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浪漫@kaido kanata

. 射手 その1

序章 <満月の章>

射手 満月の


青もみじの天井。
 新緑の匂い。

下鴨 若もみじ1



 広い胸郭に それを いっぱい吸い込んで青年は 前方の的を睨みつけた。

 青もみじに引けを取らない、清々しい、しかも 戦闘意欲に、緑色の焔に燃えた眼だ。
 おもむろに 背丈より長い弓を 構え、矢をつがえる。
 力いっぱい 引き絞り、妻手を切る。


真正面 黒い着物



 次の瞬間、鋭く冴えた弦音(つるね)が 響いて、矢は 放たれ、
吸い寄せられるように 的を射た。

 的の木板は あっさり 宙に舞って、はね飛ばされる。
 地面に 両足を開いたまま、踏ん張っての 試弓だったが、
しばらくすると、これを疾駆する馬の鞍の上から成さなければならない。

 薫風に揺らされた もみじの林が ざわめいた。
 青年の胸の裡も 激しくざわめく。

弓道男子1


 今日ばかりは いっさいの煩悩を忘れ去らねば ならない。
 ふと、脳裡に浮かぶ愛する女性の面影を 無理やり振り払った。


真木よう子 晴着


 しかし、藤香の視線を心の中で強く感じる。
 愛と憎しみが ない交ぜになった、深く昏い、妄執を孕んだ視線。
 それは 影にとって 煩悩という邪魔者であり、支えであるというのは、不思議でもある。



しかし、今日の影(えい)は 洸(あきら)という巨大な 好敵手を、
道場の跡継ぎとして 完膚なきまでに叩きのめす決意を秘めていた。
 ふたり揃って、鎌倉での 流鏑馬神事に 出場なのである。

下鴨 流鏑馬 3


半年前、突然、道場にやってきた 洸(あきら)。
 師範が どこかの道場から 引き抜いてきたという。

 
 影(えい)が いつもの通り、朝一番に 道場に入るとその男は 
すでに 稽古着の白い着物、紺の袴で すっくと立っていた。
 振り向いた面差しが 自分にそっくりだ。

「若師範ですね。僕は 今日から弟子入りさせていただくことになった、
美馬洸(あきら)と申します」


 青年は 床に正座して 影(えい)に挨拶した。
 この男が 生き別れた弟ということは 後に分かった。

この場所、父、師範の道場は「心月若竹流」。
 何百年 続いている 武家流の由緒ある 流派だ。

 この洸(あきら)という 若者は インターハイで優勝経験あり、すでに六段の教士だ。
 影(えい)も同じく。

 深々と 射場の黒木の床板が 冷えた 真冬だった。
 あられのような 細かい粉雪が 舞っている。
こういう清らかな景色を「冬麗(とうれい)」と 呼ぶのだろう。

射手 こなゆき



 そして、数日前、道場で 昔から 馴染みの千矢子から聞いた衝撃の事実―――――。

にっこりはながら 戸田


<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 師範      ???

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手 その2

1.<かみそりの月の章>


射手 ペンダントつきの三日月



★千矢子の視線。

 影(えい)から呼び出されたのは、彼が 結婚して 間もない頃だった。
 彼とは 思春期の頃から 同じ道場で 矢を引いてきた。
 後の師範の器を 充分、備えた彼を 尊敬し、互いに腕を競い合ってきた。

 段も同じ 六段、教士である。


弓道女子2



 婚約が 整ったことも 心から 喜んだ。
 お相手が 弓道とまったく 関係のな名家の令嬢だったのが、少し意外だったが。
 しばらくして、大々的な 挙式が 行われた。

射手 白無垢の花嫁



 影(えい)が言うには、新妻の藤香の行動を見張ってくれと。
「どういうことですか?」
「千代子くん、君にしか 打ち明けられないが」


はるま 目元


 影(えい)の表情は 沈んでいた。
「妻には、その……私の知らない行動をしているようなのだ」

 私は すぐに 彼の猜疑心を察した。
「昼も夜も道場に 通い詰めてるから 自宅の様子がわからない。
妻が いつどこへ外出しているのかも。いつも 携帯電話は 電源が切ってある」

「あの藤香奥様にかぎって まさか」
「証拠は無いが、なんとなく 勘で。実は挙式前から」
「分かりました。一度、ご新居に伺ってみますわ」


和風の屋根つきの 門




 私は 昼間に 新居に行ってみた。
 さすがに 羨ましい豪華な 和風建築物だ。苔の庭も広く、
 木が生い茂り、武家屋敷を思わせる。



 小さな 柴で囲まれた門を入って、チャイムを鳴らすとしばらくして 
 初老の女が 出てきた。

「突然、失礼いたします。私、 東 千矢子と申しまして、道場の者です。
若先生から、奥様にことづかりものが ございまして、持参させていただきました」

 痩せた初老の女は じろりときつい視線で 私の全身を眺めてから、


「少しお待ちください。奥様に伺ってきます」
 灰色の小花柄の小紋に 割烹着姿の後ろ姿が 廊下の奥に消える。
 しばらくすると、華やかな 桃色の小紋を着た 藤香が 小走りに出てきた。
「まあ。ようこそ、おいでくださいました。どうぞ、お上がりになってくださいな」


 初めて見た時は、婚約式のパーティーのだったか、笑顔満開で、おしとやかそうな女性だ。
 全然、輝きの欠片も無いだろうな、と 思われる自分とは 大違いだと思ったものだ。
若者に言わせるときっとダサいババアの部類だ。
 今さら 容姿に恵まれてないことを嘆いたりは しないが。

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. 射手 その3

応接室は洋間になっていて、ゴブラン織りのカーテン、
こげ茶色の木材のアンティークなテーブルと椅子。分厚い絨毯。

レトロシャンデリア




ガラスの尖った蝋燭が並んだ真っ白いシャンデリア。
大正時代を思わせる部屋だ。

 
 壁には 夫の弓矢が飾られている。
「お知り合いから 若先生が いただかれたとかで新鮮なうちに」


 香り高い紅茶だ。藤香が レモンを多めに入れている。
 それも普通の量じゃない。

レモンティーセット


「奥様、もしかして」
「あら、お気づきになれた?」
 藤香は やや 照れながら 満面の笑みを浮かべて、帯の上から手を当てた。


真木よう子 着物1




「それは 何も存じませんで、おめでとうございます」
「実は まだ 主人にも言ってませんの。もう少ししてから」

 はにかんで 微笑む表情が女から見ても 愛らしい。
(こんな純真そうな女性を疑うなんて、若先生は 
 何か思い違いをされてるんじゃないかな……?)



「若先生が お知りになったら、大先生もさぞ お喜びになるでしょうね。
早くも跡取り、ご懐妊となったら」
 私は言葉を止めた。
(早くも……?)
 妊娠とは 早すぎるのではないか……?


13年 秋 グレー笑顔 はるま



 もっとも、私は 縁談が あってから 挙式まで三か月だったという事実しか知らない
。若先生夫婦の立ち入った関係まで 知る由もない。

「お身体の調子は いかがですか?」
 声をかけようとすると 老婆が遮るように、
「そろそろ、若奥様は お昼寝の時間でございますので」
 追い出されるように、玄関を出た。


 薄紫の帳が下りている。
 後ろを振り返りながら門を出ると、すれ違った人影があった。
 もう一度 振り返り、一瞬、瞼に焼き付いた 後ろ姿は―――。

 洸(あきら)に似ていた――――!?

 夕暮れの路上に 足を止めたまま 動けないでいた。

<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 師範      ???

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手 その4

2.<笹舟形の月の章>

☆千矢子の視点


  半年前、いきなり 道場にやってきて 洸(あきら)。
 おとなしい男だが、弓のウデが良いため、道場でも彼を慕う若者たちが増えている。
 私は 挨拶ていどにしか 接したことはない。
 しかし、もし 彼と藤香の間に 何かあるなら 影(えい)の依頼通り 近づいてみようか?

射手 はるま 黒いシャツ


 道場で 声をかけてみた。
「これは 千代子センパイ、さっきは 的を外して、格好悪いところをお見せしてしまいました」
「センパイは 止してください。貴方の方が段が上です」
 そう返して 弓矢を構えた。


「どうも 今日は 集中力が足りない。何かご助言いただけますか?」
「千矢子センパイに、ボクがですか?逆に教えていただきたいくらいですよ」
 そう言いながらも、弓を構える手に 修正を加えた。

射手 女の子 弓矢



「あの的を 意中の人のハートと思って」
「意中の人ですって?」
 洸(あきら)の言葉は冗談としか 思えなかったが、瞳は真剣だった。
 充分に 矢を引き絞り―――、会(え)を 高める。
 矢は吸いこまれるように 弦音 気高しく一瞬で 的に中った。(あたった)
 この爽快感ゆえに 弓道の魅力に憑りつかれている。

 洸(あきら)も、若先生も 同じくそうなのだろう。
 的に 中(あ)てるためだけではない。そのために 精神を集中し、雑念をはらい、日頃から身体を鍛える――――。
 この過程が 道が好きなのだ。



 しかし、この神聖なはずの 弓道の道に雑念どころか 邪道が侵入しようとしているのなら!!
 若先生、影(えい)を悩ませる邪道なら 取り除いてさしあげなければ。

 洸(あきら)と藤香よりは……私の狙いは 藤香の婆やさんに向いた。


射手 おやしき


 もう一度、若先生のお宅を訪問。



 先日の婆やさんが 出てきた。
「あいにく、今日は 若奥様は 病院に行っておられます」
 いかにも敬遠している。
 この老婆は 一筋縄ではいかないだろう。
「よろしいんです。今日は 婆やさんに お話を伺いたくて」
「わ、わたくしに、で ございますか?」
 ギョロついた目をいっそう、大きく見開いた。

射手 ばいしょうさん



「私、藤香さんにとても 好意をいただかせております。
何か 悩んでおられないか心配なくらいです」
「悩みだなんて!!お嬢様……若奥様は あの通り、幸せの真っただ中じゃございませんか」
「そうですか?どこか もの哀しげに 見えましたが」


真木よう子 紺の着物 立ち姿



 婆やの顔色が 変わった。

「私、実は 若先生から 奥様の話し相手になってやってくれと、
頼まれましてね」
「話し相手?若旦那様から」
 こう言えば、婆やも断れまい。

 ……これで 時折 訪ねても不自然ではない。



<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 師範      ???

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手 その5

来訪するたび、玄関ドアを開ける藤香の表情も打ち解けてきたようだ。
 女友達が 少なくて ぶっきらぼうな私だが、下心抜きで 彼女は私を気に入ってくれたようだ。

 ある日、藤香が切り出した。
 紅茶カップを カチャリと皿に置き、

レトロな赤っぽい着物



「私、弓道のことは さっぱり解かりませんの。ですから 少しでも 教えていただければありがたいです。
作法とかだけでも。自分では 始めるつもりは ありませんが、いずれお腹の子も 歩む道でしょうし……」

 (そうでしょうね)と、私は 密かに思った。

弓を 練習する子ども




 若先生……影(えい)さんの子であれ、洸(あきら)さんの子であれ、運命的に弓道の道を歩むだろう。
「逆に 私は 弓道のことしか知りません。藤香さんの お得意なことのお話も伺いたいですわ」
「これと言って何も……。まったく世間慣れしておりませんのよ」
 深窓の令嬢を絵に描いたような 藤香だからこそ、無邪気に無意識に 罪を犯すことができるのだろうか。

~~~~~~~~~~~~~~~~

雨に濡れた アヤメ



 雨の季節に入ろうとしていた。じめじめとして蒸し暑い。
 いつものように 若先生のお宅の玄関に到着したとたん、
後ろから救急車のサイレンが 響いてきて止まった。
 救急隊員が背中を押しのけて、中へ入っていこうとするのと、婆やが扉を開けたのと、同時だった。
「階段から 滑り落ちてしまわれたんですよ。ああ、この婆やが ついていながら、お嬢様……」

 婆やがおろおろしながら 救急車に 乗り込む。
 私も 大通りにでて タクシーを捕まえた。

 すぐに 藤香は 大学病院に搬送された。
 私が 若先生に 電話して ほどなく 彼も稽古着のまま やってきた。息せききって。

 処置室から医師が出てきた。
「出血は 止まりました。安定期に入っているとは 言っても、
階段の昇り降りには 気をつけていただかなくてはなりませんな」


「じゃあ、家内もお腹の子も無事なんですか?」
「大丈夫ですよ。胎児は 順調に育ってます」
 若先生の飛びついた態度に、医者は余裕の笑顔を見せた。
 若先生も 婆やも芯から ホッとしたようだ。
 やがて 処置室から ストレッチャーで出てきた藤香は 周りから手を握られてにっこりした。



 その時、ふと 廊下の陰に人の気配を感じて振り向いた。
 かすかに 見えた若先生そっくりの青年の顔。
 あれは 間違いなく 「美馬 洸」だ。
 病院に来たということは、やはり、藤香のことが心配だったのだろうか?
 この機会を逃してはならじ!!と 立ち去りかけた 彼の後を追った。


「美馬さん!」
「これは……千矢子センパイ」
 さすがに 稽古着ではなく、ラフなカッターにズボン姿だ。
 イタズラしているところを 見つかった少年のように、はにかんだ表情を見せた。

「マズいところを 見られちゃったな」
 頭をガリガリ掻いた。

いや、はにかみながらも、心の中の貌が 見えた気がする。


射手 半分顔 はるま



「つい、来てしまった、ってわけ?」
「千矢子センパイには かなわないな。ボクの片思いの相手を気づかれてしまったか」
 足早にエレベーターに乗ってしまった。


(片思いの相手ですって?そんな 可愛い関係なら 苦労しなくていいんだけど)
 エレベーターを背後に、千矢子はストレッチャーで病室に 運ばれていく藤香に視線を投げた。
(どうして 影(えい)さん、あんな 仮面を被った 女と結婚してしまったの?)
 とても 告げられない……。
 確たる証拠もないし。


 自宅に足が向かず、入ったこともない 夜の繁華街のバーに入ってみた。
 小さな店だが、こじんまりとしたカウンターに、清潔感あふれる若いバーテンダーが二人居て、カクテルをシェイクしていた。

「ご注文は?」
「そうね……ブラッディ・メアリ」
 今夜は ぐでんぐでんになるまで飲んでやろう。
 ブラッディ・メアリの血の色で。


ブラッディメアリ2



「お客さん、大丈夫ですか?」
 肩を 揺り動かされて 目を開けると白いカッターの上に 突っ伏して眠っていたらしい。
 こめかみが 痛んだ。
 カウンターの向こうに並んでいるグラスが 照明に鋭く反射しているのさえ、目に痛む。

「もう、店しまいなんですが……」
「ああ、すみません」
「よろけながら イスを下りるとバーテンダーが 手を貸してくれた。

 飲めば 発散できるかと思っていたが、店を出て ビルの隙間から 
 真夜中の夜空を眺めると 虚しさがよけい増した。


えりか オレンジ真顔

ブランデーはるま



 尊敬していた 師範への疑惑と……
 そして、今、ようやく はっきりと知った。
 私は 若先生、影(えい)さんを 愛しているのだ、と……
 もし、妻が 裏切っているのなら 彼が哀れに思えて仕方ない。





<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 師範      ???

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手  その6

4.<月に走る亀裂>


☆千矢子の視点

 一か月ほどして 射場に 藤香が 姿を見せた。

真木ようこ 和服 オレンジ



 夫の影(えい)も 知らなかったらしく 稽古の手を止めて振り向いた。
 藤香のお腹は ずいぶん 大きくなっていたが、和服姿でにっこり笑っていた。
 夫に何か 手荷物を渡すと 私のところへ やってきた。

「先日は 病院にまで来て下さったそうで、ありがとうございました」
 たおやかな 表情で 笑いかける。どこも 悪びれていない。
「道場、裏側のカフェ、『メルローズ』で お待ちしてますわ」



レザーの椅子の 喫茶店



 カラン、と、ドアベルを鳴らして『メルローズ』に入ると 香り高いコーヒーの香り」
 客は 誰もいない。カウンターの向こうで グラスを磨いていた ダンディーなマスターが、
「お待ち合わせの方でしたら、街はずれの せせらぎ公園で 待っています、
 と伝言を承っております」

「せせらぎ公園?」
 確か、ちっぽけな小川が 流れているだけ、雑木林だらけの地味な公園だ。
 とりあえず、向かってみた。


 予想した通り、白昼のこととて 人けは無い。
 樹木は や 紅葉が 始まり、芒(すすき)が 銀色に 光っている。
 芒の原を やや 下っていくと小さなせせらぎが あり、太陽の光を浴びて水面が鈍く輝いている。
 少しの親子連れが ピクニック気分でお昼ご飯を 広げている。


大阪のピクニック 風景

 
 せせらぎの畔に 忽然と ひとりの男が 立っていた。
 洸(あきら)である。
 ラフなシャツと スラックス姿だ。
 稽古場で 見るのと 印象が違った私の方は いつもの単衣だ。


「お呼び出ししまして。千矢子さん。稽古着より、和装の方がお似合いですよ。落ち葉の柄がとてもいい」
「どうして、あなたが?」
「ぼくの方が ちゃんと お話できると 思いましてね、藤香が感情的に なってはいけないので」
 妊娠中の藤香が 興奮して体調に響いては いけないということか。
「まあ、そんな 怖い顔をしていないで」
「あなたの方が ちゃんと お話できる、とは どういうことですか?」
 私は 洸(あきら)に居直って立った。
「藤香さんのことを よく知っているからですよ。夫君の 影(えい)氏よりも詳しく」


14年 2月 25 2


 洸(あきら)は 自信満々な笑みを浮かべて 言った。
 まるで 自分の方が 藤香に愛されていると 言わんばかりに。
「藤香のことを お知りになりたいのでしょう?」
 正直に うなづいた。
「では あなたが いちばん 驚くことを 教えて差し上げましょう。藤香のお腹の子の父親は ボクです」


「な、なんですって?」
 半分、疑っては いたものの、洸の口から はっきりと聞くと驚きを隠せない。
藤香は新婚早々、夫を裏切ったのだろうか?
「しかも、彼女は ボクを愛しているのではありません。
復讐のために わざと夫以外の子を産もうとしているのです」

「復讐のため……??」
「彼女が 本当に 愛しているのは 夫君の影(えい)氏ですよ。
なのに、無理やり 手折った男が……。彼の父親、心月若竹影流師範、道場の大先生なのです」
 その言葉は 突然、いかづちのように 天から降ってきた。



「あなたは なんてことを言うのです!!」
 先生の名誉をキズつけるおつもりですか!?」
「いえ、事実です」
 まったく 動じずに、洸は返答した。
「藤香は 師範に身体を自由にされたのです。心は 若先生に あるというのに その父親に……」

「先生が 藤香さんを!?そんなバカな!!先生は 弓道界の重鎮、地位も名誉もある方。
私も 長年、師事して尊敬しています。そんなことをなさるはずが……」


ポニーテールの弓道女子

FIGARO ななめ


洸(あきら)は 唇の端を 持ち上げ、皮肉な 笑みを浮かべた。
影(えい)に 面差しが 似ていても 表情がまるで違う。




「千矢子さん、男なんて みんなケダモノですよ。
 特に 師範は 身分を カサに着て 始末が 悪い男だ。望んだ女は 必ずわがものにする……」」
「まさか……、先生がそんな……」

 心臓の音が 耳の中でわんわん 鳴りだした。
「藤香は そのことを 大変怨んでいる。だから、先生の跡継ぎである 影(えい)氏の子どもを産む気にはならず―――、復讐のつもりで ボクの子どもとして 産み、その子を跡継ぎに据えるつもりです。若先生の影(えい)氏の子ではなく、ボクの子をね」
 その笑みには 頽廃的なものが潜んでいて、私の背筋に 悪寒が走った。

白シャツ はるま




 小川の畔に ひとり 取り残された。
 水面(みなも)が 清らかに キラキラ輝いて 眩しいが、心の中は どんよりしていた。
(藤香さんを、先生が……?そして 藤香さんは 復讐のために とんでもないことを画策している……?)
洸(あきら)の考えも 解からない。やすやすと藤香と共謀しようなんて、何か 腹にいちもつありそうな)
 いつのまにか 太陽が 雲に隠れ、暗雲が垂れ込め初めている。

 そして 心の奥から ひたひたと 影(えい)への憐憫の情が押し寄せてきた。




<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 師範      ???

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手  その7

5.<暗雲垂れ込める 月の章>

雲のかかった 黄色い月




☆洸(あきら)の視点

 物心ついた時から 母親のところへ やってきた男は 俺に弓矢を教えていた。
 七歳くらいの 頃だろうか?初めて 弓道着を 身につけられ。弓矢を持たされたのは。
 生まれて初めて見るものばかりだった。


二十歳ころかな きれいなはるま


イラストつき 少年 弓の稽古


ターキー白羽


 もっと小さな頃から、男は 幼児用のおもちゃなど 持ってきたことなどなかった。
 子ども用の弓矢を 持ってきて 与えられ、弓矢の部分の名前など 覚えさせられた。
「この矢羽は 鷹の羽でできている。これは カラスの羽……」
などとわけの解からない説明を 延々と聞かされ、基礎の体力をつけるために 鍛えられた。
 腕立て伏せ、脚力を 付けるために 階段の昇り降り、
そして 同時に 馬術クラブへ登録され、週に 4回は 馬術の練習を 命じられた。

子ども 馬術練習




 最初から ベテランの厳しいコーチが 着ききり、小学校へ上がってからも放課後、練習に励んだ。
 今から思えば すべて 流鏑馬のための準備だったのだと判る。
 自分でも 弓矢も 馬術も 抵抗が無いばかりか やればやるほど
 面白くなっていったので、反抗はしなかった。


グレー着て 笑顔の木村多江


 母親は そんな俺と男を 遠くから 微笑んで見ていた。

 彼女は 俺の記憶にあるかぎり、床につくか 床の上に 上半身だけ 起き上がっていた。
年ふりた女中が 俺の面倒を見てくれていた。
 母親は 病弱で 家事ができなかったのだ。

  透けるように白い肌をして、痩せ細った腕で 俺を抱きよせては 頬ずりした。
 世の中の唯一の希望、たったひとつの宝を 抱きしめる。
 そういう風に 俺は母鳥から護られていた。
 この母親には 言うに言われぬ 寂しい過去があるのだろう。
 子ども心にも それは 察せられた。
 父親は 最初から いなかったし、親類縁者にも 逢ったことがない。

 弓矢を 教えにくる ナゾの男が 父親なんだと 直感していた。
 髪もきっちり整えた 紳士、時折、着物を着ている、日本男児だ。
 
 ~~~~~~~~~~~~~~

 さて、いったん 弓矢を持たせると 父親は 厳しく指導した。裏庭に射場までこしらえた。
 俺ひとりのための射場。弓の練習のための。
 それが どんなに贅沢なものであるか、知ったのは もっと成長してからだが。
 父親は 週に 二、三度 通ってきて、手取り足取りという感じで 指導した。
 イヤではなかったが、同級生たちが よく習ってるような 空手やサッカー、
 野球代りのように思って 続けていた。



<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 洸の母     木村多江

 師範      ???

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香



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. 射手 その8

 いつの夜だったか?
 母親の寝室から 話し声が 洩れてくるので 真夜中に手洗いに立った俺は 襖の隙間から覗いてみた。


丸窓の和室



 母親の紫乃は たおやかな身体を 逞しい父親に 包まれて添い寝されていた。
 母親の表情は 安心しきっていた。
「紫乃、お前だけが 本当の私の安らぎだ。
妻は 家同士が 決めた相手。本当に 愛しているのは お前と洸(あきら)だ。洸(あきら)を 
いつか 私の跡継ぎにと考えている。それまでは 元気でいてくれ」


着物で 微笑む木村多江


「あなた…… そのお言葉だけで、私、嬉しく思いますわ。でも 私は そう長くはないでしょう」
「縁起でもないことを言うな」
父親は 割れ物でも 扱うように そっと、母親の細い身体を抱きしめた。


球根から 伸びている水仙



 そのうち、儚げな 白い水仙のようだった母は 消え入るように 亡くなってしまった。
 俺が 中一の時だった。
 葬儀の時、父親は 男泣きに泣いていた。
 ほとんど、参列者の無い寂しい葬儀だったが、すっかり冷たくなってしまった 母親の棺に菊の花を入れる時に、号泣していた。

タイスベ 紫ストール




 俺はというと、涙が 出てこなかった。
 哀しいより前に 実感がわかず、少しの弔問客に 制服姿で型どおりの挨拶をしているだけだった。

 生まれた時から 片時も離れず 病床から見守っていてくれた母が 突然 いなくなったとしても、目の前で 葬儀が行われていても、悪夢を見ているとしか 思われなかった。

「紫乃、紫乃……」
 父親のむせび泣きが 続いていた。

 学生服の 膝の上で 初めて手にする数珠を握りしめ、その場に 座り込んでいた。
 数珠を握りしめた 指が手のひらに食い込んで、痕が白く残った。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


弓を 練習する子ども


 それを 境に 婆やと二人暮らしになったが、父親は 俺の稽古に通い続けていた。
 ただし、俺は 彼のことを一度も 「父さん」と呼んだことはない。
 幼い頃は 「おじさん」だったが、弓矢を習うようになってからは 「先生」と呼ぶように 命令された。

 中学生にもなれば 自分の立場がわかった。
自分が本妻の子ではなく、内妻の子であることに。

「お前は 心月若竹流弓道の 師範の血筋をひく者。誰にも引け目を感じることはない。
堂々と生きなさい。そのうち俺が お前を 檜舞台へ押し上げてやる。
それまでの 弓の精進をしなさい」
 武道家らしい、炯々と光る眼で 俺の両肩をがっしり掴み、父親は言った。

わたなべ けん




「旦那さまの おっしゃったこと、誠であればよろしゅうございますね。
あちらには 坊ちゃんと同い年の ご長男が おいでということです」
 口数の少ない婆やが 視線を伏せたまま ぼそりとつぶやいた。



 俺には しかし、理解できなかった。
 長男がいるのに 何故、俺を 檜舞台へ なんぞと!?

 十数年が 過ぎ、ようやく 俺は 父の道場へ正式入門することになった。
 大学卒業後、数年経っていた。



<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 洸の母     木村多江

 師範      渡辺 謙

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香

 



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. 射手 その9

門下生の寮に入った。
 父一家の住む 本家へ同居するのが 父の命令だったが 断った。



 射場での練習が 始まった。
 さすがに 大きな道場で門下生が ひっきりなしに やってくる。
 年齢層も 男女もばらばら。皆、真剣な表情で 矢を射ている。
 静かな中に 凛とした 空気が 張りつめている。
 大勢の中でこその競争心 あふれた緊張感だ。

弓道 練習風景 1



 盛んに 矢を射る 弦音が ひっきりなしで 嫌でも 胸が高鳴る。
 自宅で ひとりの射場では 味わえない空気。

スウェーデンの海辺 オーロラ


 父は 他の門下生と変わることなく 俺を指導したが、
 俺の射は 門下生の注目を惹いたようだ。
 最初から 的を外さなかったからだ。外すはずはない。
 この俺にかぎって。狙った獲物は 必ず射止める。
 憧れの対象であろうと、憎しみの対象であろうと。
 愛用している矢の先端の鈍く光る様を 見つめて むくむくと
 胸の裡から湧き上がる闘争心を感じていた。


カゲのある 白シャツ 春馬



  <真っ赤に 怒った月の章>




☆千代子の視点

 自分は 影(えい)を愛している。
 冷え込んだ夜だった。
 空には 上弦の月が カミソリのように 耀いている。

 上弦の月は 今、影(えい)への気持ちに気づいた 自分と同じに思えた。
 上弦の月は ふくらみを増してくる。
 ふくらんで、ふくらんで、弓の弦がしなるように、破裂寸前だ。


雨に濡れた車の中の戸田恵梨香


満月と桜



「告げよう」

 彼に 自分の気持ちを 告げようと思った瞬間に、道場への道を走り出していた。


<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 洸の母     木村多江

 師範      渡辺 謙

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香

 



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. 射手 その10

 中秋の風邪が 頬に冷たく、切り裂くように耳に唸っていく。
 道場は もう 真っ暗だった。
 裏庭に 廻ってみると、目指す姿……。

射手 弓道 イラスト 男性



 ひとりで稽古着の 片方の袖を脱いで 素弓をしている影(えい)の姿が見えた。
「今から 貴方に矢を射ます。砕けるのは 私かもしれない。
 でも、そうしなければ気がすまないんです!!」
 私は 叫ぶように言うと、影(えい)の稽古着の胸に飛び込んだ。
 汗にまみれた 彼の体臭と 稽古着の衣の匂いに包まれた。


「好きです、貴方のことが。もしかしたら、ずっと前から 好きだったかもしれない。
 気づかなかっただけ。貴方が 奥様をおもらいになって やっと判ったのかもしれない。

「彼女のことなんか、今だけは忘れて!!私を…… 私を抱いてください。
 彼女のように下心なんかない、ただ、あなたが 好きなだけ」


とだ えりか 真顔はんぶん


 
 自分でも思いがけない大胆な言葉が飛び出した。
 しかし、魂の底からの叫びだ。
「心のキズを癒すためではなく、私を千矢子を見て抱いてください――――!!」
 すがる思いで 影(えい)を見上げた。
 思春期の頃から 見慣れた 道場の若先生だが、今は ひとりの男性でしかない。

「……一度でいいんです……」
「……行こう」
「えっ」
「ふたりきりになれるところへ」



影(えい)の後をついていくと 町を外れ、郊外の山道に出た。
 藍色の空には 鋭利な月が 見降ろしていている。
 夜のこと、せせらぎは白くのっぺりと 大蛇のように うねっていた。

すすきの原 アカバ混じり



 その畔に みすぼらしい小屋があり、つっかえ棒を蹴破って 影(えい)が扉を開けた。
 薪やロープなど 雑多なものが置いてあるだけで 真っ暗、ひんやりした空気が詰まっている。

 影(えい)が ランプを探し出して 灯を灯した。
 板張りの床は 冷たく、腐りかけていたが、そんなことは すぐに忘れてしまった。
 帯をとき、着物を脱ぎすべらせ、床に横になっても 影(えい)の熱い愛撫に
 身体はすぐに熱を持った。
 私のたわめられた弓から 矢が放たれた瞬間だ。
 いつもの 穏やかに 門下生に教える 影からは 考えられない情熱的な愛撫だ。

 唇が 熱い。

はるま おでこに キス


ムラサキ もみじ



 なんという熱さだ。溶岩の欠片のようだ。
 私の唇も 首すじも 乳房も背中さえ 熱をもらって 燃えていく―――。

 この人の心は 藤香にあってもいい。
 今、この時だけ 全身全霊で 私を愛してくれればいい。この時への記憶だけで。私はまた生きていける……。

 瞼も 頬も、唇も、首筋も、腕も 胸も 腰も、髪の毛一本一本さえ、刻印を押され
、全身の細胞が 彼を 求めて疼いた。



 小屋の隙間から 月光が洩れ射しこんできた。
 三日月にしては 矢のように一線の強い月光。

青い 透けた 月


<イメージ>

 影(えい)   三浦春馬
 洸(あきら)  三浦春馬  二役

 洸の母     木村多江

 師範      渡辺 謙

 藤香の婆や   倍賞千恵子

 藤香      真木よう子
 千矢子     戸田恵梨香

 



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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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