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浪漫@kaido kanata

. 「遠雷 去らず」 第1回

     ま え が き

 理由もなく、詳しくもないのに、なんとなく好きな鎌倉~室町時代の資料を当たっていたら、
鎌倉幕府の御家人、三浦一族に出会ってしまいました。
ソッコー、その中の三浦三郎光村という人物に惹かれました。
 何故かというと、最後まで読んで下さるとお解かりになるでしょう。
 無い知識を振り絞り、妄想半分以上で補った作品です。




「遠雷去らず」


    序

鎌倉鶴岡八幡宮 3 桜



頭上には若葉の天井が広がっている。
 だというのに、どこかから枯葉が騎乗している黒鹿毛の愛馬の紫の紐を編み込んだたてがみにはらはらと舞い落ちてきた。

馬 青毛

 光村の脳裏に幼き日のことが甦っていた。
 広大な鶴岡八幡宮の境内、掃いても掃いても、降るように落ちてくる銀杏の鮮やかな黄色い落ち葉。
 疲れてぼんやりしていると、先輩の若い修行僧の叱咤が飛んでくる。
「これ、駒若丸、何をぼんやりしておる」
 駒若丸は、はっと我に返り、冷たくなった手に息を吹きかけ、小さな手で竹箒を握りなおす。
 僧侶になれと父親から命令され、鶴岡八幡宮、北条家の公暁の元で修行はしているが、まだ俗世のなりのままだ。
 耳の奥から母親の言葉が響いてくる。
「御身は由緒正しき、鎌倉将軍家創立の時代からの祖を持つ一族の流れを継ぐ三浦一族の嫡流、三浦義村の四男。しっかりお勤めしてくるのですよ」
 黒髪豊かな、まだ美しい母親は涙をためて幼い小素襖(こすおう)姿の愛息の両頬を白い手で包み込んだ。



 時は鎌倉末期。
 鎌倉北条氏の初代と主張した執権、北条泰時が政事の実権を握っていた。
 泰時の父の法名は『得宗』といい、以降代々の北条氏の家督は『得宗』と呼ばれ、その家系は『得宗家』となった。
 対立したのは、泰時の弟、名越(なごえ)流、北条朝時(ともとき)である。真の初代は時政であると主張、また泰時は同族のうちに対立者を持っていた。幕府の御家人のうち幕閣最大の豪族、三浦氏である。
 駒若丸―――後の三浦三郎光村はその一族に生を受けた。
          



 第 一 章


一二一三年(建保元年)、三浦氏と祖を同じくする和田氏が乱を起こした。しかし、失敗に終わり、和田氏は滅ぼされる。
 和田義盛が任ぜられていた幕府の侍所の別当の職が北条義時のものとなり、御家人動員の権限が北条氏の手に握られてしまった。
 乱後、鎌倉に西北方で隣接する相楽山山荘が北条氏領になった。後に言われる和田合戦である。
 これで「いざ鎌倉」という時、北条はすぐに鎌倉内に麾下(きか)の兵力を入れることができる。
 その噂は、幼い駒若丸にも自然と耳に入った。深刻であることは、こども心にもよく感じ取れた。
 執権、北条氏と三浦氏との対立が本格化したことを意味するのである。

一二一八年(健保六年 九月)、十三歳となっていた駒若丸は、三浦一族としての自分の立場をはっきり自覚していた。
(このまま公暁様の元で門弟でいていいのだろうか)
 と、焦りを覚えていた時のことである。
 日課である廊下拭きの最中に、同じく門弟として出仕している他家の少年たちの談笑が耳に入った。
「名越(なごえ)と三浦はとうてい『得宗家』には逆らえないのに、ムダなあがきをしておるそうな」
「ネズミが獅子に歯向かうようなものだな」
 思わず、カッとなった駒若丸は、少年たちに歩み寄るなり、ふたりの少年を殴りつけた。
「三浦の悪口だけは許さんぞっ」
「何を生意気なっ、本当のことを言うたまでのこと」
 相手の少年も殴り返し、廊下の欄干に後頭部を打ちつけた駒若丸は、よけい頭に血が昇った。
 三人が乱闘になったところへ、それに気づいた若い修行僧も何人か駆けつけて止めに入り、騒ぎは大きくなった。


 直後、駒若丸は、鶴岡八幡宮への出仕を停止させられた。
 機会が悪かった。騒ぎは将軍御所での歌会の最中だったのである。
出仕停止命令は、あくまで穏やかなものであったが、公暁の怒りを買ったことは間違いない。


 ある日、幼い駒若丸は仕えている別当の、公暁の側近に呼び出された。
 黒光りした、ひんやり感じる廊下を素足で歩き、座敷の一角に着くと、側近がドジョウヒゲをいじりながら待ち受けていた。
「来たか、駒若丸」
「はい」
 駒若丸は長い黒髪を束ねた姿で行儀よく座った。
「御身の家から、戻るよう書状が届いた」
「えっ、それは誠でございますか」
「そろそろ元服もせねばなるまい。御身はよう仕えてくれたと公暁様も仰せであった。三浦の本家でお父上、お母上もお待ちかねじゃ」
 駒若丸の眼がいっそうきらきら輝いた。これで、僧侶とならなくて済む。
「長きに渡りお世話になりました。こちらでの修行の日々とご恩、この駒若、一生忘れは致しませぬ」
 急いで身の周りの物を荷造りして数人の供を連れ、懐かしい生家への道を辿り、三浦家へ戻ったのは、もう夕刻であった。すぐに父親の義村の呼び出しを受けた。

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. 「遠雷 去らず」第2回

 義村は歴戦の武者である。が、いかつい容貌の中にも瞳の奥に愛息を眺めるまなざしの中に優しさが満ち溢れている。
「駒若よ、長きにわたる修行と出仕、ご苦労であったの。」
 傍らに座する母親もその美貌変わらず、溢れる涙を袂で押さえている。
「父上、母上、駒若、ただいま戻りましてございます。ご健勝のご様子、何よりと存じます」
 駒若丸は頭を下げた。頬で切りそろえた髪もサラリと顔面を覆って落ちる。
「此度の乱闘騒ぎ、面目次第もございませぬ」
「それは、気にせすともよい。そちは三浦の名誉のためにやんちゃを仕出かしたらしいではないか。少し見ぬ間に、やや大人になったようじゃな」
 兄の泰村が足音も高く入ってきた。
 この兄は、駒若丸にとり幼き頃より頻繁に八幡宮の公暁家にも書状をくれた弟思いの男である。同腹ということもあり、駒若丸は父と共に全信頼を置いている。
「駒若、ずいぶんと成長したではないか。他家での修行もムダではなかったようじゃな」
「兄上のお役に立てるよう、ここ数年、精進してまいりました」
「よう言うた」
 兄の泰村は日焼けした顔で相好を崩し、しげしげと弟を見やった。
「そちはいつの間にやら武芸だけでなく、琴にも長けていると評判であるそうではないか」
「そのような、とんでもございませんぬ。若輩者の私など」
「ううむ、この上はすぐにでも元服させねばなりませぬな、父上」
泰村は父の義村に言った。
 誰にも異存は無かった。
 さっそく、駒若丸の元服の手配となり、暦師が呼ばれ、日程も決まった。


 当日、駒若丸の長い髪は切り落とされて結いあげられ、少年の衣とも別れ、正装の直垂(ひたたれ)を身につけた。金糸銀糸の刺繍が入った素晴らしい衣装である。


元服

 名も三郎光村と改められた。
 光村となった駒若丸は、侍女から鏡を見せられた自分の姿を見て、少し照れくさく思ったが、これで一段大人になれたと思うと心が熱くなった。





        第 二 章



 一二一九年一月二十七日のことである。
 将軍、実朝、右大臣拝賀のために鶴岡八幡宮へ社参した折、別当の公暁が執権、北条実朝を殺害。
自身も直後に殺害される。
 この時、光村はまだ十四歳。かつて仕えていた公暁が、まさかこんな暴挙に出るとは、衝撃は隠せなかった。

 一二一九年、承久の乱、勃発。
 光村にしてみれば、この大乱は父の泰時の時代のことであるが、この乱を抜きにして鎌倉史は語れぬと判断したので、簡略に書き添えておく。

 三代将軍、源実朝が甥の公暁に暗殺された。
「官打ち」(身分不相応な位に登ると不幸になるという考え)などの呪詛、調伏の効果であり、後鳥羽上皇は実朝の死を聞いて喜悦したという。
 後鳥羽上皇は武家政権との対立ではなく当初は公武融和による政治を図っており、そのために実朝の位を進め優遇していたとの見方が強い。
 彼の将軍継嗣問題については、諸説あり。
 彼は三浦義村をはじめ幕府の有力御家人には格別の院宣を添えて使者を鎌倉へ送った。特に三浦義村については弟の胤義が、
「実朝後継の日本総追捕使に任ずるようなら必ず味方しよう」と約束しており、おおいに期待されていた。

 同年五月十四日、後鳥羽上皇は「流鏑馬揃え」を口実に諸国の兵を集め、北面、西面の武士や近国の武士、大番役の在京の武士千七百騎が集まった。


鶴岡八幡宮 流鏑馬 1

 上皇はさらに、諸国の御家人、守護、地頭らに北条義時追討の院宣を発する。同時に近国の関所を固めさせた。
 京方は院宣の効果を絶対視しており、諸国の武士はこぞって味方すると確信した。
 上皇、挙兵である。

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. 「遠雷 去らず」第3回

 対して、幕府の方も手をこまねいてはいなかった。
 北条政子の名演説は有名である。


鎌倉時代の上流女性。

(尼姿の思うような画像が見つからないので、これで勘弁してください)

『故、右大将(頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深いはずだ。逆臣の讒言(ざんげん)により非義の論旨が下された。秀康、胤義を討ち取り、亡き三代将軍の遺跡を全うせよ。院に味方したい者は、直ちにその旨を述べて参じるがよい』
 この、政子の口角泡を飛ばした、眼を血走らせ、涙を迸らせた叫びに近い演説で、幕府は御家人を結集させることに成功する。
 出撃が政子によって発せられ、京方と幕府軍は激突の上、各地で大乱戦となった。
 結局、京方が破れ、後鳥羽上皇は隠岐島、順徳上皇は佐渡にそれぞれ配流された。それぞれ上皇に味方した公家らも処分され、後堀河天皇、即位。
 西園寺公経が内大臣に任じられ、朝廷を主導することになる。
 京方の公家、武士の所領の膨大な地域は没収され、幕府方の御家人に分け与えられた。
 これが「承久の乱」の概要である。
 つまり、三浦義村は両軍を手玉に取り、生き逃れたと言えようか。



 一二二三年、、光村は父親に呼ばれた。
 秋も深まり、空の蒼が深くなった頃である。
 父の義村は、息子を近くに呼び寄せ、扇を口元にあてて小さい声で言った。
「実はな、そちに藤原三寅公の近習にならぬかという話がまいっておるのじゃ」
 思いがけない言葉だった。
「藤原三寅公……ですか」
 藤原三寅といえば、光村より十三歳ほど年上で、二歳の時に京から鎌倉へ次期将軍として京の九条家より迎え入れられた青年である。
 京の九条家、道家と西園寺家の娘、倫子(りんこ)の子として生まれた。
 健保七年(一二一九年)源実朝が暗殺された後、鎌倉幕府は皇族を将軍に迎えようとして、有力御家人一同が連署した上奏文を携えた使者を送ったが、後鳥羽上皇に強行に拒否される。そのため、源頼朝の同母妹(坊門姫)の曾孫にあたる頼経が鎌倉に迎えいれられたのである。
 光村は他家へ修行中も政情の噂は幼い頃からよく耳に入れていた。
「そうじゃ。そちもよう存知おろう」
「北条義時どのと政子どのの担ぎ出された傀儡(かいらい)将軍になられるお方ですね」
「これっ!そう、はっきり申すでないっ」
 父親は顔をしかめた。
「私がその三寅公の近習に?」
『得宗家』執権政治に対する勢力である三浦氏にとっての画策であることは推測できた。少しでも『得宗家』の反勢力の力を強めたいのだ。


 有無を言わせず、三寅の屋敷へ参上する日が段取りされた。
 出仕するのは光村だけでなく、北条高時、結城朝広という少年も同時だった。
 光村は生まれて初めて訪れる豪壮な建物に緊張しながらも駕籠から降り、玄関へ一歩踏み込んだ。
 三人の少年は長い廊下を何度も曲がり、主の小さめな謁見室へ通されるとしわぶきひとつ立てずかしこまって座った。
 やがて三寅が奥から現われたので、三人は平伏した。
 光村がそっと眼を上げると、三寅は細身の青年である。いかにも御曹司という涼やかな目元の風貌だ。
「これはこれは、三人ともまだまだ若いのう。その方は」
「三浦三郎光村と申します」
 光村は固くなってもう一度頭を下げた。
「余の名の由来を存じておるか?寅年、寅の日、寅の刻生まれだからじゃそうな、三寅という」
 三寅は豪快に笑った。塊儡将軍にさせられる人間と思えぬ明るさと爽やかさを併せ持っている。
「どうじゃ、その方ら、余の近習になる覚悟はできておるか?引き返すなら今のうちじゃぞ」
 青年らは、やや躊躇の色を見せたが、光村だけは迷うことなくかしずいた。
「公の仰せのままに」
 心から、そう思った。この好青年との出逢いは、宿命を意味しているものと、不思議にも光村は感じ取っていた。


 それからは何かというと、三寅は光村を三人の新参の近習から特に供に連れ出し、公私ともに過ごした。どうやら三寅も光村の素直な気質を気に入った様子である。
 程なくして、尼将軍、北条政子から三寅に書状が届いた。
 それは、三寅から次期将軍としての権限をいっそう削り取る命の権限だった。
 三寅は、形相を変え、いかにも忌々しそうに光村の目の前でそれを破り捨てた。
「九条家と西園寺家からの援助を一切断ち切れだと!?あの女ギツネめ!」
 両家共に、三寅の父母の出身家である。そうしてまで尼将軍は、傀儡将軍をより堅実に自らの手足にしたいらしい。
 三寅の自尊心の傷つきようも、光村には、よく感じられた。
 しかし、尼将軍からの書状を破り捨てた行為は、他の家臣一同もはっきり目撃している。
(まずい)
 そう思った光村は、咄嗟に言い放った。
「今、この書状を破り捨てたのは、この三浦三郎光村である!短気ゆえの不始末じゃ!皆の衆もその目で確かめられましたな!!」
 光村の迫力に、家臣たちは度肝を抜かれて、後になってその底にある光村の気持ちを察したのだった。

 後日、それを耳にした三寅は短慮だった自らを責め、いっそう光村を信頼するようになった。

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. 「遠雷 去らず」第4回

 やがて、一二二五年、(嘉禄元年)三寅はようやく元服することとなる。
 凛々しい公達の誕生を光村は誇らしく思った。




 幕府成立より半世紀あまり、すでに鎌倉は、京と並ぶ大都会に発展していた。
 南北に通ずる若宮大路が中心だったが、仁治元年からの二年間に泰時が開削させた小袋(巨福呂)坂路と六浦路とが、鶴岡八幡宮を横断していた。


 その頃には、頼朝時代の大蔵御所から若宮大路に西面する宇津宮幕府に変わっていた。
 大きな変化が生じたのは、商業の飛躍的な発展である。
 宗銭が普及し、日本中に貨幣経済と商品流通が行われた。
 鎌倉でも、大町、小町、米町、亀ケ辻、和賀江、大倉辻、化粧(けわい)坂などに小町屋(商店街)などが設けられ、和賀江港には宗國の船も入港するようになった。
 この商業の急速な発展は、土地経済に基礎を置く武士階級に大打撃を与えた。

 執権、北条泰時も、御所内でこぼしていた。
「中小の御家人の中には、甲冑、太刀、馬の他、所領所蔵まで質入れして請け出せず、お足を持たない無足となるものも現れたらしいではないか」
 そう洩らしては、ため息をついた。
 家臣たちは、動揺を禁じえなかった。
「目を見張る現状に喜んでばかりもられませぬな。商人ばかりが栄えるというのも困ったものですなあ」
 泰時は必死で手を尽くして銭貨の流通を禁じようとした。
 その跡を継いだ経時も、小町屋を制限するなどして商業の発展を阻止しようとしたが、成功するわけがない。
 対処法はふたつあった。
 ひとつ、かつての源氏三代のような将軍独裁制に立ち戻る。
 ふたつ、さらに北条氏、『得宗家』に権力を付与する。
 三浦一族、名越一族、将軍、頼経らは、ひとつ目の策を推す。
 それが又、北条氏『得宗家』との対立を招き、両家は反得宗家の陰謀一派にならざるを得なくなった。

 同じ頃、執権、北条泰時は名越、小坪路などの切り通しの整備も行う。

鎌倉大仏坂切り通し


鎌倉化粧坂切り通し 1

 鎌倉の東南方で三浦半島に通ずるものである。すなわち敵を阻むためのものである。山の尾根を切断して土橋で結んだ掘割、丘陵の外辺を垂直に切り落とした切岸。攻撃軍が終結したところを崖上から巨岩大木を投げ落とすための平場、幾重にも直角に路を曲げた虎口と置石を巧妙に複合させた空洞など、多くの工事を行った。
 三浦一族に反乱を起こされた場合の措置である。



 三浦一族の方では、半島内に多くの城砦を構えることで対応した。
 元からあった衣笠城、佐原城、沼田(ぬた)城などの他に鎧摺(あぶすり)城、平作城、神金城、芦名城、小矢部(こやべ)城、大矢部(おおやべ)城などを築城した。



        第 三 章


翌年の一二二六年(嘉禄二年)には、頼経は将軍宣下により、七年間の将軍不在の時期を経て、ようやく第四代将軍となる。
 光村はすべての儀式に近習として仕え、夢中で役務をこなした。
(この方をいつまでも傀儡(かいらい)将軍などと、呼ばせはせぬ)
 光村の胸の奥に、頼経が将軍として、眼前で多くの家臣にかしずかれる様を見るほどに、その思いは強くなっていく。


 やがて頼経は、一二三〇年、二代将軍、源頼家の娘の竹御所(たけのごしょ)、鞠子姫を妻に迎えることになる。
「十五も年上の姫じゃそうな」
 頼経は簀(すのこ)からぼんやりと秋の庭を眺めて後ろに控える光村に洩らした。
「二代将軍、源の頼家殿の姫であられるそうですね」
「幼き頃より尼将軍どのの言いなりになるのは仕方ないと諦めていたが、政略結婚もよいところじゃ」
 光村はどう言葉をかけてよいか解からなかった。虚しく聞こえると思ったが言ってみた。
「しかし姫さまには、何の罪もございませぬ。きっと温和な方であると信じてお迎えなされては?」
「そうじゃの。竹御所どのこそこんな年下の傀儡(かいらい)将軍の元へ嫁いでくることになりがっかりしていることであろう」
「そ、そういうことでは……」
「光村、その方の申したきことは解かっておる。余の婚儀が済んだら、その方も妻帯せい」
 頼家は目を輝かせて振り向いた。
「は!?」
「ちょうど良き相手がおる。鳥羽院の北面、藤原能茂の姫御前じゃ。歳もちょうどその方とつり合うわ、美貌だと評判じゃぞ」
 唐突なことに、光村は唖然としたが、やがて庭に真っ赤になったもみじを見つめてから主に向き直った。

鎌倉の紅い紅葉

 藤原能茂といえば、承久の乱で破れ、流されたが後に赦免され出家した武士である。さて、三浦一族の力になれるかどうか。
「どうぞ、頼経さまの御胸のままに」

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. 「遠雷 去らず」第5回

 父、藤原能茂より呼び出された、千草は自分の居室に戻るなり、へなへなと力が抜けたように座り込んだ。
「姫さま……?」
 乳母の葉山が心配そうに顔色を窺う。


鎌倉武家女子 袿、袴姿

「父上から三浦家へ嫁ぐようにとのお話があった」
「三浦家ですと。あの『得宗家』に反抗しようとしている、あの三浦一族でございますか。で、お相手は」
「当主、義村さまの四男の三郎光村どのじゃそうな。頼経さまの近習に参上されておられるとか」
 利発そうな瞳が不安を隠せずに曇っていた。
 雪のような肌に、鬢そぎの儀式を終えたばかりの黒髪が富士額で振り分けられて咲き初めた薄紅の薔薇(しょうび)のようである。小袖も同じく薄紅の艶やかなものだ。
「あの『得宗家』に敵対する……。そのような一族に大切な姫さまがお興し入れされるなどと。姫さまはまだ十三歳になられたばかり」
 乳母の顔も曇っていた。
「なんでも短気で、幼少の頃、亡き公暁さまの歌会の最中にひと悶着起こしたとか」
 それまで日陰になっていた部屋に、陽光が射し込み、にわかに明るくなった。
 千草姫は立ち上がって、障子を開けた。
 中庭の新緑は陽の光を浴びて輝いている。
「頼経さまからのお話であれば、それも私の宿世(すくせ)でしょう」
 その横顔は凛としている。
 姫のそういう表情は、決心が固いことを、乳母の葉山はよく知っている。
「潔く三浦家へ嫁ぐといたしましょう」
「姫さま、何が起ころうと、どこまでもご一緒いたしますぞ」
 千草姫は、つぶらな瞳で乳母を振り返ってにっこり笑った。


 光村の婚儀が執り行われたのは、実朝、殺害の騒ぎがようやく治まった、その年の暮れであった。
 花嫁、藤原能茂の息女の千草姫の乗った輿が、厳かに三浦家本家に到着する。
 それまでに、それなりの花嫁道具が大量に運び込まれていた。


 玄関の脇で、覗き見していた光村の身の周りの世話をする仙吉が頬を紅潮させて廊下を駆けてきた。
「殿、それは美しい花嫁御料でございますぞ」
「お前は早くも見てきたのか。しようのない奴」
 光村もすっかり婚儀の身支度を整えて、侍女にかしずかれている。
「きっと殿とお似合いのご夫婦となられましょうぞ」
「夫婦などと、まだ十三歳の少女ではないか」
「世間では珍しくもなんともありませぬぞ」
「いや、そうは言うても、さぞ不安であろう。私も守ってやれるほどの器でも鷹揚さも持ち合わせていない」
 光村は深いため息をついた。


 両親や親族、家臣、そして花嫁についてきた侍女たちの見守る中、婚儀は滞りなく進められた。
 光村に続いて誓いの酒を注がれた姫は、袖から少しだけ細く白い指を出して盃を手にした。
 光村は初めて花嫁の横顔を見た。鬢削ぎの儀式を終えたばかりであろう、整えられた黒髪は蝋燭の灯りに反射して濡れたように輝き、少し突き出た額は、まだ幼く、伏目がちだにしている目は、睫毛が濃くて、今まで見てきた侍女たちの誰よりも気高く見えた。
 宴は三日三晩続けられた。


 やっとふたりだけの時を迎えられたのは、宴の興奮覚めやらずの夜であった。
 光村が閨室に入ると、幼い花嫁は褥(しとね)の傍らに純白の夜衣姿で固くなって正座していた。
 光村に気づいて手をついて頭を下げる。
「ああ、疲れたな。皆、調子に乗ると酒がすぎてしまう。そなたも疲れたでしょう。そう固くならずに、もう休まれたがよい」
 そう言うなり、光村は褥(しとね)の上に大の字になった。
 千草姫は、驚いた様子だったが、
「ふつつか者ではございますが、末長うよろしゅうお願いいたします」
 声が震えながらも型どおりの挨拶を真剣に済ませた。
「そなた……」光村は上半身を起こした。「婚儀の時は真っ赤な紅をさしておったが、その何もない桜色の唇が」
 そこまで言って、光村も顔がほてるのを感じた。
「私こそよろしく頼む。まだまだ年若だが、こうして夫婦となったからには、何かの縁(えにし)で結ばれているのであろう。共に生きてくれるか」
「……はい」
 光村の指がそっと姫の頤(おとがい)を持ち上げようとした。
「殿、今、申し上げたき儀がございます」
 恥らっているとばかり思っていた新妻が急に改まった声で言ったので、光村の手は止まり、思わず息を飲んだ。
「何じゃ?申してみよ」
 姫は畳に眼を落としたまま、
「正直に申し上げます。殿とのご縁談を聞かされた折、父は私に申しました。『藤原とて生き残らねばならぬ。『得宗家』から睨まれるような事になりとうはない。よってお前は三浦の家へ嫁いでも逐一情勢を父に報せよ』と」


几帳


花駕籠(イラスト)

 沈黙が落ちた。灯が微かに揺れる。
 光村は、ふと苦笑いし、
「して、いかがするつもりじゃ」
「私のような女子(おなご)が世の情勢を屋敷の奥に居て知ることができましょうか。
それでも、生まれた家が滅びるようなことになるのは悲しいことでございます」
「……で?」
 姫は顔を上げて真っ直ぐに良人となった男に視線を向けた。
「先ほどまで生家のために父に尽力しようと思うておりましたが、殿とお会いして心が決まりました。私はもう三浦に嫁した人間。藤原のことは忘れましょうと」
「ふ……」
 光村は口の端を持ち上げてもう一度笑った。
「一応、信じておくとしよう」
 そして、もう一度、白いおとがいを持ち上げ、桜貝のような唇に口づけた。

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. 「遠雷 去らず」第6回

 三浦家本家とは、別に屋敷も建てられ中庭には四季折々に花を咲かせる植木が植えられ、散策するふたりの仲睦まじい姿が見られた。

武家屋敷(



 蝉の啼く声がかまびすしい頃、光村は出仕していた頼経の将軍御所から自分の屋敷に戻った。
 千草姫は、青ざめた顔でげんなりと脇息にもたれかかっていたが、廊下を急いでやってきた光村に驚いて席を譲ろうとした。
「これは、急なお戻り。お帰りなさいませ」
「ああ、そのままに」光村は侍女たちにも構わず愛妻の元へいざりよった。「具合が悪いそうではないか。暑気中りか」
「い、いいえ」姫はやや頬を赤らめ帯の下辺りに手をやった。「どうやら殿のやや様が悪さをしているようでございます」
 一瞬、光村は瞬きだけで何も言えなかった。
「な、何と申した」
「奥方様はご懐妊あそばされたのでございますよ」
 背後から千草姫の乳母である葉山が言い添えた。
 光村はまじまじと妻を見つめ、
「誠か」
 姫はこっくりとした。
「そうか……」
 光村の胸にたちまち、生まれて初めての感激が満ちた。
 自分が人の父親になる。嬉しいが不思議な気持ちであった。
「で、気分が良くないのか?食は進まぬか?」
「果物でしたら、少しは」
「充分、養生してよい子を産むがよい。強いて男子とは申さぬ。葉山、頼むぞ」
 白髪混じりの乳母は平伏した。


 翌、早春、千草姫は美しい姫を産み落とした。光村がやっと十七歳の時である。

ピンクの梅



赤ちゃん授乳

「どうじゃ、光村。父親になった気分は」
 三浦本家でのひと通りの祝いの儀式が終わると、頼経が待ち構えていた。
「一度抱いただけですので、まだまだ人形のようで」
 頼経は声高に笑った。
「余も初めての子を抱いた時はそういうものだった。側室の産んだ子だが」
 頼経には正妻竹御所との間に子は成していなかったが、側室はこの後も産み続け、
三人の男子をもうけている。


      第 四 章


やがて、一二三七年
 頼経は将軍として御家人たちを伴って上洛することになった。
 無論、近習のひとりとして光村も同道する。


 出立の日に、本家で挨拶を済ませた後、玄関に父の義村と、母と兄の泰村が送り出してくれた。
「しっかり務めを果たしてくるのだぞ」
 父親は息子の肩をがっしりと両手でつかみ、力づけた。
「はい。父上、母上、兄上のご期待に添う所存にございます。千草と幼き姫を宜しくお願いいたします」
 光村はそう言い残すと、鎌倉を出立した。
 摂家将軍とはいえ、かなりの行列の長さだった。

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. 「遠雷 去らず」第7回

 京へはひと月近くの行程である。


豪華な駕籠


派手な武士行列

 東海道を下ったが、やはり人里に出ると一行はほっとする様子だ。
 頼経の駕籠は何事も無いか、確認してから、今夜の旅籠を探すよう配下の者に命じていると、光村の側仕えの仙吉が走り寄ってきた。
「もう日も暮れましょう。この人里は旅籠も数がありそうですから、皆様ごゆるりと休むことができましょう」
 仙吉は、なかなか目端の利く男である。

地蔵の並ぶ夕暮れ

 馬から下りて休んでいると、何やら賑やかな音色が漂ってきた。
「人形使いの集団でしょう」
 小柄な仙吉が人だかりの方をこちらから背伸びして見ようとしているのが、面白い。
「面白そうだ。もう少し近寄って見てみよう」
「あっ、殿のお目にされるような者らではございませぬ。卑しき身分の輩でございますゆえ」
「なに、構うものか」
 光村は白い歯を見せて笑った。
 幼い頃から別当職の公暁の家に預けられた光村には、庶民の暮らしが珍しいのだ。
「人形使い」の集団は、商人や旅人に囲まれて夕暮れの薄紫の中、見たことのない小太鼓や笛が混ざり合った古びた操り人形を自在に独特な旋律に合わせて男女数人が動かしている。さすがに見せ者たちだけあって、庶民のような質素すぎる色の着物は召していないが、どう見ても高貴とは言えない。
 どうやら中心になって人形を操っているのは、白粉(おしろい)を塗りたくった年齢のいった女で真紅の衣装から時々見え隠れする白い胸元がしどけない。
 集団の中に巫女のような鈴を打ち鳴らしている少女がいるのに、光村は気づいた。
 まだ、十二、三歳か、白粉は塗って、派手な着物を着せられているが、裸足だった。
 このような中にいてさえ、利発そうな目の輝き、ぬばたまの髪は額のところで切りそろえてあり、鼻筋も通っていて唇は椿より赤い。将来の美しさは隠せない。
「仙吉」光村は呼び、「あの者をこれへ」少女に目をあてたまま言った。

鎌倉 直垂姿(武士の礼服)



 恐る恐る、将軍家一行の中の三浦光村の宿へ出向いてきたのは、その少女と狡猾そうな痩せた男である。
「殿さま、この娘がお気に召しましたか」
 光村が何も答えず小さくなっている少女を見つめているのに気づき、
「へっへ、こいつぁ、ヤボなことをお聞きしてしまいました。どうぞ置いてまいりますのでお好きに」
 懐の金子の重さを確かめながら、男が去った後も少女は切りそろえた前髪の下から、光村を睨みつけ、下唇をかみ締めたままである。
「どうした、何もとって喰ったりはせぬぞ」
 光村が笑いながら言うと、やっと少女の表情が少しほぐれたようである。やや刺々しいのは仕方あるまい。
「殿さまはいくらで、あたいを買われたのじゃ」
 面食らったが、それが世間のやり取りなのだ、と光村は悟った。
「あたいに何をお望みじゃ」
「何も。そなたの名さえ聞けばよい」
 今度は少女の方が驚いたようである。
「な……なづなです」
「なづなか。可憐な白い花の名だな。よし、京まで共についてまいれ」
 少女は目が飛び出さんばかりに驚いた。
「もう、お主の親方には口出しできぬ。心配には及ばぬ。ただ私の側におればよい。もう一度言うておくが、取って喰ったりはせぬ」
 こうして光村は強引に少女の身柄を京への一行に加えた。


 京に、藤原頼経将軍一行が到着したのは、それから程なくのことであった。
 光村は、鎌倉とはまったく違う壮大な町並みに圧倒された。
 これが、十数年前、荒れに荒れたと聞く承久の乱の跡とは思えぬ荘厳さであった。
 都大路の広いこと、大きな神社仏閣、特に寺には高い何十層もの塔がそびえ立ち、その煌びやかさが鎌倉の東国特有のもののふ達の誇る豪壮な建物とは、対照的である。

 まず、光村は京の公家屋敷への頼経の供として訪れたが緊張を隠せなかった。京式のしかも公家での歓待は、気遣いばかりで神経が磨り減った。
 頼経の母方の西園寺家でも同様であった。
 格式ばかりのこんな世界から早く脱したい気持ちばかりが募った。
 しかし、当の頼経は血筋の者や旧知の者との再会を喜び、何度も宴に招かれた。
 しかも、この時、頼経は権代納言に任じられ、宴の回数はますます多くなった。

 しかし、京の町は荒れ荒んでいた。
 立派なのは御所と寺社仏閣と都大路のみ。庶民は貧困と疫病に苦しみ、夜盗の噂も後を断たなかった。
 頼経の供をして、すっかり憔悴した光村はそれでも逗留している武家屋敷の一角に戻ると必ずなづなを訪ねた。
 少女はすっかり自分の運命をこの見知らぬ武士に委ねた様子で、逃げ出そうともせず大人しくしている。奔放に育ったせいか、手をついて迎えるなどということはしないが、大抵、中庭の植え込みで虫や小動物相手に戯れている。

緑豊かな武家屋敷の庭

「なづな、今日は何をしていた」
 光村は廊下から声をかけた。
「退屈で仕方ないから、屋敷を抜け出して少し京の街を歩いてきました」
 ひとりで京の街へ彷徨いでるとは、危険知らずな少女だと、光村は思った。
「で、何か見つけたか」
「これ……」少女は萌黄色の小袖が汚れるのもかまわず縁の下から何かを引きずり出した。真っ白な子犬だった。

桃で遊ぶ白い子犬

「で、名前はつけたか」
「まだです」
 子犬はなづなの白い頬を舐めまわしている。
「では、駒若とでも」
「こまわか?」
「うむ」
 光村は苦笑いした。
 そして階(きざはし)に腰を下ろしてしばらく少女と共に子犬の相手をした。
 前ぶれが来て、同じ近習の結城朝広がやってきた。日焼けした顔の好漢である。同じ屋敷に逗留しているのだ。
「ははん、その方が上洛の折、途中で拾ったという美少女か」
 朝広は気のおけない親友である。
「鎌倉の奥方さまのお耳に入るとなんと思われような?」
なづなは萎縮して子犬を抱きしめた。
「そんなことは、朝広どののご深慮無用」
「では、わしが、その少女をもらいうけようか。見事な黒髪と麗しい瞳をしておる。公家の姫というても皆、信じようぞ」
「だから、見せ物師から買い取ったのだ」
「いつまで観賞用に置いておくつもりかな」
「観賞用だけではない。こうして何も考えず戯れていると、『得宗家』の目論見や陰謀、京での窮屈な滞在も癒される」
「これは、ますます奥方さまに書状をしたためぬとな」
「朝広どの!」
 光村が真顔になって言うと、朝広は声高に笑いながら踵を返していった。
 なづなは心細げに小さな声で尋ねた。
「あたいは鎌倉へ行くのですか」
「嫌か?」
 なづなはかぶりを振り、肩までの髪が少々乱れた。
「あたい、殿様のお側にいたい。でも、その奥方さまは」
「心配は要らぬ。妻の千草は心優しき女性(にょしょう)じゃ」


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. 「遠雷 去らず」第8回



       第 五 章


 実は、頼経上洛と共に、光村も険非違使にも任命されていた。
 無論、頼経も承知の上である。
 しばらくは、京に留まって任務につかなければならない。
「その方なら無事に任務を遂行して戻るであろう。余はひと足先に鎌倉へ戻るが、おおいに励むがよい」
 この主の言葉に、光村は腹を据えた。
 険非違使庁に毎日、出仕して務めに励む日が続く。
 だが、この荒れすさんだ京の街をどこから手をつけて若輩者、その上、よそ者の自分がどれだけの功績を上げられるのか、途方に暮れた。
 毎日、些細な事柄に対処していくしか仕方がない。
 生来、短気な光村は、自らがじれじれといたたまれぬ焦燥を抱いているのを感じながらも、どうすることもできなかった。
 毎日の任務だけでも、げんなりするほどの量であるのに、不快な風聞が耳に入ってきた。

 光村を最初に怪訝にさせたのは、周囲からの刺すような視線である。どうも、不愉快極まりない。
 同僚の信頼できそうな武士に尋ねてみた。
「皆、私のことを毛嫌いしているような気がしてならぬ」
「気のせいであろう」
「教えてくれ、そなたを信じて尋ねている。我ら三浦一族の者は、この険非違使庁では、どう思われているのか」
 何度も話をはぐらかそうとした同僚だったが、ついに根負けして白状した。
「なら、言おう。そこもとの父上、三浦義村氏は世間では『友を喰らう三浦犬』と噂しておる」
「な、なんと!?」
「あの、和田義盛の件じゃ。義村氏は和田氏に協力すると約束したが、最終的には和田氏を裏切り北条氏を援助したそうではないか。それに……」
「それに!?」
「源実朝公暗殺の際にも黒幕だったと聞く」
「なに―――!?」
 光村は目の前が真っ暗な思いに陥った。
 父、義村の考えが解からなくなった。いったい父は北条を憎んでいるのか、味方しようとしているのか、自分は彼にとり、どういう立場で動かされているのか……。それとも、三浦一族が生き残るためには仕方ない手段だったのか?今すぐにでも鎌倉へ帰り、父を問いただしたい衝動にかられた。


  『友を喰う三浦犬』


 この言葉が光村の脳裏から離れずに渦を巻いていた。
 呼応するように家路を急ぐ馬上に、秋の荒れた嵐を予感させる生暖かい強風が殴りつけるように吹いてきた。
 最初から『得宗家』に敵対する家に生まれたのだ。
 波乱に富んだ幼少時代、、話にきいている承久の乱のことも。世間から反感を買っていることも。

 しかし、この日に光村の胸に突き刺さった言葉は、どう頭を冷やそうとしても、暗澹たる思いから抜け出ることはできなかった。
 逗留している武家屋敷で、夜更けまで書物を広げる格好だけ整えて物思いに耽っていると、小さな足音が廊下をパタパタと駆けてきた。
 障子を開けてみると、なづなが驚いて白い子犬を抱きしめて立ちすくんでいた。大きい眼(まなこ)がよけい見開かれている。
「ごめんなさい。こまわかが、こちらまで駆けてきたのであたい、夢中で追っかけてきて」
 少女の最後の言葉まで、光村は言わせはしなかった。
 いきなり抱きすくめて部屋の中へ引き入れ、障子をピシャリと閉めた。


武家屋敷 室内より 障子

「殿さま……」
 子犬が驚いてどこかへ逃げていく。
 光村の力強い腕は、すでに少女の華奢な身体の自由を奪い、畳に押し倒し、甘い陽射しの香りの残る髪の香に溢れた首筋を吸っていた。
 なづなは最初、抗おうとしたが、やがて、その力は萎えた。


「殿っ!」
 仙吉の騒々しい叫びがある明け方、まだ床にいた光村を眠りから引き剥がした。
 身を起こすと、障子の向こうに仙吉の小柄な身体が映っている。
「何事じゃ」
「なづなさまのお姿がどこにも見当たりません」
「あれなら、しょっちゅう屋敷を抜け出してその辺りをうろついておる。心配はない」
「しかし、殿、お部屋には殿がご用意された小袖がきちんとたたまれて、お部屋も片付いておりますぞ」
(まさか……)
 思い当たる節がある光村は、仙吉に命じ数人の配下の者をなづなの捜索に当たらせた。


女の子 草むらの素足

 やがて、出仕していた庁から戻ると、薄汚れたなづながこまわかを抱きしめたまま、小部屋で待たされていた。
 光村は心底、安堵した。
「なづな、そう心配させるものではない。何故、黙って出ていったりしたのじゃ」
「それは…」
恨めしそうに、なづなは光村を敵意さえ含めた視線で見つめた。それは殿が胸に手を当てて考えて下さればお解かりのはず。視線はそう言っている。
「……」
 返す言葉が無かった。獲って喰ったりはせぬ、と言ったのは、光村自身である。
 しかし、戻ったなづなの姿は、貧しい小袖がドロで汚れているばかりでなく、あちこちが裂け、何がその身に起こったのか、想像に難くなかった。
「怪我はないか」
「……」
 光村を睨みつけていた、なづなの瞳がすうっと閉じられたと思うと、その場に倒れこんだ。
「なづな!」
 薬師の診立てによると、なづなは身ごもっているという。なづな自身、それに気づいて屋敷を出ようとしたのだろう。

 晩春のやや強い陽射しが包み込む座敷、肌触りの良い夜具の中でなづなは目覚めた。
 傍らには、光村が座していた。
 みとめるなり、なづなは、ぷい、と逆の方向を向いて寝返りをうった。
 光村はその前髪に手を伸ばし、艶々とした黒髪を撫でた。
「こまわかは……」
「庭でそなたの元気な姿を待っておる」
「……」
「辛い思いをさせたな。無理矢理、野の花を摘みとったのは、私の落ち度じゃ」
「殿の気まぐれで、命を得たこの子はどうなるのじゃ」
「安堵するするがよい。決して不幸にはせぬ。母子共々、鎌倉へ来るがよい」


白い子犬(少し大きい)

 やがて、焦れたこまわかが座敷に飛び込んできてなづなの頬を舐めまわした。
「これ、くすぐったいったら、こまわか!」
 光村はその様子に胸を撫で下ろして、そっと座敷を後にした。

 数ヶ月の後、光村の元になづなが男子を産み落とした報がもたらされた。光村の嫡男にあたる。


赤ちゃんのねんね



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. 「遠雷 去らず」第9回


      第 六 章


 長かった京での任務を終え、光村はようやく鎌倉へ帰り着いた。
 帰途に受け取った書状の通り、父、義村は病の床にあった。鎌倉へ帰着するなり、将軍御所へ拝謁もせずに、三浦家の屋敷に向かった。

鎌倉化粧坂切り通し 1


二条城 一部


 もう日は暮れなずんでいる。
 皺深い手が宙に浮くを、泰村の逞しい手が両手で、がっしりつかむ。
「父上、しっかりなされませ」
 父の三浦義村の顔には、すでに死相が浮かんでおり、目の色も濁っている。
 床の周囲には奥方と泰村、光村はじめ、数人の男子が薄暗い灯火の下、病人を見守っている。病んだ父はしばらくのうちに朽木のようになっていた。
 枕元の薬師(くすし)は、神妙な顔で首を横に振るばかりである。
「後のことは……頼んだぞ」
「父上、お気の弱いことをおっしゃってはなりませぬ!父上には、まだまだ、ご壮健でいてもらわなくてはこの光村、困ります」
 光村も、父の顔に覆い被さるようにして、その表情を凝視していた。
「光村よ……その方は、泰村に従い力を併せて三浦家を守るのじゃぞ。決して『得宗家』に気を許すでない」
 泰村に握られていた手が力なく滑り落ちた。
「父上……!!」
 延応元年(一二三九年十二月五日)のことである。

 京で受けた屈辱の言葉を問いただすことが出来ないまま、父は逝ってしまった。


「殿……」
 細い三日月を縁から眺めて立ち尽くしていると、背後から鈴のような千草姫の声が聞こえた。
「お悲しみのほどいくばかりか、この千草、お察しいたします。鎌倉へ戻られてすぐだというのに」
 いっそう艶やかになった千草は、打ち掛けから小袖を引き出し、目頭を押さえていた。
「いや、父は志半ばで他界したが兄上と私に後のことを託された。女々しくしている場合ではないな」
「殿……」
「我らは、まだまだ『得宗家』相手に戦える戦力を持ち合わせてはおらぬ。これからは戦略と知略でますます、そなたを血の色で染めていくことになろうが、許してほしい」
 光村は愛妻の傍らに膝をついた。
「許してほしい、などと……。私はどこでも殿の後につき従うていくばかりの覚悟でございます」
 千草の濡れた頬を光村の指先がぬぐった。
 天空では、三日月が雲間に隠れる神秘的な音が聞こえてきそうである。

月夜桜



 「これ、駒王丸、お待ち」
 萩の花の咲き乱れる茂みの中を、まだ幼い童女の声が弟を呼んで何度も響いていた。三浦家所領の城の一角である。

ピンクの萩 美。

 頬を紅潮させて、やっと茂みから弟の手をつかんだ花梨姫は振り向いて叫んだ。
「母上、母上。やっと駒王丸を捕まえましたよ」
「まあ、何です、騒々しい。そなたは女子(おなご)……」
 後を追ってきた輝くばかりの女盛りの美貌を湛えた千草姫である。
「姫さま、この葉山も胸が破裂しそうでございますよ」
 白髪の目だってきた老女も千草姫の背にすがりつくようにしてついてきた。
「だって、駒王丸がどんどん行ってしまうのですもの」
「姉上、母上、この辺りで犬の鳴き声がしたのじゃ。見てみたい」
 くるくるした少年の幼い瞳は、輝いている。
「犬などおるわけがなかろう」
 花梨姫はつん、と可愛い唇を突き出した。
 弟は尚も姉の止めるのもきかず、庭の白砂へ進み出た。
 そこには自分よりもう少し年長の少年が、同じくらいの大きさの立派な白い犬を連れて立っていたのでる。
 駒王丸と追ってきた花梨姫、千草姫とその乳母、葉山は思わず息を飲んで立ち止まった。犬は綱を持たれた主の少年の足元に座り、おとなしくしている。

白い犬(大人) 1

 その少年の面差しを見て、千草姫ははっと思った。
 目鼻立ちが光村そっくりなのである。
 続いて少年の背後から鶯色(うぐいすいろ)の打ち掛けをかいどった女性が松の木の大木の陰から現れた。千草姫も目を見張る目も鼻もくっきりとした美貌である。


赤松

 咄嗟に噂に聞いていた光村は京より連れ帰ったという女子(おなご)だと判った。
 女子(おなご)は白砂の上に急いで膝をつき、少年にも促した。
「奥方様でございますね。なづなと申します。これなるは息子の光音丸(みつねまる)でございます。早うにご挨拶に、と思いながらも、長きにわたり機会を逃し、ご無礼をお許し下さいませ」
 その所作は、千草姫から見ても、寸分の落ち度も無かった。
「そなたのことは殿より聞いておりました。殿が見初められるだけあってお美しい……」
「姫さま」葉山が割って入った。「このような女と言葉を交えることはございませぬ。下賤の出だということではございませぬか。御身が穢れます」
「母上を侮辱するとは、許さんぞ!」
 犬を連れている少年が、老女を睨みつけた。
「おお、怖や。それ、ごらんなされませ。下賤の者は何を仕出かすか判ったものではございませぬ」
「無礼なのは、そなたですよ、葉山」
 千草姫は凛とした声で乳母をいさめた。そして、なづな母子に歩みより、少年と犬に声をかけた。
「光音丸と申されるか。父上さまのひと文字をいただかれたのじゃな。我が姫、花梨十歳と同じような年頃かのう。犬はそなたの愛犬か」
 少年は頷いた。
「私は八歳です。この犬は、こまわかと言います」
「まあ」千草姫は思わずクスリと笑った。「殿のご幼名ではないか」
 そして、母親のなづなに向かい、
「どうぞお立ち下されませ。こちらこそご挨拶が大変遅うなりました。京では殿によくお仕え下されました。私からもお礼申し上げます」
「勿体なきお言葉を」
 なづなは千草姫のさすがの落ち着きぶりにうろたえながらも、やっと答えた。
 こうまで長きに渡り、光村の愛するふたりの女性が顔を合わせなかったのは、光村の配慮もある。
 なづなが思いがけず千草姫より早くに男子をもうけたことせいもある。千草姫の衝撃を思いやり、光村はなかなかその事を言い出せずにいたのである。
 此度、野分のせいで急に強固な城へ一族を避難させたため、ふたりの女性は思いがけずまみえることになったのである。
「そのうち、わらわの居室に遊びに来てたもれ。茶でもたしなんでゆるりと京の話など聞いてみたい」
 千草姫の誘いは温和であった。
「有り難きお言葉でございます」
 嫉妬など微塵も感じられぬ穏やかな会話だった。
 だが、海から押し寄せる暗い紫色の雲は、不吉な未来を呼び寄せていた。
 なづなの後ろ姿を見送る、老女、葉山の鋭い視線は長い間、呪詛さえ含んで彼女ら母子にあてられていた。
 やがて、主の千草姫と花梨姫、駒王丸姉弟が萩の茂みを分け入って城へ戻っていっても、しばし老女はその場を去らなかった。
「卍」
 しわがれた声で呼んだ。
 赤紫の萩の花が咲きこぼれる茂みから、怪しげな下男風の小者が現れた。黄色がかった白目に異様な光を持った小柄な男だ。
「始末おし」冷酷な命令である。「あの男子は駒王丸さまより年上ではないか。このまま生かしておけば将来の争いの種になることは必至。母子共々、奈落の底へ葬り去ることじゃ。むろん、光村殿には秘密裏にの」
「卍」と呼ばれた男は、獣のように音も無く、夕暮れの闇の中へ消えた。

 その夜の野分は、かつてないほど大荒れに荒れ、鎌倉を嵐の底に封じ込めた。


嵐の中の萩


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. 「遠雷 去らず」第10回


 年、明けて早々、光村は兄の泰村に呼ばれた。
「実はな、妹を名越光時の弟、時長に娶らせることにした」
「それはまた、急なご決断を」
「名越一族と結束を固めるためじゃ」
 泰村の瞳は三浦家当主として、野望に燃えて爛々と輝いている。
「大江広元の四男、毛利季光とも妹を嫁がせ血縁を結ぶことにしたぞ」
 亡き父の意志は、よく理解できた。

武家屋敷(庭) 2

 これほどの長きに渡り、『得宗家』と反得宗家の反目が続いてきた今、もうそれは留まることを知らない対決を待つしかない。
 兄の泰村を筆頭にして後藤基綱、藤原為左、千葉秀胤、毛利季光、三善泰持らは幕府評定衆として、しっかり地盤を固めていた。
 頼経自身の将軍としての実権奪還の野心も光村にはひしひしと伝わってきた。
「だが……」
 光村はたたらを踏む。
(まだまだ『得宗家』に勝てるとは思えぬ)


      第 七 章


 寛元二年四月、急使が入った。
 三浦家で評定衆が居並ぶ中である。
「たった今、『得宗家』から頼経さまに将軍職を、ご嫡子のまだ六才頼経の嫡子、頼嗣(よりつぐ)様にお譲りするようご要請があった由にございまする」
「何と!?」
 その場の評定衆のお歴々は、顔色を変えた。
 『得宗家』の先制攻撃だった。
「兄上」光村は座したまま、思わず立ち上がっている泰村を仰いだ。「この上は頼経さまにご隠居していただくというのは、いかがでしょうか」
「み、光村!?」
「止むを得ませぬ。今は耐え忍ぶことが寛容かと」
 光村からこの進言を得た頼経は、下唇をかみ締め、何度も手元の扇を打ち付けてから、ようやく口を開いた。
「致し方ない……。今はその方の申す通り、世俗より身を退くより無さそうじゃな」
「心中、お察しいたします」
 光村も歯軋りする思いで主に頭を下げた。


 翌、寛元二年(一二四五年)、将軍頼経、鎌倉久遠寺 寿量院で出家、「行賀」と号する。
 その後も尚、鎌倉に留まり「大殿」と称されて尚も幕府内に勢力を持ち続ける。

 寛元四年四月(一二四六年)、
 急報がもたらされた。
 執権の北条経時が病を得て、二十三歳の若さで急死したというのである。
 続いて弟、時頼の嗣立が発表された。名越、三浦、千葉一族が頼経に接近するのを妨げる策である。
「大殿!」
 そうはさせじと腹をくくった光村は隠居所の頼経に急遽進言に参上した。
「すぐさま、挙兵いたしましょうぞ。この好機を逃してはなりませぬ。大殿にとりましても、我ら三浦をはじめとする、反得宗勢力にとりましても、これは勝運の神が手を差し伸べてくれたとしか思えぬ機会……。執権が死去、新執権が座に着いたばかりの今こそ、『得宗家』は揺らいでいるはず。すでに名越殿、千葉殿、三善殿が動き出されております」
「うむ」
 頼経も力強く頷いて立ちはだかり、すぐさま家臣に下知を下した。
 現在、三浦と名越、その他の反得宗派の兵力は充分にあった。
 一年前と違い、勝運は明らかに己らの方にあると光村も信じたのである。


 ところが、新執権、時頼は更に果敢であった。
 直後の五月二十四日、突然、反得宗派より早く兵を発して鎌倉中の辻辻を押さえ、頼経の居所を遠巻きにして陰謀派の動きを封じたのである。

春の戦

閏、四月十八日、深夜より三夜連続して鎌倉市中に甲冑をつけた武士が群集し、流言が乱れ飛ぶ。
 これが頼経、名越光時を混乱に陥れた。
 五月二十四日、深夜に地震。時頼は鎌倉と外部の連絡を遮断した。
 これらの動きにより光時らは、陰謀の発覚を悟り、弟、時幸と共に出家する。
 「すでにこの大殿さまの居所は『得宗派』により周囲を固められておりまする。アリ一匹逃げ出すことはできませぬ」
伝令の兵が告げた。
「おのれ……」
 武装していた光村は、『得宗家』の素早い動きに舌打ちした。
 己の青さに悔しさがこみ上げた。

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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
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