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浪漫@kaido kanata

. 新連載の予告です♪

~「黄金蘭の名の少年」CROSSシリーズ作品~

私の出版作品「CROSS」に登場するジャレツとキャスケードが初めて出会う物語です。ジャレツが、竜蛇大陸にとってどういう人物なのかが解かる重要なストーリーでもあります。
「CROSS」を読まれた方も、初めてこちらにいらしていただいた方 にもお楽しみいただけると思っておりますので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

ブログテンプレートはキャスケードの青年版。挿絵イラストも私のオリジナルでございます。

☆あとがきが長いので、紹介文はごく短めに。


   登場人物紹介

1.ジャレツ(邪烈)…リシュダインの懐刀。竜蛇大陸の工作員。
ジャレツ

2.キャスケード…黄金蘭の名を持つ少年。
         リシュダインの余命を握っている。
         ストリートチルドレン二大勢力の西側のボス。
アスとキャス


3.アスンシオン(亜州紫苑)別名、ドラえもんのアスちゃん。
  ジャレツの旧友。戦地で片足を失う。定命占いをする。
アスシオン

4.ロザージュ…アスンシオンの妹。


5.リシュダイン…竜蛇大陸の少年皇帝。別名、時輪皇帝。
        
       老いてはサナギのように生まれ変わる不死の身体を持つ。

6.幽鬼婆…元、リシュダインの寵姫。三代ものリシュダインに仕える。


7.蘭夫人…蘭の館と呼ばれるモルモデス家の女主。
      チルドレン救済所の多額な出資者。

8.フェヴィア(フェヴィアン)
      …キャスの双子の片割れ。女の子として育てられている。

9.コルギン…キャスケードたちと対抗するストリートチルドレンのボス。
       残虐非道。

10.マレーヌ(真麗)…チルドレン救済所の指導者。
            実は竜蛇の秘密工作員。

11.アナリディカ…ジャレツの妻だったが、リシュダインの差し向けた
          見張り役であることを見破られ、ジャレツに殺される
          樹魂大陸の血を引く。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第1回

「黄金蘭の名の少年」


 ―――――――薄闇の中でうろこのきらめく膚が蠢いた。
 巣窟城と呼ばれる竜蛇大陸皇帝の居城は、夜が明けたとも思えぬ暗雲に閉じこめられている。
 昨夜からの雨はますます激しさを増し、暑く濃密な大気は竜の吐息のように狂おしくいっそう熱を帯び、少年皇帝の寝所にまで忍び入っていた。
 少年は寝苦しそうに寝台の上で身体を反転させた。その度に、あらわな肩や腕に鈍色のうろこがぬめぬめと光る。
 (過去、二十二回もの人生にも、これほどの寝苦しい夜はなかった・・・・)
 少年は朦朧とした意識の底で思う。
 (黄金蘭の名を持つ者・・・・・)
 それを、少年皇帝は喉から手が出るほど欲していた。
 (それ無くしては余の不死の運命は尽きてしまう・・・・・・)
 少年は老いていた。
 膚は滑らかで、肢体も十二、三の少年の若々しさに満ち溢れているが、命は三千年を数えようとしている。
 百数十年ごとにひとつの人生を終え、老人となった身体からサナギを破る昆虫のように赤子の姿で生まれ変わる。
 かつてその背中に連なっていた竜のようなこぶは、そうして生まれ変わるごとにひとつずつ失われていった。
 そして今は――――――。
 少年は夜具の中で自らの背に手を這わせる。
 こぶは全て失われた。
 こぶが生まれ変わる命の数を表すことは、少年皇帝の本能が知っていた。
 少年皇帝リシュダインは重い吐息を吐いた。
 (邪烈よ、一日もはよう黄金蘭の名を持つ少年を余の面前に持て・・・・・)
 黄金蘭の名を持つ少年を手に入れればこぶが甦ることをも、本能が告げていた。
 (邪烈よ・・・・)
 彼は忠実なるしもべの名を呼び、両腕を真上に泳がせた。空をつかみ、引き寄せ、胸の上で抱きしめる。
 (邪烈よ、余の・・・・余だけの・・・・)
 悩ましい吐息をまた繰り返す。
 「・・・・・・わが君」
 突然、広大な寝所の片隅から、しわがれた声が聞こえた。
 少年皇帝リシュダインの眼がうっすらと開かれた。
 黄水晶の輝きを持つ瞳孔は、爬虫類のような三日月型に息づいている。
 「わが君、安らかなるお眠りを邪魔いたしまして、申し訳ございませぬ」
 片隅の闇は重ねて声をかけた。
 恐ろしく歳経た声・・・・苔むし、悪魔でさえ耳をそばだてる声だ。しかし、それはいつにない緊迫した色を含んでいた。
 「幽鬼婆か」
 リシュダインは寝床の中からかつての寵姫に応えた。
 「何ごとだ」
 「一大事にございます。邪烈が、出奔いたしました」
 沈黙が雨の音に溶けた。
 「何と申した、婆」
 「邪烈が、妻を殺害して行方をくらましましてございます」
 ごそり、と絹の夜具が動いた。少年皇帝は上半身を起こし、暗闇をにらみつけた。
 「ではあやつの妻がしくじったのか」
 「おそらく」
 衝撃に呆けたのか、と老婆が危ぶむほど、次の沈黙は長く置かれた。
 「・・・・捜せ」
 ようやくリシュダインは押し殺した声でうめいた。
 「捜しだして殺せ」
 「わが君・・・・よろしいのでございますか」
 「殺せと言ったら殺せ。余を裏切った者に情けはいらん。殺せ!」
 黄水晶の瞳が獰猛に光った。
 濃密な雨は、まだ竜蛇の大地に叩きつけている。


                 一


 通い慣れたはずの道が、まるで来たことのない街のようによそよそしかった。
 夜通し降り続いて、まだ勢いの衰えぬこの雨のせいだろうか。
 下町の古い小路を、手負いの獣のように生臭く歩んでいたジャレツは、足を止めた。
 肩越しに振り返ると皇帝の居城―――――――巣窟城は林立するビルの隙間に巨大なシルエットを見せてたたずんでいる。
 無数のライトに彩られながら、足元には黒々とした闇をまといつかせたその建築物は、一匹の巨大な竜がとぐろを巻いているような印象を見る者に与える。
 (もう二度と帰るまい――――――――)
 ジャレツは再び歩み始めた。
 そろそろ暁の刻を迎えようというのに皇都リシュダインの闇はまだその呪縛を解いてはいない。
 皇都の主、少年皇帝の憂いを反映しているかのようだ。
 雨はジャレツの漆黒の髪を濡らし、その鋭利な頬の線を伝い、漆黒の革ジャケットをも陰鬱なしずくで浸し続けた。
 これほど降り続いているにもかかわらず、温度は一向に下がらない。大気は依然として濃密な熱気を孕んでおり、ジャケットの内側にも不快に不快な汗を誘う。
 自らの体臭がジャケットの内側の血の匂いを呼び覚まし、ジャレツの総身に強烈な悪寒が奔りぬけた。
 思わず目をつむる。
 瞼の裏に、緑色の鮮血にまみれて床に沈んだ妻の顔が浮かぶ。
 両手には、とどめをさすために締め上げた彼女の柔らかい喉首の感触もありありと残っている。
 「アナリディカ・・・・・」
 ジャレツはうめき、かたわらの街灯柱にもたれかかった。
 「愛していた・・・・アナリディカ・・・・・なぜ」
 この、野良猫のように濡れそぼった青年を、一工作員でありながら少年皇帝リシュダインの厚い寵愛を受け、また、その手腕の鋭さから近隣諸国の情報部から竜蛇の牙と恐れられたおとこであろうとは、誰が想像できようか。
 雨にうたれた素晴らしい体躯の肩が泣いている。
 彼の思いは一年前のアナリディカとの出会いにさかのぼっていった。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第2回

シャン、シャン、と鈴の鳴る軽快なリズム。
 細い手首と足首に巻かれた真珠まじりの鈴の輪。それらが花弁琴の音色に合わせて蝶のように舞う。
 果実酒色の空気がたゆたう場末の酒場だった。
 紫煙と酔っぱらいの嬌声が満ちる中で、数人の踊り娘たちが薄紅色の衣装をひらめかせ、妖艶な腰を振っている。
 竜蛇特有の「時輪皇帝に捧げる舞い」だった。
 時輪皇帝とは、少年皇帝リシュダインの別名である。
 めぐる水車のように時の輪を繰り返し、新しい命を紡いで治世を続けてゆく故に、彼は民から往々にしてその名で呼ばれるのだった。
 ジャレツは旧友アスンシオンと共に酒杯を傾けていた。
 常に皇帝の側で寸分の手落ち地なく接さなければならないジャレツにとって、旧友と過ごす場末の酒場でのひとときは心から安らぐ時間なのだった。
 このひとときだけは、血生臭い戦略や策謀から解き放たれることができた。
 アスンシオンは彼の少年時代からの友人で、軍隊では共に幾度も熾烈な戦火をくぐり抜けてきた戦友でもある。
 竜蛇の、他の大陸への侵攻は絶えたためしがなく、アスンシオンは先の戦役で片足を失い軍隊を退役したのだった。しかし、その後でも、彼がジャレツの大切な話し相手であることには変わりがなかった。
 年齢も同じだ。
 クセのない青みのある黒髪と瞳が優しい。
 天涯孤独のジャレツとは違い、妹とふたり暮らしで、退役してからは得意のカード占いを生業としていた。
 「あの娘、さっきからお前の方ばかり見てるぞ」
 アスンシオンのからかい口調に顔を上げたジャレツは、踊り娘たちの輪に視線をやった。
 彼女らの中に、見慣れない娘が混じっていた。
 翡翠色の瞼と耳たぶを持った娘は、その面差しにあどけなささえ残している。
 ――――――――それがアナリディカだった。
 翡翠色の瞼と耳たぶ―――――――それは、竜蛇民族の娘ではなく樹魂大陸人種の血をひく証だった。
 緑柱石の瞳がまっすぐにジャレツの瞳を射てきた。受け止めざま、ジャレツの視線も彼女に突き刺さる。
 花弁琴の音色が遠のいた。
 ジャレツはその瞬間、自分の孤独な魂の居場所を探り当てていた。
 娘が踊りの輪を抜け、ジャレツもつられるように椅子を蹴った。
 その刹那―――――――。
 「このアマあ!」
 怒号が気だるい酒場の空気を震撼させた。
 赤ら顔の酔っぱらいが娘の腕をねじあげようとしていた。
 口説きおとそうとしている娘に無視され、頭にきた泥酔者らしい。
 「やめて!」
 娘は小鳩のようにジャレツの胸に飛びこんだ。
 「舞姫の分際で客を断ろうってのか?こっちへこい!」
 「私は娼婦じゃないわ」
 「なにい!」
 打とうとする手を、ジャレツは止めた。
 「何だよ・・・・あんた」
 酒気を帯びて獰猛だった男の目が、驚愕に見開かれたのはその刹那だ。
 「皇帝・・・・陛下の」
 ジャレツの目立たぬジャケットの下の、紫の軍服に気がついたらしい。
 男は手を振り上げたまま、凍りついた。
 ジャレツは胸の中の娘を見下ろした。
 娘もまっすぐに彼を見上げた。
 その夜、ふたりはお互いの渇いた魂を潤しあい、決して離れぬと誓い合ったのだった。

 「アナリディカ・・・・・・!」
 無数の雨の矢が降りそそぐ暗黒の天に向かって、ジャレツは吼えた。



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. 小説「黄金蘭の名の少年」第3回

定命占いのカードが、再会を示した。
 アスンシオンは洋燈の下でそれらを操っていた手をようやく止めた。
 それまで静寂だった耳に、どっと雨音が流れ込む。
 彼は椅子を立ち上がり、不自由な脚を引きずって腐り落ちそうな木枠の窓辺に歩み寄った。
 横顔はまだ若いが思慮深げで、肩幅のある体格に似合わず、彼が知性を秘めた魂であることを示していた。
 軍隊を退いてからのばしているくせのない長い髪は洋燈に照らされて、本来の青みがかった色がトパーズの彩りを帯びている。
 彼は窓の外―――――ビル群の隙間――――――墨色の夜明けの空に浮かび上がる総琥珀造りの巨大な皇帝の居城を眺めた。
 篠つく雨に煙りながらも、それは威圧的なライトの眼を無数に光らせて庶民を睨み下ろし、それでいながら少年皇帝の居室の辺りは闇々としていた。
 「皇帝陛下は憂いの海の底か・・・・」
 アスンシオンの唇から嘆きとも同情ともとれる言葉が洩れた。
 「兄さん、寝ていなかったの?」
 眠そうにかすれた声に振り向くと、妹のロザージュが夜衣のまま階段を軋ませて下りてきたところだった。
 「また占いに熱中してたのね。身体に悪いわよ」
 テーブルの上に散らばっているカードを見て、愛くるしい顔を歪めてみせる。
 アスンシオンはまだ十五歳のこの妹が可愛くて仕方がなかった。幼い頃に両親を失い、ふたりきりで肩を寄せ合って生きてきたせいもあるだろう。自分は軍隊で片脚を失ってしまったが、この妹だけはなんとしても幸せにしてやりたい、いや、幸せにしなければいけないのだ、と思う毎日なのである。
 「この雨のせいか脚が痛むんだ。どうせ眠れないならお前がいつ片づくか占ってやろうと思ってな」
 アスンシオンは言い、テーブルへ戻った。
 「人のことより自分のことでしょ。ほら、脚が痛むのに面倒みてくれるお嫁さんがいなかったら、私、安心してお嫁にいけやしないわ」
 「こんな脚の男のところへ来てくれる娘なんかいやしないさ」
 アスンシオンは弱々しく微笑んだ。
 「あら、再会の暗示ね!」
 ロザージュは兄の弱気を吹き飛ばそうとするようにわざと明るい声を出した。
 「兄さん、案外昔の恋人と逢えたりして」
 「生憎、心あたりがないな」
 アスンシオンがブルーグレーの優しげな瞳を微笑みに溶かした時――――――――唐突にドアが鳴った。
 ふたりは飛び上がった。
 密やかだが、乱暴で苛立ったたたき方だ。
 時間も、まだやっと夜が明けようかというところで、外は真っ暗だ。それに、この陰気な雨。
 「誰かしら、今頃」
 背中に隠れようとする妹を置いて、アスンシオンは立ち上がった。
 「よしなさいよ、兄さん」
 そっと、アスンシオンは木製の古びたドアに近づいた。
 「どなたですか」
 鳴り続いていた音がふと止んだ。雨の音に混じって、若いながら低い声がした。
 「アスンシオン・・・・開けてくれ!」
 なめした革を思わせる声といえば、あの男しかいない。
 「ジャレツ―――――――?」
 叫ぶなり、アスンシオンは鍵に飛びつきドアを開けていた。
 風雨と共になだれこんできたのは、全身ずぶぬれの男だったが、日頃の毅然とした、そして兄妹には心からの笑顔を見せる彼とはまるで違っていた。
 何より顔色が普通ではない。
 濡れ羽色の髪からしたたり落ちる雨雫の冷たさのせいばかりではなさそうだ。
 漆黒の瞳には凶暴な光が燃えたぎり、整った目元と鼻筋が無残にも苦悩と狼狽に歪み、悪魔が宿ったかのようだ。
 竜蛇皇帝の面前に上がることを許された数少ない工作員のひとりであり、周囲の諸大陸から竜蛇の牙と恐れられている男とは、とても思えない。
 男は漆黒の革ジャケットをまとった強靭そうな胸を波うたせ、床にくず折れた。
 「ジャレツ、どうした」
 アスンシオンは軍隊時代の親友の名を呼び、その肩を支えながら、急いで妹に向かって叫んだ。
 「タオルを、いや湯を!」
 ジャレツは友の腕をつかんで首を振った。
 「いい・・・・。急ぐんだ」
 「どうした、いったい何があった?」
 ジャレツは喉にまとわりつく声をやっとの思いで引き剥がすように洩らした。
 「アナリディカを殺した・・・・・・」
 「―――――――――?」
 アスンシオンの思考にはすぐにはその言葉の意味がしみいってこなかった。
 「何と言った?」
 「アナリディカを殺した、と言ったんだ」
 「!」
 アスンシオンはゆっくり妹を振り返った。ロザージュは蒼白な顔で一歩も動けない。
 一年前のふたりの出逢いから、教会に駆け込んで愛を誓うまでの経緯、そしてそれからの仲睦まじい暮らしぶり・・・・・アスンシオン兄妹は何から何までよく知っていた。
 最近でこそしばらく顔を会わさなかったものの、ジャレツたちは幸せに暮らしているものとばかり思い込んでいたのだ。
 「とにかく落ち着くんだ、ジャレツ」
 アスンシオンは親友の身体をひきずりあげるように椅子へ座らせた。
 夥しい水滴が床を濡らせた。
 「いいか、落ち着いて話せ。アナリディカがどうしたって」
 「殺した・・・・この銃で」
 ジャレツの右手がジャケットから引き抜かれた。それには、竜の紋章がくっきりと象嵌された、皇帝手ずから承ったという銃が握られていた。
 ロザージュが恐る恐るジャレツのジャケットを脱がせて、そのまま絶句してしまった。
 ジャケットの下のシャツは夥しい返り血で緑色に染められていたのだ。
 アナリディカの人種――――――――樹魂の人々は半植物性の人種で、朱ではなく緑色の血液を持っているのだった。
 着替えが用意される間、緊張の糸が切れたのか、ジャレツはカードの散らばったテーブルに力なく肘をつき、両手で顔を覆った。
 「アナリディカ・・・・・」
 「わけを話してくれ、ジャレツ」
 アスンシオンは早鐘のように打ち始めた胸を抑え、できるだけ冷静に言葉を選んだ。
 「何があったんだ、お前たちはあんなに愛し合い、信じあっていたじゃないか」
 「信じていた・・・・・そうとも」
 ジャレツは顔から両手を剥がした。
 「だが信じていたのは俺の方だけだった・・・・・アナリディカは少しも俺を信じてはいなかった」
 「何だって?」
 「アスンシオン。彼女は<竜のあぎと>の隠者だったんだ。<あぎと>から命を受け、俺を監視して行動を逐一報告していたんだ」
 「まさか・・・・!」
 アスンシオンは思わず声を荒げた。
 「まさか・・・信じられん。アナリディカが<竜のあぎと>に関与していたとは」
 <竜のあぎと>は竜蛇大陸の軍部いっさいを司る機関の通俗名である。
 特に仕官養成部門の教育は厳格にして苛烈を極めると言われる。
 技能はもちろん、皇帝リシュダインへの神に対するより確固とした忠誠を植えつけられる。
 ジャレツもアスンシオンも、十二、三歳の頃からそこで仕官の養成教育を叩き込まれ、竜蛇の持ち駒に仕立てあげられたのだった。
 養成機関を卒業し、軍隊に配属されてからもその監視は終わったわけではない。
 <竜のあぎと>の監視は皇帝リシュダインのまさに目となり耳となり、軍人たちの行動を何から何までがんじがらめにしていた。
 軍事大国、竜蛇の、それが義務でもあった。
 しかし、場末の酒場で踊っていたアナリディカまでもがその監視の使命を帯びていたとは―――――――。
 いや、それよりも異例的な信頼を置いていたはずのジャレツに対して、皇帝が他の軍人に対するのと同じ監視の目を持っていたとは――――――。
 アスンシオンは背中に冷たい汗が伝い落ちるのを覚えた。
 「アナリディカ・・・・アナリディカ・・・・・」
 ジャレツは再び両手の中に顔をうずめた。
 「すべてを信じていた。たった昨日まで。昨日の午後――――――――俺はエルマース街でアナリディカを偶然見かけたんだ」
 「エルマース街?スラムじゃないか。何故そんなところへ行った?」
 「それは・・・・」
 アスンシオンの問いに、ジャレツは口をつぐんだ。
 「とにかく、俺はそこで怪しい男と接触するアナリディカを目撃してしまったんだ」
 「思い違いじゃないのか」
 それは愚問だった。
 ジャレツの工作員としての目には狂いなどあるはずもない。
 それでこそ、少年皇帝リシュダインが番犬代わりに側に置いては重宝していた理由と言えた。
 「帰宅すると、俺は問いただした。彼女自身の口から聞いたんだ・・・・・」
 (私の役目なの)
 (あなたを監視して行動を報告するよう、<竜のあぎと>から厳命されているの)
 (気づいてしまったのね、ジャレツ)
 ジャレツの頭の奥で、つい昨夜聞いたばかりの彼女の哀しげな声が渦巻いた。
 「トップエリートと言われながら、常に孤独だった心を、彼女はその瑞々しい瞳で充分に癒してくれた。人間の生活とは、このように愛情深く、心安らかな日々なのだと彼女は教えてくれた・・・・・」
 ジャレツの目元は深い苦悩に固く閉じられる。
 「それがすべて計算されたものだったと判った時―――――――彼女自身にはもちろんのこと、彼女を<竜のあぎと>を通して操っていた少年皇帝リシュダインその人に対する信頼も崩壊した!アナリディカは餌。俺自身は皇帝の与えた餌に尻尾をふる番犬でしかなかったんだ―――――――」
 ジャレツは唇をわななかせた。
 「驚愕する彼女の前で、俺はホルスターから銃を引き抜き、ゆっくりと狙いを定め―――――銃爪に力を込めた」
 「撃ったのか?」
 アスンシオンの指がカードの一枚を握りしめた。
 しばらく、沈黙がふたりの間に横たわった。
 アスンシオンの表情には衝撃だけでなく疑念が浮かび上がってきていた。
 「本当に、それだけの理由で?」
 アスンシオンはようやく口を開いた。
 「確かにアナリディカが<竜のあぎと>の隠者だったことは衝撃だ。しかし、銃爪を引くには理由はそれだけではないはずだ。銃爪を引くということは、リシュダイン陛下を裏切るのと同じことだぞ。今まであれほど忠実に陛下の手となり足となり身を捧げてきたお前が―――――――いったい何故なんだ?」
 アスンシオンの鋭い視線から逃げるように、ジャレツは目を伏せた。
 「それは・・・・・」
 「それは?」
 「言えない。今は」
 「ジャレツ!」
 「すまない、アスンシオン」
 ロザージュが湯と着替えを持ってきて、ジャレツは血生臭いシャツを脱ぎ捨てた。
 彼が身支度をするあいだじゅう、重苦しい雨音がふたりにまといついた。
 「頼みがある」
 着替え終わると、ジャレツは鬼火のような目で親友を見据えた。
 「白鳳大陸にいるはずの人間の消息をカードで占ってほしい」
 「どうする気だ・・・・」
 「今から白鳳へ渡る」
 白鳳大陸は何百海路も隔たった隣の大陸である。
 アスンシオンは親友の目にただならぬ執念が燃えているのを見た。彼の知っている親友の貌ではなかった。
 ジャレツは呼吸を止めるようにしてその名を口にした。
 「黄金蘭の名を持つ少年――――――――だ」
 「黄金蘭の名・・・・・。その少年が何だというんだ。捜してどうする」
 「殺す」
 「なに―――――――?」
 「殺す。この世から抹殺する」
 飲み物を運んできたロザージュが、思わず手をすべらせた。
 グラスの割れる甲高い音がしたとたん、外の雨音がまたひとしきり勢いを増した。


 その明け方、ジャレツは竜蛇大陸を後にした。
 そして、二年の歳月が流れた。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第4回

人種のるつぼ。
 白鳳大陸の都、スノウバードはまさにそれだった。
 世界八大大陸のありとあらゆる人種がひしめきあい、干乾し煉瓦造りの建物の間を縫って伸びる蜘蛛の巣状の街路を、ある者は闊歩し、ある者はたむろしている。
 様々な言語が飛び交い、種々雑多な風俗、習慣、食べ物があふれている。
 共和制ではあるが、大陸国家の威信は低く、治安は劣悪だった。強盗、殺人、詐欺、強姦などは当たり前のことのように人々の生活に織り交ぜられていた。
 その点では、皇帝の独裁制が敷かれている竜蛇大陸の方が、たとえ恐怖政治と呼ばれてはいても、民の従属性は高いと言える。
 何より、竜蛇大陸の科学力は白鳳大陸の二百年先を進んでいた。
 竜蛇の皇都リシュダインでは高速の乗り物が行き来していたし、地下鉄、飛行機、通信などはすべて巣窟城のコンピュータが管理していた。
 それに比べ白鳳では、やっと電話線が敷かれた程度で、人々の交通手段はまだ馬車という有様だ。地方には未開の地域が荒涼と広がっているのである。
 また鉱物資源も豊富に眠っているとあって、竜蛇が食指を動かしたことも、過去一度や二度のことではない。
 しかし、こうしたか学力の遅れ方であり、竜蛇の欲する資源を有していながら、白鳳は奇跡的にいまだその餌食になることを免れていたのだった。
 ジャレツが、そんな白鳳の都スノウバードに潜伏して、二年の月日が過ぎようとしていた。
 アスンシオンの占いで、黄金蘭の名を持つ少年はこのスノウバードのどこかにいると出たものの、依然としてその居所をつきとめられていない。
 まして竜蛇大陸軍部からの追っ手の目を逃れながらの捜索は、遅々として進まなかった。
 しかし、身元を隠すには、この人種のるつぼの都はうってつけと言えた。


 「にいさん、花を買ってくれよ」
 「子猫はどうだい、イキがいいだろ」
 物欲しそうな目をぎらつかせて、ストリートチルドレンたちが取り囲んでくる。
 ジャレツは今日も黄金蘭の名の少年を求めて、スノウバードの住民さえ滅多に近づかないスラムを彷徨っていた。
 よそ者と見るや、すぐにストリートチルドレンが群がりよってきた。足元のおぼつかない幼児から年齢の大きい子まで、そろいもそろって不潔なシャツ姿で痩せこけている。 
 いずれも親に捨てられたか、奴隷に買われた先から逃げ出したのか、追い出されたのか、幸薄い子どもたちであることは確かだ。
 環境の劣悪なスノウバードの底辺に生きる無力な者たちだった。
 この子たちを見るたび、ジャレツはやりきれない思いを感じた。
 スラムは世界じゅうどこのスラムも同じ雰囲気を持つ。ストリートチルドレンもまた。
 かつてはジャレツも<竜のあぎと>に放り込まれるまでは、彼らと同じ境遇だった。
 飲んだくれの父親に酒代として奴隷に売られ、逃げ出した果てに皇都リシュダインのスラムを徘徊するようになってしまったのだった。
 (だが、あのままの方がよかったのかもしれない)
 その父親さえ、<竜のあぎと>の回し者だったと知ってしまった今よりは――――――。
 「なあ、にいさんよお」
 あどけない声に、思いに沈んでいたジャレツは我に返った。
 数十個の飢えた瞳が集中している。
 「あいにく、花も子猫も間にあってるんだ。それより君たち、黄金蘭の名前の男の子を知らないか?」
 「黄金蘭?何だ、そりゃ」
 「種類はキャスケード、グリドマリス、パリシマ、いろいろある」
 「キャス?キャスってヤツならいるぜ」
 遊牧民系の小柄な少年が言った。
 「キャスだけじゃわからないが、どこだ?」
 少年は手を突き出した。報酬を寄越せという意味らしい。
 ジャレツが小銭を渡すと、
 「あそこ」
 少年が指差したのは、スラムの洗濯物が頭上に翻る、朽ちかけた煉瓦塀の一角だった。
 二、三人の少年が、煙草だか、流行の無幻の葉だかを吸いながらカード遊びに熱中している。
 「キャスの兄貴、この人が用事だってよ」
 遊牧民系の少年が声をかけると、カード遊びをしていた少年たちはひとりを除いていっせいに顔を上げ、胡散臭そうな視線を向けた。
 皆、十二、三歳と見える。
 見事に垢だらけで擦り切れたシャツをまとってはいるが、大人を食ってしまうような気迫をみなぎらせている。
 中でもいちばん最後に顔を上げたキツネ色の髪の少年は、いちばん不敵な面構えで、そして―――――――――。
 「・・・・・・・・」
 ジャレツはひと目見るなりその少年に目を釘付けにされてしまった。
 あまりにも他の少年とは違っていたのだ。
 面構えや眼光の鋭さはもちろんだったが、その美貌は深窓の令嬢や王族でさえ及ばないほどの繊細さ、気高さなのだ。
 キツネ色の巻き毛はふわふわと鋭い顔の輪郭を囲み、前髪を透かして見える負けん気の強そうな瞳は湖の底に眠ってでもいそうな碧い秘宝の色だ。
 無機質でも、人形の眼の空虚さでもない、碧く煮えたぎる魂――――――――それでいて強靭ではなく、いつ壊れてしまうかわからない危うさを含んで、ひたすら哀しげだ。
 (わずか十二、三の子どもの眼か?)
 ジャレツは魅入られながらも恐れに似たものを感じる自分に気がついていた。
 「何だよ」
 あまりにも容貌とそぐわないふてぶてしい声を、少年は発した。
 ジャレツは現実に引き戻された。
 「俺を買いにきたんならあいにくだけど、十日待ちだぜ」
 周りの少年たちが声を抑えて笑った。
 「キャスの兄貴は男娼好きのおじさんたちにひっぱりだこなんだ。あんたもそのクチかい、黒ずくめのにいさんよ」
 「キャスの兄貴は高くつくぜえ」
 どっと下卑た笑いが起こる。
 ジャレツは少年たちのかたわらに肩膝をついた。
 「キャス――――――――というのか、お前」
 「それがどうかしたのかよ」
 好戦的な眼。誰にも頼らずひとりで生きている者の眼だ。
 「黄金蘭―――――――なのか?」
 ジャレツが念を押そうとした、その時である。
 「おおい、憲兵だ、憲兵の大掃除だあ!昨日の大量万引きがバレちまったぞお!」
 いきなり駆けてきた仲間らしい少年の声に、カード遊びをしていた少年たちは飛び上がった。
 早くも向こうの路地から憲兵が数人、駆けてくるのが見える。
 「やべっ、ずらかれっ!」
 キャスという少年が叫び、仲間たちはどっと四方に散った。
 走り出しざま、少年はジャレツの胸板に乱暴にぶつかった。
 「ばかやろう、いつまでも突っ立ってんな!」
 強烈な悪態を残して、キツネのように敏捷に塀を飛び越えて走り去った。
 「待っ・・・・・」
 引き止める暇さえなかった。
 「こらあ、待たんか―――――――!」
 憲兵の叫びが背後から追い抜かしていき、ジャレツはひとり取り残された。
 (キャスというのか・・・・・)
 彼はジャレツの胸に鮮烈な印象を刻みつけた。
 (もし、彼が本当に黄金蘭の名の少年だとしたら・・・・)
 急に懐の中の銃の重みが感じられた。
 そうだとしたら、撃たねばならない。あの少年を。
 ジャレツは腕時計を見るなり、スラムを後にして港へと向かった。
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. 小説「黄金蘭の名の少年」第5回

竜蛇大陸からの大型船が着いたところだった。
 銀色の三角波にうかぶはしけから、大勢の乗客がわらわらと降りて来る。
 ジャレツはサングラスをあてがいながら、物陰で目当ての人物を待っていた。
 やがて、不自由な脚を気づかいながら杖を使って下船してくる男が見えた。
 「アスンシオン・・・・」
 他の乗客がすっかり去ってしまったのを見定めてから、ジャレツは近づいて声をかけた。
 「ジャレツ!」
 アスンシオンの顔が輝いた。
 青みがかった長い髪も優しげな瞳も二年前のままだ。やや面やつれしたか。
 「よく来てくれたな、アスンシオン」
 「元気そうだな、ジャレツ」
 ふたりは肩をたたきあって再会を喜んだ。
 「それにしてもよく決心してくれた。ロザージュを置いて白鳳へ渡ってこれるとは、正直言って俺も考えてはいなかったが」
 「ロザージュは商家に嫁に行ったよ。俺は身軽なひとり身だ。カード占いも竜蛇じゃなかなか喰っていけない。思案していた矢先のお前の申し出だったんだ」
 ジャレツはアスンシオンの行く末を案じて白鳳への亡命を促していたのだった。
 もちろん今は、一般の旅行者を装って白鳳の地を踏んだにすぎない。それでも、竜蛇からの追跡の眼を警戒して、できるだけ自然に再会した友と語らっている風を装っているアスンシオンだった。
 「お前のカード占いは俺に必要なんだ」
 ジャレツの本音だった。
 「まだ見つからないのか、例の少年は」
 「お手上げだ。砂漠に落ちた0・1カラットのダイヤを捜すようなものだからな」
 「このスノウバードにいることは、間違いない。俺の占いの誇りにかけて」
 「頼りにしてるぞ、アスンシオン」
 ジャレツは白い歯を見せて微笑み、親友の荷を持ち上げた。
 「さて、ねぐらに案内する前に腹ごしらえするか。白鳳料理もなかなかいけるぜ。美味い店に連れて行ってやる」
 「おいおい、大丈夫か」
 「心配するな。懐の方なら昨日、日雇いの給金が入ったところ――――――」
 懐をたたいてみせたジャレツの表情が凍りついた。
 「どうした?」
 「・・・・財布が無い・・・・」
 全身隈なく捜してみたが、出てこない。
 海風に吹かれてしばらく考えこんでいたジャレツは、いきなり叫んだ。
 「―――――――まさか、あいつが・・・・」
 たぐい稀な美貌の少年の残像がまぶたをよぎった。
 

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第6回

ジャレツはアスンシオンと共に昼間のスラムへと取って返した。
 秋の陽はかなり西に傾いていた。
 「たしかこの辺だったんだが・・・・・・」
 浮浪者のうずくまる路上を越え、ますます深くスラムの奥へと入っていくが、さきほどの少年たちの姿は見えない。
 残らずしょっぴかれていってしまったのだろうか。
 ビルの谷間の悪臭の漂う小さな流れにそって、こうべを巡らせた時、土手を下りた橋のたもとにたむろしている一団が見えた。
 あの少年たちだ。
 どうやらストリートでの儲けや盗みの戦利品を山分けしている最中らしい。
 「お前はこれだけ。これは俺がもらっとく」
 「あっ、ずるいぞ、キャス。それは俺が苦労して旅行者から巻き上げたもんだぞ」
 「うるせえ、文句言うと仲間から外すぞ、レク」
 相変わらずキツネ髪の少年が兄貴風を吹かせている。
 あの戦利品の中に、ジャレツの財布も混じっているに違いない。
 アスンシオンに待つように言って、ジャレツは一歩踏み出した。
 その時、甲高いブレーキの音がして、自転車が止まったと思うとロングスカートに眼鏡の女性が土手を駆け下りた。
 「またこんなところに集まって」
 少年たちは飛び上がって戦利品を隠した。
 「何度言ったらわかるの、あなたたちは。人の物を盗んだりしたらいけないとあれほど言ってるでしょう」
 「ぬっすんだりしてないよ、人聞きの悪い。なあ、みんな」
 キャスは立ち上がって、膝の枯れ草を叩き落した。
 「俺たちは正しい商売して稼いでるんだ。文句をつけるのはやめてもらいたいね、マレーヌせんせ」
 「何が正しい商売なもんですか。どこの世界に子猫一匹に千ペセテカも出して買う人がいるというの」
 銀縁眼鏡の女性も負けてはいない。
 歳の頃は二十代半ばか。ひっつめた髪も、喉元まで高い襟のブラウスも長いスカートも、貞淑で古臭いことこの上ないが、顔立ちは理知的だった。
 「マレーヌ先生、と言ったな」
 ジャレツはアスンシオンに相槌を求めた。
 「学校の先生かな」
 「どこかで見たような気がするんだが」
 ジャレツはしばし考え、思い出せないので諦めた。
 その間にマレーヌ先生とやらは子どもたちを全員立たせてお説教を始めていた。
 「さ、法外な値段をもらった分は返してきなさい」
 「返すったって、これは今日の俺たちのメシ代なんだぜ。せんせ、あんた俺たちに飢え死にしろっていうのかよ」
 キャスも食い下がる。
 例の、ふてぶてしい氷の色の瞳だ。だが、憎まれ口をききながらもその甘ったるい声はマレーヌという女性に駄々をこねているようにも聞こえる。
 「誰もそんなこと言ってません。だから、チルドレン救済所においでなさい、と言ってるでしょう。あなたたちさえその気になれば、この寒空に飢えることもないわ。温かいシチューはいつも鍋にかかているし、清潔なベッドだってあるわ。お勉強だって教えてあげられるわ」
 「オベンキョウ?」
 頓狂な声で繰り返して、キャスは唾を足元に吐きつけた。
 「面倒くさい絨毯の織り方だの、靴の修理だの、ボールの縫い方だのを教えてくれるのが、オベンキョウなのかよ」
 「職業訓練科目よ。あなたたちが一人前に生きていくための訓練じゃないの。蘭夫人はすべてあなたたちのために良かれと思って、出資されているばかりか職業訓練の指導員に給金まで払って下さっているのよ」
 「ふうん、その蘭夫人ってマダムは相当物好きで暇を持て余しているオバサンらしいな」
 「そんな失礼な物言いをしてはだめよ。蘭夫人は本当に親身にあなたたちのためを思って・・・・」
 「職人になるお稽古させてくださろうってわけなんだな。労働時間十八時間、賃金ゼロの奴隷に売るためにな!」
 「キャス!」
 とたんに、山猫のように飛びかかった少年はマレーヌの身体を土手の上に押し倒した。
 「レク、左足を押さえろ!カドルは右足!」
 たちまち野良猫たちが女性の身体に群がった。眼鏡を奪われたマレーヌは美しい眼を血走らせて叫んだ。
 「な、何するの!」
 「俺たちが教えてやるのさ、せんせにオベンキョウをな」
 「やめなさい!」
 「ふん、いつもいつも上品ぶりやがって、俺たちを保護だなんて詐欺もいいとこじゃないか。有閑マダムの暇つぶしの手下のくせに」
 「キャス!やめ・・・・」
 「その真面目づら、一度まっぱだかにひんむきゃどうなるかなって前から思ってたのさ」
 「きゃあっ!」
 力まかせにブラウスが両側に開かれ、ボタンがはじけとんだ。
 白い喉元が夕陽の金色にさらされようとした時、
 「悪ふざけはそこらへんにしておくんだな」
 ジャレツは橋の上からキャスの背中に言葉を投げつけた。
 少年は弾かれたように振り向いた。
 「また、あんたか。邪魔すると大人だってただじゃおかないぞ」
 ジャレツの背後のアスンシオンにも目をやって、この上なく不機嫌な顔を見せる。
 「俺だって続きを拝見したいのはやまやまだが、お前に聞きたいことがある」
 「何だよ」
 「まず財布だ。俺の財布を返してもらおう」
 「知らねえぞ、そんなもん」
 「そこの仲間が持ってる黒い革のは?」
 「落ちてたんだとよ。レク、返してやりな」
 遊牧民族系の少年が土手を登ってきて、びくつきながらジャレツに財布を渡した。
 「よし」
 ジャレツは受け取るとそれを内ポケットにしまい、ゆっくりと土手を下りた。
 「それと、お前の名だ。キャスとは、黄金蘭のことか?」
 「人に名前を聞く時は、自分から名乗る――――――――そうだったよな、マレーヌせんせ?」
 少年は馬乗りになっていた女性の身体をやっと解放した。マレーヌ先生は慌ててブラウスの前をかきよせ、突然現れた黒髪の男に警戒の目をそそぐ。
 「俺はジャレツ。ジャレツだ」
 「ジャレツ―――――――」
 キツネ色の前髪を透かしてアイスブルーの瞳がその名を反芻した。
 明らかに白鳳人種ではない黒髪、黒い瞳の相手に、少年らしく怪訝そうに唇を突き出す。
 「なんで俺みたいなスラムのゴミの名前をそんなに聞きたいんだ、あんた」
 「それは―――――――」
 思わず言い淀んだ。
 黄金蘭(キャスケード)と聞けば、即座に懐に吊っている銃を取り出し、お前の胸をぶち抜くためだ、などとは言えるはずもない。
 その時、橋の上を駆けてゆくひとりの少年が、身を乗り出して叫んだ。
 「キャス、東側の奴らがこっちを襲撃してきたぞ!今、教会跡で大乱闘になってる!」
 「なにイ!」
 キャスはじめ仲間の少年たちは急に殺気立ち、戦利品を放り出して土手を駆け上がった。
 「だめ、喧嘩はだめだって言ってるでしょう!」

マレーヌ先生の制止など何の効力も無かった。少年たちは次々に橋を渡り、怒号の聞こえる古い建物の向こうへと殺到していった。
 アスンシオンが杖をついて土手の下へ降りてきた。
 「いやはや、けたたましい連中だな」
 「ゆっくり話も聞けん」
 ジャレツは肩をすくめた。
 振り向くと、マレーヌ先生が破れたブラウスのまま自転車を起こしていた。ひっつめ髪はほどけてひどい状態だ。
 ジャレツは足元に落ちていた眼鏡に気づき、拾い上げた。
 「これ」
 「ああ、すみません」
 マレーヌ先生はひびの入ったそれを顔に戻した。ソバカスだらけの頬、栗毛色の髪。記憶の奥にある顔立ちだが思い出せない。
 「何か?」
 「どこかで会わなかったかな」
 「いいえ」
 マレーヌ先生はとんでもないという風に肩を縮ませた。こんなきな臭そうな男に知り合いなどありません、と言いたげだ。
 「さっきの少年をよくご存知のようだったが・・・・・」
 「キャスですか?このスラムのストリートチルドレンの二大勢力のうちの西側のボスですわ。私たち福祉協会の者は特にあの子に手を焼いていますの。あなたも余計な火の粉の降りかからないうちにお帰りになった方がよろしくてよ。あの子たち、大人を大人と思ってませんから」
 ジャレツの視線から逃げるように自転車を跨いだ。
 「あの少年の本当の名前は?」
 「キャスケード。皆はそう呼んでいます」
 女教師はそう言い残すとペダルを踏んで行ってしまった。
 黄金蘭(キャスケード)――――――――!
 ジャレツはいかづちに総身を貫かれたかのようにその場に立ちすくみ、アスンシオンと視線を重ねた。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第7回

長い指が、魔術のような手際で次々にカードを並べてはめくり、ひらひらと空中に浮かせては陶製のテーブルの上にまた伏せる。
 アスンシオンのカードさばきは、相変わらず鮮やかだった。
 夕暮れせまるスノウバードの街の一角にある公園で、あずまやの空間はカード占いの不思議な雰囲気に包まれていた。
 カードは暁の精と死神の落し物。
 失せ人見出せし、の暗示だった。
 「キャスケード。間違いない。彼だ」
 「やはり・・・・!」
 アスンシオンの答えに、ジャレツは大きく肩で息をついた。
 「ジャレツ。どうして黄金蘭の名を持つ少年を殺さなければならないんだ。俺はまだ聞いていない」
 アスンシオンは真っ向からジャレツを見据えた。今日こそはどうあっても答えを聞き出すまで逃がさない構えだ。
 ジャレツはもう一度肩で吐息を吐いた。
 陶製のテーブルに散乱するカードを忌々しげに見やり、腰掛けていた椅子から立ち上がる。あずまやを出て空を仰ぐと、黄金を織り交ぜた空色の果てに鳥の群れが飛翔して言った。
 竜蛇から遠く隔たったこの白鳳大陸で暮らしていると、竜蛇の少年皇帝の掌から逃げおおせたような錯覚に陥ってしまう。
 黄金蘭の名を持った少年など追わず、白鳳に根を下ろせば、すべて世の中は何事もなく平穏にめぐっていくのではないか―――――――――。そんな錯覚だった。 
 しかし厳しい現実は確かに足音を忍ばせて近づいてこようとしている。
 ジャレツは覚悟したように眉間に深い皺を刻んだまま、切り出した。
 「アスンシオン。皇帝の不死の力が衰えてきているという噂は知っているか」
 「聞いたことはあるが、まさかと思っていた。本当なのか?」
 カードを繰りながらあずまやを出てきたアスンシオンは息をのんで尋ねた。ジャレツはうなずいた。
 「その衰えを唯一救うことのできる存在。それが黄金蘭の名を持つ少年だ。そう皇帝が俺に告げ、捜しだして連れ帰るよう密命を下した。二年前、アナリディカをあやめた日の前日のことだ」
 「その少年に皇帝の命を永らえさせる、どんな能力が秘められているというんだ」
 「それは俺にもわからない」
 沈黙がふたりを浸した。
 アスンシオンが一枚のカードを噴水向けて投げた。
 たちまち噴水は静まり、水鏡が現れた。
 「遠見の鏡だ。皇帝の様子を映してみよう」
 驚くジャレツを尻目に、アスンシオンがもう一枚カードを浮かべると、夕暮れの空を映していた水面に、古びた城の内部がぼんやりと浮かび上がってきた。
 ジャレツのよく知る巣窟城の奥深く、少年皇帝リシュダインの居間である。
 少年と老婆が話しているのがぼんやりと、次第に輪郭をはっきりさせて見えてきた。話し声さえ、聞こえる。
 (まだ見つからぬのか、黄金蘭の名の者は)
 苛立ちを含んだ皇帝の声。
 ジャレツにとっては懐かしく、そして背筋をぞっとさせる声だ。
 (わが君、ただいま捜索を急がせておりますほどに、今しばしのご猶予を)
 しきりに老婆がなだめている。と、その声が急に険しさを帯びた。
 (お待ちくださいませ、わが君。今、誰かがこの様子を窺っておりまする)
 不意に水面が乱れた。
 像は消え、もとの夕暮れの赤い空が水面に帰ってきていた。
 ジャレツは額に汗を浮かべていた。
 「急がなければ――――――」
 「ジャレツ、何故なんだ。何故黄金蘭の名の少年を抹殺しなければならないんだ」
 焦れて繰り返す親友に、ジャレツは答えた。
 「――――――――皇帝を滅ぼすためだ」
 「ジャレツ・・・・・!」
 「皇帝は恐ろしい計画を持っている。
 「八大大陸征服――――――か?」
 「それよりもさらに。皇帝は――――――皇帝は自分の身体からクローンを作り出し、いずれ自分の征服した大陸すべてに何億人ものクローンを放ち、繁栄させる腹積もりだ」
 「クローンだと?」
 アスンシオンの目が驚愕におののいた。
 「そうなればクローン以外すべての人類は用なしというわけだ。皇帝は容赦なく世界人類を殲滅させるだろう」
 「まさか」アスンシオンは唇を無理に吊り上げて笑い飛ばそうとした。「だいいち、いくら竜蛇の科学力が素晴らしく発達しているとはいえ、完璧なクローンなど造れるはずが」
 彼は言葉を切った。
 ジャレツの表情があまりにも真剣だったからだ。
 「アスンシオン。今、お前が目の前にしている人間が皇帝のクローンだと言ったら?」
 「ジャレツ・・・・・・!」
 アスンシオンの手からカードが舞い落ちた。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第8回

遠距離スコープの向こうに、キツネ色の頭髪が見え隠れしている。
 すでに黄昏は濃い紫のヴェールとなってスラムを包んでいた。
 廃屋となったビルの屋上に身を伏せて、ジャレツは先ほどから眼下の獲物を狙っていた。
 少年たちの乱闘は執拗に続いている。
 数十人の中のひとりを狙撃することくらい、赤外線スコープに加えて夜目の効く彼にとってはたやすいことだった。
 銃爪に指が置かれる。
 ほんの少し―――――――ほんの少し、指に力を込めさえすれば、緑色の光の帯が少年の頭部を貫く。
 それで目的達成だ。
 皇帝は不死の妙薬を永遠に失い、老いさらばえて、果てるだろう。
 彼の恐ろしい計画は霧のように消え失せ、八大大陸の民は平和にその営みを続けていくだろう。
 ほんの少し、指に力を込めさえすれば――――――。
 「ふう・・・・・」
 「額に浮かぶ大粒の汗を、ジャレツは拭った。
 この指にほんの少し力を込めたなら・・・・・。
 キツネ色の髪の少年は地に斃れ、二度とあの氷河色の瞳に輝きが戻ることはない――――――。
 深い哀しみを底に秘めた、あの奮えが奔るような瞳を、もう見ることはない――――――――。
 指が震えた。
 ジャレツは何度も銃を構え直した。
 どういうわけだ。狙撃など、皇帝の命令で今まで何度もこなしてきたというのに。
 皇帝の命じるがまま、どんな猛将の頭も、暗殺者の胸も撃ち貫いてきたというのに。
 これほど心が決らないことはかつてなかった。
 スコープの中で、黄金蘭の名を持つ少年がこちらに視線を向けた。
 乱闘のさなかにありながら、彼は狂おしい美しさを秘めて激しく輝いていた。
 「――――――――!」
 やにわにジャレツは伏せていた身を起こし、銃を投げ出した。
 「撃てない!」
 足元に吐くように、ジャレツは吼えた。
 アスンシオンが足音も無く親友の背後に歩み寄った。
 「撃てない!黄金蘭の名を持っているというだけで何の罪もない子どもを撃つなんて、俺にはできない!」
 親友の震える肩に、アスンシオンは静かに手を乗せた。

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. 小説「黄金蘭の名の少年」第9回

「この人さらいっ!どこへ連れていきやがる――――――――っ!」
 平和な田園風景に、悲鳴が響き渡る。
 黄金に光る小麦の収穫に忙しく立ち働いていた農民たちが、思わず作業の手を止めて街道を見やった。
 二頭の馬が、旅人らしき男を乗せてゆったりと進んでいた。
 一頭には黒髪の屈強な男、もう一頭には髪の長い男。
 ジャレツとアスンシオンだった。
 そしてもうひとりは―――――――。
 「おろせっ、はなせっ、こん畜生!俺様にこんな真似して無事ですむと思ってんのかよ、この黒ずくめのカラス野郎!」
 あらんかぎりの悪態をついて、キャスケード―――――――黄金蘭の名を持つ少年―――――――は、ジャレツの鞍の上で暴れまくった。
 なんとか下りようともがくが、その度に強靭な腕に押さえ込まれて思い通りにならない。
 ジャレツはそんな彼をたくみに抱え込んだまま、黙々と栗毛の馬の手綱を操っていた。
 後ろに続いていたアスンシオンが灰色馬を進めて馬首を並べる。
 「いい加減諦めたらどうだ、キャス。せっかく俺たちが身元を捜してやろうというんだ。おとなしくしろ」
 まっぴらだ、と言う代わりに、キャスケードはアスンシオンに向かって鋭く唾を吐きかけた。
 「誰が親なんか捜してくれっていったんだよ?いきなりひっぱってきて変なカードで占いやがったと思ったら、俺の親が内陸の村にいる―――――――だと?よくもそんなイカサマかませたもんだ!」
 「イカサマかどうか、確かめてみなくちゃわからないだろう?」
 アスンシオンは頬に吐きかけられた唾をぬぐいながら言い、馬の歩みの度にさらさらと揺れる長い黒髪を肩の向こうへ投げて、ジャレツを見やった。
 何気なく馬を操っているようだが、ジャレツの手はしっかりとキャスケードの細い身体を鞍に固定していた。
 これでは華奢なキャスケードがもがこうが噛みつこうがびくともしないだろう。
 ジャレツの横顔は冷静だった。しかし、その裡側にある焦燥と苦悩を、アスンシオンだけが知っている。どうしてもキャスケードに手を下すことができずに、この何日かは食事も喉を通らず、眠れないようだった。
 そんなジャレツに、アスンシオンは彼の身元を探し出すことを提案したのだった。
 そうすれば、何故、竜蛇皇帝が彼を欲しているのか―――――――その秘められた能力――――――――が判るかもしれない。
 しいては、彼を抹殺せずにすむ方法が開けてくるかもしれない。
 ジャレツは戸惑うことなくこの提案にうなずいた。
 嫌がるキャスケードを無理やり連行して占ってみたところ、彼の故郷はスノウバードを北上すること十陸路、郊外の村だとカードは教えてくれた。
 それに加えて、アスンシオンの指は驚くべき暗示をカードから引き出した。
 その村に、五百年ごとに生まれた子に蘭の名前を名づける風習のある家系があるという。
 (もしや、その家系がキャスケードの身元では――――――――?)
 研ぎ澄まされたジャレツの第六感と、アスンシオンの霊感が同時に告げた。
 それを確かめるべく、馬を借り十陸路の道を、嫌がるキャスケードを押さえつけながらやってきたというわけだった。


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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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