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浪漫@kaido kanata

. 次回連載「中天より地平へ」 予告

☆小説「中天より地平へ」☆
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(キャラ設計・まもと鶴)


この作品は、二十代の初めにシルクロードや中国に憧れていた頃、大学ノートに書きなぐったまま、未完で放っておいた作品です。

昨年になって、苦労して、イラスト担当のまもと鶴様、編集担当の真先裕様のご協力を得てどうにか書き上げました。

同時期、放送されていたNHK大河の「風林火山」、又、多大な影響をうけた映画の「蒼き狼」「女帝」を私は一生、忘れないでしょう。
ひとり異国で強く生きてゆく奏姫の姿は私の憧れそのものです。

cyuuten


↑こちらは私の描いたイメージイラストです☆

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. 小説「中天より地平へ」 第1回

☆第一部 靖難編☆

<作品舞台>
日本では室町・足利義満の時代、中国は明代の争乱覚めやらぬ 1399年の「靖難の変」~1410年のタタール親政オノン河畔の戦いのあたりまでが今回のストーリーになります。

<主要登場人物>
奏

奏姫…足利義満の孫姫。ひたすら明国に憧れ、海を渡る。
が

臥龍…錦衣衛官にして龍頭賊の頭。
けいせい

桂靖…元は倭寇に加わっていたが、臥龍に命を救われ、そのまま配下に。
ぎょくりん

玉綸…靖難の変の折に自害した建文帝の妹公主。
アロ

アロタイ…タタールの猛将。可汗ベン・ヤシリを即位させる。

------------------------------------
原作・監督・総指揮・キャラクター原案
...海道 遠(YUB)

校正・脚本・演出
...真先裕

リライト・挿絵
...まもと鶴
-------------------------------------
<本文中の記述について> YUBより。

登場人物の名前...姓名なのか字(あざな)なのか。中国語の発音等はあえて厳密にされておりません。

北平ほか地名について...実際は永楽帝が即位してから「北京順天府」と改名されましたが、語感が良いのでこのまま使用しております。応天府の「南京」もこれと同じく。

<挿絵について>まもと鶴より
漢民族の服装は清まであまり大きな変化はないという記述をそのまま我流に解釈し、主に宋明前後の時代のものを参考にさせていただきました。

タタール族に関してはこの時代「北元」のモンゴル系民族ということなので、モンゴル系の服装(ナショナルジオグラフィック・モンゴル帝国特集)の挿絵を参考にしております...が、細部は... (汗)

いずれも色彩とか、髪飾りなどの装飾品、武具など色々時代考証???部分満載かと思われます。

エンターテイメントなのねっということで...歴史ファンの皆様お許しくださいませm(__)m

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(一)靖難

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中天より地平へ-----光点が視界の隅を滑っていった。
 あ!と思った時にはもうそれは西の空に消えていった。奏姫(かなひめ)は潮風に吹かれながら船の舳先に立ち、つい先ほどから見え始めた波の彼方の大陸に目をやっていた。背後の水平線から太陽が昇る気配が近づき、既に空の半分を淡い紫色に変えている。
 船出をして三ヶ月。奏姫はよほどのことがない限り、その間は何十回もの日の出を必ず甲板に立って見てきた。が、今日は違う。いつもあれほどの感慨を持って見つめる朝陽に背を向けていた。今は朝陽そのものよりも、それを受けて輝く大陸のほうが魅惑的であった。
 奏姫は幼さの残る瞳を見開き、身を乗り出した。
 ついに明の国にやってきたのだ。

一四〇八年。
 明と倭国の間に勘合貿易が始められて四年になる。十四世紀後半、倭寇の盛んな出没により一時中断されていた明との貿易を再開させたのは、将軍・足利義満が明の皇帝、永楽帝に臣下の礼をとった為であった。義満は自らを「倭国国王臣源」と称し、明はこれを受け入れ、朝貢貿易が始められたのである。
 およそ六十年もの対立の後、南北朝合体を成功させ、全国統一を実現させた室町幕府は日の出の勢いであった。
 一方、明も第三代永楽帝が甥の建文帝を倒して即位し既に九年、皇帝はその地位を確固たるものにする為、政治機関の確立を急いでいた。と同時に、近隣諸国にも盛んに来貢をうながしていた。そのうちのひとつが倭国との朝貢貿易である。
 奏姫は足利義満の孫娘、つまり義満の五ノ姫が細川家に嫁して生まれた姫である。将軍を補佐する三管領のうちの一家である細川氏は、足利一門の有力守護大名であった。
名門の生まれ、ましてや将軍の血をひいた奏姫は貧しさ、苦しさの何たるかも知らず、十七歳の今日まで何不自由なく育てられた。
 細川氏は以前から堺商人と組み、明へ活発に貿易船を送った、境の港は元より、細川氏の城内にも多くの明人や、明からの品物、更には胡人*の姿まで見られた。奏姫はそのような中で成長した。機会があると明の商人を城に招き、いつまでも彼の話に聞き入るのが常であった。
 奏姫は幼い頃から京の北山第の祖父の元へ度々訪れた。将軍職の祖父は誰よりも威風堂々とし、大きな膝の上に抱いてくれた。奏姫は幼な心にもその祖父を誇りに思い、壮麗な北山第をも大そう愛したが、彼女の興味を引き、心を酔わせるという点では、それらは明の商人の様々な話の比ではなかった。

*胡人=西域の人

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. 小説「中天より地平へ」 第2回

 明国へ行ってみたい。やがて奏姫はそう思うようになった。
以来、彼女は何度となくその事を祖父に願い出た。初めのうちは笑ってとりあわなかった義満も、遂には声を荒げて孫娘を叱った。年端もいかぬ娘が異国に行くなどもっての外だというのだ。
 そうなのだろうか、と思いながらも奏姫はそれ以来、その事を口に出さすことをやめた。だが心の中では異郷への思いがますますつのっていくのを、彼女自身、どうすることもできなかった。
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(イラスト・まもと鶴)

 やがて十六歳を迎えた奏姫は鬢そぎの儀式を終え、一人前の女性として扱われるようになった。義満が久しく奏姫を北山第に招いたのはその直後であった。
 豪壮な邸の一室で、既に出家して僧衣の義満はにこやかに孫娘を迎えた。
「奏姫や」
義満は細めていた目を見開いた。
「久しく会わぬうちに------ほんにこれがあの奏姫か。美しゅうなったのう」
実際、奏姫はここ数年のうちに徐々に少女の面影を捨て、持って生まれた美貌と相まって輝くばかりであった。頬のところできちんと切りそろえられた一握りの髪、鬢の髪が肩に揺れるさま、薄桃色の頬、黒目がちの瞳など、公家にもこれほど気品にあふれたあでやかな姫は居まいと思われた。
その部屋に居並ぶ武士など視線を釘付けにされたほどである。
「お爺様にもご機嫌うるわしゅう」
奏姫は敬々しく両手をそろえて一礼した。
「どうじゃ、母上はご健勝かな?」
「はい。この秋にはお爺様をお招きして紅葉狩りなぞ細川家の山荘で催したいと申しておりました」
「ふむふむ」義満は目を細めて「母上もそなたがこのように立派に生い育ち、安堵いたしておるじゃろう。まこと美しゅうなった。この上は似合いの婿殿を見つけねばのう」
「お爺々様」奏姫はきりと祖父を見返した。「奏はついぞそのようなことは考えたこともありませぬ」
その気迫に義満は一瞬たじろいだ。大抵の姫ならば、輿入れの話題を耳にすると頬を赤らめ、うつ向くであろうに、なんと気丈な孫娘か。
 奏姫にしてみれば口にした通り、輿入れなどとんでもない事であった。今でさえ出歩くもままならぬ身、この上人の奥方になどなってしまえば明国どころか城下さえ目にするのも輿の小さな簾越しにしか叶わぬであろう。明国に行きたい。それが、仏門の修行でしか叶わぬなら、髪を下ろして尼になってもよいと思った。そうまで願っているのに輿入れなぞ誰が...。
 奏姫がわがまま勝手に思いをめぐらせているうちに、思いもかけなかった言葉が義満の口から出た。
「時に奏姫。そなた以前から明国へ行きたいと申しておったの」
「...は」
「その気持ち、今も変わっておらぬか?」
「はい」
「それは良かった。そなた次の勘合船で、この」と義満は巻いた書状を懐から出し、「この書状を明の永楽帝さまにお届けしてはくれぬか」
「明へ行ってもよろしゅうございますのか!」
奏姫は眼を輝かせて叫んだ。
「よいとも、よいとも。昔と違い、余が取締まらせた故、倭寇も現れぬ。航海も回を重ねた故、危険は少ない。このように美しい姫が使者に立たば、永楽帝さまもお喜びになろう」

それからの奏姫は夢見心地であった。幼い頃からの夢が叶う喜びに空をも翔ぶ思いであった。どんなにか、まぶたの裏に想像した、大陸の雄大な山河、金の瓦、石畳、竜の飾りのついた玉座、巨大にして豪壮な王宮、そして長い長い城壁の向こうに広がる砂の海…それらを目のあたりに出来るのだ。
準備の日々はとぶように過ぎた。ただひとつの気がかりは細川家の北の方…奏姫の母が娘の明国行きが近づくにつれ泣き暮らしていたことである。奏姫を呼んでは本当に行かれるのか、それで良いのかよ繰り返しきくのであった。奏姫は心の痛みを感じながらもいつも笑顔で答えた。
「八潮路の彼方へ参っても、異国の地に立っても、奏はいつでも母上さまの娘でございます。母上さまの娘が永楽帝さまにお目通りするのです」

何度か嵐に見舞われ。日照りの苦しみも味わった。決して楽ではなかった航海も奏姫は立派に耐えた。その気の強さには侍女や船乗りたちも感心するほでであった。
 奏姫は思っていた。自分が明国に辿り着かぬうちに船が沈む筈がないと。
 その明国が、朝陽に輝いて今、奏姫を迎えている。


 寧波の港は活気に満ちていた。
色々な型の船、様々な人種、それらが大陸の入り口に群れ集まっていた。
奏姫は船上から、飽きることなく港の風景を眺め続けている。正面には端の跳ね上がった明独特の朱門があり、屋根の頂点には黄金の龍がまばゆく輝いている。視線を落とせばその周囲にすさまじいほどの喧騒。明の商人や役人、浅黒い肌の南方人、頭に白い布を巻いた胡人など、実に沢山の人々が取引される品物を囲んで大声を張り上げていた。
 …と、その人垣が急に左右に割れたと思うと、物々しい役人の一団があでやかな輿をかついで現れた。まさしく、奏姫の迎えの列であった。
「この度、応天府まで姫さまのお供をさせていただく警護長でございます」
海老茶色の着物を着た上品そうな役人が両手を袖に入れたまま跪き、奏姫の前で敬々しく一礼した。
「大儀です」
奏姫はうなずき、侍女や供の武士に下船の準備をさせようとした。
「お待ちください」役人は言った。「応天府へ向かわれるのは奏姫さまお一人のみ、その他誰一人としてお供はならぬとの天子さまのお言葉にございます」
一同は仰天した。
武士はいきなり立ちあがり、侍女らは「おひいさま」を繰り返して奏姫にまつわりついた。しかし、いちばん落ち着いていたのは当の奏姫であった。
「わかりました」奏姫は静かに答えた。「永楽帝さまが左様に仰せならその通りにいたしましょう」
「おひいさま!」
侍女たちは厳しい顔でかぶりを振った。
「大事ない。それより留守のあいだ、しっかり船を守っていますよう」
奏姫はにっこり笑うと、打掛をつまみ、立ち上がった。
船を下りると、まばゆいばかりの南方の陽射しである。輿のまわりには海老茶色の着物を着た役人たちと、宮中からの侍女たちがかしずいていた。彼女たちは皆、色とりどりの薄布を風にひらめかせていた。
 輿に乗り込もうとしたその時である。
奏姫は背後から自分に注がれている強い視線を感じて振り向いた。役人たちが取り巻くその向こうに馬上の男があった。
豊かな顎鬚をたくわえたその男は、風になびく蓬髪の上に役人たちとは少し異なった冠を載せている。
鋭い眼に捕らえられ、奏姫の身体は硬直した。
畏怖の為ではなく、その男の存在感に圧倒されたのである。誰かに射すくめられるということを、未だかつて奏姫は知らなかった。生まれてこの方、大名の息女として多くの家臣にかしずかれ、祖父の将軍・義満や父から目に入れても痛くないという寵愛を賜っていたのである。この時の馬上の男の視線は、不愉快以外の何ものでもなかった。
しかしそれはほんの一瞬であった。
奏姫が「何者」と思った途端、男はツイと目を向そむけ、馬を動かした。
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(イラスト・まもと鶴)

応天府までは十日ほどの行程である。
 奏姫の乗った薄い垂れ幕のついた輿は数人の人足にかつがれ、その前後左右を馬に乗った役人がぴたりと付き添い、列の後ろには侍女たちが続いた。
…姫は気づいていた。港で見かけたあの男が馬で行きつ戻りつしながら一行についてきていることを。しかも警護の役人たちは彼とすれ違う度にかしこまり、姿勢を正している。
-------一体、あの方は…。
 しかし、そんないかぶりも、たちまちのうちに押し流された。念願の明国の風景が目の前に果てしなく広がっているのである。

=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・リライト・挿絵 ...まもと鶴

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. 小説「中天より地平へ」 第3回

 街では湧き出すような沢山の人々が、道の両側に立ち止まって奏姫の一行を眺めた。人々の風俗も、土壁の家屋も家畜も姫の目を輝かせた。
ひとつ、街を過ぎると、広大な田園風景である。青々とした苗が大河より汲み上げられた水でうるおい、風の波紋を描いていた。
 奏姫は道中、何度も懐の書状と短剣を握りしめた。剣は日本を発つ時に母から手渡されたものである。無論、護身用のためではあったが何事かあった時に恥をさらさず潔しとせよとの武士の教えであった。...しかし、のどかで美しい大地は自分を歓迎してくれているとしか思えない。
 奏姫は自分の謁見する永楽帝とはどんな人物であろうと思いめぐらせた。

 明国はまだ若い。元王朝末期の混乱期、貧農の身から紅巾軍に入り、やがて明の太祖となった洪武帝が没してまだ十数年である。当時、跡を継ぐべき皇太子は若くして既に亡く、その息子の皇太孫が即位し建文帝となった。弱冠十五歳であった。
 彼は詩や音楽を愛する風流人でありこそすれ、政治家には不向きであったといわれる。太祖・洪武帝の息子たち-----つまり叔父たちの謀反を恐れてそれぞれを遠方の領地に封じ込め、それでも安心できなかった若い皇帝は彼らの取り潰しにかかった。
 最後に残った北方領の燕王は今度は自分の番だと思った。そうでなくとも洪武帝からは皇太子をしのぐほどの寵愛を受け、蒙古討伐でも勇名を馳せていたのである。そのうちにつまらぬ口実で王位を取り上げられよう。その前にこちらから-----。
 燕王は建文帝に叛旗をひるがえした。靖難の変である。
建文帝もこれを受けて立ち、形勢は五分と五分のまま叔父と甥の骨肉相食む闘いは四年に及んだ。
 しかし建文帝の行政に不満を持つ宦官が燕王側に内通し、建文帝側の内情を遂一洩らしたため、応天府に総攻撃をかけた燕王は遂に都を陥落させた。
 宦官とは元々、皇帝のみのまわりを世話する役人であるが去勢されていたため、人としての扱いをされない。彼らの不満は鬱積し、皇帝をも失墜させる毒に成りうる。今までの王朝の歴史がはっきりとそれを物語っている。それをよく知っていた太祖・洪武帝は宦官を臣の如く広く重用したが、彼らの取り締まりも忘れなかった。その後建文帝が一層取り締まりを強化したため、宦官たちの反感を買ったのである。
 ともあれ、燕王軍は応天府を占領し、燕王は第三代永楽帝として即位した。一方、建文帝は落城と運命をともにしたといわれたが、城中の何処にも彼の遺骸は発見されなかった。ある噂では、建文帝は落城寸前に僧侶に姿を変えて脱出を謀り、行方をくらましたとも言われていた。
 根拠などある筈もなく、そんな噂もいつしか人々に忘れられ、永楽帝治世九年を迎える。
 永楽帝はますます宦官を広く使い、取り締まるどころか彼らを役人の長官にまで就かせている。
 奏姫はこれらのことを明の商人から耳にしていた。
 
奏姫にとって、大陸を何十万という兵に駆けさせる永楽帝も建文帝も雲上の人であったが、風雅を愛したという建文帝に心惹かれるものがあった。もし、靖難の変での勝者が建文帝ならこれから奏姫が謁見するのも彼の筈である。
実の甥を倒して帝位についた永楽帝が、奏姫にはやはりそら恐ろしく感じられた。

やがて、行く手に応天府の長い城壁がみえはじめた。


 =====<中天@編集部作品>=====
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. 小説「中天より地平へ」第4回

(二)紅雪   

 一面に桃の花が咲き乱れている。
 奏姫は枝に顔を近づけ、その一輪の香をかいではまた遠くの大木や池に映る花々の色に目をやり、甘い溜息をついた。打掛をかいどって進める足どりもゆったりしている。陽はようやく西に落ち、蜜蜂の飛翔が花弁を行きかう日中の暑気は遠のいていた。
 応天府で奏姫が落ち着いたのは、王宮より随分離れた南の離宮である。永楽帝は今、都におられず、北平(*)の地におられるとのことで、来月の帰還まで奏姫は離宮で待つようにとの仰せであった。
 姫はたいそうこの離宮を好きになった。

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(イラスト・まもと鶴)

「またご散策になっておられるのですね」
 声をかけてきたのはこの離宮の女主人、公主*の玉綸である。彼女は奏姫より三歳ほど年上の、内気そうな娘であった。笑うと少し悲しげな目元がけむるように優しく、奏姫はひと目で彼女と心を通じ合えることを見てとったのだった。
「桃源郷に踏み込んだようです。紅の花びらがこんなに散り敷いて」
「兄が丹精こめて造った庭です。その言葉を聞くことが出来れば、さぞ喜ぶことでしょう」
玉綸は遠い眼をして言った。彼女は靖難の変で死んだとされている建文帝の実妹なのである。
「建文帝さまは美しいものを愛されていたのですね。そのお心根もお優しかったことでしょうね」
「はい。ですが私、まだ幼うございました故、あまりよう憶えてはおらぬのです。兄とは年齢の離れた兄妹でした」
 純衣をまとった玉綸は奏姫をいざなって池の中に造られた釣殿への橋を渡った。奏姫も絹の打掛をかいどったまま後に続いた。
 遠巻きに二人を見守る侍女たちは、その姿にいずれが薔薇か芍薬かと溜息が絶えない。
「奏姫さま」
玉綸は水面に眼を落としたまま言った。
「異国に来られるのは恐ろしゅうございませなんだか」
「いいえ。ずっと以前から夢見ておりましたもの」
奏姫はいきいきと顔を燃え立たせた。
「今、こうしていてもまだ信じられませぬ。まこと、夢を見ているようです。寧波から十数日の旅をして、湖のように広い田園を見て、憧れの応天府に入り、建文帝さまのご生家に滞在しているとは」
「心細うはありませぬか」
「いいえ」
「お国の方々が恋しゅうはありませぬのか」
「いいえ」
一層眼を輝かせて答える奏姫に、玉綸は不思議そうに首をかしげた。そして、淋しげな表情がより深まった。
奏姫さまは、強いお方なのですね」
「……….」
「私なら、気がおかしくなってしまうかも知れませぬ」
「玉綸さま?」
玉綸の顔は蒼白になり、身体は小刻みに震えた。奏姫が驚いてその肩を支えようとした時、侍女のひとりが足早に橋を渡ってきた。そして、玉綸の耳元で何やら囁いた。
「えっ」
玉綸は思わず声をあげ、先ほどの興奮と、困惑と、喜びが混じりあった表情になった。
「玉綸さま、いかがなされました?」
彼女は奏姫の問いには答えず、うわ言のようにつぶやいた。
「私はそろそろ部屋に戻ります」
「では、お送りいたしましょう」
「いえ、よいのです」その響きは奏姫がぎくりとするほど強いものがあった。
「奏姫さまは今しばらく奥庭のほうをご覧くださいませ」
「はい。でも玉綸さま、お顔の色が…」
「何でもありませぬ。では…」
玉綸は明らかに急いで宮殿の方へ戻っていった。彼女らしくない態度が奏姫には少し気にかかった。
 一体、何を心配されているのであろう。侍女は何を伝えにきたのであろう。
いつしか辺りは暮色に染められていた。西の空の紅と黄金は徐々に退いていき、東の空には白い半月が淡く浮かび出た。庭一面の桃は、薄紫のもやをまとい、急に風が冷たくなった。

*北平...後の北京
*公主...王女、皇女

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. 小説「中天より地平へ」  第5回

奏姫は侍女を遠ざけ、まったくのひとり歩きを楽しんでいた。…と、思わずその足を止めた。
池のほとりに黒龍がいる。…一瞬そう思われた。実際、その男がたたずむ様は、黒々とした龍が水面を凝視して千年もそのままの姿でいるようであった。が、彼は奏姫に気付くと急いで両膝を地に着き、袖に入れた両手を額につけた。

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                                     (イラスト・まもと鶴)
「寧波からずっとご一緒でしたね」
奏姫はこの豊かな顎鬚の男に今初めて声をかけた。
「は」
男は短く答えた。
「面を上げてお立ちなさいませ」
「は」
間近で立ち上がった男は見上げるほどの長身であった。そして驚いたことに、遠目で見ていた時より、実際はまだ若いらしい。
「まだ私の警護は終わっていないのですね」
「はい。都に着いてから配下を増やし、この離宮を守っております」
声もまだ若い。
「何ゆえ」
「近頃、龍頭賊の動きが激しいからでございます」
「龍頭賊?」
「盗賊…いや、反乱の輩のようなものでございます」
「それで、いつまでも物々しい気配なのですね。でも…不愉快です。そなたはあまりにも私を監視しすぎています。今もこうして…」
「恐れながら」男は姫の言葉をさえぎった。「私の任務は姫さまのご警護ではございませぬ」
「何と?」
「私は姫さまの監視などいたした憶えはございませぬ」
「一体そなたは」
「錦衣衛官の臥龍と申します」
「錦衣衛官…」
その機関の名を奏姫は聞き知っていた。皇帝直属の諜報特務機関である。
錦衣衛は、全ての行政機関の長官や役人、商人、果ては庶民までもその厳しい監視下に置き、ほんの少しでも皇帝に逆らう様な行動を認めると厳罰に処した。この錦衣衛の長官にも宦官が就き、永楽帝の行う恐怖政治の強引な骨組みを成している。
「では、そなたのお役目は私の警護をしている役人の監視なのですね」
「左様にございます」
臥龍と名乗ったその男は、真直ぐに奏姫の眼を見つめて応えた。口調は丁寧であったが、その視線は上から見下ろす形になるため、奏姫には世間知らずの自分をからかっているかのように感じられた。
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. 小説「中天より地平へ」 第6回

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                                      (イラスト・まもと鶴)
 奏姫は生来の勝気さから、それに負けまいと鋭く見返した。
「それほど慎重な態勢でありながら都の中で龍頭賊とやらが跳梁するのをお許しになっておられるとは。お役人を監視なさる暇があるのなら、錦衣衛官どのが賊をお討ちになられればよろしいものを」
「これは手厳しい」臥龍は苦笑して答えた。「まこと、姫さまのおっしゃるとおりですな」
 彼は池に視線を戻した。左腰にたずさえている反りの深い剣が重い音を立てた。今まで何事にも驚いたことのないような落ち着き払った表情で、美しい林泉に目をあてていた。
「その…」奏姫は話を続けた「龍頭賊とは一体どのような」
「姫さま、そのように怖いお顔をなさいますな。まるで自ら剣を抜いてきゃつらを捕まえてくれようと言わんばかりの勇ましさじゃ」
臥龍の言葉に奏姫は思わず口に手を当てた。
「ご案じなさいますな。きゃつらのことは役人に任せておけばよろしいのです。今は…今だけは、何も考えず、桃の中に立っていようではございませぬか。私はここへ来ると必ずそのように…。ここで持ったほんの一時の安らぎは、後の何十日かの力の源になるような気がいたします」
何と、風貌とかけ離れたことを口にするお人であろうかと奏姫は思った。
「姫さまも、何かと煩わしいことをお忘れになりたいご心境では」
「私が…?何故です」
奏姫はとんでもないことだと言いたげに叫んだ。
「この異国に来られたことが、ご不安ではございませぬか」
臥龍はさっき玉綸が話したことと同じことを言っている。
「その逆です。明土に来られたことが嬉しゅうてなりませぬ」
「ほう」
「表向きは祖父・足利義満の使者として永楽帝さまに謁見するのが私のお役目。…ですがその命令などなくとも私はこの国に来たいと思うておりました」
「何の為に」
「明国をこの眼で見たかったからです」
「見たい?」
「明国の地をこの足で踏みたかったからです」
「踏みたい!?」
「その為に私は明の商人に言葉を習い憶えたのです。いいえ、明だけではない、蒙古族の退いていった砂漠にも行ってみたい」
「行ってみたい!?」
臥龍は大きな声で奏姫の言葉を繰り返した。いかにも、驚きながらもその無邪気さを面白がっている調子である。奏姫は口をつぐんだ。
「それだけの理由で、はるばる船旅を?」
「そうです」
「ほう!」
臥龍はまた大きく感嘆してみせた。奏姫の我慢もこれまでである。
「部屋へ戻ります!」
辺りはすっかり青い闇の中に没し、いつのまにか庭のあちこちに小さな篝火がちろちろと燃えている。その周りの桃花だけが炎に照らされ、昼間とはまた違う美しさを見せていた。奏姫はその中を彼方に小さく見える宮殿の灯火のほうへ足を進めた。
「お送り申し上げましょう」
臥龍が追ってきた。
「ひとりで行けます。錦衣衛官どののお手を煩わさずとも」
「いや、複雑な造りゆえ、慣れぬお方には夜道は足元が…ああ、たとえば!」
右足の踏み場を失ったと思った途端、奏姫の身体は臥龍に支えられていた。眼前に水面があった。
「このように、の」
「かたじけのうございました」
奏姫は急ぎその手を振りほどくと、小走りに駆け出した。今度は臥龍も追っては来ない。
胸が高鳴っていた。憤りの為か、恥じらいの為か、奏姫自身にも判らなかった。

=====<中天@編集部作品>=====
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. 小説「中天より地平へ」 第7回

「臥龍と申される錦衣衛官をご存知ですか!」
部屋に飛び込むなり話しだす奏姫に、窓辺に立っていた玉綸は驚き振り向いた。小さく返事をするのがやっとである。
「いいえ」
「たった今、お会いいたしました。随分と失礼なお方です」
「そのようなことは…錦衣衛官といえど、こちらに役人など入ってはならぬ筈です」
「まあ」
では、彼は許しも得ずに奥庭まで入り込んだのだろうか。あの口ぶりでは庭の造りを全て頭に入れているかの様子…既に何度も…?
「どこまでも図々しいお方!」
奏姫は最初の印象よりも彼を鼻につく存在に思えた。
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                                         (イラスト・まもと鶴)

やがて、徐々に頭が冷えてくると、奏姫は玉綸が涙ぐんでいることに気がついた。しかし、彼女はそれに気付かれまいと、袂で涙をぬぐいながら平静を装おうとしている。その部屋には男物の香のくゆりがほのかに残り、卓上には酒盃が置かれてあった。
「玉綸さま」奏姫はおずおずと尋ねた。「どうかなさったのですか」
固く結ばれた唇が大きく震えたかと思うと、急に玉綸は泣き伏した。
「私は…私はとても奏姫さまのように強うはなれませぬ」
「え?」
「十日後、私は北方のタタールの王朝に嫁ぐ身なのです」
「何と」
タタールは明王朝に追われた蒙古族が打ち立てた新しい王朝で、明とはことごとに衝突し、永楽帝の軍をてこずらせていた。砂漠を遊牧しながら生活する騎馬民族で、習慣も、性質も、人種も、明国人とは根本的に異なっていた。その王朝に玉綸が輿入れするという。
「永楽帝さまがタタールとの和平の為にお決めになられたことです。いやとは言えませぬ。建文帝の妹であるこの私を生かしてくださったのですから…でも、でも、どうしてもお別れしたくないお方が…」
 先ほどまでこの部屋に訪れていたらしい玉綸の恋人のことであろう。それにしても普段、物静かな公主をこれほどまで痛々しく震わせる相手とは誰なのであろうか。玉綸はやがて頭を上げると小さく、しかししっかりと言った。
「全てお話いたします。私のお慕いしているお方は皇太子さま」
「永楽帝さまのお跡継ぎ…」
「愚かな女とお思いでしょう。兄帝を倒した人の息子を愛するとは」
「いいえ。でも…」
私には解りませぬ…と奏姫は思った。無論、見知らぬ民族のもとへ政略的に嫁がされる玉綸を気の毒には思う。しかし恋うる為に流す涙…その心情が解らない。
「お許しくださいませ、奏姫さま」
玉綸は言った。
「何ゆえ、玉綸さまが私に侘びなど」
「奏姫さまは皇太子さまのもとへお輿入れされる身。なのに、こんなことをお聞かせして…」
「え?」奏姫は思わず問い返した「何と申されました?玉綸さま」
「でも、皇太子妃になられるのが奏姫さまなら…諦めもつきます…」
「私が皇太子さまの妃に?何かのお間違いでは」
奏姫の声は震えていた。玉綸は茶色い瞳を不思議そうにまたたかせ、
「姫さまは私と同じ十日後にお輿入れされるはず。そのために倭国から渡ってこられたのではございませぬのか」
「いいえ、そのような…私はただ祖父の書状と献上品を…!!」
奏姫は次の瞬間、あっと叫んで立ち上がり、遮二無二自分の寝所へ走ってゆき、明風の寝台の枕元にあった文箱の中の書状を取り出した。倭国を離れる時から今まで書状を開いたことはなかった。使者とはいえ、祖父より永楽帝に宛てた書状を見ることなど、はばかられたからである。
「我が孫娘、御帝のお側に献じ…」
紙面には濃い墨ではっきりとそう書かれていた。長く巻かれた書状は、奏姫の手から流れ落ちた。
祖父、義満は急に自分の明国行きを許した!
母は毎日泣き暮らしていた!
寧波からは自分ひとりしか応天府入りを許されなかった!
数々の出来事が自分の輿入れをうなずかせた。呆然と立ち尽くす奏姫の耳の奥に、先程庭で会ったあの臥龍の言葉が何度もこだました。
----------見たい…行ってみたい。それだけの理由ではるばる船旅を?

=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・リライト・挿絵 ...まもと鶴


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. 小説「中天より地平へ」 第8回

(三)夜襲

 春というよりは、初夏の匂いが応天府をつつみはじめた頃、南の離宮から二台の花嫁の車が出発した。一方は公主、玉綸がタタールへ向かう地味な車であり、もう一方は奏姫が王宮へ向かう四頭立ての晴れやかな厭翟車である。
 倭国からの初々しい花嫁は、都大路を進み、観衆の祝福を受けながらその日の正午には王宮に到着し、そのまま皇太子の待つ後宮に向かう。
 公主、玉綸の一行は、数十人の供の者とおびただしい貢物を従えて西北へと旅を始めた。王天府の城門をくぐれば景色は一変して広大な田園地帯だが、一日歩きづめると人家も稀な荒地であり、最初の宿は寒村の中の大きな農家が割り当てられることになっていた。

 「公主の一行はまだ見えぬのか」
夕暮れの中、小高い丘の上からその農家を見下ろしつつ臥龍は訊いた。
「はい。いまだ」
すぐ傍らに控えている年若い桂靖が答えた。その後方には二十人ほどの黒装束の男がそれぞれに逞しい馬を連れ、息を殺してじっと待機している。
 臥龍自身も、そりの深い重そうな剣をいつもと同じようにたずさえてはいるが、冠も脱ぎ完全な黒装束に身を固めている。それは錦衣衛官などのいでたちでなどはなく、もっと粗野で荒々しいものである。
「都の様子はいかがであった」
臥龍はまた桂靖に訊いた。
「北平より戻った永楽帝も参列し、皇太子と奏姫の婚儀は無事に済みましてございます」
「そうか」
臥龍はふと離宮の桃の庭で出会った奏姫のことを思い出した。気丈そうな強い視線を放つ瞳。砂漠にも行ってみたいなどという無邪気な姫。だがその夢はもう叶えられぬのか。…後宮に入った女子は死ぬまでそこを出られぬ。
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                                        (イラスト ・.まもと鶴 )
いつしか空は濃い紫に染められようとしていた。それにつれて星の数も増え、やがて漆黒の空に無数の宝石が煌きだした。春にしては突き刺すように鋭い光が満天にちりばめられ、まるで南の朱雀、北の玄武、東の青龍、西の白虎をはじめとする天の神々が一堂に集っているようであった。
 丘の上の男たちは、青白い星明かりを浴びながら、相変わらず息を潜めている
「臥龍さま」桂靖がためらいがちに臥龍にだけ聞こえる声で話した。「何故、玉綸公主さまを奪おうなどと」
臥龍は振り向き、桂靖の一途な瞳を見てとると、
「公主が欲しいからじゃ」
「は…?」
「わしの大切に思う娘をタタールなんぞにくれてやるものか」
「また、そのような嘘を」
「お前が嘘と思うても真なのだから詮ないのう!」
そう言って臥龍は高笑いをした。
その時、背後から鋭い声が飛んできた。
「公主の行列が見えました!」
臥龍は反射的にそちらの方へと眼を走らせた。黒々とした地平の、少し手前からちろちろと燃える松明が幾重にも連なって近づいてくる。それはまるで天からこぼれ落ちた星が、地上を輝きながら転がってくるようであった。

臥龍の見つめる先から、列がゆっくりとこちらに近づいてくる。次第に、松明に照らされた人、馬…そして公主の安車が暗闇の中に浮かび上がってきた。一行は、いままさに自分の眼下を通りすぎようとしている。その表情は和らいで見える。今晩の宿を目の前にして、安堵しているのだろう。

「臥龍さま」
桂靖が声をかけたと同時に臥龍は馬に乗り、さっと右手を挙げて中天を指した。
「行くぞ!」
その手が振り下ろされるやいなや、馬に乗った黒装束の男達は、臥龍を先頭に一斉に急斜面を駆け下り、行列の横腹に突っ込んだ。

「龍頭賊だ!」
「龍頭賊の襲撃だぞ!」
斬りかかってくる役人たちの剣を巧みにかわしながら、男たちは松明の先を切り飛ばした。明かりが消え、暗闇の中、人馬が入り乱れ、侍女たちの甲高い悲鳴が上がった。臥龍はその虚をつき一目散に公主の車に近づくと、車につながれている二頭の馬の尻に鞭を打った。馬は眼をむいて嘶き、猛烈な勢いで駆け出した。臥龍は、すぐさまその後を追った。

公主の車がさらわれたと知った役人たちは慌てふためき、それを追おうと馬にまたがった。が、みな、次々と地面にころげ落ちた。龍頭賊らによって、馬の手綱や鞍が断ち切られていたのである。 そして、従者の一人がようやく松明をかざした頃には、公主の車も、黒装束の龍頭賊たちの姿もなく、馬蹄さえも既に聞こえなくなっていた。

 安車をうばって、そのまま二里ほども走らせただろうか、臥龍はようやく車を止めた。いきり立つ馬をなだめると、安車に向かって声をかけた。

「無事か、玉綸!」

 しかし、中からは何の返答もない。「玉綸、痛々しい…あまりの恐怖に気を失っているのであろう。」臥龍はそう思うとたまらずに簾に手をかけた。
 と、いきなり短刀を持った白い腕が眼前に飛び出してきた。
「玉綸?!」
切っ先が耳元をかすめた。臥龍は娘の手首を押さえ、その顔を覗き込んだ。

「玉綸ではない…!」

鋭い視線が臥龍の顔を射る。

「そなたは…」
桃の中で会ったあの激しい眼が臥龍を見ていた。そして、彼女もまた、臥龍との再会に驚きを隠せずにいた。

ふたりはしばらくの間、微動だにせず、見つめあっていた。

=====<中天@編集部作品>=====
原作・監督・総指揮・キャラクター原案 ...海道 遠(YUB)
校正・脚本・演出 ... 真先裕
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. 小説「中天より地平へ」 第9回

桂靖は先程から部屋の中の一点に眼を釘付けにされていた。そこには朱塗りの円い窓からさしこむ朝の光を受けて、一人の娘が椅子に腰掛けていた。「夜のうちに天に帰りそこねた天女のようだ」と桂靖は思った。昨夜から石のようにおし黙り、下唇を噛んだまま膝の上におかれた自分の手をきつく見つめている様子がなんとも言えず美しい。純衣をまとってはいるが、倭国の姫だという。
 いきなり、天女は桂靖のほうを向いたかと思うと、「ここは何処です。あなたがたは私をどうするつもりです」と激しく質した。
「どうするつもりもない」
返事はまるで別のほうから聞こえてきた。そこには臥龍が立っていた。庭に面した回廊の柱にもたれてこちらを見ている。
 桂靖は一礼してその場を去った。庭の木の間からさわやかな風が入ってきて、奏姫の髪飾りを揺らした。「答えてもらいたいだけじゃ」臥龍は言った。「何ゆえ、公主の安車にそなたが乗っていたのか」
「…….」
奏姫は臥龍から目をそらせた。
「大方の察しはつく。応天府の後宮に入るのが嫌で、そなたと公主が入れ替わり、そなたはタタールへ向かう途中、脱出して寧波へ戻るつもりだったのであろう」
「……」
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(イラスト・まもと鶴)

奏姫は口をつぐんだままである。
「そなたはそれで良いかも知れぬ」臥龍は奏姫に近寄ると、少し声を低めていった。「だが、そなたの身代わりに後宮に入った玉綸はどうなる」
「あなたがたにさらわれていたら、どうなったでしょう」奏姫は言い返した。
「私にはそなたがどのような者か察しがつきませぬ。錦衣衛官と名乗りながら、その正体は龍頭賊であったとは」
「わしは玉綸のことを訊いておる!」
大きな獣の吼えたような声が奏姫の耳をつんざいた。奏姫は続けた。
「玉綸さまはタタールへ嫁ぐことを嘆いておられた」
「無論じゃ。だからというて、何ゆえそなたと入れ替わった?」
「私の考えです。それが玉綸さまにとって最も良いことと思うた」
「だから、それは何ゆえじゃ!」
奏姫は少し考え、そして、きっぱりと言った。
「…申せませぬ」
「奏姫!」臥龍は険しい表情で奏姫の肩をつかむと一層低い、凄みのある声で囁いた。「もう取り返しはつかぬ。だが、もしそなたのしたことで玉綸が不幸になるようなことがあれば、…わしはそなたを許さぬ!」
奏姫は思わず息をのんだ。恐ろしい形相である。これが静かに桃の花を愛でていた、あの男であろうか。

 臥龍は、身動きできずにいる奏姫にくるりと背を向けると、その場から足早に立ち去った。



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校正・脚本・演出 ...真先裕
リライト・挿絵 ...まもと鶴


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. プロフィール

海道 遠(かなた)

Author:海道 遠(かなた)
小さい頃からお絵描き大好き
お話創るの、大好き
      ↓ 自然に
漫画家になりたい
      ↓
OLを退職。デザイン学校の漫画科へ入学
      ↓
家庭の事情で後、半年というところで退学、OLに戻る
      ↓
技量不足とひどい肩こり症のため、もの書きに転向
      ↓
結婚、妊娠、育児のブランクを経て再度ペンを持つ。
      ↓
が、コンクールに落ちる事、数知れず。
      ↓
諦めてアマの道へ

★著作★
 ペンネーム:海道 遠(かいどう かなた)
 「“海王の接吻”を抱きしめて」新生出版
 「CROSS」新風舎 
 共に全国出版、ネット販売しております。

★海棠結実(かいどう ゆみ) ペンネームで 

 【 遠雷去らず 】風詠社(鎌倉時代もの)
 全国ネット販売しております。
 

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