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浪漫@kaido kanata

. 新連載「雲床さん行進曲」まえがき&キャラクター紹介

作者 まえがき

もしも、あなたの目の前に、東京ドームを圧倒するような公衆便所があったなら、そして、その公衆便所が目もあてられないほど、ひどく汚れていて、ものすごい臭気を放っていたら、どうしますか?
生理的に受けつけられずに怖気づいて逃げ出しますか?
それとも……いくつあるとも判らぬ無数の便器を磨きにとりかかりますか?勇猛果敢に!!

作者は、ある夜、夢に見たのです。
そんなにもひどく汚れに埋没しかかっている広大な公衆便所を、たったひとりで無心に磨いている老女の姿を!!
お便所にも、神様がいらっしゃると思います。
きっと老女は、その神様の御心に従って、一心に磨いていたのでしょう。そうしてその心は、周辺住民の心にも伝わっていくに違いありません。
少々、強引なストーリーにしてしまいましたが、楽しんで楽しんで書いた作品です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 キャラクター紹介


御手洗香子(みたらい かこ)――老舗 洗剤屋 綺麗堂の若奥さん。19歳。
                素直で一生懸命な心の持ち主。

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御手洗喜世女(みたらい きよめ)――綺麗堂の女主人。73歳。
       綺麗堂を長年、女手ひとつで切り盛りしてきた気丈なお婆ちゃん。
       心根は優しい。

御手洗琢磨(みたらい たくま)――香子の夫。香子より10歳年上。
                 綺麗堂のひとり息子。
                 考古学に興味がある。

馬毛艶次郎(まげ つやじろう)――香子の実父でヤモメ。雑貨屋。
                 喜世女婆さんの良きケンカ相手。

テルミちゃん――綺麗堂の事務員。香子と同い年の19歳。
        ちょっぴり太め。
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<左からテルミ、琢磨、喜世女、艶次郎>



エレガンティノ・獅子崎・ドーレ――イタリア、ミラノを拠点とするドーレ財閥の
         総帥。日本人を父に、イタリア人を母に持つ。
         欧州社交界きってのプレイボーイ。
         ただひとつのトラウマは…!?
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ネモ・カダク――エジプト人でミラノの大人気エステティシャン。
         エレガンティノの親友(恋人??)
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パオラ・ドーレ――エレガンティノの母で、財閥の副総帥。かなりの美貌の持ち主。
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美知太郎――エレガンティノの亡父。料理旅館「獅子園」の跡取り息子だったが、
      客にやってきたパオラと恋に落ち、イタリアへ婿養子に行った。

☆ブログ表紙イラスト・海道 遠<喜世女&エレガンティノ>
☆キャラクター・イメージイラストまもと鶴

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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲」第1話

  プロローグ


 神域か魔窟か――――?
 地元民はなぜかそれを「雲床さん」と呼ぶ。
 元を辿れば戦国時代、この地方を征した武将が着手し、江戸時代にも連綿と建築され続け、戦後の農地改革前に大地主がようやく完成させたと伝えられる広大無辺な「公衆便所」が静かな城下町に現存している。
 その総面積たるや、およそ東京ドームに匹敵、いや上回るとさえ推定される。
 昭和初期の大地主が農業用肥料の確保のため改造したので汲み取り式c貯蔵式。
 女子用個室一万、男子用便器八千と伝えられる。
「伝えられる」というのは、建築図面も現存せず、またひとつひとつ数えて確かめた人間も皆無だからである。数えようとする人間ばかりか本来の目的―――つまり用をたすためその中に入り込んだ者も、うっかり奥まで足を伸ばすと、たちまち食虫植物に捕らえられた虫けらのごとく、異次元迷路のように入り組んだ内部に迷い込み、出られなくなってしまう。
 まさに樹海ならぬ便所海なのだ。
 大便、小便を我慢しきれずに駆け込んだ者や何も知らぬ旅行者がドライブイン代わりに立ち寄ってついに戻らなかった例は数知れず。
 また幸運にも帰還できた一部の者たちは、口をそろえて一生忘れられぬ光景だと絶賛?する。
 便器の群れがドミノ倒しのドミノのように無限に並んで暗闇へと続いていくさま。まるで合わせ鏡の世界に入り込んだかのような秩序正しい便器の配列。五臓六腑を焼くような凄まじい臭気。そして、そのひとつひとつの、元は真珠色だったに違いない金かくしの、年月を経て完璧なラクダ色に染まりきった有様を――――。


 
 一  喜世女婆さんの朝


 午前六時。
 江戸時代から続く洗剤屋の老舗、綺麗堂本舗の朝は早い。
 奥座敷ではすでに喜世女婆さんが小花柄のいつものブラウスで身支度を整え、老眼鏡を鼻までずらせて朝刊を読んでいる。すっかり白いものが多くなってしまった髪、年輪を刻んだおもては威厳と大らかさに満ちている。障子の向こうからは騒擾がもれ聞こえてくる。
 今日も忙しい一日になりそうだ。
 店表では丁稚や手代、女中らが駒ネズミのようにくるくると黒光りする柱や上がり框(かまち)を磨いたり、往来に水をまいたり六尺はあろうかという暖簾(のれん)を出したりするのに忙しい。
 丁稚や手代とは言っても明治や大正のような古めかしい徒弟制度を続けているわけではない。れっきとした平成の有限会社なのである。ただ、社長が古き良き時代を忘れたくないため、店員に呼び慣れた番頭だの、丁稚だのを用いているだけなのである。現在の店主は御手洗喜世女(みたらい きよめ)七十三歳。
 ここの跡取り娘に生まれ、戦前、当時の番頭を婿養子に迎えたものの、夫が病弱だったため、以来、女の細腕でこの綺麗堂本舗と四十を過ぎてようやく授かったひとり息子の琢磨を守り育てて三十年近く。夫は先年亡くなった。
 熱心に朝刊を繰っていた喜世女婆さんの目が、ふと紙面から外された。
 小さな足音が廊下をやってくると、障子の外で止まる。はつらつとした声で、
「おはようございます、お義母さん」
「香子(かこ)ちゃんかい、おはよう」
 障子が開けられた途端、朝陽と共に、さっと室内に庭の金木犀の香が流れこんだ。敷居に両手をつかえたままにっこりしているのは、若奥さんの香子である。若奥さんとはいっても、まだ去年、高校を出たばかりの十九歳、Tシャツとジーンズの上に白いエプロンをした細身はどう見てもこの家の娘にしか見えない。
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「お願いします」
 か弱げな白いうなじを見せて神妙に頭を下げた。
「どれ」
 喜世女婆さんは腰を伸ばし、のろのろと立ち上がった。
 ひんやりとする廊下を渡り、ふたりが行き着いた場所は、家人用のトイレである。
 香子が嫁いできて以来、この奥トイレの掃除はすべて任されているのである。それはこの家にとって、台所を任されるよりも重責を意味していた。

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挿絵・まもと鶴

. 「雲床(くもどこ)さん行進曲」第2話

婆さんは木製の扉を開け、炯々(けいけい)と光る眼で丹念に内部を点検し始めた。滑らかな板張りの床、古式ゆかしい和式の便器は綺麗堂の看板商品「野薔薇の朝露」でシミひとつなく磨き上げられ、芳香剤の量もほどよく、窓辺に置かれた一輪挿しには、季節の野花とともに萩が可憐な紫を散らし、トイレットペーパーならぬ「おとし紙」の量も多くもなく少なくもなく、スリッパの位置も申し分ない。
 婆さんの背後で、香子ははらはらしながらも今日こそは及第点を、という自負があった。未だに喜世女婆さんがうんと言ってくれたことはないが、今朝こそは―――。
「ふむ」
 婆さんはひとつ洩らして振り返った。
「惜しいね、香子ちゃん。ヒマつぶし用の雑誌が先週号のままだよ」
「あっ」
 まずった。今日こそはと思ってたのに。
「後は文句無しだよ。よく頑張った。さ、座敷で一杯めのお茶でも飲もうかね」
 しょげかえった香子は意気揚々と引き揚げる姑の後ろを、迷子の猫のようについていく。



 喜世女婆さんは我流でガサガサと茶せんを回して、嫁の前に茶碗を置いた。朝の日課である。
 香子が少々濃すぎる一杯を飲み終えた後、姑の顔を盗み見ると、彼女はいつになく力の無いため息をついた。
「……そろそろ一年になるねえ」
「……はい」
 香子もやるせないため息をついた。
「まったくあのバカ息子、こんな可愛い嫁さんを放ったらかしておいてどうしているのやら」
 バカ息子とは、喜世女婆さんが四十を過ぎてようやく授かったひとり息子の琢磨のことである。ちょうど一年前、巨大公衆便所「雲床さん」の偵察に赴いて以来、待てど暮らせど戻らないのである。
 もともとこの綺麗堂本舗と巨大公衆便所「雲床さん」とは切っても切れない関係で、というのは、年々おどろおどろしいばかりにすさみ果ててゆく「雲床さん」を、完璧に美しく甦らせることが綺麗堂歴代の主人の悲願なのである。同じ城下町にありながら、あの汚れきった公衆便所を無視するわけには、洗剤屋としては断じてゆかない。沽券に関わる。洗剤屋魂に関わるのだ。
 今まで代々の幾多の綺麗堂主人が何度それに挑戦したことか。秘伝の洗剤「野薔薇の朝露」をもってしても、あのラクダ色の便器を完璧に磨き上げることはおろか、内部の様子をつかんだ主人はいないのだ。
 柔道、空手の有段者であり、六尺豊かな偉丈夫である琢磨としても、なんとしても自分の代でこの悲願を成し遂げたいという思いはあったらしい。めんこい嫁も娶ったことだし、この際、彼女にいいところを見せようとでもしたのか、彼は去年の秋のある朝、意気揚々と万全のアウトドア支度をし、「雲床さん」へと入っていった。
 そして、それきり帰らない。

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. 「雲床さん行進曲」第3話

当時は町中大騒ぎになり、地元消防団はおろか、レスキュー隊、警察犬やあげくは自衛隊までが捜索に 乗り出したが、結局、彼の行方や便所内の構造は磁場が狂いでもするように、杳としてつかめなかった。
騒ぎは日が過ぎるにつれて鎮まってゆき、誰しも琢磨の生存は絶望視するようになってしまった。無論 、喜世女婆さんと香子は断固あきらめはしなかったが、一年経とうとしている今では、商店街の人々はじめ綺麗堂本舗の店員までが香子を未亡人あつかいする始末である。
 となりの香子の実家、馬毛雑貨店の主人である彼女の父親などは、裏庭の塀越に朝な夕なに娘に帰って くるようせっつく。
 「まったくあのぼんくら息子が、家庭教師だとか言って出入りしてる間に、うちの娘にちょっかい出し てかっさらっていきやがったと思ったら、こんなに早く若後家にしやがって。香子よ、誰にも遠慮なんか いらねえぜ、さっさと帰ってきな」-----てな具合だ。父はやもめ暮らしで寂しいせいなのだ、と香子は適当にあしらっている。
 姑のたててくれた抹茶が口に残って苦い。普段は明るくふるまっていても、いったん姑が琢磨のことを 口にすると、目頭が熱くなってくる香子である。
 (琢ちゃん、今頃どうしているのかしら)
 「やっぱり皆の言うとおりもう生きてはいないのかもしれないねえ」
 喜世女婆さんの言葉に、香子は飛び上がった。
 「お義母さん、いやです、縁起でもない」
 「そうだったね」
 婆さんは、らしくない気弱な表情を浮べた。綺麗堂の暖簾を女手ひとつで守ってきたあの、喜世女婆さんとは思えないもろい顔つきだ。少し前まで、こんなことはなかったのにーーーーー。香子は胸をつかれた。やはり、ひとり息子琢磨の行方知れずが相当こたえているのだ。
 「でも、わたしゃあんたに申し訳なくてね香子ちゃん。本当は短大へ行きたかったんだろ。それを、琢磨とわたしのたっての頼みで断念させてしまって若女将の修行に」
 「いいえ、私、琢ちゃんのお嫁さんになるって子どもの頃から決めていたんです」
 香子は顔を赤らめながらもきっぱりと言ったが、喜世女婆さんは続ける。
 「高校卒業式の日に、結納を交わして、桜の頃に祝言を上げたというのに、わずか半年で(雲床さん)で遭難しちまって・・・」
 喜世女婆さんや、この商店街の長老連中は皆、巨大公衆便所を「雲床さん」と呼ぶ。由来はわからないが、夫を雲隠れさせてしまったにっくき仇ながら、香子はこの名前が好きだ。
 「もし、あの子がこのままかえらなければわたしゃあんたの亡くなったおかあちゃんに立つ瀬が無い。若いあんたの将来を狂わせたってね」
 「お義母さん、私そんなことちっとも」
 反論しようとする嫁を、姑はさえぎった。
 「いいや香子ちゃん、あんたはまだまだ先の長い身だ、隣へ戻ってやり直しはきく。大学へだって行けるし、再婚だって。わたしゃ反対なんぞしないよ」
 「おばちゃんたら!」
 香子の声が荒げられた。つい、娘時代からの呼び方が出てしまった。幼い頃から、香子にとって喜世女婆さんはお隣の気丈なおばちゃんなのだ。
 「怒りますよ。私は琢ちゃんが絶対生きてるって思ってます。そのうち、ひょっこり帰ってきますよ。だから、ね、お義母さんも元気を出して。今日もはりきって売りましょう。この町中のトイレを(野薔薇の露)で磨いてもらうんです」
 「香子ちゃん・・・・」
 喜世女婆さんはエプロンの裾で目頭を押さえた。琢磨が行方不明になって以来、何度この笑顔に勇気づけられたことか。
 「さ、そろそろ朝ごはんの時間ですよ。食堂へ行きましょう」
 香子は姑を立たせ、背を押して廊下を歩き出した。

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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲 第4話

食堂の一番奥の席に着いて、両側にずらりといならぶ従業員一同を見回したときには、喜世女婆さんの顔からはめそめそと行方不明の息子を案じる老いた母親の表情はすっかりぬぐいさられていた。
 (さすがだわ)
 香子はこんな時、老舗の主人である義母を心から誇りに思う。そして自分も背筋を正す。
皆で「いただきます」の唱和をしようとした時である。
 「た、大変です!」
 番頭の辰さんがぎょろ目をいっそう見開いて飛び込んできた。日頃ベテラン然とした彼の狼狽ぶりに、喜世女婆さんは驚いた。
 「どうした、辰さん」
 「今、町長さんから電話がありました!イタリアのダーレだかドーレだかっちゅう財閥が(雲床さん)を全部買い上げて取り壊し、リ、リ、リゾート何たらっちゅうもんをぶっ建てたいと申し出があったらしいです!」
 「(雲床さん)を取り壊して?」
 婆さんはじめ一同は思わず総立ちになった。




     二  エレガンティノの朝


 イタリア、ミラノ。
 イタリアの、いや今やヨーロッパ全土の流行の先端をゆくと言っても過言ではないこの都市は、初秋の気配に包まれている。
 郊外に位置するドーレ家の庭にも、灼熱の夏を経てようやく秋を告げる花々が咲き乱れていた。
 この朝、ドーレ家の若き当主、エレガンティノ・獅子崎・ドーレは朝食を庭でとることにした。彼はことのほかカントリー調のこじんまりしたこの庭がお気に入りで、天気の良い日はほとんどパーゴラの下のやさしい木漏れ日の中で、モーニングティーを飲むことにしている。今朝のカップはむろん、ジノリだ。
 当年、三十歳。絹のガウンのまま、しどけない仕草でカップを持ち上げ、パーゴラに絡みつくツル薔薇を愛でるさまは、ローマ神話の男神もかくやという趣である。
 明るい栗毛、母譲りのラテンの美貌に東洋系のスパイスが効いているのは、父親が日本人のせいだ。このエキゾチックさが女たちにはたまらないらしく、社交界では浮名が絶えない。が、当人はラテン系のグラマラスな美女には昨今、食傷気味だった。香水をぶっかけたような大輪より、この小さな庭の、煉瓦を敷き詰めた小道の脇に咲く名も知らぬ花の方が、よほど激務に疲れた心と体を癒してくれる。
 彼はドーレ財閥の総帥である。
 先年、父親が急死し、跡を継いだのだった。ドーレ財閥は製陶部門を柱に、近年、あらゆる業界へ進出していた。薬品、洗剤、化粧品。特に洗剤は便器用の「トレビの奇跡」が国内で爆発的に売れ、シェアは七十パーセントを占めるまでになっている。勢いに乗ったドーレはリゾート産業にまで手を伸ばし始めた。すでに国内に建設した施設は十指を下らない。
 エレガンティノのはしばみ色の瞳は庭の緑と空の碧を映しながら、遠い父の国を思い描いていた。
 日本ーーーー。幼い頃、二度ばかり行った事があるだけの、父の故郷の小さな城下町。あの風光明媚な町に、ドーレがパラダイスを築けたらーーーーー。
 うっとりとした彼の視線が自分に向けられたと勘違いしてか、トレリスの向こうに控えていた給仕の青年が顔を赤らめた。
 「マティオ」エレガンティノは不意に現実に返り命じた。「そろそろ時間だ、着替えを」


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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲」 第5話

 エレガンティノの一日はこれを抜きには始まらない。いや、成り立たない。
 動きやすく、吸水性のあるタンガリーシャツとジーンズを身につけ、長い髪は肩の後ろで束ねる。そしてぴかぴかに磨き上げられた黒い長靴に足を突っ込み、ゴム手袋を着け、左手に柄つきブラシ、右手にタワシと歯ブラシ、そしてバケツととどめに自家製「トレビの奇跡」を用意する。完璧だ。彼は寝室の脇にある自分専用のトイレットルームに向かう。重厚なマホガニーの扉を開けると、そこは彼にとって忘我の境地の場である。
 今朝のBGMはラベルのボレロである。四方の壁、前面に施された繊細なストーンカメオの彫刻は、何十人もの職人が何日もかけて完成させた、聖書の中の名場面である。エレガンティノはまず、その壁に「トレビの奇跡」をひと噴きスプレイする。たちまち、シトラス系の爽やかな香りが立ち込める。隈なく壁に噴き終わると、つぎは部屋の中央に設えられた便器に向かう。
 洗練された優雅なフォルムと目に優しい独特のブルーカラーはドーレ独自のデザイン一点もので、製陶部門の最高級品である。まるごと抗菌が施され、便座は自動的に人肌を感知して温まるようにインプットされている。そして無論、洗浄機能つき。
エレガンティノは王にでも謁見するようにその前にかしずくと、やおら「トレビの奇跡」を噴きつける。
 繊細な泡がわずかなシミを包み込み、じわじわと浮き上がらせる。
 その様子をうっとりと眺めてから、改めて彼は壁に向き直る。泡はカメオの表面にメレンゲの花を咲かせながら、ベッドの上の娼婦さながらに待ち受けている。
 -----頃合と見て、エレガンティノは腰を据えて歯ブラシを構え、壁に張りつくようにしてカメオをひとつひとつ愛でるように磨きはじめる。
 ボレロの十六小節の旋律が彼を緩やかな波でさらい、おしあげていくにつれ、歯ブラシも軽やかに乱舞を繰り返し波に乗ってゆく。細かい細工部分はこわれものを扱うようにやさしく、泡を洗い流すときには大胆な演奏に合わせてバケツのミネラル水をぶちまける。
曲のクライマックス向けて管弦楽器が増え、床を磨くブラシにも力が入る。そして、便器。この主賓をいつも最後においておくのはボレロの最後の旋律とフィニッシュを同時に決めたいからである。
 管弦楽の音が絶頂へと向かう。汚れは洗剤「トレビの奇跡」によってすっかり落とされてゆく。「トレビ」の効力はすごい。我が製品ながら、絶賛を送りたい。シミひとつない光り輝く便器。これでよい。フィニッシュ。同時に曲が終わった。
 (爽快だ)
 エレガンティノは満足して至上の日課を終えた。額に心地よい汗が浮かんでいた。


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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲」第6話 

急いで掃除用具を召使に渡し、着替えを済ませて居間を横切ろうとしたときーーーーーー彼の背をなんともいえぬ悪寒が襲った。今までの爽快感が音も無く崩れ去った。
 ゴブラン織りの豪壮なソファに、ひとりのきらびやかな中年の夫人が座っていた。
 「や、やあパオラ、来てたの。いつから?」
 大急ぎで笑顔のピースをあつめながら近づいた。婦人はとりすましてコーヒーを味わってから、
 「半時間くらいになるかしら。あなたがご趣味にうちこんでいらしたようだから、待ってたの」
 往年のソフィア・ローレンを思わせる大ぶりな目鼻立ちと厚い唇、豊満すぎる胸は今にも黒いビロードの胸元からこぼれんばかりだ。
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「それは失礼致しました」
 エレガンティノが謝るやいなや、彼女はブルネットの巻き毛を背へ投げて睨みつけた。
 「何度言えばわかるの、あなたという人は」
 「は?」
 「トイレ掃除よ。そんなこと、使用人に任せておけばいいでしょう、あなたはドーレ家の当主、傘下一千社の頂点に立つドーレ財閥の総帥なのよ」
 「お言葉ですが、わたしにはこれが唯一のストレス解消法かつ生きがいでしてーーーーー」
 エレガンティノはつい先ほどの陶酔感覚めやらぬ表情でもらした。「あなたも一度体験なさったらいかが。ひとつひとつ小さな汚れを磨き消してゆく心地よさ。疲れた便器をいきいきと再生させる芸術の域、全てを終わったときの達成感ーーーーーどれをとっても素晴らしいものですよ」
 「よして、よして、よして!」
 パオラは首がちぎれるほどぶんぶんと振った。
 「あの人もそうだったわ、親の言いなりで婿養子にした日本人、あなたのパパよ、エレガン。ちまちまと毎日毎日、トイレ掃除ばっかりして事業はすべて私まかせだった。あんな気の小さい男にドーレ帝国の切り盛りなどできるはずがなかったのよ。案の定、総帥の重責に耐え切れずぽっくり死んでしまって」
 パオラは立ち上がり、エレガンティノの両肩をがっしりと赤い爪で握りしめた。
 「いいこと、あなたはトイレ掃除なんかにうつつをぬかしていないでドーレ財閥をりっぱに守り、発展させてゆくのよ」
 「はあ」
 エレガンティノは生返事をした。至福のトイレ掃除をやめる気などは毛頭無い。
 「最近の業績を拝見したわ。どの部門も横這い状態じゃないの。いいこと、エレガン。この業界は喰うか喰われるか。常に躍進を続けなければライバルに先を越されるのよ」
 パオラの鼻息がいっそう凄まじくなった時、居間に長身の男がやってきた。パオラを見て威儀をただして直立する。
 「これは副総帥もおいででしたか」
 秘書のアレッサンドロである。彼は明らかに口ごもった。パオラの鋭い目がそれを見逃すはずはない。
 「何かあったかね、アレッサンドロ」
 エレガンティノは促した。
 「それが、そのう」
 「かまわん、言いたまえ」
「かねてよりリゾート部門で買収に乗り出していた日本の例の土地の件ですが、あと一歩というところで地元住民の強い反対運動が起こりましてーーーー」
 「日本の土地をですって」パオラの目の輝きが増した。「エレガン、まさかあの土地ではないでしょうね」
 「ええ、あの土地です。父さんの生まれ故郷のばかでかい公衆トイレ」
 「エレガン!」
 パオラは光沢の入った目じりを吊り上げた。
 「冗談もやすみやすみ言いなさい。このドーレ財閥があんな土地に手をつけたりしたら、イタリア実業界の笑いものだわ」
 「なぜです。自分の故郷に快適なリゾートゾーンを造ることは父さんの悲願でした。私はぜひ、父さんの意志を継いであの土地をドーレの手で生まれ変わらせたい」
 「おお、やめてエレガン、虫酸が走るわ。あなたはちゃんと見たことがないからそんなことが言えるのよ」
 パオラはレースのハンカチで口元を押さえた。
 「見に行くつもりですよ。反対運動が起こっているなら尚更だ」
 「知りません」パオラは邪険に立ち上がった。「どうしてもやるというならあなたひとりでやり遂げなさい。私はいっさいタッチしませんからね」
 憤然と肩をいからせて出ていく彼女の背中を見送って、エレガンティノは秘書に肩をすくめてみせた。
 「あれで母親だなんて、私の気持ちを察してくれるかい、アレッサンドロ」
 長身の秘書は眼鏡の奥で同情的な目をした。
 「で、例の土地の件だが、反対運動は厄介な雲行きかい」
 「先導者は地元洗剤店の主人だそうです」
 「洗剤店?じゃあ奇しくも同業者というわけだね」
 エレガンティノの瞳に負けず嫌いな炎が燃えはじめた。獅子の足元をちょろちょろする野ねずみさえ容赦しない、誇り高き炎が。

イラスト:まもと鶴


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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲 第7話

    三  シニョリーナ香子



香子は町の北の外れにある城址に来ていた。
 オセンチになると、配達の途中などそっと石垣に自転車を置いて、天守閣のあったらしい場所まで登り、半時間ほどぼんやりする。時折、犬の散歩に来る人があるだけで静かなものである。
 ススキの穂が銀色に輝き、アキアカネが群れ飛び、金木犀が終わったとたん秋は一足飛びに深まったようだ。
 香子はジーンズのまま石垣の角に腰を下ろし、眼下に広がる景色を見つめていた。そこからは「雲床さん」が一望のもとに見渡せた。何度見ても広い。屋根など雑草がはびこり巨大な古墳のようである。
 (この中のどこかに琢ちゃんがいる)
 そう思うと彼の広い胸が恋しくてたまらない。近頃、特に実家の父親が」帰ってこいとやかましい。姑の喜世女婆さんもやたらと香子を不憫がるし、店員たちも琢磨のことには触れないでおこうと、話題に気を使っているのがわかる。
 (琢ちゃん)
 目元を膝頭に押しつけて涙を押さえようとした。風の音を聞きながら、どれくらいそうしていたのだろうか。不意に香子は人の気配を感じて飛び上がるように顔をあげた。
 シトラス系の強い香りとともに、西洋人の男が間近にいた。
 香子は心臓が飛び上がるほどびっくりして反射的に飛びすさった。
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「ああ、元気なんですね」
 青年はややたどたどしいながら流暢な日本語で言い、香子に微笑みかけた。
 「それならいいんですが、ずっとじっとしていたからどこか苦しいのかなと思って」
 「いいえ、どこも」
 香子はどぎまぎしながら立ち上がり、ジーンズにまといついた枯れ草を手荒くはたいた。相手を見ると 、改めて目を釘付けにされた。
 映画俳優かと思うくらいの派手派手しい容貌。この田舎町ではめったにお目にかかれない人種だ。ソフト・スーツに身を包み、背後のお付きらしき人に言葉少なに何やら指示をしているようすもまるで映画のワンシーンではないか。石垣の下に待たせてあるフェラーリ(多分)もどうやらこの人のものであるらしい。
 「ところでシニョリーナ」
 また彼が声をかけてきたので香子は硬直した。甘いマスクというのはこういう顔をいうのだ。なんと笑顔の華やかに匂いたつ美青年だろう。黒帯の似合う、顔面ゲタとあだ名される琢磨とは同じ男でもこうも違うものか。
 (でも、琢ちゃんの方が逞しいわ)
 心の中で抵抗する香子に青年は意外なことを言った。
 「はっぴい商店街というのはどの辺ですか」
 「エッ」
 香子の肩までのかわいいみつ編み片方、飛び上がった。
 「そこの、綺麗堂という洗剤屋さんを訪ねたいのです」
 今度は両方飛び上がった。いったい、キザで派手な男がうちの店に何の用があるのだろう。
 「綺麗堂ならはっぴい商店街の真ん中にあるけど・・・・・」
 「シニョリーナ、もしよろしければ案内願えませんか。車は入れないようですし、私、大きな声では言えませんが極度の方向音痴なのです。もし案内していただけたらとても助かるのですが」
 「はあ・・・」
 蛇に睨まれたカエルのように、香子は頷いた。その店の嫁であることを言いそびれてしまった。ま、いいか。どっちみち帰り道だし。
 男はすっかりなれなれしく香子の両手を握りしめて礼を言ってから、眼下に広がる眺望を改めて眺めた。
 「あの広いのが噂の公衆トイレですね」
 「(雲床さん)を知ってるの?」
 「クモドコさん?おお、そんな愛称があるんですね。そういえば父から聞いた覚えが」
 「お父さんからーーーー」
 「ええ、父はこの町の出身でしてね」
 (それで日本語が上手なのか)
 香子はやっと納得した。
 「はっぴい商店街に行く前に、(雲床さん)に立ち寄ってもいいですか」
 「エッ」
 香子はまじまじと男の顔を見た。正気の沙汰かしら。
 「あのう、まさか」
 「いえいえ使用するのではありません。あくまで好奇心ですよ」
 (よした方がいいと思うけどなあ)
 香子の心配をよそに、青年はさっさとフェラーリを帰してしまい、自転車を押す香子と並んで城址を下った。




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<イラスト・まもと鶴>

. 「雲床(くもどこ)さん行進曲 第8話

「雲床さん」の入り口は西と東にひとつずつ。ふたりは西側の入り口へ行ってみた。こんもりと繁った雑木林がいきなり強度の酸性雨でも浴びたように枯れているところへ出てくると、もの凄いアンモニア臭気がふたりの顔面に吹きつけた。「雲床さん」の入り口からだ。
 いちおう鉄筋コンクリート造りだが長年の風化でまるで鍾乳洞のようになっていて、とても人口の建築物とは思われない。
 美青年は圧倒されて茫然と眺めていたが、やがて恐る恐る一歩踏み込もうとした。
 「ほ、ほんとに入るの」
 香子は思わず引き止めた。
 「私はこれでもトイレ掃除にはちょっとうるさい方でね、多少の汚れにはびくともしないんですよ」
 (多少の汚れなら、ね)
ここの汚れは汚れなんぞというなまっちょろいもんじゃない。便器が汚れのヌカ漬けになって沈没しかかっていると言った方が的を射てる。
 青年は内ポケットから高級そうなハンカチを取り出し、口と鼻を覆った。さすがに額に脂汗が浮き出している。
 中は真っ暗だ。猛烈な臭気とともにラクダ色の便器が半開きになったドアから垣間見え、闇の果てに続いて没している。通路は直線なのか、曲線なのか、はたまた螺旋状になっているのかさえ窺い知ることはできない。
 青年はさらにもう一歩、ぬめる床へ踏み込んだ。
 「もうおやめなさいよ、気がすんだでしょ」
 耐え切れず香子は叫んだ。
 強烈な臭気に耐えて両目を見開いていた青年の息づかいが大きくなり、顔面が蒼白になっていくのを、香子は気づいた。美青年というのは気分の悪い仕草や表情でさえ、サマになるんだな、などとのんきに考えているうちに、「雲床さん」の天井から彼にプレゼントが落ちてきたようだ。
 「ぎゃーーーーー!」
 雫の洗礼を頭のてっぺんに受けたとたん、青年は悲鳴とともに白目をむいて卒倒した。香子は自転車を放り出すなり、
 「言わんこっちゃーーーーーない!」
 青年とラクダ色の床の隙間へスライディングした。

                *

 エレガンティノは唐突に目を開いた。
 うなされていたらしく、背中にびっしょりと汗をかき胸は轟くように脈打っている。起き上がってみて、ここが自分の天蓋つきのベッドでないことに気がつく。
 (そうだ、ミラノじゃない、日本に来ていたんだった。そして・・・)
 彼が寝かされていたのは広い座敷で、床の間を枕に、至極上等な布団にくるまっているではないか。そればかりか、快適なスウェットスーツにまでいつのまにか着替えている。
 まだ霧の晴れない頭で、どうにかそれらを整理しようと焦っていると、オレンジ色の西日が障子の向こうの影をくっきりと映し出した。
 「あ。気がついた?」
 入ってきた女の子を見て、エレガンティノの脳裏にいちどきに悪夢が甦った。しかし、悪夢とは対照的に、たまたま道案内を頼んだだけのこの少女は聖母マリアのように彼の目に映るではないか。
 ほんの中学生くらいだと思っていたのに、湯上りらしい濡れ髪はみつ編みの名残のウエーブで多分に艶かしく、それでいて綿のワンピースの内側からは清廉なコロンの香りがして、寝起きのエレガンティノを恍惚とさせた。
 香子は青年に艶っぽい感銘を与えていることなど露知らず、色気のかけらもない歩き方で布団のかたわらにやってきてどしりと座った。
 「大丈夫?大変だったんだから。うまい具合に携帯で丁稚さんたち呼んで,担ぎ込んでもらったんだけど、なんせ「雲床さん」で転んじゃったでしょう、店先から入るわけにもいかないし、裏口から入って井戸端で水かけてもらったのに、あなたぜんッぜん目を覚まさないんだもの」
 「これは、君が?」
 エレガンティノは赤面しながらスウェットスーツを見回した。
 「やあねえ、丁稚さんたちがやってくれたのよ」
 「デッチサン?」
 「ええ、琢ちゃんのだから少し横幅が大きいけどまあまあってとこね」
 香子は畳の上に落ちていたタオルをかたわらの洗面器で絞りなおし、青年の額に乗せながら彼の上半身を布団の上に押し戻した。
 「さ、あなたのスーツが超特急クリーニングでできあがるまで、まだ無理しないで寝ていた方がいいわ。だいたい無茶よ、好奇心だけで(雲床さん)へ入ろうとするなんて。あなたみたいなヤワそうな人は一分と持ちゃしないのよ」
 「じゃあ・・・ここはあなたのいえなんですね、シニョリーナ」
 やっと状況がのみこめてきたエレガンティノはほっとした様子で座敷を見回し、起き上がろうとした。
 「寝ていなさいってば」
 おしとどめる少女に、彼はややもじもじと、
 「シニョリーナ、お世話をかけた上にもうひとつお願いがあるのですが・・・お手洗いを拝借できますか?」

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. 「雲床(くもどこ)さん行進曲 第9話

考えてみれば、成人してから日本家屋のトイレを使うのはこれが初めてだ。
 トイレ掃除が生きがいともいえる趣味を持ったエレガンティノは、感慨深く思った。
 てきぱきと案内する少女の後についていくと、美しい庭木の群れを横に見ながら濡れ縁を何度か直角に曲がり、渡り廊下をも渡ってようやく行き着いたのは、こじんまりとした木造便所だった。
 「ここは?」
 扉を開けてすぐに、壁に張りついた陶製のものがあったのでエレガンティノは尋ねた。
 「ここが殿方用、奥が婦人用よ」
 「おお」
 少女の説明にエレガンティノは強く感激した。イタリアでは自宅のトイレはほとんどが男女兼用型で、こうして男女別々の便器が据えつけられているのは公衆トイレだけなのである。」
 今こうしてそれぞれに独立した便器を目の当たりにすると、男の尊厳性みたいなものを感じて彼の心は熱く脈打った。
 それに、清潔だ。木造建築は陶製のトイレよりも「排泄所」という生々しさがない。暖かいのだ。ここもまた、不可欠の生活の場であることを穏やかに主張し、使う者に深い安らぎをあたえてくれる。
 エレガンティノはむしろ自宅よりも寛いで用を済ませることができた。出てくると、少女が汚れない笑顔でタオルを捧げて持っていた。庭の奥から引いてきた井戸水が竹筒から石臼の上へ流れ落ちる仕掛けも、彼を感嘆させた。なんと清清しい。両手を清め、タオルを受け取りながら少女のおもてをうっとりと見つめ、----心の奥から洩らす。
 「ファンタスティコ・・・・・グラツィエ」
 感動に任せて、少女の腰に手を回して引き寄せ、ゆで卵の頬にキスをした。
 「なにすんのよっ」
 ゆで卵ならぬゆでダコのようになって少女が飛びのいた刹那、
 「うちの嫁に何をなさるッ」
 雷のような怒号が庭木を揺るがせた。
 廊下の端に、ひとりの老女が鬼面の表情で仁王立ちになっていた。
 「よ、嫁?」
 エレガンティノは目を白黒させて少女と老女を交互に見た。老女は威厳を持って近づいてくると、
 「そうですとも。綺麗堂第十四代主人の妻、香子です」
 「綺麗堂ーーーーーーーー?」
 エレガンティノのはしばみ色の瞳がいっそう見開かれた。老女は自分より頭三つ以上は丈高い青年を下からしっかり見据えた。
 「ドーレさんですな。失礼は重々承知で所持されていた身分証明証を拝見させていただきました」
 「ドーレさんですって。それじゃ」
 香子はあっけにとられた。この男、宿敵?
 喜世女婆さんは両手に持っていた、クリーニングが仕上がったばかりのスーツ一式を青年に手渡し、老舗の威光をその瞼の奥の小さい目から発して言った。
 「身支度がすまれたら奥の座敷へお越しいてだけますかな。お互い話が山積していましょうから」

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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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