう知っとります。それは優しい、心映えの素晴らしいお人です。
私ら 新造にもそれは ようして下さって 着物支度だけのことだけでなく、一から十まで 気配りまで。
私の大恩人と思てます。蓮太さんが 惚れておしまいになるのも 無理ありません」
 いっそう、蓮太は 熱くなった。

「私、応援しますわ。若旦那さんなんかに負けんと、姐さんと 幸せになってください。
姐さんなら 私は あんさんのことを諦めます」
「うめ……」

 そうは 言っても 花魁と幸せになるということは 身請けしかないわけで、蓮太にそんな財もあるわけもなく、
 がむしゃらに働いて 店を持てても、それまでには 何十年もかかるだろう。
 そのうち まもなく 玉椿は どこかへ 身請けされてしまうに違いない。
(まさか 強引に駆け落ちなんぞは 夢物語でしかないなあ……)
 絶望的な恋だ。
 昔から これに 悩み、追いつめられて 心中事件まであるのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 絶望的――― 結ばれるはずのない 恋は 片恋でも、いや、片恋の方が
 よけいに燃え上がる。

 蓮太の胸は 来る日も来る日も 昼間 ご奉公の間も 食事中も ふと燃え上がり、夜、奉公人たちとの共同部屋で
 せんべい布団に横になると、いっそう 玉椿の面影が去来して 眠りにつけず、
 やっと、うとうとすると夢の中で 簪(かんざし)が 白い頬に陰を落とし揺れ、おちょぼ口からは 
 鉄漿(おはぐろ)が 見えて可憐に微笑んでいた。

花魁 襟元

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「よっ、」
 路地に 出たところで 蓮太は いきなり 肩を軽く叩かれた。
 どこかで 見たような 書生のなりをした 男が にこやかにしていた。

 「元気にやっているか、ボン。すっかり 大人になったな。背も俺と変わらんじゃないか」

 丁稚時代に 母親のところへ 連れてきてくれた 六郎だった。

書生 1


 「六郎さん、でしたね。その節は。おかげさまで こちらで 奉公させてもらっています。
 どうぞ、お上がりください。おかみさんも 喜ばれるでしょう」
 「いや、急ぐので、おかみさんには お前さんから よろしく言ってくれ」

 よく 見ると 背中に風呂敷包みを 担いでいる。
 「どこかへ行かれるので?」
 「ああ、各地を放浪しようかと」
 もう、その背中を 向けて 夕闇の中を 人混みにまぎれて行こうとしている。

 「いいのかねえ、おかみさんに 言わなくて」
 蓮太の 傍らから言ったのは 老女中だ。

 「あの 六郎さんは おかみさんの 弟さんだ。先の幕末の動乱で亡くなったことに なっている」
 「え……」

 (では、六郎と 自分は 叔父と甥の間柄なのか!?)

 「そういえば、面差しが 似ているねえ、蓮太さん」
 老女中が 皺深い瞼を開けて、しげしげと 蓮太を 眺めた。


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. 三浦春馬 短編 「凛と、椿一輪」 その十(最終回)

                   第  十  章

 真っ向から反対されると よけいに燃え上がるのが若い血というものだ。
 蓮太は その日から 何度か 花魁に会おうと試みた。
 日頃から 呉服問屋として出入りしているので なじみの禿(かむろ)につけ文を託すことは簡単だった。
(買うのは 客の方でも、わしにとって花魁は 高嶺の花だ)

おかっぱ 禿 1


何か月、そうして 文を送り続けたことだろう。
 季節は 年越しを過ぎ、雪解けをむかえ、桜も散り、 晩春になっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 やがて……
 花魁から 返事の文が届いた。
 一夜も過ごしたことのない男に 花魁から 文が届くなど異例のことだ。
 呼び出されたのは 昨秋の 茶室の昼下がりだった。

 まだ、風が かなり冷たく、それでも 町の木々は 新緑が濃くなってきている。
「重なる文を いただいて 感謝しとります。ですが、蓮太さんのお気持ちは 申し訳ありんすが
 お受けできませんのでありんす」

 茶碗を眺めたまま 発せられた 拒絶の言葉は 蓮太を凍りつかせた。
「何故なら、あんたさんを思い続けている 英桜(ゆすら)の心を踏みにじることになるからでありんす」
「英桜(ゆすら)……うめさんですか」
「英桜(ゆすら)の想いは わちき、よう知ってありんす。妹新造として 可愛がったあの娘の 思い人と
 遊ぶわけにも契るわけにもまいりませんのでありんす。これが わちきの誇りでありんす」
 (うめとのことを お見通しだ)
 蓮太の中で がくんと何かが くずおれた。
「かというて、無理やり 英桜(ゆすら)と夫婦(めおと)に なるように、と 勧めているわけでは ありませんのえ。
蓮太さん、あんたさんのご意志が ありますから。それまで わちきに止めることはできないのでありんす」

 花魁は 言葉を切ってから 笑みを くゆらせた。
鉄漿(おはぐろ)の口元が 優しい。
(ああ、このお人は……)
 蓮太の心に 温かいものが広がった。
(このお人は 本当に 人の心を思いやる心を持った おなごさんだ。
だから人の心の痛みがよくわかるのだろう)


(そしてこんな温かい心を持った人が、生まれが貧しい家というだけで 遊郭に売られてきて 
世の中と 引き離された世界で 生きて、この先 どうなるかわからない厳しい世に生きていかなければならんとは、
己が身のことを比較しても いったい 誰を怨めばいいのか―――。

どういう境遇で 生まれ育ったのか、尋ねるのは 憚られた。

夜の遊郭 吉原



 その夜も 遅い春の冷え込みなど お構いなし、遊郭は 夜更けまで賑わいを見せていた。
 人々の笑いさざめき、酒の匂いに背を向けて、蓮太は 冷たい夜風に吹かれて歩き続けた。
 存在を否定されて 産まれてきた身には その引け目が一生、つきまとうだろう。
 だが、これを 糧(かて)に変えて わしの生き様は 強いものにしていかねば―――。

蓮 宇治にて

写真集より 横顔


 根なし草なら、根なし草なりの誇りを持って――――。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

           結

 男文字の上に 涙がぽとりぽとりと 落ちる。蓮太からの文を玉椿が握りしめて こぶしを震わせていた。

 くすり指で 塗った紅に さわり、文の文字をなぞらえると 曙の色のように 涙でにじんでいく。


 禿(かむろ)が 心配そうに 切りそろえた前髪の下から 大きな瞳で見上げ、
「花魁姐さん、哀しいことが ありんすか」
「し、心配することはないのでありんす……」
 玉椿は 平静を装ったが 涙が止まらない。

(なんで…… 蓮太という人は わちきが 全身全霊を捧げたいと思うた人に、あないに 瓜二つなんで ありんすか) 煙管を持った 花魁



(戦で とうに 亡くなってしもうたお人に……。あの方の生まれ変わりやったら どんなに嬉しいか――――。
 神様は 意地悪でありんす、六郎さん……)

 柄杓を ぴしゃりと床の間に 投げつけたとたん、花籠から薄紅、八重咲の椿が一輪、ぽとりと落ちた。

茶道の花籠 椿


『 いつも、凛と気高くしていてほしい―――。一輪の椿のように 』
 若々しい声が 頭の奥に響き、
 急いで 掌に 落ちた椿を拾いあげる。
 花は 薄紅の 花びらを なんと孤高に 耀かせていることか。

宇治の椿


「あい……、主(ぬし)さま………」

 朱をほどこした目頭を拭って 玉椿は 頭を上げた。

                          完


<イメージ>

 蓮太――――― 三浦春馬
 玉椿――――― 仲間由紀恵
 英桜(ゆすら)―――― 有村架純

 

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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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