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浪漫@kaido kanata

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. 「碧き琥珀に眠れ」序章・第1話

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 「碧き琥珀に眠れ」プロット

☆ テーマ キャスケードにジャレツを憎ませようとする竜蛇の総督。それに逆らって
キャスがどれだけジャレツを信じ通せるか。
竜蛇皇帝のクローンであることを苦しむジャレツ。
永遠に死ねぬ身体のリシュダインの苦悩とジャレツへの思い。
ジャレツとキャス両方を愛してしまったリダの切なさ.軽業への情熱。
アンバーヌとジャレツの悲恋、などなど。

☆ 「CROSS」の世界。「月夜の真珠売り」時点より二年後。

☆ 白鳳大陸の西端に位置する琥珀海岸。季節 冬

☆ 登場人物

キャスケード・・・・・琥珀海岸で助けられた美貌の若者。ジャレツの相棒。

リダ・・・・・・・・・琥珀回廊を巡業するサーカスの女団長。軽業をし、猛獣も操る。

モーガイ(猛凱)・・・竜蛇軍から派遣された琥珀回廊の総督。竜蛇皇帝のクローン。

マドカ・・・・・・・サーカス一座の蘭づかいの女。リダの喧嘩友達。

ロピ・・・・・・・・マドカの私生児。八歳の男の子。玉乗りが得意な腕白坊主。

パルドッサム・・・・サーカス一座の花形荒業師。リダに惚れている。

タルタルーガ・・・・サーカス一座の道化師。楽天家のおじさん。

カンナ・・・・・・・タルタルーガの女房。リダとマドカを母親のように見守る。

メレア公爵・・・・・琥珀城の老城主。海から引き上げた巨大な蒼き琥珀を有する。

カイドー(戒同)・・・竜蛇の秘密工作員。ジャレツと共に竜蛇の双の牙と呼ばれた。

幽鬼婆・・・・・・竜蛇皇帝に三代に渡って仕える参謀。かつては寵姫。

アンバーヌ・・・・碧き琥珀の中に太古から眠る乙女。

リシュダイン・・・竜蛇の少年皇帝。不死。老体のサナギから何度も生まれ変わる。

ジャレツ・・・・・キャスケードの相棒。元、竜蛇の軍人で人捜し稼業。 



  「碧き琥珀に眠れ」


            序章

帰して・・・・・

私を早く海へ帰して・・・・・

「アンバーヌよ、その碧い瞳にわしだけを映しておくれ」

誰の目にもふれぬ深い深い海の底へ帰して・・・・・・

「かわいそうに、胎児のように身体を丸めたまま悠久の時間を碧き琥珀に閉じ込めて」

早く・・・・!禍々しい三日月型の瞳に気づかれぬうちに、海の女神のふところ深く隠して・・・・

「永遠にわしだけのものじゃ。アンバーヌよ。今宵も老いさらばえたこの身体を琥珀の肌に寄り添わせて眠るとしよう。琥珀の温かさ、表面に刻まれた古代文字がこの老躯に憩いをくれる。永遠の乙女アンバーヌ・・・・・」

誰か、私を海へ・・・・・・
ジャレツ・・・・・・!
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    第 一 章 琥珀回廊のサーカス一座

 白鳳の都、スノウバードの喧騒は相変わらずだった。
 鄙びた泥濘の道をバイクでとばしている間は恋しくてしかたなかったはずなのだが、蜘蛛の巣状の都小路にはいりこんだとたん、濁り淀んだ空気にうんざりした。秋も終わりを告げようというのに、この熱気はどうだろう。
 この都は人種のるつぼだ。
 金髪碧眼がほとんどの白鳳人をはじめ、ココア色の皮膚の中央大陸人種、瞼と耳たぶが翡翠色の樹魂大陸人種など、種々雑多である。
 ひと目で敵国、竜蛇人種とわかる黒髪黒目のジャレツを見ても、道行く人々の表情は何ら変化がない。
 ふりむく人間がいるとすれば、それは彼の革ジャケットを通しても明らかな発達した筋肉のせいだろう。
 古ぼけたビルの谷間の石畳はゆるい坂だ。ジャレツは愛用のマシンをゆっくり転がしていった。
 今回の報酬はストレートで支払ってもらえた。行方不明人の捜索稼業にしては、一週間で目的を果たせた迅速さを評価してもらえた証だ。
 早くねぐらに帰ろう。
 しかし、山となった洗濯物と、パウダーシュガーをまぶしたような埃と流しにはゴキブリのベッドタウンと化した食器の斜塔が待っているはずだ。それと、
 「ジャレツさん、稼ぎはあったのかね」と、滞納分の家賃をせっつくイヤミな大家の内儀とが。
 バイクを置いて赤レンガのはがれた古巣のアパートの三階部屋へ帰りつくと、案の定、さっそくお内儀が通路につかえそうな身体で登って来た。
 「六ヶ月ぶんだったな、申しわけない」
 ジャレツが渡すと、彼女は指にツバをつけ、長い時間をかけて札を数えた。そして相手の胃の高さからじろりと見上げ、
 「六ヶ月のうち半分は留守にしてただろ。その分はいいよ」
 ジャレツは耳を疑った。珍しいこともあるもんだ。何かあるな。
 皮袋をベッドに放り出して、途中で買ってきた樹液水のボトルを開ける。ひと口飲んで、何が来るか身構えた。
 「その代わりと言っちゃあなんだけど」
 そらきた。
 お内儀はずらりとならんだ銀歯を見せて写真を取り出すと、
「いい話だよ。この娘、となり町の商家の娘なんだけど気立てが良くて料理が得意で、そりゃ器量はもうひとつだけど。そろそろあんたも人捜しなんてヤクザな稼業やってないで身をかためたらどうかねえ。いい歳した男がいつまでもひとり身じゃこの有様だし。ほら、洗濯物にカビが生えてるじゃないか。せっかく男色から足を洗えたことだし、この機会に」
 ジャレツは飲みかけていた樹液を吹き出し、お内儀のつまみあげた下着をひったくった。
 「誰が男色だって?」
 「だって、二年ほど前まであの憎たらしいキツネ色の若造と同居してたじゃないかね」
 「あいつはただの相棒だ。それに、俺もあいつも女無しじゃ一日も生きられんタイプでな」
 「だったらなおさら嫁さんもらいな」
 「せっかくだが、そりゃ青ワニにハコベを喰わせようってなもんだ」
 お内儀は口をつぐみ、相手の革ジャケットの内側に見え隠れする銃を、いかにも汚らわしそうな目で睨んだ。
 「女買う金があったら家賃にまわしとくれ」
 やぶへびだ。
 お内儀は一度返した金をジャレツからふんだくって出て行こうとしたが、エプロンから郵便物の束をひっこぬき、手荒に渡した。
 「はい、留守中の分だよ」
 ぶつぶつ言いながら階段を降りてゆく。
 相棒のキャスケードが、また旅先から酒場や娼館の請求書を送りつけてきたな。ジャレツは椅子の埃を吹き払い、腰を下ろした。予想通り請求書だらけだ。そのなかに見覚えのあるへたくそな字が混じっていた。
               ☆
 ジャレツへ

 紅亀月五十三日七刻
 飛翔アザラシ号でスノウバードの港 着
 
 何があっても迎えに来い。
 まさかマイホームパパになったりしてねえだろうな。

                   たぐい稀なる麗しき蘭
                      キャスケード
                ☆
 ジャレツは椅子を蹴って立ち上がった。
 「五十三日っていやあ今日だ!迎えに来いだと?これが兄貴分に書いて寄越す文句か」
 言葉とは反対に、今脱いだジャケットをひっかけながら、もう階段を駆け下りている。
 やっと階下へ辿りついたばかりのお内儀は、猛烈な勢いで抜かしていった男の背中を大きなため息で見送った。
 「やれやれ、いつになったら洗濯物が片づくことか」

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. 小説「碧き琥珀に眠れ」第2回

 ――――――初冬の海は波が荒い。
 港の空気も波に劣らず荒々しかった。
 埠頭にバイクを乗り入れた瞬間、嫌な予感がジャレツの胸をつきぬけた。
 港湾オフィスは人だかりだ。
 「どうした?」
 近くにいた労働者風の男に尋ねると、
 「飛翔アザラシ号が遭難したんだ。琥珀海岸付近で音信を絶ったらしい」
 「飛翔アザラシ号だと――――――――?」
 相棒、キャスケードの乗って帰るはずの船だ。ジャレツはいぶし銀の光を放つ波頭を見つめて茫然と立ちすくんだ。

**************************************************

 白鳳大陸の南西一帯、琥珀回廊と呼ばれる地方は古くから琥珀の産出地として名高い。
何万海里を隔てた琥珀の宝庫、神秘の樹魂大陸とはその産脈を同じとすると言われている。
 回廊を旅する商人のてによって、年間何百トンもの琥珀が流通し、世界中の貴婦人の肌を飾る。
 中でも数十年前、琥珀海岸がぐるりと弓状に囲むエレクトロン海から発見されたという巨大な碧い琥珀の内部には、古代人らしい乙女が生前の姿そのままに閉じ込められているという。だが、それを所有するメレア公爵は門外不出として城の奥深く蔵してしまったので、今では誰も見た者がない。
 メレア公爵家は、代々琥珀回廊の支配者であった。しかし先年、白鳳大陸が隣の軍事大国竜蛇と戦火を交え敗北した際、竜蛇皇帝のたっての希望で琥珀回廊一帯が割譲されたのだった。
 血族は死に絶え、今や年老いた当主ひとりきりになってしまった公爵家は往年の隆盛を失い、支配権をも失い、陸の孤島といった哀れさである。
 軍事的に特に有利とも思えぬこの地方を、なぜ竜蛇大陸の皇帝が欲したのかはいろいろな憶測がとびかったが、結局のところ謎のままだった。

********************************************

 潮風に輪舞する粉雪がまつ毛に落ちた。
 少年ロピは、海岸を歩き回りながら、しきりに真っ赤な手に息を吐きつけた。
 琥珀回廊の冬は厳しい。
 数日前、大型客船が遭難したらしく夥しい漂泊物が海岸に打ち上げられている。ロピは轟く波に脅えながら、漂泊物と遺体が散らばる波打ち際を何か金目の物がないか捜し続けているのだった。
 「母ちゃん、もう帰ろうよお」
 ロピは辛抱できずに叫んだ。
 少し離れた場所で遺体から指輪を抜こうと躍起になっていた女が顔を上げた。
 「何言ってるの、ロピ。しっかりお捜し。蘭の仕入れにはいくら元手があっても足りゃしないんだからね。ああもう。抜けしない」
 母親といってもマドカはまだ娘と呼べる若さだ。
 トビ色の瞳は勝気そうで、赤っぽいちぢれ髪を何本ものみつ編みにまとめ結いし、ドレスの裾をたくしあげた姿は生活力たくましそうなことこの上ない。
 ささやかな抵抗をひと言で木っ端微塵にされた幼いロピは、しかたなく物色を続けた。
 先年の戦争のおかげで遺体なんか怖くはないけれど、この寒さはまっぴらだ。早く帰りたい。帰って、天幕の中で温かいミルクを飲みたい。鼻をすすり上げた時、磯の方にキツネ色の頭髪が見えた。近づいてみると、まだ若い男の亡骸だった。うつ伏せのままジーンズ姿の手足を妙な形に折り曲げて、長い髪を寒風にさらされている。
 その腕に光る銀のバングルを、ロピは見逃さなかった。
 「もらいっ」
 これで母親に褒められて温かいミルクにありつける。はりきってバングルを外そうとした時、
 「・・・・・・・」
 遺体の彫り深い目元がしかめられた。
 「か、か、かあちゃあん!」
 ロピは跳びすさり、叫んだ。
 「こ、こ、この水死体、生きてるウ!」
 「バーカ、生きてるのは水死体とは言わないんだよ。え?生きてるって?」
 母親のマドカは手元の作業を中止して、腰を抜かしている息子のところへやってきた。
 「これはまあ」
 ひと目見るなり言葉をなくした。
 マドカは生まれてこのかた、こんな美しい若者をじかに見るのは初めてだった。無数の砂粒がこびりついた頬は死の影に脅かされて蒼白だというのに、この匂いたつ華やかさはどうだろう。
 「こいつのバングルが高そうだったからいただこうとしたら、動いたんだ」
 ロピは半べそをかいている。
 「変な子だね。死んでる人間より生きてる人間を怖がるなんて。―――――――おや、ほんとだ、いいバングルだ。何か文字が彫ってあるよ。
ええと――――――たぐい稀なる麗しき蘭、キャスケード・・・・!黄金蘭の名前だ!」
 マドカの瞳に俄然、光が増した。彼女は先祖代々の蘭使いの家系なのだった。蘭を使って香料や薬を調合し、花びらや蕊で占い、まじない、催眠術を行うことを生業としている。こうして遺体から金目の物を物色しているのも蘭の仕入れ資金のために他ならない。
 「それってこいつの名前かなあ」
 「そうさ、きっと。黄金蘭―――――か」
 マドカは若者の乱れた前髪をかきあげ、まつ毛に着いた砂をはらってやった。そして頭の肩の下に手をすべりこませた。
 「ロピ。お前、足をお持ち」
 「正気かい、母ちゃん!」
 「だってこのままじゃ死んじまうだろ」
 「いいじゃないか、こんな知らないやつ、どうなったって」
 「いいからお持ち」
 ロピはしぶしぶ母親に服従した。
 粉雪の輪舞が激しさを増した。
 母子は白い砂の上を、若者の身体を引きずっていった。

. 小説「碧き琥珀に眠れ」第3回

海岸を少し登った原野に、天幕の群れがある。旅のサーカス一座の野営地である。
 女団長リダの率いるこの一座は、サーカスとは名ばかりの大道芸の一団で、六人のメンバーと薔薇豹が一頭、十二羽のインコと三匹の猿、五匹の犬と荷役用の馬が数頭の小さな小さな一座である。
 原色のペンキで塗りたくった派手な馬車が横づけされているが、横殴りの雪にさらされている今は、華やぎなど感じられない。
 ロピと蘭使いの母親マドカもこの一座の一員だ。一番端の天幕に、母子は海岸で拾った美しい若者を運び入れた。
 彼らの天幕の中は、蘭の甘い芳香が満ちてむせるようだ。
 「早く炉の火を起こして熱い湯をお沸かし。それと、リダのところから毛布を借りてきて」
 マドカは小さな息子に矢継ぎ早に命令した。若者を炉に近づけ、濡れた衣服を全て脱がせ、熱い湯で全身を拭いてやった。毛布が来るとマドカは自分も躊躇いなく衣服を脱ぎ、若者に添い伏そうとした。
 「ロピ、お前も裸におなり」
 「ええっ?」
 ロピは露骨に嫌な顔をした。
 「温めるには人肌が一番なんだよ」
 またもや母親に睨まれてロピは言いなりになる。穴だらけのセーターと半ズボンを脱ぐと、野うさぎみたいに若者の背中側にもぐりこんだ。
 「やだ。こいつの身体、磯臭いよお」
 「辛抱おし」

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 マドカは頬を近づけて若者の呼吸を確かめながら、やんわりと押し包むようにその逞しい肩を抱いた。
 炉の火に照らされる若者の胸郭は繊細な黄金の産毛で覆われていた。この感触は、まさに蘭の肉厚の花びらだ。
 (キャスケード・・・・・)
 思わずうっとりと整った眼元に見入る。濃いまつ毛の内側の眼はどんな色だろう。
 「ちょっとマドカ!」
 突然の声に、マドカの陶酔は中断された。
 入り口のかけ布をはねあげて、メタリックな銀青色のショートカットの女が大股にブーツを鳴らして入ってきた。
 一座の女団長、リダだ。つり上がった紫の眼、足元には愛獣の薔薇豹を伴っている。 
 「あんた、子連れで春をひさごうなんてどういう神経?悪趣味通り越して不気味だよ。この金の亡者!」
 男装束の革のジャンプスーツの腰に手をあてがなりたてたが、マドカも黙ってはいない。
 「ふん、その歳で処女でいる方が悪趣味通り越して不気味じゃないか」
 「その歳とは何さ。あんたと同じ花の二十五じゃないの。ねえ、エクリュド」
 首筋を叩かれ、薔薇豹は主人の腰に頭をすりつけた。薔薇の文様が美しい、高山にしか生息しない猛獣である。
 「どうでもいいけど、こっちは今人命救助で忙しいんだ。毛布しばらく借りとくよ」
 毛布の中にもぐりこもうとしたマドカを見たリダは、ようやくいつもとは様子が違うことに気づいた。
 路銀や蘭の仕入れに窮すると、惜しげもなく身体を売るのはマドカのお家芸だ。その結果、十代で父親の判らぬロピを産んだのだが、今日はそうではないらしい。
 「――――――――客じゃないの?」
 そっと歩み寄り、男の横顔をのぞいたリダの総身を、快感とも脅えともつかぬ激しい感情が縦横に貫いた。
 「まあ、なんて・・・」
 「きれいだろ?妬ましいくらい」
 「どこから拾ってきたのさ」
 ガラにもなく言葉尻が震えた。
 「遭難船の客らしいよ。海岸に流れ着いてたんだ。ひょっとしたら助かるかもしれない」
 そんなことならエクリュドを使いなよ。これの毛皮はそりゃ暖かいんだから。ロピ、おどき」
 鼻をつまんでいたロピは苦行から解放されて急いでセーターを被った。代わりに薔薇豹が若者の横に長々と身を横たえる。
 毛足の長い獣の身体がすっぽりと若者の裸を押し包んだ。
 「これでよし。後は神に祈るだけ。どの神?」
 「彼を見つけた琥珀海岸の象徴、碧き琥珀に眠る乙女に祈ろうか」
 ふたりの女は赤々と燃える炉の焔に焼かれながら、若者を見守った。


. 小説「碧き琥珀に眠れ」第4回

夜になっても雪は止まず、夜半には吹雪になった。
 ごうごうと吠え猛る冬狼の遠吠えを聞きながら、まどかは若者の身体を温め続けた。温めているうちに、自分の方が癒されていくような不思議な心持ちに侵された。
 吹雪は三日と三晩、恐慌を続けた。四日目の朝、不意に静寂が訪れた。
 冬眠さながらの忍耐を余儀なくされていた一座のメンバーと動物たちがようやく動き始め、野営地に活気が戻ってきた。
 吹雪が止んだら旅を続行しなくてはならないのだ。
 リダがマドカの天幕をうかがいにきた。
 「どう?あんたの傷ついた白鳥は」
 マドカは首を振った。
 「そろそろ天幕をたたんで出発しなけりゃね。これ以上雪が深くならないうちに、メレア公爵の城へ到着したいからね」
 「お願い、リダ。彼も連れて行って」
 「何だって?」
 薔薇豹が微動だにせず若者に寄り添っていた。炉の爆ぜる音と、女たちの話し声が若者の耳に届いた。
 眼元がぴり、と痙攣し、濃いまつ毛がついに開かれる。
 若者は中指ほどもある猛獣の牙を、アイスブルーの瞳でぼんやりと見つめた。猛獣がさっそく、ざらざらの舌でべろりと舐めあげる。
 「うわああああああああ」
 かすれた悲鳴がしぼりだされた。
 「母ちゃん!」
 ロピが気づいて、マドカとリダが我先にと駆け寄った。
 若者は薔薇豹から逃れようと、毛布を巻きつけたまま必死でもがいていた。
 「大丈夫、この豹は人間を襲ったりしないから!」
 「落ち着いて」
 マドカが優しく抱きしめると、若者はようやく静かになった。だが、周囲を見回してもふたりの女を見ても、表情は虚ろだ。
 「心配ないよ。あんた、助かったんだ。ここはサーカス一座の天幕の中だよ」
 マドカの説明にも反応はない。
 「何か飲む?」
 初めてかすかにうなずいた。どうやら言葉は通じるらしい。
 マドカは大急ぎで蘭の蜜を数滴垂らした温かい湯を持ってきた。彼女に助けられて、彼はやっと一杯飲み下した。
 「なんか、想像してたイメージじゃないね。どう見たってパンクファッションにゴールドが似合いそうなお兄さんなのに、こんなか弱げなタイプだと思わなかった」
 リダがため息をついた。
「無理ないよ。海を漂流して、何日も意識不明だったんだから。ねえ、言葉わかるんでしょ。あんた、キャスケードっていうの?」
「キャス・・・?」
「そう」
 若者は焦点の合わない眼を空に泳がせた。
 「わからねえ・・・・」
 「あんたの名前よ。どこの人?船に乗って、どこに行く途中だったの?」
 「警戒しなくていいよ」リダが言い添えた。「私はリダ。サーカス一座の団長。こっちは蘭づかいのマドカそれとその息子のロピ。あんたの命の恩人だよ」
 「そうだぞ」
 ロピは胸を張った。
 「わからねえ・・・・・」
 若者の反応はその一点張りだ。
 リダとマドカは顔を見合わせた。
 「ショックで惚けちまったのかしら」
 「言葉づかいからして貴族じゃなさそうだね。貴公子みたいな顔をしてるくせに」
 「でも、良かった。気がついて。これで一緒に出立できる」
 マドカは嬉々として言ったがリダはきっぱりと、
 「馬鹿お言いでないよ、マドカ。私が許可しないよ」
 「こんな半病人を寒空にほおっていけっていうの?リダ」
 「ムダ飯喰いを養うような慈善事業はしてないもんでね」
 「お願い、私が今までの倍稼ぐ。彼にも元気になったら雑役させるから」
 マドカの表情は真摯だ。その時、いつのまにか入り口から覗いていた道化師のタルタルーガと連れ合いのカンナが口々に加勢した。
 「団長、許してやりなよ。マドカが初めて本気で惚れた男じゃないか」
 「祝福しておやり」
 リダは豊満な胸を大きく上下して、肩をすくめた。
 「マドカ――――――あんた、子どもの頃からひと目惚れのクセがなおってないねえ」
 かくして、海岸で拾われた美貌の青年は、サーカス一座と共に巡業の旅をすることになったのだった。
 以来、マドカの新参への世話のやきかたと言ったら、普通ではなかった。朝日が昇れば長いキツネ髪を編んで結わえてやり、髭をあたり、服を縫ってやり、好みの食事をあれこれ作ってやる。蘭を使って気持ちをほぐしてやったり、夜はもちろん添い伏して離れない。
 「着せ替え人形ごっこは楽しいかい、マドカ」
 道化師のタルタルーガなど、しきりにひやかす。
 当然、小さなロピは母親を取られたかたちで面白くなかった。
 野営地のはずれで、ひとり玉乗りの練習をしていると、一座の花形スター、荒業師のパルドッサムがやってきた。
 「よお、坊主。少しは転がせるようになったか」
 隆々とした筋肉、熊のような上背、気骨のある面構え。彼はもうだめだ、と周りが思う難関を何度もやり遂げてきた、ロピのヒーローだった。
 だが、今日は声をかけられても黙々と練習を続ける。
 「どうしたい。元気ないじゃないか」
 「・・・・・・」
 「ははん、近頃母ちゃんをあの優男に取られて寂しいんだな」
 「ちがわい」
 「そりゃ、あんなのが今日から父ちゃんだって言われたりしちゃお前も困るよな」
 ロピの顔が真っ赤になった。パルドッサムは慌てた。
 「わ、悪かった。冗談がすぎた。謝る」
 「お、おいら、おいら」
 涙の粒が急激にふくれ落ちそうなところで、ロピはパルドッサムの逞しい胸に飛び込んで泣き出した。
 「おいらの父ちゃんになるのはパルドだ!パルドしかいないってずっと前から思ってる。パルド、おいらの母ちゃん、嫌いかい?」
 「ええ?」
 パルドッサムは面食らった。
 「ねえ、嫌い?好き?」
 「そ、そりゃ一座仲間だし嫌いじゃないけど・・・・」
 目の端で、ちらりと野外舞台の隅に目をやる。
 薔薇豹を連れたリダが、仲間と打ち合わせをしていた。
 男勝りの運営手腕といい、統率力といい、父親の跡を継いだ女団長の器としては一座の皆が認めるところだが、勇ましさの陰に隠れている女らしさをパルドは知っている。
 もう長いあいだ、パルドの胸の内深く住んでいるのは、リダをおいて他にない。
 体格に比して小心な彼は、いまだ告白する勇気が無いのだが――――――。
 ロピには申し訳ないが、マドカをその対象には見られない。
 「よかった。じゃ、早いとこプロポーズしてやってよね。あいつに先越されないうちに」
 巨漢の胸の内を知らず、ロピは無邪気に機嫌を直して玉乗りの練習を続けるのだった。

. 小説「碧き琥珀に眠れ」第5回

メレア公爵の城めざして一座の旅は続いた。
 冬狼のあぎとに捕らえられる前に、南下しながらできるだけ巡業して稼ぎ、公爵の城で越冬させてもらうのが例年の決まりだった。
 リダの亡き父親、先代団長は若い頃にメレア公爵家のお抱え芸人だった。そのおかげで今もリダたちはその恩恵を受けることができるのだった。
 立ち寄る村々で巡業が行われ、農閑期の村人たちは胸はずませて見物にやってくる。
 スノーバードの都や、回廊都市から遠く離れたこの地方にはこれといって娯楽がなく、また農民たちは貧しくて都会へ出かける余裕もない。
 即席の巨大な天幕が張られ、一座の巡業は始まる。
 まず、マドカをのぞく全員が一輪車に乗っての挨拶がファーストプログラムだ。
 次にタルタルーガがくす玉みたいなフリルだらけの道化姿でお手玉、玉乗りの技をたくみに披露し、続いて彼のつれあいカンナが小さな動物たちの可愛い芸当を見せる。共に五十歳近い彼らは、リダの父親の代からのベテラン芸人だ。
 そしてマドカが蘭のマジックで観客を感嘆させ、リダは革のジャンプスーツに身をかため、鞭をうならせて薔薇豹に火の輪くぐり、牙にキスなどをしてみせて、やんやの喝采を浴びる。
 最後にパルドッサムが鍛えぬいた体躯で堂々と登場し、火吹きや剣を使ったアクロバットで観客を唸らせる。
 出演者以外が裏方をこなして、上演中は全員が大車輪だ。ロピもマドカやタルタルーガのアシスタントを努めたり、客席へ菓子売りにまわったりと、よく働く。
技もさることながら、彼らのチームワークは見事だった。たった六人の一座だからこその結束力とも言える。
 そんな中、キャスケードだけは大道具の陰でぼんやりと座り込んでいた。
 カツカツとブーツを鳴らしてリダがやってきて、怒鳴り飛ばした。
 「何をぼさっとしてるんだい、ムダ飯喰いは許さないと言ったろ!」
 たっぷり雑用を言いつけた。
 慣れぬ小道具の段取りにうろたえたキャスケードは、何段にも詰まれたインコの籠を崩したり、くす玉を破いてしまったり、あげく犬の糞を床にぶちまけてしまったり――――――と、ヘマを連発してしまった。
 「片付けひとつ満足にできないのかい、この役立たず!」
 リダの怒鳴り声を聞きつけて、マドカがローズ色のラメ入り衣装のまま駆けつけた。
 「なんてことさせるの、リダ!キャスはまだ身体が完全じゃないんだよ」
 「どこが完全じゃないのさ。おつむ以外すっかり元気じゃないか」
 「鬼みたいな女だね、あんたって。こんな痛々しいキャスケードに働けだなんて。大丈夫?どこも痛くないかい」
 マドカは若者の肩を抱き大袈裟に気づかう。
 「働かざるものなんとやら。今度、さぼっているところを見つけたら、すぐに奴隷市場で売り飛ばしてやるからね!」
 紫の瞳をとげとげしく光らせて、リダは背を向けた。
 マドカは思い切りあかんべえを投げつけた。

. 小説「碧き琥珀に眠れ」第6回

公演が果てた深夜、マドカはいつものように息子の寝息を確かめて、キャスケードの寝台にすべりこむ。
 「何だってあんたを目の仇にするんだろうね、リダったら。でも安心して。私がきっと守ってあげるからね」
 キャスケードの瞳は相変わらず虚ろだ。
 自分の周りで何が起ころうと、特別関心はないらしい。
 「リダは蘭の催眠術で聞き出せって言うのよ。でも、私はいや。だって思い出したら、あんたはどこかで待ってる恋人の元へ帰ってしまうだろ」
 「・・・・・・・」
 気づかう言葉が耳に入っているのかいないのか、アイスブルーの瞳は艶っぽく濡れて揺らめき、マドカの胸をせつなく責める。
 こらえきれず、中世の楽士めいた彼の繊細な頬を両手でつつみ、唇にくちづける。
 だが、いくら情熱的なキスを繰り返しても、彼の内部に火を点けることができない。
 「女の愛し方まで忘れちまったの?―――――――いいよ。私が一から・・・・」
 キャスケードはいつのまにかやすらかな寝息をたてている。
 「あらら――――――ま、いっか」
 マドカはあきらめて若者の腕を枕に目を閉じる。
 炉の火も燃えつき、幕内には蘭の香りがますます濃厚にたちこめていった。


        第 二 章 銀仮面の総督


 紺碧の海に朱色の艦隊がみごとなコントラストを見せている。一座は何日ぶりかで海岸線へ出て、灰色の断崖からエレクトロン海の眺望を望んだ。
 竜蛇海軍の巨大な戦艦が三隻、竜の背中のようなコブを盛り上がらせて沖に停泊し、その周りを巡洋艦が何隻も走っている。
 「何事だい、えらく物々しいねえ」
 マドカが言いながら烈風に首をすくませた。
 カンナが皺の目立つ目元をしかめ、
 「おおかた演習か何かだろ。奴さんらドンパチやってりゃご機嫌なんだから」
 「ケッ」パルドッサムが唾を吐き捨てた。「琥珀回廊をわがもの顔で占領しやがって、竜蛇のミミズ野郎めが」
 「エレクの町は一年ぶりだけど、どんな具合だろうね」
 カンナは不安そうに亭主のタルタルーガを振り返った。
 「総督府が建てられて本国から総督が派遣され、回廊全域の行政を行っているらしい」
 「メレア公爵様の城とは目と鼻の先じゃないか。なんてこった、公爵様、さぞ悔しい思いをしてらっしゃることだろう」
 一同はシンとした。
 「竜蛇・・・?」
 皆の背後にいたキャスケードがぽつりと洩らした。珍しく表情が強張っている。
 「知ってるの?キャス」
 マドカの問いに、
 「どこかで聞いた気がする」
 朱色の戦艦を熱心に眺めている。
 「あんたはどう見ても竜蛇人には見えないけれどね。やつら、黒髪と黒い眼、浅黒い肌だし」
 「黒髪に黒い眼――――――」
 若者はもどかしげに首をふった。
 頭の中にかかった霧はなかなか晴れないらしい。

****************************************

 一座は公爵の城へ向かう前に、エレクの町でもうひと興行うつことにした。
 回廊都市であるエレクの町は今までの農村地帯とは違い、人口が多い.桁違いのもうけが期待できそうだった。
 数十人も居並ぶ兵の列を検問所で目の当たりにした一座は、顔色をなくした。通行手形はキャスケードを除いた六人分しかないのだ。が、急に引き返せばかえって疑われることになる。
 マドカは声をひそめてリダに泣きついた。
 「お願い、一生のお願い。キャスも絶対一緒に通らせて」
 「たくもう、世話焼かせるね」
 御者台にいたりだは荷台へすべりこむと、薔薇豹の檻にもたれてうたた寝していたロピを揺り起こした。
 「ロピ、ちょっとの間、エクリュドの胎の中に入ってて」
 「むにゃ、いいよ?」
 寝ぼけまなこの少年は慣れた動きで檻の中の猛獣の袋にもぐりこんだ。薔薇豹は有袋類なのだった。
 一座の検問の番が来た。
 検問官はリダの示す六人分の通行手形を改め、部下の兵士は五台の馬車を次々に覗いてまわり、天幕用の布を銃床で乱暴にさぐった。
 インコやサルが檻の中を右往左往しては盛んに吠え叫び、大騒ぎした。
 「やかましいな。こっちの馬車は?」
 兵士が薔薇豹の檻を積んだ馬車に近づいた。
 「あっそれは・・・」
 マドカが思わず叫んだが、次の瞬間、猛獣の獰猛な眼光に射抜かれた兵士は、ぶざまに馬車を転がり落ちた。
 「と、通ってよし!」
 一座の列はゆっくりと動き出した。
 薔薇豹が有袋類であることを知る竜蛇兵士はいなかったらしい。
 冷や汗ものだった。
 当のキャスケードは竜蛇兵士の黒い瞳にばかり見入っている。
 「まったく、なんだって私がこんな苦労をしなくちゃならないのさ」
 リダはおかんむりだったが、ともかく一座はエレクの町へ入ることができたのだった。


. 小説「碧き琥珀に眠れ」第7回

その日の検問が厳しかったのは、奇しくも竜蛇皇帝の生誕祝賀祭が行われていたためだった。
 一割譲地での行事がここまで盛大なら、本国ではいったいどのようであろうか、回廊都市の庶民には想像がつかない。それほどの、今日の祝賀祭の規模だ。
 一座はその前に、まず町庁舎横に建設された総督府の広大さ、壮麗さに度肝を抜かれた。
 竜蛇建築様式の粋を凝らした、曲線で優美な弧を描き端の跳ね上がった金色のいらか。
 その下に伝説の雲上巨人の足さながらの純白の柱が林立している。
 居並ぶ兵卒など、アリほどにしか見えない。
 総督府が大人とすれば、旧い町庁舎は足元の小犬でしかなく、おそろしく貧弱でみすぼらしく見えた。
 総督府の正面には、そのまま戦闘機の滑走路に早変わりしそうな広場が地平線まで続き、竜蛇の紋章をかたどった石畳が見渡す限り敷き詰められていた。
 その上を軍事パレードが行われていた。
 角竜や首長竜を思わせるいかつい戦車やミサイル搭載車が何台も、冬の淡い陽射しに鈍く光りながら大衆の前を通り過ぎる。
 兵卒たちもそれぞれの階級の盛装を着け、一糸乱れず石畳に軍靴を響かせてゆく。
 総督府の正面にさしかかると、彼らはいっせいに測ったように同じ角度だけあごを傾け、小手をかざして敬礼姿勢をとった。
 金色のいらかの下の巨大なテラスには、総督自身とそのブレーンが並んでいるらしい。
 「豆粒みたいで良く見えないや」
 ロピがパルドッサムに肩車されて双眼鏡を覗いていた。一座の連中が群衆の波にもまれながら、パレードを見物しているのだった。
 群衆の表情は一様に暗かった
今日の祝賀祭で、彼らはこの町が白鳳の一部から軍事大国竜蛇の支配下におかれたことをいやがうえにも思い知らされたのだった。
(竜蛇は白鳳より、二百年も科学や文化が進んでいるってのは本当らしいな)
(あの戦車の砲頭を見ろよ)
(くわばら、くわばら。こんな国と戦って大陸全土が焦土にされずによくぞすんだことじゃ)
(しかしこの町とわしらはこれからどうなることよ)
ロピの耳にも群衆の脅えたささやきが届く。
「皇帝の肖像画が飾られてないな」
双眼鏡を奪ったパルドッサムが言った。
「知らないのか、パルド」
脇の下のはるか下からタルタルーガの声が昇ってきた。
 「皇帝は成人するまで民衆の前に姿を現さないんだぜ。まだ十四、五のはずだからな、時輪皇帝リシュダインは――――――」
 「そんな子どもに琥珀回廊は占領されたのか」
 「パルド、お前何にも知らないんだな」
 タルタルーガは舌打ちした。
 「皇帝は見かけは少年でも不死なのさ」
 「不死?」
 パルドッサムのごつい手から、危うく双眼鏡が落ちるところだった。
 「ちゃんと歳とって爺さんにゃなるが、老体のサナギを破って赤ん坊として生まれ変わるって噂だよ。今の皇帝は二十三回目の人生の時の輪を生きてるそうだぜ」
 「馬鹿馬鹿しい。タルタルーガ。お前そんな法螺信じてるのか」
 「しかし、それを証拠に皇帝には子孫がいないらしいぜ。自分が不死じゃ子孫つくる必要がないからな」
 「じゃあ、本当なのか」
 「木っ端微塵にされりゃおしまいだろうけど、いや、ひょっとすると鱗の一枚でも残ってりゃ再生するかもしれないぞ、竜蛇の皇帝は」
 「うへえ」
パルドッサムの背筋をうすら寒いものが奔りぬけた。
 「あれえ、あの真ん中の人、銀の仮面を被っているよ。変なのお」
双眼鏡を取り戻したロピがもらしたとたん、周りの空気が一変した。群衆がうろたえてどよめき、刺々しく唇に人さし指をたてる。
 「な、何?おいら何かまずいこと言った?」
 「坊や、総督の仮面の噂をしちゃいけない」
かたわらの老婆がおののきながら、それでも毛糸のショールを口元にあてて教えてくれた。
 「えっ、あれが総督なの?」
ロピは次の瞬間、群衆にひきずり下ろされ、よってたかって口をふさがれた。
 「何するのさ、うちの子に!」
マドカが群衆をかきわけてやってきて、息子を奪い返した。
群衆はとばっちりはごめんだとばかりに去ってゆき、一座の周囲にはぽっかりと空間ができてしまった。
 リダも双眼鏡で総督府のテラスを見やった。
 確かに、死神のような薄笑いを刻んだ銀の仮面を着けた男が中央に立ち、広場を睥睨している。
 (あれが少年皇帝の代理人、総督モーガイか――――――)
リダは不気味な印象を覚えた。
 「竜蛇の軍・・・・竜蛇の・・・・」
背後からのつぶやきに振り返ると、キャスケードが蒼白な顔で総督府を睨んでいた。
 「どうかした?」
リダが言い終わるかどうかのうちに、若者の身体はふわりとバランスを崩し、キツネ色の長髪を扇のように開いて石畳に沈んだ。

. 小説「碧き琥珀に眠れ」第8回

カトレヤ、レリア、ブラッサボラ、エピデンドラム、ソフロニティス、ブロートニア、カトレイトニア、レロニア――――――。
 何種類もの蘭が華麗なギヤマンの中で熱され、混ぜ合わされ、芳醇な香りを放つ。
 深夜、マドカの天幕ではキャスケードに蘭の催眠術がかけられようとしていた。
 渋っていたマドカだったが、最近、竜蛇の戦士を見かけるたびに様子の変なキャスケードを見て、ようやく重い腰を上げたのだった。
 「かわいそうなキャス。よほど竜蛇が嫌いなんだね。私がその苦しみを取り除いてあげるよ」
 かくしてリダを立会人に、催眠術が始められることになった。
 馥郁たる蘭の香りを嗅がされると、若者の瞼はとろりと落ち、上体がゆらゆらと揺れ始めた。
 マドカは静かに質問を始めた。
 「楽にして。・・・・名前は?」
 「キャスケード。ガキの頃からダチがそう呼んでた」
 うって変わって快活な声だ。マドカとリダは顔を見合わせた。
 「親は?」
 「ねえ」
 「生まれは?」
 「知らねえ」
 「いくつ?」
 「多分、十九か二十歳」
 「何が見える?」
 「ゴミタメの貧民窟」
 「それはどこの町?」
 「・・・・・・」
 「他には何か?」
 「・・・・・・」
 沈黙が色褪せる頃、突然、
 「ジャレツ・・・・」
 「え?」
 「俺の相棒ジャレツ。いつも一緒だった。あいつのためなら俺は鬼神にだって喜んで喰われてやら」
 「誰よ、それ!まさか女じゃ・・・・」
 マドカがぴりぴりと詰問しようとしたが、
 「ちょっと、マドカ」リダが引き止めた。「ひょっとしてこいつ・・・」
 「何よ」
 「だって、ジャレツって名前の女はいないだろ。そういえば、めちゃ、男好きするタイプじゃないか」
 「よしてよ!」
 心当たりがないでもないマドカはムキになって否定した。イスを倒して立ち上がった拍子に、キャスケードがうめき声を発した。
 「アンバーヌ、アンバーヌ、やめろ、爺い、アンバーヌに触るな!」
 がらりと様子の違う緊迫した声色だ。マドカは仰天した。
 「どうしたの、キャス!」
 あごががくがくするほど揺すぶると、ようやく彼の眼が開いた。
 見慣れているはずのマドカがどきりとするような深い光を湛えている。
 「アンバーヌって誰?恋人?」
 「・・・・・・」
 光が消え、若者はそれきり元の憂いを秘めた記憶喪失者に戻った。
 「やれやれ、とんだ疫病神をしょいこんじまったこった」
 リダは言い捨てて天幕を後にした。
 結局、知り得た手がかりはわずかばかりだった。あれっぽっちでは身元をつきとめることは絶望的だ。

*************************************

 市中での巡業は連日盛況で、一座は日々、はりきって芸を披露した。
 が、リダのキャスケードに対する仕打ちはその後ひどくなる一方だった。
 団長としての采配や猛獣使いの芸は冴えを見せていたが、ことキャスケードに関することになるとヒステリーの魔女が宿る。
 今日も、上演中に誤って天幕の一部を倒してしまったキャスケードに、間髪を入れず平手打ちをくらわした。
 「このドジ!お客さんにもしケガでもさせたらどうするつもりよ?」
 すばやくマドカが間にすべりこむなり、リダの頬をやり返す。
 「キャスがケガでもしたらどうするつもりよ?」
 リダも負けじと幼なじみの横っ面を張り飛ばす。
 「あんた、お客とムダ飯喰いとどっちが大切なんだい」
 「キャスに決ってるじゃないさ」
 「この淫乱女!」
 今にもつかみあいを始めんばかりの両嬢の間にタルタルーガとカンナが止めに入り、やっとその場はおさめられた。
 ロピはパルドッサムの背中に隠れて一部始終を見ていたが、唇の血をぬぐって眼を上げた元凶の若者に、あかんべえをするのを忘れなかった。

. 小説「碧き琥珀に眠れ」第9回

夜更け、がらんとした観客席に鞭をだらりとさげたまま、リダがうなだれていた。
 小猿を肩に乗せて狭い手組みの階段を昇ってきたのはカンナだった。
 「どうしたの、リダ」
 「ああ、カンナ」
 リダは弱弱しく微笑んだ。
 母親のようなカンナのけむるような笑顔には素直になれる。
 カンナは隣に腰掛けると出しぬけに、
 「恋だね?」
 とたんに女団長の銀青色の髪が逆立った。
 「な、何のことさ」
 「ばっくれても駄目さ」
 「私が何年オンナやってきたと思ってるんだい」
 リダは口をもごつかせたが、無駄な抵抗と悟ったのか、照れくさそうに微笑んだ。
 「変だよね。私みたいなオトコ女があんな得体の知れない、それも年下の若造にさ」
 「ちっとも」
 「つらくあたるつもりはないんだ。でも、マドカがあれこれ世話やいてるのを見ると、もう駄目」
 「恋とヤキモチはポジとネガだからねえ」
 リダは大きな息を吐いた。
 足元に寝そべっていた薔薇豹がぴくりと耳で返事した。
 カンナは歳とった女らしくしみじみと、
 「確かに若い女には眼の毒さね、あの子は。いったいあの子のおっかさんは何を食べてあんな美しい子を産んだんだろうねえ」
 「ツラじゃないんだ。あいつの瞳が」 
 「瞳が?」
 「深すぎる。優しすぎる。あれは、誰かに愛されてつちかわれた眼だ」
 「でも、親は無いって」
 「誰か――――――親や恋人より、あいつを愛している誰か、だよ。私はマドカによりもその人間に嫉妬しているのかもしれない・・・・」
 リダのアメジストの瞳は遠くを眺めた。
 「困ったねえ、あんたたちを赤ん坊の頃から見てきた私としちゃ、どっちにも恋を成就してほしいんだけど」
 「私そんなこと思ってやしない。私には父さんから受け継いだこの一座を守っていく義務があるもの。愛だの恋だのにうつつをぬかしているヒマなんかないんだ。このことは今夜かぎり忘れて、カンナ」
 鬼火のような眼光を発して、リダはカンナを真っ向から見据えた。
 「リダ、あんたそれでいいの?」
 「顔を合わせちゃケンカしてるけど、マドカは大切な親友だ。先の戦争で竜蛇の前線基地へ慰問させられた時、やつら私に夜の伽までさせようとしたこと知ってるだろ、カンナ。あの時、私に指一本触れさせまいとしてマドカが一手に引き受けてくれたんだよ」
 「・・・・・・」
 「そんな彼女の本気の恋を、私が奪ったりできると思うかい、カンナ」
 「リダ・・・・」
 「突発事故さ、番狂わせ。起こるはずのないことなのさ」
 肩をそびやかして立ち上がると、薔薇豹を従えて客席の陰で偶然聞いてしまった人間がいた。
 荒業師パルドッサムだった。
 どんな危険な仕掛けにも動じない心臓が、氷の衝撃に貫かれた。
 (そうだったのか、それでリダはあの若造につっかかっていたのか・・・・!)
 矛先は若造に向けられた。
 (あんの野郎、ロピを悲しませるばかりか、リダの純真までもてあそびやがって)
 岩塊のような拳が握りしめられた。


. 小説「碧き琥珀に眠れ」第10回

「さあて、お立会いお立会い!」
 ひさしぶりで晴れ上がった蒼空の下、大男が声をはりあげた。
 先日、軍事パレードが行われた総督府前の大広場である。
 先日とはうって変わって広場は庶民に開放され、音楽、ダンス、大道芸、占いなど思い思いのパフォーマンスを繰り広げる者、説法するシャーヌム教の坊主、古本市、骨董屋など、種々雑多な催しで満ちていた。
 すべて本国の皇帝生誕記念を祝っての奉納という名目である。もちろん、総督府の検問に合格したもののみではあったが。
 大男の呼びかけに、人々はどんな芸が見物できるのかとわらわらと集まってきた。
 並外れた体躯の大男もさることながら、仕掛けも尋常ではない。
 ポプラ並木の枝から枝にロープがかけ渡され、その下には天を向いて数十本もの剣が針の山さながらに等間隔に立てられて輝いているのである。
 このロープの上を渡るのは、大男か、それとも――――――。衆目はもうひとりの男の上にいやがおうでも吸い寄せられる。
 群衆から思わずため息がもれた。
 なんと麗しく、ガラス細工も及ばぬ繊細な若者か。姿かたち、動作もさることながら、夢の世界を彷徨っているかのような視線のあやふやなアイスブルーの瞳がなんとも蠢惑的で、見る者を魅了せずにおれない。
 そんな若者が、フリルのたっぷりあしらわれた常春の国の王子様みたいな衣装を着けて、キツネ色の巻き毛を青いサテンのリボンで結わえているとあっては、娘たちはおろか男の視線まで釘付けにならざるをえなかった。
 「さあて、ご見物の皆様!ここにおりますは悲劇の漂泊の王子、キャスケード!自分の過去を、怪物コンコンブルに喰われてしまったのであります。記憶を取り戻すため、剣の谷を越えてゆかねばそれは永遠にコンコンブルの腹の中。一途な王子は勇気を奮いたたせて華奢な肢体を一本の命綱にあずけることにしたのであります。ああ、どうなりますことか、寸分バランスを誤れば、王子は無残に真紅の血の薔薇を咲かせ、自身もコンコンブルの餌食となってしまうでありましょう。それとも見事に剣の谷を渡りおおせ、コンコンブルを倒して記憶を奪還できるでありましょうや?王子キャスケードの運命やいかに!さあ皆様、とくとご覧あれ!」

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 新たなどよめきがわき起こった。
 大男――――――パルドッサムは、見物人の反応を見渡しながら、キャスケードに耳打ちした。
 「ちょっとでも日頃のドジを挽回したかったら、上手くやれよ、ムダ飯喰い!」
 石畳の眩しさに目を細めて突っ立っていたキャスケードはのろりと動き始めた。
 自分の恋敵がこの新参であることを知ったパルドッサムは、忌々しくてならなかった。
 蘭の仕入れに出かけたマドカの留守を見計らって、野営地からキャスケードを連れ出すのに成功した。終日、ゼンマイ仕掛け人形のように従順な彼は何をするのか疑いもせず、抵抗もせず、相手の言うがまま連れられてきた。道化師タルタルーガに教え込まれて、少しは綱渡りができることは承知している。
 そんな彼に、少し恐い目を見せてリダを苛立たせた灸をすえてやろうというパルドッサムの、姑息で健気ともいえる復讐劇だ。
 キャスケードは見物人が見守る中、ポプラの大木に立てかけられた梯子を昇り、バランス棒でバランスをとりながら、おもむろに綱の上に第一歩を乗せた。
 人々のはるか頭上である。落ちれば石畳に頭蓋骨を砕かれる。いや、それより前に夥しい剣に身体を串刺しにされてしまうだろう。
 見物人からなんともどす黒いどよめきが上がった。
 しかし、キャスケードの表情には恐怖のかけらも見出すことができない。ただ、言いつけられたことを黙々とこなすことについては床磨きや洗濯と何ら違いは無さそうである。
 「にいちゃん、平気そうなツラして▽×◎縮み上がってんじゃねえの?」
 「いやあん、ワタシほんとは女なんですう」
 どっと笑いが起きる。が、悪質な野次にも眉根ひとつ動かさず、キャスケードは慎重に綱の上を進んでいく。
 そのひょうひょうとした面とは対照的に焦燥の色が濃くなってきたのは、パルドッサムの方だ。
 (こいつ、感情ってもんがないのか?)
 しかも、にわか習いのわりに綱渡りの技が上手すぎる。これくらいでは、ぎゃふんと言わせられないのだろうか。
 このままではキャスケードは無事に渡り終え、見物人からやんやの喝采を受け、一座の連中にも株を上げ、リダからは惚れ直されてしまうではないか。
 (いったい何のために俺はこんな計画をしたんだ!)
 脳天が噴火しかけたパルドッサムは、急いでふところから光るものを数十本も取り出した。
 「さあて、お立会いの皆様!敵もさるもの、怪物コンコンブル、黙って記憶を奪い返されはいたしません。ナイフの雨を降らせてきます!」
 言うなり、中盤に差し掛かっていたキャスケードめがけ、数本のナイフを一度に投げつける。
 見物人から悲鳴が上がった。
 ナイフをかわしたキャスケードの上体が揺れ、縄が大きく横に揺れた。
 彼は巧みにバランス棒を操り、すんでのところで落下をまぬがれた。そこへ、ナイフの群れの第二波。
 キャスケードの白い頬をナイフの一本がかすめ、血の直線が描かれた。
 彼の表情には変わりがなかった。ナイフの群れをかわしても、足元の綱が揺れても、まるで鋭い気迫がない。
 パルドッサムの憎しみの炎はよけいにあおられた。ナイフがなくなるや、地団太踏んで歯ぎしりした。そして今度は油壺を持ち出して、剣の森へぶちまけ、火を放った。
 炎の舌は油をつたって一挙に燃え広がった。
 見物人は悲鳴を上げて後退し、綱の上のキャスケードは突然火あぶりにさらされた。
 炎の中で数十本もの剣が焼かれて竜の牙のように赤い血をしたたらせている。その色は懐かしい何かをキャスケードの胸にキャスケードの胸に運んできた。
 既視感ではない、心象的なものだ。
 (竜の牙―――――――)
 どこかで感じた、慕わしくて怖い・・・・・。
 バランス棒が不意に重くなり、頭が右に傾いた。
 「きゃあっ!」
 「だ、駄目だ、落ちるうっ!」
 人々の絶叫がよそ事のように遠く聞こえた。
 「やった!」
 パルドッサムは血走った瞳で若者が落下する瞬間を捉えた。次の瞬間、膝が力を失いくずおれた。
 (どうしよう、殺すつもりなんて毛頭なかったのに!リダにどやされる!マドカに呪われる!)
 間があり―――――――、
 人々はそれぞれに見た。
 ほどけた若者のサテンのリボンが炎に溶けていくさまを。
 若者がバランス棒を持ったまま空中でトンボを切り、みごとに下り立ったさまを。
 誰ひとり、しわぶきひとつたてなかった。
 時さえ止まったようだった。
 パルドッサムが顔を覆っていた手を、恐る恐る開いた。
 キャスケードは何事もなかったかのように涼しい顔で、ざんばらになったキツネ髪をふりはらった。
 突如、ひとりの拍手が聞こえた。
 見物人の背後から数人の男たちが現れ、群衆は大急ぎで潮が分かたれるように道を開けた。
 灰色のフードつきマントを被った男を中心に、数人の軍服姿の男たち。竜蛇のきらびやかな紫の軍服である。その中のひとりが、火噴きトカゲのようなバズーカ砲を肩に携えていた。先ほど、炎の海を剣の森ごと吹き飛ばしたのはこれの威力であるらしい。
 「面白かったぞ、芸人」
 深く灰色のフードを被った男が尚も拍手を送りながら、くぐもった声を発した。
 「だが、竜蛇の紋章をかたどった石畳を焼くのはこれ一度きりにしてもらおう」
 パルドッサムは硬直したまま、動けなかった。
 フードの男はかたわらの部下に指図して、パルドッサムの足元に重そうな布袋を投げ与えた。
 「芸の報酬と、その男の代金だ」
 あごでキャスケードをしゃくった。
 「え・・・・え?」
 パルドッサムがみっともなくうろたえているうちに、キャスケードは軍人たちに小脇を固められ、連行されてゆく。
 「そして漂泊の王子は竜蛇のふところ深くたどりつき、怪物コンコンブルは消滅したのでありました」
 男は深遠な声音でパルドッサムの口上を真似、しめくくった。
 総督府の正面玄関の鉄格子が開かれた。
 内側に入ると同時に男はフードを脱ぎはねた。銀の仮面が冷たく光り、笑っていた。

. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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